抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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一石を

 

 

「いらっしゃいませ!妙さーん、沖立さん達だよ」

 

レンちゃんが、カウンターの奥に居る妙さんに呼び掛ける。ええ。今日は休みなの。一週間の謹慎の後に公休を捩じ込まれちゃって。この一週間はずっと検査やらなんやらで忙しなくて。その前提での謹慎一週間だったっぽいわね。

 

沖立です。軍令部もレ級の動きは掴めて無かったみたいで、もしも私が時間稼ぎをしてなかったらどうなっていたか分からないみたい。横須賀鎮守府なら別かも知れないけれど、他の何処かが壊滅的な被害を受けてた可能性だってあった。勿論、この店が狙われていた可能性だって。差引きで謹慎一週間。本来ならもっと厳罰でもおかしくないものね。あ、でも東郷大将に怒髪天を衝くが如く怒られたけどね。あんな恐い東郷さんは初めてだったわ。

それで。今日は顔を見せる意味もあって酒処妙まで来たの。妙さんやレンちゃんも凄く心配してくれたみたいだし。それはそうよね、私は死んでもおかしくない状態だったっぽいし。はぁ。戻ったらみんなに謝らないとね。

 

席に案内されて、レンちゃんや妙さんには謝ったんだけど。妙さんには「そうじゃないでしょ?」って言われたわ。「私は別に構わないけど、レンには『ごめんなさい』じゃなくて『心配してくれてありがとう』でしょ?」ってね。うん、そうね。みんなはこんな私を心配してくれていたのだもの。ありがとう‥‥‥か。

 

「君は一人で溜め込み過ぎるんだ。もっと周りの者や部下を信頼してやってもいいんじゃないか?」

 

お酒が運ばれて来て、軽く乾杯して。山本中将にそう言われたわ。それはそうかも知れないけど。山本中将だって人の事は言えないと思うの。旧大本営への疑惑や内偵なんかもぜーんぶ一人で抱え込ん‥‥‥あ、それは曙ちゃんと二人で、だっけ。そのせいで電ちゃん、凄く悩んだんだから。『山本提督と曙ちゃんがデキてるんじゃないか』って。その疑惑が晴れた後は今度は『大和さんと付き合ってるんじゃないか』ってね。それで電ちゃん、あの一戦で集中出来なくて‥‥‥って、何だか話が逸れちゃったわね。だから、山本中将だって私の事は言えない‥‥‥え?そうよ、山本中将と二人で来てるけど?ちょっと執務室だと話辛くてね。ほら、あそこだと熊野さんや漣ちゃんが居るし。え?私と山本中将が?あぁ、それは無いわね。だって、この後山本中将は電ちゃんとデートだもの。お子さんも居るから久々に夫婦水いらずって訳にはいかないけどね。お二人の子、電ちゃんに似て可愛い子よ?山本中将は『僕に似なくて良かったよ』なんて言ってたけど、中将になら似ても大丈夫だと思うけどね。

 

それでね。話っていうのは今後の呉の戦力増強について。戦艦‥‥‥出来れば榛名さんか霧島さん、それに重巡洋艦や軽巡の人も欲しいし、駆逐艦の子も。清霜ちゃんはまだまだ戻れそうに無いから、その分の戦力もね。って言っても、高速戦艦の異動は首を縦には振ってくれないんだろうなぁ。ホラ、私は2度も出撃しちゃってるし。今回ばかりは明石さんや妖精さん達にも『二度と無理するような真似は止めてください!今度こそ本当に命を失う事になりますよ!』って言われちゃったし。

 

「沖立、異動の件だが。熊野に呉に行ってもらう事にした。戦艦は‥‥‥もう少し考えさせてくれ。その代わり他の戦力で補えるようにする」

 

「はい、ありがとうございます」

 

そっか。熊野さんが来るんだ。一緒に仕事するのは何時振りかな?また熊野さんと紅茶が飲めるって思うと少し嬉しい。

 

「それと例の件だがな。ひとつだけ約束してくれ。不知火に無理はさせるな。もし駄目なようなら直ぐに異動させる」

 

「はい、中将」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

もうすぐ呉鎮守府か。ちょっと緊張するなぁ。あの大和さんや瑞鶴さんが居るみたいだし、過去の大戦で私が所属してた第二水雷戦隊の旗艦神通さんも居るしね。神通さんもやっぱり川内教官みたいに厳しい人なのかな?あ、でも研修先の鎮守府に居た那珂ちゃんは面白い人だったわね。姉妹なのに川内教官と全然違ってビックリしたわ。でも那珂ちゃん、その鎮守府正面海域に現れた潜水艦の深海棲艦の艦隊を一瞬で潰したのよね。那珂ちゃんも伊達に第四水雷戦隊旗艦だったって訳じゃないわよね。うん、私も早く神通さん達に認められるように頑張らなきゃ!

 

そうそう、川内教官が少しだけ話してくれたんだけど、呉の司令官って若い女の人なのよね?何だか元艦娘とかで無茶ばっかりする人みたい。司令は司令らしく、私達艦娘に任せてくれればいいのにね。

そう言えば、研修先の鎮守府の美鈴司令が「沖立提督とは友達なのです。あの人はとってもいい人ですよ」って言ってたかな?

まだまだ新人かも知れないけど‥‥‥私は艦隊型駆逐艦の集大成、そのネームシップだもん。これから沢山活躍して、私達の名を世界に轟かせてみせるわっ!そうよ、前回の対深海棲艦戦争でその名を知らしめたあの『化け物駆逐艦・夕立』のようにね。

 

 

 

『はぁ‥‥‥やっぱ言わなきゃ駄目?』

 

「当然ですわ。このままあの子に黙っている訳にはいかないでしょう?」

 

あのエメラルドグリーンの髪の妖精さんと熊野さん、出発した時からずっと仲良さそうに話してるのよね。熊野さんも私と同じ日に呉に異動なんだって。熊野さんって横須賀の山本司令の秘書艦補佐の人よね?そんな人が呉に異動するなんて‥‥‥呉で何か重大な事でもあったのかしらね?

あ、熊野さんとはあんまり話した事は無いわよ。何て言うかさ、高嶺の花って感じじゃない?まだまだ新人の私が相手にしてもらえるような人じゃないし、こうして遠くから眺めるだけ。

熊野さん‥‥‥は兎も角、あの妖精さんは私に時々チラチラ視線を送って来るのよね。駆逐艦なんてそんなに珍しい訳じゃないと思うけど。そりゃあ『あの夕立』とかだったら気にもなるんでしょうけどね。

‥‥‥もしかして私が熊野さんの事チラチラ見てるから気になってるとか?うん、きっとそうよね。こんな覗きみたいな事やめましょう。それよりも私自身の事よねっ。その呉の司令が私を指名してくれたんだし!比叡さんじゃないけど気合入れて行こう!先ずは‥‥‥目指せ『先代』ねっ!『先代の私』は横須賀で第一艦隊を張るくらいの凄い駆逐艦だったみたいだし。少なくともその人に追い付かないとその先の『化け物駆逐艦・夕立』越えなんて夢のまた夢。そうとなったら両舷全速!私の活躍、期待してね!

 

そう言えば。呉には同型艦の二番艦の人が居るのよね。何て呼べばいいかしら?やっぱり『先輩』って呼んだ方がいいかな?でも研修先の鎮守府では先輩とか後輩とか厳しい感じじゃ無かったし、那珂ちゃんなんて『ちゃん付けで那珂ちゃんって呼んでねっ!』って言っちゃうくらいだったし。春雨ちゃんとかも全然『先輩』って感じじゃ無かったものね。艦の名前で普通に呼んでも大丈夫かしら?‥‥‥一応私がネームシップだし。

うーん。此処で考えても仕方無いか。規律に厳しそうな子だったら先輩って呼べばいいわよね?

 

「そろそろ着きますわよ?」

 

あ、熊野さん、はーい。

もうすぐ着くみたいね。萩風の時みたいに仲良くなれたらいいんだけど。

 

‥‥‥待ってて。もうすぐ会いにいくから。先の世界大戦のように貴女を残して轟沈したりしない。約束するわ、ねっ?

 

「ああ、それと。貴女の着任時に少々ゴタゴタするかも知れませんが貴女のせいではありませんので気に病まない事です。強いて言うなら‥‥‥提督のせい、ですわね」

 

えっ?熊野さん、それどういう意味?私が行くと何かあるの?まあいいわ。行けば分かるだろうし。それに私も‥‥‥早く不知火に会いたいし。

 

 




投じられた一石はあの駆逐艦のネームシップ。ポイポイとヌイヌイに待っているのは事態の打開か、それとも。

無事に熊のんが呉復帰。鈴谷姉妹再会は次回ですかね。



今回の艦これアプデについて一言。‥‥‥阿賀野さん、おにぎり改修に何故貴女が?アンタは食べる側でしょ?


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