抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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帰還

窓から漏れる光が眩しいですね。もう朝、ですか。ここの所はあまり眠れていませんからね。身体が少し重いですね。

 

時刻はマルゴーヨンマル。そろそろ総員起こしの時間ですね。神通さんの朝練に備えて新人達が起きてくる頃ですか。もう少しだけ微睡んでいたい気もしますが仕方ありません。古参組として示しがつきませんし起きるとしましょうか。

 

ベッドからゆっくりと身体を起こし、まだ頭がボーっとするままに立ち上り、隣のベッドでまだ眠っている暁をユサユサと両手で揺すって起こしにかかります。

 

「暁、時間ですよ」

 

「う~ん‥‥‥あかつきはれでぃなんだから‥‥‥ムニャムニャ」

 

全く、暁は変わりませんね。ええ、善くも悪くも両方の意味でです。身体は成長していないとはいえ、もうお子様という歳でも無いのですからすんなりと起きてもらわねば。かくなるうえは‥‥‥。

さぁ暁、口を開けなさい。今楽にしてあげます。この不知火を手こずらせたのが悪いのです。こうして咥内に直接パラパラと振りかけて、と。

 

「‥‥‥!?アガッ!?ゲホッゲホッゲホッ!?あ゛~~~

!?!?」

 

咽るのと咳き込むのと、涙を流すのが同時。余程効いたようで、暁は目を見開いて口を大きく開け、舌を犬のように出していますね。

 

「おはようございます、暁。漸く目覚めましたか」

 

「あがっ‥‥‥かりゃい、くひが、かりゃいっ、いひゃいっ!?みじゅ、おみじゅちょうらいっ」

 

やれやれ。やっと起きたようですね。予め用意しておいた水の入ったコップを手渡すと、暁は勢いよく飲み干しました。因みにですが、暁の咥内に振りかけたのはハバネロの粉です。何でしょうか?不知火に落ち度でも?暁が起きないのが悪いのです。

 

「まらヒリヒリひゅる‥‥‥ひらぬいひゃん、ひどいひゃない」

 

「暁の寝起きが悪いからです」

 

‥‥‥まぁ、今考えると少々やり過ぎな感は否めませんが。不知火も頭が起きていなかったのです。他に思い浮かばないのも仕方無いではありませんか。

 

どうやら口の中がやっと治まってきたらしい暁が涙を溜めた瞳を此方に向けました。おや?どうしました?不知火の顔に何か付いているのでしょうか?あぁ、まだ髪をセットせずに下ろしたままですからね。普段なら準備が全て整った後に暁を起こしていますし、珍しいのでしょうね。

 

「不知火さん‥‥‥泣いてた?」

 

なっ‥‥‥何を馬鹿な事を。泣いてた筈がないではありませんか。少々眠れなかったせいでクマが出来ているだけでしょう。「泣いてなどいません」とプイッと右に顔を逸らし、誤魔化すようにそのまま部屋を出ました。まだ半分寝ているような身体をゆっくり動かしながら洗面所へ。確認の為に鏡を覗いてみました。

成る程。これは言い訳は無理なようですね。両目とも真っ赤ですし、涙が流れた跡まで付いているではありませんか。はぁ。我ながら何と言いますか‥‥‥随分と脆くなりましたね。こんな体たらくでは陽炎や萩風に顔向け出来ません。何があっても逃げない、と誓った筈なんです。それが、実際はどうでしょうか。何度現実から目を逸らそうとしたか。

はぁ。今それを考えても仕方ありませんね。気持ちが余計に落ちていくだけです。今はポイポイ不在のこの呉鎮守府を守る事に専念しておきましょう。そうすれば少しは気持ちも誤魔化せるかも知れませんし。

 

さて、と。顔を洗って、一先ず着替えに部屋へと戻らなくては。今日も滞りの無いように‥‥‥‥‥‥おや?執務室に人影?こんな時間にですか。神通さん‥‥‥は朝練の準備をしているでしょうし、大和さんでしょうか?

 

違う‥‥‥あれは‥‥‥!

 

その人影を確認し、不知火は走り出していました。会わなくては。会って、その温もりを確認せずにはいられない。息を切らせ走り、ノックも忘れ勢いよく扉を開き、ソファに座って珈琲を飲もうとしていたその人に向かって声を張りました。

 

「ポイポイっ!!」

 

特に驚いた様子もなく、ゆっくりと顔を上げたポイポイは口を付けただけのカップをテーブルに置いて、静かに立ち上がりました。その動きには、今まで見えていたような、痛みを庇っているが故のぎこちなさが消えていました。ポイポイは柔らかな、しかし何処か戸惑ったような表情でこう口にしました。

 

「おはよう、ヌイヌイちゃん」

 

‥‥‥は?おはよう、ですか?勝手に鎮守府を抜け出して、勝手に命の危険に晒されて、勝手に死にかけて。鎮守府の皆に、不知火にどれ程心配を掛けたと思っているのですか。それで言うに事欠いて『おはよう』?ふざけるのも大概にしなさい。貴女に対する不知火の想いを知っているのですから余計にです。貴女が危篤状態と聞かされて、死ぬかもと知れないと言われて、けれど呉から動けなくて。今日まで一体どれ程辛い想いでいたと思っているのですか。

 

「貴女という人はっ!!今度という今度は許さないわ!覚悟しなさいポイポイ!徹底的に追い詰‥‥‥」

 

瞬間。不知火は右手を掴まれそのままグイと引き寄せられて。正面からポイポイに確りと抱き締められました。身長差もあって、不知火の身体はポイポイの腕の中にすっぽりと収まって。うぐっ、ポイポイとは言えやはり大人ですね、卑怯です。不知火の想いを利用してこのような手段で誤魔化そうとするとは。

柔らかなポイポイの感触と温もりが心地よいのは確かですけれど、こんな事で誤魔化されたりしません。今日という今日は絶対に許しませんから!

 

「ただいま、ヌイヌイちゃん」

 

耳元でそう囁くポイポイ。クッ‥‥‥駄目です。決めたのです。納得ができるまで絶対に許さないと‥‥‥っ!?

 

突然クイッと顎を持ち上げられて。一瞬何が起きたか分かりませんでした。気が付いたらポイポイの顔が目の前にあって、その綺麗な唇が‥‥‥不知火の唇に重なって、その感触が。えっ?えっ?

 

あぁ、やはりポイポイは卑怯です。言いたい事が山ほどあった筈なのに、今の一瞬で真っ白になってしまいました。どのくらいの間だったでしょうか?ほんの一瞬の口付けは、永遠にも感じられる程に長くて。不知火の思考は完全に停止してしまって。

 

ゆっくりと唇が離れて。この時の不知火はさぞ情けない表情をしていたでしょうね。そんな不知火の頭を、ポイポイは優しく撫でてくれました。やはり、大人というものはズルい。生きて帰って来てくれたのだしいいか、と思ってしまったではありませんか。

 

「ポイポイは‥‥‥ズルいです」

 

やっとそれだけ口にできた不知火に微笑んでくれたポイポイは「ええ。そうね」と一言。

 

「ヌイヌイちゃん、ごめんね」

 

クッ、このタイミングで言われたら‥‥‥許すしかないではありませんか。力無くコクリ、と頷いた不知火からゆっくりと離れたポイポイは、ハンカチで涙を拭ってくれました。いつの間にか泣いてしまっていたようですね。

 

全く。こんな朝からこの不知火を泣かせるとは。ポイポイも偉くなったものですね。一度身も心も落ち着かせる為にと促されるまま不知火は一人でお風呂へ。ポイポイはこんな朝から事務があるそうです。仕方ありません。今日の所は引き下がっておきましょう。

 

‥‥‥と思っていたのですが。湯槽に浸かってゆっくりして、不知火は徐々に冷静さを取り戻しました。同時に、嬉しさと恥ずかしさ、それから飛んでしまっていた怒りが込み上げてきて。

 

何という事でしょうか。まさか不知火がこれ程迄にチョロかったとは。情けない限りです。ですが、落ち着いた今度はそうはいかない。お風呂から出たら、今後こそポイポイを怒鳴り散らしてやるわ!

 

風呂から出て、改めて身仕度を整えて。陽炎型の制服に身を包み。不知火は心を決めて執務室の扉をノックしました。

 

「不知火です」

 

「どうぞ、不知火さん」

 

‥‥‥おや?ポイポイは仕事モードですか。という事はもう中には誰か居るという事ですね。神通さんはまだ朝練中なので、大和さん、若しくは暁が居るのでしょうか?

 

「失礼します」と扉を開いた不知火を迎えてくれたのは「お久しぶりですわね」と頬笑む熊野さん。成る程、今日からでしたか。ええ、熊野さん、お久しぶりです。また一緒に戦えるのは心強い限りですね。

 

けれど。居たのは熊野さんだけではありませんでした。「不知火」と左側から声を掛けられて。不知火は確信めいたものを感じてそちらを振り向きました。

 

「不知火!やっと会えた!」と嬉しそうな表情を向けてきたその艦娘を見た瞬間、不知火は持っていた書類を思わず全て落としてしまいました。またしても頭の中は真っ白。えっ‥‥‥何故?どうして?

 

陽炎型駆逐艦、そのネームシップ『陽炎』。志半ばで沈んでいった先代の名を継ぐ二代目。その陽炎が‥‥‥。

 

 

 

 




ヌイヌイさん、チョロインやった‥‥‥。

という訳で、陽炎着任。次回より章が変わります。





アカン、神風の水着を拒否する限定ボイスが可愛い‥‥‥

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