抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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第三幕 『蜃気楼』
拒絶


 

陽炎よ!

横須賀も大きかったけど、やっぱり呉も大きいわね。敷地面積が段違い。横須賀は『いかにも海軍』って感じの建物だったけど、呉は違うのね。私の中にある艦艇『駆逐艦陽炎』の記憶にあるような、昔ながらの‥‥‥そうね、大正時代の豪邸って所かしらね。ここが私の艦娘としての真のスタートになるのね。あ、けどあの水族館付き鎮守府っていうのも捨てがたいけどね。

 

「もう起きている筈ですし、先ずは執務室へ行きますわよ?」

 

はい、熊野さん。そうよね、先ずは司令に挨拶しなきゃね。あ、そう言えば春雨ちゃんが呉の司令の事『姉さん』って呼んでたのよ。美鈴司令は山本中将の奥さんらしいし、そういう海軍内の血縁繋がりって多いのかしらね?

 

ちょっと緊張する。軽く深呼吸しておこうっと。スーッ、ハーッ。

 

熊野さんが先頭。私はそのあとを付いていく。熊野さん、元は呉鎮守府に居たらしいから、何処に何があるのかは良く知ってるみたいね。あー、後で私も誰かに案内してもらわなきゃ。この際だから不知火に頼もうかな?

 

それにしても、外装だけじゃなくて内装も豪華ね。舞踏会でも開けるんじゃないかしら?此処が軍の施設っていうのはちょっと信じられないわ。あー、それ言ったら水族館のあそこもよね。変わった建物使うのって誰か趣味なのかしらね?

 

当然だけど、熊野さんは迷う事無く真っ直ぐ執務室へ。まだマルロクイチゴーだし朝も早いけど、この時間なら皆起きてるわよね。ほら、外では朝練やってるみたいだし。あっ、あのロングの髪に大きなリボンの人‥‥‥きっと神通さんね?神通さんにも後で挨拶しておかなきゃ。

 

扉の前で立ち止まった熊野さんがノック。「失礼致します」って声の後に部屋の中からは「どうぞ」って声。何だか優しそうな声ね。ちょっと拍子抜けかしら。ホラ、無茶ばっかりする人って聞いてたからもっとこう‥‥‥暑苦しい感じの人かなぁ、って思ってたから。

 

熊野さんが扉を開いて。私も後に続いて中へ。二人並んで海軍式の、肘を上げない独特の敬礼。

 

「最上型重巡洋艦四番艦熊野、本日付で呉鎮守府着任となりました」

 

「同じく本日付で着任となりました陽炎型駆逐艦一番艦、陽炎です。宜しくお願いします」

 

敬礼した私の視線の先に居たが、ここ呉鎮守府の沖立司令。うっそ‥‥‥凄い美人‥‥‥こんな人がよく暴走するって本当なの?人って見た目に依らないわね。あ、ベリーショートの金髪に‥‥‥赤い瞳、か。春雨ちゃんのお姉さんみたいだし、スタイルも良いし元・駆逐艦村雨って所かしらね?

それから、その右肩には短めの黒髪を左側頭部で纏めたサイドテールの妖精さん。何だかその妖精さんにすっごく見られてる気がするんだけど。

 

『はぁ‥‥‥まさか、とは思ったけれど。呆れました』

 

あれっ!?何か妖精さんに溜め息つかれたんだけど?何か失敗したっけ?

 

「うん。それについては私も自覚はあるわ」って司令がその妖精さんに言ってる。あ、私じゃなくって司令に、って事か。妖精さんに呆れられるような事を司令がしたって事よね?あー、やっぱり無茶するような人なのね。

 

「ようこそ二人とも。呉鎮守府提督、沖立夕星です。これから宜しくね」

 

笑顔で挨拶してくれた司令。うーん、こんな人が提督にならなきゃいけないくらい、今の日本の現状が厳しいって事よね。よしっ、いつか私がこの戦争を終わらせてみせるわ。今度こそ国のみんなを守りきってみせる。前回の対深海棲艦戦争での夕立を越えるくらい活躍してみせるわ!

改めて決意した私と熊野さんは、一先ずソファに座らされた。珈琲を渡して貰って、一口。あ、これブラックね。正直、私ブラックあんまり得意じゃないのよね‥‥‥。

 

「‥‥‥あら?陽炎さんは珈琲は苦手でして?」

 

熊野さんが気付いてくれて。うっわぁ。これちょっと恥ずかしいかも。妖精さんには『はぁ』って溜め息つかれて、司令は苦笑いしてるし。司令が「ごめんね」って言って砂糖をくれて。熊野さんは「では次はわたくしが紅茶を淹れて差し上げますわ」って言ってくれて。うわっ、熊野さん、良い人ね!司令も優しそうだし、上手くやっていけそう。

 

みんなに正式に紹介する前に、不知火に会わせてくれるみたい。もうすぐ執務室に来るって。やっと不知火に会えるのね!

 

少しの間は座ってたんだけど、何だか落ち着かなくて。立ち上がったタイミングでノック音。「不知火です」って扉の向こうから聞こえて。恥ずかしい話、ちょっとテンション上がっちゃったわ。

 

「どうぞ、不知火さん」

 

司令の声の後に、扉は開かれた。私と同じ陽炎型の制服に身を包んだ、ピンクのセミロングの髪を水色のリボンでポニーテールに纏めた可憐な子。理屈じゃなくて、本能で直ぐに理解できた。熊野さんと懐かしそうに挨拶を交わした不知火に、我慢出来なくて声を掛けたわ。

 

「不知火!」

 

私の声に反応して、こっちを向いた不知火。凄く驚いたみたいで、部屋から持ってきたらしい書類を思わず全部落としてる。うんうん、そうよね。感動の再会だものね!

 

「不知火!やっと会えた!」

 

ボケーッとした表情のままの不知火に近づいて、私は握手しようと両手を伸ばした。ついでに感動的に抱き締めるのもアリよね?なんて思ってたんだけど。

 

 

 

パシンッ

 

 

 

‥‥‥‥‥‥え?

嘘、何で?

私が伸ばした両手は、不知火の右手に払い除けられた。えっ?だって、感動の再会‥‥‥よね?拒否されたの?

 

不知火は私の方を見ようとせず、下を向いたまま。そのまま散らばった書類をかき集めて、「不知火は用を思い出しましたので」って司令にその書類を渡して回れ右。そのまま扉の方へ。下を向いたままだから、表情は見えないわ。

不知火は去り際に「すみません」って私に一言だけ囁いて執務室から出ていった。

 

「えっと‥‥‥あの‥‥‥」

 

「大丈夫です。先程も述べたように、陽炎さんのせいではありませんわ」

 

シドロモドロになった私を、熊野さんがそうフォローしてくれた。その熊野さんの視線は司令に向いて。そういえばさっき『強いて言えば提督のせい』とか言ってたわよね?一体何があったのかしら‥‥‥?

 

『鎮守府内は私が案内してあげます』

 

空気を察したみたいで、司令の肩に居た妖精さんがピョン、って跳ねて私の肩へ。

そうね、何だか熊野さんと司令は話す事があるみたいだし、私はお邪魔よね。それじゃ妖精さん、案内お願い。

 

『提督には困ったものです』って私の肩でポツリと呟いた妖精さんの案内で、私は歩き出した。

‥‥‥不知火、どうしてあんな‥‥‥。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「夕星さん、どういうつもりですか?」

 

沖立です。

陽炎さんが出ていった執務室。言いたい事はわかるわ、熊野さん。だから『萩風』の着任だけは避けたでしょ?

 

「けれど。いつかは克服しなきゃ。ヌイヌイちゃんだって、何時までも『蜃気楼』に囚われている訳にはいかないでしょ?」

 

忘れろ、とは言わない。私だって忘れる事なんて出来ない。けどヌイヌイちゃんだって、先代の陽炎や妹の萩風にいつまでも囚われてる訳にはいかない。それを力に変えて前に進まなきゃ。萩風だって、何時呉に着任したっておかしくはないんだもの。過去を引き摺ってばかりじゃ、ね。

 

「本当にそれだけ、ですの?」

 

流石熊野さん。鋭いわね。確かに、さっき言った事は本当だけど建前。司令官としての意見ね。私個人の想いは違う。陽炎さんがヌイヌイちゃんの心を溶かして包んでくれて、私への淡い想いを忘れてくれたら‥‥‥なんて本心もある。さっきのヌイヌイちゃんへの口付けも、その決意みたいなもの。

 

「親友として意見させていただきますわ。逃げても何の解決にもなりませんわよ?」

 

そうね。逃げても何の解決にもならない。だから、支えになってくれる人が出来て欲しいだけなの。もしも今のまま私がヌイヌイちゃんの想いを断ったりしたら‥‥‥きっとヌイヌイちゃんは今度こそ潰れてしまう。だから、ヌイヌイちゃんが潰れてしまわないように、ヌイヌイちゃんを心から支えてくれる人が必要なの。陽炎さんなら、きっとヌイヌイちゃんのそんな人になってくれる。

 

「ええ、熊野さん。覚えておくわ」

 

いつか、ううん。この指輪をヌイヌイちゃんに渡す時の為に。ヌイヌイちゃんは『返事は今は聞かない』なんて言ってたけど、あの様子じゃ無理だもの。近い将来、私に結論を迫る時は来る。その時に‥‥‥お願いね、陽炎さん。

 

 

 

 




三幕開始。ポイポイ、ヌイヌイと陽炎さんを軸に展開していく予定。最後までお付き合いいただけたら光栄です。

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