抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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劣等感

同日、弓道場。

瑞鶴よ。

全く、どうして私がコイツの指導役なんてしなきゃならないのよ?鈴谷は加賀とコンビなんだから、加賀に教わればいいじゃないの。

 

「やっぱ鈴谷には無理だって!弓なんか引けないし~!」

 

そうなのよ。この馬鹿、弓道の心得ゼロなのよ。一から教えてるような余裕、ハッキリ言って無いんだけど。出撃は今すぐにでもあるかも知れないってのにさ。矢を前にすら飛ばせないんじゃ話にもならないわ。え?私の時?そんなの聞いてどうするのよ?まっ、いいけど。私は‥‥‥翔鶴姉が元々弓道部やってたのよ。それで、その後を追って私も弓道始めたって訳。だから弓道歴は結構長いわよ?

 

「無理だって~、弓矢じゃ無くてもいいじゃん!ホラ、紙の人形?みたいなヤツとかさぁ!あれなら弓道の訓練要らないじゃん!!」

 

「鈴谷、アンタねぇ‥‥‥アンタは矢自体を艦載機に変えるタイプなの。私や加賀、赤城さんと同じタイプ。アンタには式神は扱えないのよ?」

 

加賀の力添えがあったとは言え、身体も能力も確かに鈴谷のもの。その鈴谷が発艦した方法は、弓で矢を物理的に放って艦載機に変えるもの。葛城みたいに式を使うタイプでもなければ、グラーフさんみたいにカードを使うタイプでもない。だから、弓矢が出来なきゃ話にならないんだけど‥‥‥。

 

「無理無理無理!弓道じゃ前に飛ばせる気がしないもん!鈴谷には出来ないって!」

 

あーあ、遂に駄々まで捏ね始めたわよ、この馬鹿は。とは言え発艦出来なきゃ戦力にならない訳だしなぁ。なーんでこんなヤツに軽空母の力が有るのよ‥‥‥。あ、そうだ。大鳳のボーガンなら使えるんじゃない?‥‥‥って鈴谷に言ってみた私が馬鹿だったわ。

 

「ボーガン!?そんなの有るなら最初から言ってくれればいいじゃん!!鈴谷それでいいからさぁ!」

 

アンタって奴は‥‥‥。大鳳だってボーガンであれだけの搭載数操るのにどれだけ苦労したか分かってるの?鈴谷が一人前になるまでどのくらい掛かるか‥‥‥頭痛いわね。ったく。恨むわよ、夕立?

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

呼吸が苦しいよ、身体が重いよ。神通さんの「遅れていますよ」って声が聞こえた。分かってるけど、身体が付いていかない。両足は疲労困憊で動かすのも辛いし、今にも倒れてしまいたいくらい。

 

夕雲型駆逐艦三番艦風雲。それが、艦娘としての私。艦娘になって3ヶ月。ついていくのもやっとだった横須賀の川内教官の教導をどうにか卒業できたのは、同期のみんなの中で一番最後。西日本の要所、呉鎮守府に配属って聞いた時は耳を疑ったわ。だってそうでしょ?私みたいな落ちこぼれが呉所属だなんて。あの大和さんが配属された鎮守府だもん。

私の着任直前に配属されてきた鈴谷さんも。私がまだ横須賀に居た時は鈴谷さんは『訓練をサボる問題児』って言われてたのは知ってた。だから正直、『良かった、足手纏いは私だけじゃないんだ』って思ってたんだけど‥‥‥重巡洋艦っていうのもあったんだろうけど、提督はその鈴谷さんを登用して。鈴谷さんは見事にその期待に応えてみせた。その最たるものが前回の対空母水鬼戦。鈴谷さんはMVPの大活躍を見せて‥‥‥才能の有る人は違うんだなぁ。アハハ、やっぱり足手纏いは私だけなのね。

 

あ‥‥‥もうみんな走り終えてるのね。私は周回遅れどころじゃなくて、まだまだ終わらない。あ、もうヒトヒトサンマルか。本当なら午前の訓練は終わりの時間。ほら、みんな解散して食堂に向かい始めてる。他のみんなはお昼休憩。私は‥‥‥まだ無理かな。私の方に視線を向ける人もいるなぁ、辛い、なぁ。泣きそう。

 

「あと10周ですよ、風雲さん。私も付き合いますから頑張ってください」

 

あ‥‥‥神通さんが伴走してくれてる。神通さんだってみんなと同じだけ走ってる筈なのに、更に私に付き合ってくれるなんて。どう鍛えたらそんな風になれるのかな?

 

他の夕雲型はみんな活躍してるのに。此処での先輩になる清霜だって、川内教官に特別召集されるくらい才能を持った艦娘なのに。なのに、どうして私はこんなに鈍臭いのかな。

 

元々ね、運動は得意じゃ無かった。そんな私が艦娘になった切っ掛けは、天龍さん。休暇の天龍さんが、妖精さんを一人連れて川で釣りをしていた所を見かけて。初めて見た、ちょこちょこ動く妖精さんに気をとられた私は、いつの間にかその川に隣接してる道路側に寄っちゃってて。もう少しで車に轢かれる、って所で天龍さんが飛び出して助けてくれたの。ね?我ながら情けない話でしょ?何をやっても駄目だった自分を変えたくて艦娘になったんだけど‥‥‥艦娘になってもやっぱり駄目みたい。

 

やっと走り終えたのは30分後。もうヒトフタマルマルね。みんなはお昼食べ終わっちゃってて午後の訓練に備えてる。私は‥‥‥お腹空いてるけど、身体中ベトベトだし先に汗を流してこよう。

 

1人トボトボと入渠施設へ向かって。1人でお風呂に入って。あーあ、私もせめてみんなと同じ位になりたいな‥‥‥。せめて飛龍さんと同じ艦隊で戦えたら良かったなぁ。

 

「あっ、風雲じゃない!」

 

お風呂からあがって食堂に向かってる途中、声の方に視線を向けたら少し離れた位置から暁先輩が手を振ってるのが見えたわ。呉の第一艦隊所属、前回の対深海棲艦戦争を戦い抜いた大先輩、暁型ネームシップ。私なんかとは比較にならないくらい凄い人。

 

「お疲れ様です、暁先輩。これから昼食ですか?」

 

「そうよ。風雲も?‥‥‥って、敬語は要らないって何時も言ってるじゃない!」

 

プンスカ、って表現がぴったりな膨れっ面で、両手を腰に当ててる暁先輩。容姿はこんな可愛いらしいのに、実力は言うまでも無い。秘書艦の補佐もしてて忙しい筈なのに、私なんかにも声をかけてくれる優しい先輩。

 

「そうだ、一緒にお昼食べない?」

 

「ご一緒してもいいんですか?」

 

恐る恐るそう答えた私に「当たり前じゃない!暁は一人前のレディなんだから。後輩の面倒だってちゃんと見れるんだから」って更に膨れっ面。フフフッ、この場面だけ切り取って見れば可愛いわね。ちょっと気持ちが楽になったかも。

 

「って、だから敬語は使わないでって言ってるじゃない!この鎮守府のみんなは家族みたいなものなんだから!」

 

「えっと、じゃあ‥‥‥わかったわ、レディの暁先輩」

 

フフッ、少し元気が出たわ。ありがとう、暁先輩。あ、因みにだけど、私はお昼に日替わり定食を頼んだわ。暁先輩は‥‥‥お子様ランチ‥‥‥。あれっ?この人歳幾つだっけ?

 

「いいじゃない!お子様ランチだってたまには食べてあげないと可哀想なの!だから暁が食べてあげてるんだから!」

 

実力もあって、愛嬌もあって、羨ましいなぁ。私もいつか‥‥‥‥‥‥あれっ?見たこと無い人が居る?オレンジ色の髪で短めのツインテールの。あ、不知火先輩と同じ制服?ってことは陽炎型の人か。

 

「あぁ、あの人は陽炎さんよ?今日着任なんだって」

 

気付いた暁先輩が教えてくれたわ。けどなんだろう?陽炎さん、何だか悲しそうに見える。声、掛けてみようかな。

 

「あの‥‥‥陽炎さん?」

 

「‥‥‥えっと」

 

あ、やっぱり何か悩んでるみたいね。私みたいな落ちこぼれがおこがましいかも知れないけど、何だか放っては置けないものね。

 

「風雲です。夕雲型三番艦、風雲」

 

「陽炎よ。今日からお世話になるわ」

 

陽炎って事はネームシップか。なら不知火先輩も喜んでるんじゃない?駆逐艦不知火にとって、駆逐艦陽炎は‥‥‥。

 

「不知火先輩には会えました?」

 

あれ?表情が曇っちゃったみたい。何も変な事は言って無いわよね?艦娘って太平洋戦争時の艦艇の魂にものすごく影響受ける筈だから、不知火先輩と再会できたなら嬉しい筈よね?

 

「陽炎さん?」

 

「何でもないわ。それじゃ。私はもう行くわね」

 

誤魔化すように席を立って、陽炎さんは食堂を後にしたわ。ちょっと心配ね。後で不知火先輩に聞いてみようかな。ほら、暁先輩も気になってるみたいだしね。

 

 




newface。夕雲型三番艦、風雲です。風雲と邂逅するのに苦労した提督さんは少なくないのではないでしょうか?因みにウチの風雲さんはまだレベル22です。

第三幕は呉第二艦隊とポイポイ、ヌイヌイが軸となります。
呉第一艦隊は大和、瑞鶴、神通、暁、不知火、熊野。
第二艦隊は阿賀野、鈴谷、清霜、陽炎、それに今回の風雲とあと一人。もう一人は次回に。


※以下ネタです※
◆◆神風さんの受難◆◆

神風「朝、か。何時もなら朝風が騒いでるんでしょうね‥‥‥ん?」テクテク

漣「どこだ!?どこ行きやがった!?御主人様~!!」

神風「朝からどうしたの?」

漣「聞いてくださいよ!御主人様のヤツ、大規模作戦の前なのに溶鉱炉(大型建造)回しやがったんですよ!」

神風「えっ!?だって、今度の作戦はかなり大きいって言ってたわよね?私達が遠征行って頑張って貯めた資源を使ったの!?」

漣「そうですよコンチクショー!今度こそブッ飛ばす!右ストレートでブッ飛ばす!!じゃ、そゆことで!」ダッシュ

神風「あ、行っちゃった‥‥‥あ、阿賀野さんと一緒に誰か居る?あれ誰だろう?」

<アガノネェ!チャントオキテ!モウアサナンダカラ!
<ウェェン!ワカッタ、ワカッタワヨゥ、ノシロー!



‥‥‥と言うわけで、私事ですが能代さんがウチの鎮守府に来ました。え?溶鉱炉ですけど?だって、大先輩の元帥閣下の皆様が『溶鉱炉はイベント前にこそ回すもの』って言ってたので。






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