抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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『不貞寝してやります』

 

 

自室まで耐えました。ええ、耐えてやりましたとも。不知火にかかればこの程度造作もありませんね。泣きたいのを部屋まで我慢するなど、造作も。

一体どういうつもりなのかは分かりませんが、ポイポイはどうして今更になって陽炎を着任させたのか。不知火が笑って受け入れられるとでも思ったのですか?そんな筈無いではありませんか。

 

そうですよね。ポイポイは、陽炎轟沈時はここ呉には居ませんでしたからね。不知火がどれ程辛かったのかは分からないのですよね。あの時は暁の目の前だというのに膝から崩れ落ちて茫然としていたというのに。涙が出てきたのは少し経ってから。陽炎が轟沈したという事実をやっと飲み込んだ後の事でしたね。不知火としたことが、暁に縋り付いて泣く程だったというのに。

 

次代の陽炎が着任したからといって気持ちを簡単に切り替えるなど出来る訳が無い。不知火が信頼を寄せた‥‥‥不知火が信じた陽炎は、あの時轟沈したあの人だけです。例え同じ『駆逐艦陽炎の魂』を受け継いでいたとしても、彼女はあの人たり得ない。彼女は‥‥‥所詮は別人で新人です。

ですが、彼女が陽炎なのもまた事実。その彼女を見る度にあの人を、『あの陽炎』を思い出してしまう。あの時の絶望的な悲しみを思い出してしまうではありませんか。

 

「う゛っ‥‥‥ぐすっ‥‥‥」

 

やはり駄目です。克服など出来る訳が無い。涙が、次から次へと溢れてくる。今日はこのまま不貞寝してやります。今日は、今日だけは勘弁なりません。謝ってもポイポイとは口を聞いてあげません。不満なら営倉にでも放り込んでくれればいいわ。熊野さんも来た事ですし、不知火が居なくとも執務に支障など無い筈。神通さんに罰を受けさせられる可能性もありますが、臨む所です。血反吐を吐いても受けてやります。不知火の心の傷に比べれば身体の痛みなど大した事はありませんからね。

 

フラフラとベッドに向かい、倒れ込むように横になって。嗚咽が洩れないよう枕に顔を伏せて。どうしてでしょうか。近頃は泣いてばかりですね。涙腺がすっかり緩くなってしまいました。はぁ。陽炎や萩風が今の不知火の姿を見たらどう思うでしょうね。いえ、あの二人の事です。案外『人間らしくなった』と笑うかも知れませんね。

 

‥‥‥そんな事を考えているうちに、何時の間にか眠ってしまっていました。眠気眼で時計を見るともうヒトフタヨンマル。しまった、と反射的に飛び起きた不知火でしたが、眠る直前の事を思い出して再び横になりました。もう今日は体調不良という事にしてしまいましょう。都合良く『一日目』ですし。本当はまだ軽いほうですが、今月は『重くて動くのも辛いのが来た』という事にしてしまいましょう。となれば二日目の明日も不貞寝してやります。情緒不安定なのもきっとそのせいです、間違いありません。万全の状態ならばこの不知火に落ち度などある筈が無い。陽炎や萩風に顔向け‥‥‥。

 

「う゛っ‥‥‥う゛っ‥‥‥」

 

再び涙が溢れてきて。今にも声をあげて泣こうかという所でした。コンコン、とノック音が聞こえ、不知火はぐっと堪えました。「はい」という返事は震えていたかも知れませんが、言い訳はあります。落ち度など有りません。

 

「不知火先輩、今大丈夫ですか?」

 

茶色の長い髪を山吹色のリボンでポニーテールに纏め、七三分けの前髪、夕雲型の制服にネクタイ。風雲、でしたか。彼女が訪ねてくるとは珍しいですね。新人達には強く当たっている筈なので怖がられているかと思っていたのですが。泣き顔を見られたくありませんし、ベッドから動かずにいる事にします。寝返りを打って、風雲に背を向けて。

 

「失礼します、不知火先輩‥‥‥具合悪いんですか?大丈夫ですか?」

 

「はぁ‥‥‥察してくれると助かるのですが」

 

風雲はテーブルの隅に置いてあるポーチを見付けたようで、不知火の状態に気付いたようです。ですが、貴女はもう少しデリカシーを持ちなさい。「あっ、生理でしたか?申し訳ありません」等と口に出すとは何事ですか、全く。

 

「あの、不知火先輩。陽炎さんが何だか悲しそうだったから‥‥‥何かあったのかな、って」

 

「特に何も。それより風雲は午後も訓練でしょう?早く準備しなさい」

 

「えっ?あっ、はい‥‥‥」と少しションボリして部屋を出ていった風雲。扉が閉まり足音が聞こえなくなるのを確認してから、不知火はもう一度寝返りを打って扉の方を向き直しました。そう‥‥‥ですね。少し大人げなかったかも知れません。陽炎は新人でまだ着任したばかりで、不知火の事情など知らない筈ですからね。次に顔を合わせる時は普通に接しましょうか‥‥‥心が動揺しなければ、ですが。

 

あ、そうそう。ポイポイの事はまだ許しませんから。勝手に出撃して生死を彷徨い不知火を心配させた挙げ句この仕打ちですよ?許せる筈がないではありませんか。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

横須賀の、艦娘の艦舎のオレ達の部屋。どっか行ってやがった龍田が戻ってきたみたいだぜ?

 

「天龍ちゃん、提督が呼んでるわよ~?」

 

「あ?どうせまた遠征だろ?たまには出撃させてくれっての」

 

天龍だ。フフフッ、怖いか?

 

‥‥‥空母水鬼とレ級の襲撃も落ち着いたこの時期に呼び出しだぜ?どうせショボい任務か遠征に決まってるだろ。ったくよ、たまにはパーっと深海棲艦共と戦わせてくれねーと身体が鈍っちまうぜ。

 

ま、折角呼んでくれてるんだし行くけどな。龍田は適材適所だなんて言ってるけどよぉ、それならどう考えたって世界水準越えてるオレが最前線だろ。‥‥‥あ゛?何だよそのリアクションは?

 

「頑張ってね~」って不気味な程笑顔の龍田に見送られてよ、オレは執務室へ向かった。なーんか引っ掛かるんだよなぁ。龍田のヤツ、あれは明らかに何か知ってる顔だったよな。漣が外れた遠征の旗艦の仕事じゃないって事か?なら何だよ?もしかしてやっと出撃か?よし、それなら気合い入れ直しとかないとな!

 

「おう、提督。失礼するぜ」

 

執務室に居たのは山本提督と、何故か川内。遠征の話じゃ無さそうだな。

 

「やっ、天龍。元気そうだね」

 

「川内、お前ガキ共の相手はいいのかよ?」

 

オレのその質問に答えたのは川内じゃなくて山本提督。「それとも関係する事だよ」ってな。んだよ、まどろっこしいな。もっとストレートに言えばいいじゃねーかよ。

 

「君も知っての通り、川内は今特別教導中の身だから動けない。だから君に呉に行ってもらいたい」

 

はぁ?オレが呉?なんでわざわざ呉鎮守府に、って言いそうになったけど言葉を呑み込んだ。多分アイツだろ、ほら、風雲。アイツは川内の教導も付いていけてなかったからな。呉の神通のトコじゃ尚更だろ。

 

「っんだよ、ガキのお守りかよ」

 

「そう言うな。向こうなら出撃もあるだろうし、天龍には願ったり叶ったりだと思うがな」

 

何っ、ホントかよ!出撃させてもらえるのか!?提督、今の言葉嘘じゃねーだろうな?‥‥‥何だよ、何で風雲の事が最初に頭に浮かんだのかだと?べっ、別にどーでもいいだろっ!呉に行ったって聞いてたからよ、ウスノロのアイツじゃ苦労してるだろうとちょっと思っただけだ。別に心配してるとかじゃねーよ。

 

「仕方ねーな。この天龍様が呉周辺の深海棲艦共を潰してきてやるよ。何せ世界水準軽く越えてっからな!」

 

頷いた提督の「頼んだ」って言葉がガキのお守りの事を指してるなんて分かってるけどな。まあ、頭下げられて頼まれるのは悪い気はしないしな。受けといてやるよ。

 

「宜しくね、天龍。私もあの子に付いてあげたいのはやまやまなんだけどね。何せやる事が多くてね」

 

へーぇ。あのウスノロのガキ、川内に『付いててあげたい』なんて言わせるものを持ってんのか?一見そうは見えないけどな。まっ、どーでもいいけどな‥‥‥‥‥‥何だよ、言っとくけどな、出撃の為に異動してやるんだからな?それに呉の提督は夕立だろ?なら少しくらい無茶しても怒られねーだろ。いざとなりゃ夕立も巻き込んどけばいいんだしな。

 

「別にガキの面倒見る為に受けたんじゃねーよ」

 

オレは少し乱暴に扉を開けて執務室を出た。さーて、異動となりゃ荷物を整理しとかないとな。

そういや龍田のヤツ『頑張ってね~』って言ってたよな?アイツ全部知ってやがったな?

 

オレが去った後の執務室でよ、川内と山本提督がその風雲について話してたんだよ。風雲に直接言ってやりゃいいのによ。

 

「風雲は私よりも天龍とか不知火に付いた方が伸びる筈だからね。呉には暁も居るし、良い手本にできると思うけど」

 

「問題は神通の訓練だからな」

 

クスクス笑って「そうだね。我が妹ながら厳しいのは良いんだけど。あれは『生き残る為の訓練』だからね」って珈琲を口にする川内。「そうだな。出来る限り風雲の長所を伸ばしてやりたいからな」って山本提督も笑ってやがった。面倒な事になりそうだな。

 




ヌイヌイさん不貞寝&仮病敢行。仮病と言っても半分は本当ですが。ポイポイの仕打ちを鑑みるに仕方無いですね。

前回の後書きでの宣言通り。最後は天龍です。あー、何と書きやすい性格か。


艦これ運営ツイートで、次回のアップデートで文月改二ほぼ確定ですね。フミィ教徒の提督の皆様、おめでとうございます。

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