リハビリシリーズーデレマス短編集ー   作:黒やん

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レモンフレーバー《速水奏》

「アイドルにスカウトされたわ」

 

「は?」

 

思わず間の抜けた声が出てしまったが、それもそうだろう。朝、いつも通りに家を出ると何故かこいつが家の前にいて、その第一声がこれだったのだから。

 

「アイドルにスカウトされたわ」

 

「いや、それはさっき聞いた。……一応言っとくな、マジか?」

 

「マジよ」

 

先程と変わらない様子で肯定する目の前の女を見る。確かに美人と言える容姿であるのは間違いない。現に学校でもこいつのことを密かに狙っている奴はなかなか多いのだ。

ただ、アイドルにスカウトされるとなると首を傾げざるを得ないこともまた事実だ。どちらかと言えば女優やモデルと言われた方が納得してしまう。何故ならこの女、未成年のくせにやたらと大人の雰囲気を持っているというか、まぁ端的に言ってしまえば言動仕草共に狙ってんじゃねぇかと思うくらい色っぽいのだ。本人曰くOLに間違われたとか、ふざけ半分で酒を注文してみても何の確認もなく届けられたとかいうエピソードもあるらしい。

それにこいつ、笑う姿があまり想像出来ない。いや、微笑という意味ではなくアイドル的な笑顔の方だが。アイドルと言えば笑顔、とか誰かが言っていた気がする。同時に大天使ウヅキエルとかも聞こえたような気がするが、そちらはよくわからない。テレビあんまり見ないから仕方ないんだが。

 

「それで、俺にどうしてほしいんだよ」

 

「あら、素っ気ないわね。女の秘密を知ったんだからもう少しいい反応をくれてもいいんじゃない?」

 

「秘密って……お前が勝手に話したんだろうが」

 

「バレちゃった?」

 

「てへぺろじゃねぇよ可愛いなコンチキショウ」

 

「褒め言葉として受け取っておくわね」

 

チラリと舌を出したこいつに少しドキッとしてしまったのが悔しいので、適当に軽口を叩いておく。それすら飄々とした態度でかわされてしまう。ちくせう。

 

「はいはい、んなことよりさっさと行くぞ。遅刻しちまう」

 

「あん、せっかちね」

 

「お前本当に夜道にゃ気ぃ付けろよ? 日頃からそんなんだと知らねぇぞ」

 

「大丈夫よ。夜道を歩くときは護衛をつけるわ」

 

「だからってコンビニ行きたいって理由で夜中に起こさないでくれませんかねぇ……」

 

いや、切実に。風呂入って寝ようってタイミングで電話がくるから質が悪い。しかも頑固なもんだから反対意見が通った覚えがない。

 

「あら? 夜道に気を付けろって言ったのは貴方よね? なら責任を取ってもらわないといけないじゃない?」

 

「ぐっ……」

 

昔からこうだ。口でこいつに勝てる気がしない。そして勝てた覚えがない。

 

「ほ、ほら。そんなことより急ぐぞ。本当に電車が行っちまう」

 

「ふふ、そうね。それじゃあ行きましょうか」

 

口元に手をやりながらクスクス笑う我が幼なじみーー速水奏に少しイラッとしながら、俺達は駅へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ふぅ……」

いつもと変わらない朝。顔を洗い、コーヒーを胃に流し込んでからゆっくりと支度を済ませる。

結局あの後奏はアイドルになることを決めた。しかも何の偶然かラジオやらグラビアやらでトントン拍子に知名度を増していき、今日ライブデビューをするらしい。正直出来すぎな気がしないでもないが、それがあいつの才能だったのだろう。昔からなんでもそつなくこなす代わりに、熱中できるものを持たなかったあいつが夢中になれるものを見つけたのならいいことなのだろう。

 

用意が出来たので、少し早めに家を出る。ギリギリに出て遅れようものなら奏に何を言われるかわかったものではない。場所はそれほど遠くない文化ホールだ。大きいとも小さいとも言えない場所だが、それでも新人アイドルのデビュー場所には破格のステージなのだと、あいつは電話越しに話していた。

目的地に着くと、受付の人にチケットを渡して場所を確認し、中に入る。チケットと言っても大したものではなく、人数の確認と面倒事を無くすためのものだ。まぁ俺のは奏から送られてきたわけなのだが。

前から二番目のかなり見やすい席に腰を落ち着ける。意外と座り心地がいい。それに機嫌を良くしつつ、無料配布されていた小さなパンフレットに目を落とす。表紙に着飾った奏や他にも美人がプリントされたそれを見ると、少しだけ奏が遠い存在になったような気がした。

 

パンフレットを読み終え、スマホを弄っていると、突然大きな影が目の前に現れる。どうやらかなり長身の方が前の席になったらしい。

こればっかりは仕方がないと割り切り、スマホを弄り続けるが、少し様子がおかしい。前にいる人が一向に座らないのだ。それが気になり、ふと顔を上げてみると……そこには、厳つい顔の暗殺者然とした男がいた。

 

「…………」

「…………」

 

いきなりのことに何のリアクションも取れない俺。よくわからないが首に手を置いて目を泳がせる前の人。よくわからない構図が出来上がってしまった。むしろ叫ばなかった俺を褒めてほしい。それくらい怖い顔だった。

 

「……千川穣さんですか?」

 

やがてらちが明かないと思ったのだろうか、前の人が恐る恐るそう聞いてくる。

 

「あ、はい。そうですけど」

 

俺が肯定すると、前の人は心底安堵したように息を吐く。

 

「すみません、少し私についてきて頂けますか?」

 

「え?」

 

それだけ言うと、前の人はさっさと背を向ける。何が何だかわからずにそのままぼぅっとしてしまった俺だったが、前の人がある程度の距離を置いて不安げに俺を見ているところを見て、つい慌てて追いかけてしまった。

一体何だってんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ここです」

 

関係者以外立ち入り禁止の扉をくぐり、しばらく歩いていくと、前の人はとある扉の前で立ち止まってそう言った。

立ち入り禁止の扉を越えた辺りから何者だとは思っていたが、今こちらを向いた時に見えた名札ではっきりした。どうやらこの人が奏のプロデューサーだったらしい。

しかしながら、ここに俺を連れてきた訳がわからない。言っては悪いが俺はただの一観客である。関係者ですらない奴を呼んできてどうするつもりだろうか。

 

「彼女を、よろしくお願いします」

 

「え? ちょ……」

 

そうこう考えている間に、プロデューサーさんはどこかへと立ち去っていく。開演前で忙しいのだろうが、せめて俺をここまで連れてきた理由を教えて欲しかった。

そんな思いで扉を見ると『速水 奏』と書かれてある。隣には『鷺沢 文香』や『北条 加蓮』と書かれている扉もある。どうやら今日ライブをする奏以外のアイドルもここに集まっているらしい。そして奏の楽屋の前に連れてこられたことで何となく理由に察しがついた。多分いつもの悪ふざけだろう。今頃俺が戸惑っているところを想像してクスクス笑っているに違いない。

そんな想像をぶち殺すとばかりに奏の楽屋をノックする。空いていると小さな返事が返ってきたのと同時に、楽屋の扉を開け放った。

 

開け放った先には、パンフレットに写っていたのと同じ衣装で着飾っている奏が目を丸くして座っていた。

予想していた反応と違うことに少し面食らうが、恐らく奏の演技だろうと判断した。

 

「…………」

 

「お前なぁ、あんまりプロデューサーさん困らせんなよ? 俺を呼び出すなら直接連絡するとかーー」

 

そこから、俺は言葉を繋げることができなかった。奏が抱きついてきたからだ。普段ではあり得ない奏のその行動に俺は即座に対応出来ずにされるがままになっていた。

 

「か、奏……?」

 

「…………」

 

ようやく処理を再開した俺の脳に、視覚情報が伝えられる。奏は震えていた。そのせいか、元より頭一つ半ほど小さい奏がもっと小さく見えてしまう。

しばらくどうすればいいかわからなくて、両手を宙に遊ばせていたが、覚悟を決めて片手で奏を抱きしめ、もう片方の手を頭に置く。小さくびくりと体を跳ねさせたが、奏はそのままそれらを受け入れる。

 

「大丈夫だ」

 

俺が掛けられるのはその一言だけだ。アイドルとしての『速水奏』の努力を俺は知らない。だけど、今までの『奏』の頑張りを俺は知っている。だから、大丈夫。それだけを伝える。

 

「……ふふ」

 

絹のように艶やかな髪を手櫛で鋤いていると、奏が小さく笑みをこぼした。

 

「不思議ね。ついさっきまで今ここにいるのが『速水奏』なのかわからなかったのに。貴方にこうされるだけでここにいるのは『速水奏』で、ただの『奏』だって思えるのだもの」

 

「お前は基本的に背伸びしてるだけの寂しがり屋だからな」

 

「そうね。確かにその通り。少しは成長した、って思っていたのだけれど」

 

そう言うと、奏は体勢はそのままに顔を上げる。潤んだ瞳と、上気した頬が奏の女としての魅力をこれ以上ないくらいに振り撒いていた。

 

「ねぇ、証をちょうだい? ここにいるのは私だと、何の疑いもなく信じられる証を。私に、刻んで」

 

どちらからともなく、互いの顔が近付いていく。そして後少しで一つになる、その直前に、奏の出番を告げるノックが響いた。

 

「……あら、お預けみたいね」

 

「……危ねぇ。完全に雰囲気に呑み込まれてた」

 

「ふふ、いけず」

 

先程までの空気を払拭するかのように軽口を叩き合う。クスクス笑う奏の震えは、もう完全に止まっていた。

 

「なら、これから魅せてあげる」

 

「?」

 

「私の輝き。後になってさっきのこと、後悔してもしらないから!」

 

扉の向こうへと消えていく直前、奏が見せたのは、もう久しく見ていないだろう年相応の、奏本来の笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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家に着くと、俺は即座にベッドの上に身を投げ出す。思い返すのは今日のライブだ。

奏は確かに輝いていた。今日のライブは他でもない奏のライブだったと言えるくらいに。終わった瞬間に反応する者は誰もいなかった。否、体を動かすことを許されなかったと言ってもいいだろう。数拍の後、万雷の拍手と歓声が奏の上に降り注ぐ。それを成功と言わないでどうするのか。

奏が居場所を見つけたことに安堵すると同時に、胸にチクリと走った痛みは何だったのだろう。ぼうっと天井を見つめながらそんなことを考える。依然として答えは出ない。

 

ピン、ポーンとチャイムが鳴る。正直立ち上がるのも億劫な状態だったが、仕方がない。宅配便などだった場合、後で苦労するのは自分なのだ。

無気力に返事をしてドアを開けると、そこにいたのは奏だった。

 

「……来ちゃった」

 

「いや、来ちゃったってお前」

 

普通に考えればあり得ないタイミングである。確かにあの後からかなりの時間が経っており、もう数分で日付が変わるような時間ではあるが、ライブが終わったのは午後8時だ。後片付けやら何やらを考えればこいつがここにいるのはおかしい。

 

「お邪魔するわね」

 

そう言って奏はずんずんと家に入ってくる。半分諦めを交えて、俺は静かに扉を閉めた。

 

 

 

 

「で? お前なんでここにいんの? 片付けやら打ち上げやらあったんじゃねぇの?」

 

「つれないわね。楽屋の時の情熱的な貴方はどこに行ったの?」

 

「それを言うな」

 

正直あの時の俺をぶっ飛ばしたいまであるんだから。

 

奏はふぅと息を吐くと、俺のベッドに腰掛ける。その際近くに置いているクッションを抱えるのを忘れない。奏が家に居座る時のお決まりのポジションだ。

 

「片付けは思ってたより早く終わったの。打ち上げは後日になったわ」

 

「お前が後日がいいとか言ったんじゃないだろうな?」

 

「あら、よくわかったわね」

 

案の定やりやがってましたよこのバカは。

 

「あのなぁ……打ち上げってのはその時のテンションそのままにやるのが一番楽しいんだぞ?」

 

「それくらい、私だって知ってるわよ」

 

「なら……」

「そうね、多分ーー」

 

俺の言葉を遮って、奏が話を続ける。クッションに顔を埋め、少し楽しそうに俺を見、続きを口にする。

 

「穣に、会いたかったからかしらね」

 

次の瞬間を、俺は良く覚えていない。気付けば奏をベッドに押し倒して顔の横に手をついていた。所謂床ドンの体勢だ。

クッションがテーブルにぶつかり、その上にあったカップやらなにやらが音を立てる。我を失ってしまった自分を恥じると同時に、文字通り目の前で目を丸くしているお姫様に苦言を呈しておくことにした。

 

「ーーあのなぁ、前から言ってんだろ? 言動には気を付けろって」

 

今の俺が言っても仕方がないが、それでも言わずにはいられなかった。

 

「いつか本気で勘違いする奴が出ても知らねぇぞ」

 

そう言うと、奏は目をぱちくりとさせ、やがていつものクスクス笑いを始める。もう一度強く言おうとした俺の唇を、奏の指が押さえた。

 

「知ってる? シンデレラの魔法は12時になると解けてしまうの」

 

そのまま奏は俺の首にするすると腕を巻き付ける。俺はそれをただ見ていることしか出来なかった。目の前の奏に見とれてしまっていたのだ。

 

「だから今の私は……ただの、奏よ」

 

衝撃。そして、唇が何かに重なる。言うまでもなく、奏の唇だった。啄むような、なのに熱い。そんな繋がり。

何秒経っただろうか、脳の処理が追い付いていない俺を他所に、奏が唇を離した。

 

「ん……ふふ、レモンの味」

 

ペロリと自分の唇を舐める奏。それを見た俺はようやく我に帰る。

 

「なっ、ばっ、お前……!?」

 

「あら、不満?」

 

そうじゃない。そうじゃないけど、こう……こう!

上手く言葉に出来ない上に口が仕事を果たしてくれない。もどかしさばかりが募る中、奏が再び口を開いた。

 

「だって貴方、手を離したらいなくなっちゃいそうなんだもの。本当は捕まえていて欲しいのだけど……ふふ、離さないようにするのも悪くないわ」

 

いつの間にか、奏と隣り合って寝ているような体勢になっていた。ベッドの上に奏の髪が広がる。

 

「それに私、そんなに軽い女じゃないの」

 

二度目。今度は一瞬だけだった。

 

「どちらかと言えば、重い方よ」

 

「奏……」

 

ゆっくりと奏は俺との距離を詰める。ここまで来て、俺もとやかく言うほど馬鹿ではない。逆に奏の首筋に手を寄せ、ゆっくりと引き寄せる。

奏は少しくすぐったそうな表情をしたが、すぐに赤くなった顔に戻る。潤んだ瞳が色っぽい。そしてそんな奏がどうしようもなく愛しく感じた。

 

「ふふ、ねぇ。もっと、もっと。私を愛して……?」

 

返事はいらない。三度目のキスは、奏の味がした。

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