リハビリシリーズーデレマス短編集ー   作:黒やん

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Feeling Love《一ノ瀬志希》

「おい、起きろ」

 

「んにゃぁー……」

 

朝日が差し込む部屋の中、目の前の布団の塊を揺らす。ベッドの上には枕もあるが、それは放り投げられたように隅に据え置かれており、ちょうど中心に団子のように丸まった布団があるだけだった。

その塊を何度も揺するが、返事が返って来るだけで一向に顔を出す気配がない。時折もぞもぞ動いてはすぐに動きを止める。まぁ、いつも通りだ。……いつも通りとか言えるようになってしまったことが悲しくて仕方ないが。

そもそも、何故オレが独り暮らしのこのアホの家でコイツを起こすようなことになっているのか。自分でもあまり理解していない、というよりは理解したくないだけなのだが、とにかく話は一ヶ月ほど前にさかのぼる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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その日は朝から妙にみんなが盛り上がっていた。オレは野球部の朝練があったので知らなかった話だが、どうやらアメリカからの帰国子女が転入してくるらしい。おまけにかなりの美人だったと、それらしい女子を見た奴が騒いでいた。

去年の四月にも新入生にとんでもない美人がいる、と騒いでいたはずで、今年の四月にはオレの妹を見てなんやかんや言っていたというのに元気なことである。ただこっちは朝から練習で疲れているので静かにして欲しいのだが。

 

「おい緋彩! お前聞いたか?」

 

「転校生の話だろー……」

 

「そうだけどちげーよ」

 

「どっちだよ」

 

ついつい頭に浮かんだツッコミを即座に口に出してしまう。正直、疲れからくる眠気で頭が働いていない。一限目は普通に寝ても怒られない授業だということも少しは影響しているのかもしれない。

 

「その転校生が来るのがうちのクラスなんだってよ」

 

「へー……」

 

「り、リアクションうっすいなぁお前……」

 

「ぶっちゃけ今は睡眠以外に興味ない」

 

眠いものは仕方がないのである。そう言うと話しかけてきた友人もオレが限界だということに気付いたのか、後で後悔しても知らねーぞ? とニヤニヤしながら言い残し、登校してきた別の奴らのところへ行った。

これでようやく寝られる、と周りの音を意識から外へ放り出し、本格的に寝る体勢を作る。そして少し意識がふわふわとし始めた頃のことだった。

 

「ハロハロー! どーもアメリカから帰ってきました一ノ瀬志希でーす! 特技はケミカル、好物はタバスコたっぷりのピザ! よろしくにゃー!」

 

結構な大音量がオレにクリーンヒットした。うるせぇ。

思わず反射的に体を起こしてしまう。普段よく居眠りしているときに耳元で手を叩かれて起こされているが故の弊害だった。中途半端に意識が浮いていたところを起こされたせいか、全く頭が回らない。眠い。

 

「じゃあ一ノ瀬、高森の横が空いてるからそこに座りなさい」

 

「はーい!」

 

ぼけーっと宙を見つめていたら、いつの間にか転校生の紹介やら質問やらが終わっていたらしい。どういう訳か気付いたらオレの横に設置されていた席に向けて転校生が歩いてくる。

緩くウェーブしているロングヘアーに、ぱっちりした目は少し猫っぽい。スタイルもよく、誰とは言わないがうちの妹とは大違いだ。確かにあいつらが騒ぐのも無理はないほどの美少女だった。

 

「キミが高森クン?」

 

「? そうだけど?」

 

「ふーん……」

 

てくてくと歩いてきたかと思えば、自分の席に荷物を置くこともなく、オレの前に立ってじっとこちらを見てくる。

何をしてるんだコイツは、と思いながらも特に気にせずにぼけーっとしていると、どういう訳か転校生はオレの顔のすぐ傍まで自分の顔を近づけてきた。

 

「何してんだお前!?」

 

「んー……甘すぎず、苦すぎず、まったりしていてそれでいてしつこくない……いいね!」

 

「はぁ?」

 

コイツが何を言っているのかさっぱりわからない。それでも何が嬉しいのか、転校生は面白そうに笑っていた。周りでは転校生のエキセントリックな行動に教師も生徒も固まっている。

転校生は周りの雰囲気に気が付いたのか、周りを見渡して首を傾げた。

 

「んー? キス&ハグくらい海外(むこう)じゃ挨拶代わりだよ? キスもハグもしてないけど」

 

「ここ日本。Do you understand?」

 

「I've understood so well! そんなことよりキミいいニオイしてるねー!」

 

おかしい、話が通じない。しかも訳がわからない。朝練終わりの男子高校生、しかも今日は制汗シートも忘れたためにいいニオイどころか汗臭いはずだ。

 

「なーんかぽかぽかあったかいって言うか、広くて包み込まれるって言うか、ほら、青空みたいな感じ? ありゃ、ちょっと土のニオイもするねー。運動部?」

 

「……野球部だけど」

 

「そっかそっかぁー! にゃっはっはぁー!」

 

ニオイだけで運動部と当てられたこともそうだが、言っていることとやっていることがいかんせんエキセントリックすぎる。変わった奴だとは思いながらも、オレに害がなければ好きにすればいいか、と早めに見切りを付けてもう一度眠る体勢に入る。

先生も気を取り直したのか、転校生ーー一ノ瀬だったかーーに軽い注意をして授業を始める。一ノ瀬は何がおかしいのか、笑いながら軽い感じで謝っていた。

 

そして授業が始まって数分再び微睡んでいたオレだったが、隣に居座ることになったエキセントリック娘が大人しくしているはずもなかった。

 

「せんせー!」

 

「どうした一ノ瀬、何かわからないところでもあったか? だったらとりあえず高森を起こして聞くか、授業が終わった後に聞きに来てーー」

 

「飽きました!」

 

「……は?」

 

「じゃーそーゆーことでー」

 

「あ、コラ! 待て一ノ瀬!」

 

ガタガタガチャガチャという騒がしい音に顔を上げると、隣にいたはずの一ノ瀬がいなくなっていた。時計を見ると、授業が始まってから十分と経っていない。

バックレたな、と勝手に結論をつけてみるが、案外間違ってはいないだろう。欠伸を一つこぼしてもう一度寝ようとすると、先生から大声が飛んでくる。

 

「高森! ちょっと一ノ瀬連れ戻すの付き合え!」

 

「……オレっすか」

 

「うちのクラスで唯一の野球部かつ俺が野球部の顧問だから仕方ないな! 後いつも睡眠学習見逃してやってるだろ!」

 

一瞬面倒くさいという感情がわき上がってきたが、確かに毎朝練習に出ており、成績も悪くないということで授業中に寝ているのを見逃されているのは事実だ。それを突かれては何も言えない。逆らって睡眠を禁止される方がオレにとっては事だ。

面倒だと思いながらも、オレはゆっくりと教室から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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さて、一ノ瀬がどこに行ったのか、それが一番の問題なのだが、それは大して難しくない。短い間だがあのエキセントリック娘を見て、感性で生きてる猫みたいな奴だということは何となく理解した。そういう奴が行く場所と言えば屋上ーー

 

ーーと見せかけて、裏庭だ。

 

「すぴー……」

 

この学校の裏庭は日当たりがいい。四方を校舎に囲まれている中庭に比べると月とスッポンと言える程に。しかも中庭にしろ裏庭にしろきっちりと芝生で整備されているなら尚更寝心地はいいだろう。……自分がその立場だったら、という話だが。

 

「おら、起きろ」

 

「ふがっ!?」

 

自分の眠りを遮った奴が快眠していればそりゃあ腹も立つ。一ノ瀬の鼻を摘まんで少し息を苦しくしてやれば、即座にばたばたと手足を動かして跳ね起きた。

 

「なにごとっ!?」

 

「やっと起きやがったか猫娘」

 

「んー? このニオイは隣の高森クン!」

 

「ニオイで判別すんのか……。猫ってより犬だな」

 

「にゃんにゃんわおーん!」

 

「何してんだお前は……」

 

「ぱっぱぱー! 志希にゃんは志希わんに進化したー」

 

「人間に戻れアホ」

 

「はーい」

 

コイツと会話のキャッチボール……というよりはピッチング練習か。こうしていても仕方がないのでさっさと立ち上がる。そして一ノ瀬を立たせようと手を出すが、一ノ瀬はそれを不思議そうに見ているだけだった。

 

「んにゃ?」

 

訂正。堂々とさっぱりわかりませんとばかりに首を傾げやがった。

 

「戻るんだよ。誰のせいでこんなところまで来たと思ってんだ」

 

「キミも昼寝しに来たんじゃないの?」

 

「お前と一緒にすんなアホ」

 

「んー……」

 

一ノ瀬はオレの手を取らないまま、顔を近づけてハスハスと手のニオイを嗅ぐ。咄嗟に手を引っ込めるが、一ノ瀬はふにゃりと頬を弛ませた。

 

「でもキミ、やっぱりすっごくイイニオイがするんだよねー」

 

「……行くぞ」

 

「あ、ちょ、待って!? 流石に引き摺られるのは志希ちゃん不本意っていたたた!? お尻! お尻削れるー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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そしてその後、度重なる一ノ瀬の脱走と、それを毎回一発で発見、捕獲、連行するオレという図式が出来上がり、満面の笑みのあの先生(ゴリラ)に一ノ瀬の世話係を命じられて今に至る。オレにとっては百害あって一利なしもいいところであったが、睡眠を邪魔されるよりはマシだということで何とかやっている。

このアホ娘、学校内で何かやらかすだけならゴリラやらクラスの男子を煽ればオレが動かなくても何とかなるのだが、そもそも学校に来ない日もある。その全てがコイツの気まぐれだと言うのだから本当に質が悪い。

そうして朝からオレがコイツの家に来てみれば、鍵こそ掛けてはいるもののポストに合鍵を入れっぱなし、そしていざ入ってみれば気持ち良さそうに爆睡しているときた。流石のオレでも腹に据えかねるものがある。

 

この半月くらいですっかり把握したコイツの部屋の中から、目覚まし用とは名ばかりの生物兵器、『目覚ましアロマ(シュールストレミングの香り)』を取り出し、タイマー式の散布機に取り付ける。部屋を完全に密室にしてから五分後に撒くようにスイッチを入れ、寝室を出てから勝手にコーヒーを淹れて飲む。香りに関しては本人が『三分後には霧散するからだいじょーぶ』と言っていたので大丈夫だろう。多分。

 

『ーーん"に"ゃ"あああああああああ!?』

 

と、丁度コーヒーを飲み終わったあたりで一ノ瀬の断末魔が部屋中に響いた。防音設備のしっかりしている割といいところのマンションだから大丈夫だろうが、普通のアパートだったら顰蹙ものだっただろう。

コーヒーのおかわりを淹れていると、勢いよく寝室の扉が開かれた。

 

「ちょっとキミでしょ!? あれ仕掛けたの!?」

 

「何回起こしても起きなかったからな。自業自得だ」

 

「それでもヒドいよ! まだ鼻がヘンだぁ……」

 

「そんなもん作って置いておくからだ。アホめ」

 

「……あたし、キミ以外にアホとか言われたことないんだけど?」

 

ジトー、と一ノ瀬がこちらを見てくるが、とりあえず面倒くさそうなのでスルーする。コイツに構っていたらきりがないのだ。

確かにコイツは普段の行動からは想像もできないが頭がいい。それこそ天才というやつだ。ちょくちょく本人からこぼれてくる情報を頼りにするなら、一ノ瀬は向こうでは飛び級で大学に居たが、飽きたからと日本の高校に転入してきたらしい。その頭のよさの反動か、興味が三分くらい、もしくはそれが完成するまでしか続かないとのことだ。それにしては猫みたいにじゃれてくるために扱い辛いことこの上ないが。

 

「そうか、良かったな」

 

「良くないよ!」

 

「時間を考えろアホ。朝からきゃんきゃん煩い」

 

「……なんか調子狂っちゃうなー、もう」

 

一ノ瀬は諦めたのか、オレの対面に座り、自分もコーヒーを淹れる。わざわざ学校に出る前にオレがここに来させられる意味をようやく理解したのか、今日は珍しくきちんと制服を着ていた。

 

「でも流石にシュールストレミングはヒドくないかにゃー? 文字通り鼻が曲がっちゃうところだったよ」

 

「さっきも言ったが、あんなもんぽんと置いておくお前が悪い」

 

「そりゃあそうだ。にゃっははー」

 

適当に返してみるが、何やら反応がいつもと違う。いつもなら『それでも謝罪を要求するー、思う存分ハスハスさせろー!』とか言って飛び付いてくるから避けるか投げるかしていたはずだが。

横目で一ノ瀬を見ると、何やら髪の毛を気にしていた。恐らくどこかが絡まって違和感があるのだろう。いつもより大人しいのは違和感を取ろうと必死になっているからだろうか。

まぁ、大人しくしているに越したことはない。コイツが大人しければそれだけオレの睡眠時間は増えるのだ。たまにはそんな日があってもいいだろう。

 

「……それ飲んだら行くぞ」

 

「えー、志希ちゃん飽きちゃったー」

 

「飽きたとかそういうことじゃないだろ」

 

「キミだっていっつも寝てるでしょ? それってつまんないってことじゃないの?」

 

確かに、オレは学校に行ったところで、一ノ瀬の言う通り寝てるか、一ノ瀬の捜索連行をしているかのどちらかだ。学校の勉強を楽しいと思ったことは一度もない。なにせ、見ればわかるのだから。数学にしろ、国語にしろ、どんな教科でも何となくこうだと理解できる。理解してしまう。おかげで教師陣からは文句こそ言われないが、問題児扱いされるという立場に落ち着いている。唯一学校で楽しいと感じるのは部活のときくらいだ。それも、自分の力では上手くいかないチーム競技だから、という面が強いが。

そう思っているためか、オレは一ノ瀬の言葉を否定することができなかった。

 

「あたしもだよ。だってわかっちゃうんだもん。わかっちゃうし、その先の内容も知ってる。キミには話したよね? あたし向こうじゃ大学生だったんだよ?」

 

「だからって、気軽にルールを破っていいわけじゃないだろ」

 

「ふふふー、ちょーっと言葉に詰まってきたねー?」

 

「うるせぇ」

 

自身の有利を悟ったのか、一ノ瀬はけらけらと楽しそうに笑いながらオレを見る。

 

「逆にどうしてそこまでルールに拘るの?」

 

「出る杭は打たれる。それだけだ」

 

「にゃっはーん、緋彩クンは打たれたことがある、と」

 

図星だった。思い出したくないことだが、確かにそれは事実だった。

 

「にゃはは、図星みたいだね。顔コワイよ?」

 

付き合ってられるか、そう考えて、オレは真っ直ぐに玄関に向かう。しかしその手を一ノ瀬が両手で掴んで止めてきた。

 

「離せ」

 

「やー、ゴメンゴメン。あたしやっぱり人との距離の取り方とか苦手でさー」

 

「離せと言った」

 

「やーだー!」

 

引きずっても振り払おうとしても必死でしがみついて離れない一ノ瀬。何がコイツをそうさせるんだと思いながらも、一ノ瀬を引き剥がすことは出来なかった。

 

「……何が望みだよ」

 

結局先に根負けしたのはオレの方だった。一ノ瀬はオレが逃げないと察したのかぱっと手を離すと、悪戯っぽい目でオレの目を覗き込む。

 

「今日はあたしと、ちょっぴりワルいことしよ?」

 

どうせ拒否しても無理やりさせられる。諦めを込めて、オレは首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「にゃっふっふー! ほらほらこっちー!」

 

テンションの跳ね上がった一ノ瀬に連れられて来たのは、なんてことないショッピングモールだった。なんでもこっちに来てから自宅と学校の往復と、たまにコンビニやらスーパーに出掛けていただけだったらしい。睡眠欲ってすごいんだねー! とは本人の談だ。

一ノ瀬のことだからあっちへフラフラこっちへフラフラしているものだと思っていたのだが、学校で追ったり追われたりして体力が限界まで削られていたようだ。それを聞いて知らんと一蹴すると、頬を膨らませて威嚇された。全く怖くもないが。

目的地に着いたら着いたで、一ノ瀬はやはり感性に任せてフラフラとぶらついている。時折雑貨や服を見に店に入ることはあっても、五分と経たずにまたフラフラと歩き出す。いや、荷物持ちにならない分楽でいいか。

 

「もー! ちゃんと着いてこないとダメだよー!」

 

「へいへい、たいへん悪ぅございました」

 

「むー!」

 

頬をリスみたいに膨らませたかと思えば、何かを思い付いたように目を輝かせる一ノ瀬。こちらが何かをする前に、一ノ瀬はオレの腕に抱きついてきた。

 

「ちょっ、おまっ」

 

「こーすれば遅いとか気にしなくてもいいよねー!」

 

「離れろアホ娘」

 

「ざーんねーん! 志希ちゃんは一度装備したら離れませーん!」

 

「呪われた装備じゃあるまいし……」

 

「志希ちゃんの呪い? んー……とりあえずハスハスしちゃう!」

 

「やめろアホ! よけいくっつこうとすんな!」

 

「ふあー……やっぱりキミってイイニオイするよねぇ……」

 

頬を弛ませてハスハスと顔をくっつけてくる一ノ瀬。もうこうなるとほんの少しだけあるかもしれなかった言うことを聞く可能性すらなくなった状態だ。周りの視線が痛いが、それを言ったところでどうにかなるような奴ではないのはよくわかっている。

しばらくは呪いの装備(一ノ瀬)を引きずるようにして歩いていたが、やがて一ノ瀬が何かに気付いたように、オレにひっついたまま鼻をスンスンと鳴らした。

 

「んー……ね、どっかお店入ろっか」

 

「別に構わんが……どうした?」

 

「雨、来るよ。通り雨」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あたしねー、雨のニオイって好きなんだー」

 

喫茶店に入ると、一ノ瀬の言う通り間もなく雨が降ってきた。窓際の席に座っているせいか、外の慌ただしく動いている人たちが別世界のように見えてしまう。頼んだコーヒーを待ちながらそんなことを考えていると、一ノ瀬が唐突に口を開いた。

 

「雨のニオイってね、ペトリコールとジオスミンのニオイ。化学物質にしたらそんな簡単に言えちゃうのに、自分で作ろうとしても作れないの」

 

「そうなのか?」

 

「そーなんだよ。人が作るとどうしても純度が上がっちゃうからかなー、なんか違う、って感じちゃうんだよねー」

 

いつになく一ノ瀬が落ち着いている。自分のことを話すのも珍しいが、きちんと考えて話しているのはもっと珍しい。

 

「ねー、緋彩クンはさー……」

 

「ん?」

 

「あたしのこと、キライ?」

 

と、思ったら相変わらず唐突な話の転換だった。いきなり言われても困る問いだが……

 

「そうだな、好きか嫌いかで言えば嫌いだ」

 

「……そっか」

 

一ノ瀬が来てから睡眠時間は減るわ、朝練に出られなくなったから手加減が難しいわ、友人連中には一ノ瀬のことでからかわれてまた睡眠時間が減るわ、迷惑ばかりかけられてきた。

 

「……けど、まぁ、なんだ。お前が来てから、少しは楽しくなったな」

 

「……! そっかそっか!」

 

一ノ瀬に振り回されて、初めて周りの連中を使って一ノ瀬の捕獲作戦を考えて。一ノ瀬にはパターンなんて存在しないからそれなりに頭を働かせて。

今までにない新鮮な体験は思いの外楽しいものだった。

 

「……でもどうした? んなこと聞くなんてお前らしくもない」

 

「にゃはー、まぁそれはそう……なんだケド……」

 

「お、おい!?」

 

突然一ノ瀬が声もなく泣き始めてしまった。いかんせん、こういう場面に出会ったことがないのでどうしたらいいのかわからない。内心オロオロしていたが、とりあえず備え付けの紙ナプキンを差し出す。

 

「にゃはは……ゴメンね……」

 

「いや、別に構わないんだが……」

 

「びっくりした?」

 

「……そうだな」

 

とてもではないが、一ノ瀬が泣く姿なんて想像もしたことがなかった。出来なかったと言ってもいい。

 

「あたしさ、今までここがあたしの居場所だー、って思ったこと、無いんだ」

 

まだ少ししゃくりあげてはいたが、再び一ノ瀬が話し出す。オレはとりあえず相槌を打って話を促した。

 

「ダディ……あ、お父さんね。ダディはあたし以上にブッ飛んでたから家庭なんてかえりみないし、小さい頃からあたしは別物扱い。アメリカに行ってもどうしてもギフテッドってレッテルは張り付いてくるし。それだけで周りはみんな一線を引いちゃうの。あいつはギフテッドだからー、天才だからー、って」

 

……まるで何処かで聞いたような話だった。昔、神童やらともてはやされたオレが少年野球ではみ出してしまったときの話と。

そして同時に何故コイツがここまで奔放な振る舞いをしているのかも、理解できた。

 

「あたしが転校してきた日ね、キミがあっという間にあたしを見つけてくれたときね、すっごく嬉しかった」

 

「そうか」

 

「それから何回も何回も、何度手を変えても見つけてくれたから、もっと嬉しかった」

 

「そうか」

 

「いつもは何でもすぐ飽きちゃうけど、キミがいるから、あたしは学校に行こうって思えたんだよ?」

 

「……そうか」

 

いつもは何とも思わなかったが、やはり一ノ瀬がしおらしいとどうにも調子が狂う。

一ノ瀬の頭に手を置き、何度か軽く叩く。

 

「んー? にゃっふふー」

 

「……なんだよ」

 

「なーんでもー? んー、フェニルエチルアミンのニオイ……」

 

「なんだそれ」

 

「なーんでーもにゃーい!」

 

それだけでテンションがいつも通りに戻るあたりが一ノ瀬なのだが、まぁ深くは言うまい。

とりあえず清算を済ませて店を出る。所々に水溜まりが残ってはいたが、雨はすっかり上がっていた。

 

「ねー!」

 

「なんだよ」

 

先ほどまでと同じく腕に装備された一ノ瀬が上機嫌に声をかけてきた。

 

「やっぱり学校行こっか!」

 

「……今から?」

 

「今から!」

 

時計を見れば、既に昼休みが終わっている。今行ったところで、ゴリラから説教を食らうのは確定だ。

 

「超面倒くせぇ……」

 

「いーじゃんいーじゃん! 多分大丈夫だって!」

 

「九割九分大丈夫じゃねぇよ。どっから来るんだその自信」

 

「feeling!」

 

「勘かよ……」

 

そんなことを言いながら、一ノ瀬はずいずいとオレを引っ張っていく。こうなるともうどうしようもない。そのまま電車に乗り、学校の近くまで引きずられて行った。

 

「本当に行くのかよ……」

 

「にゃっはー!」

 

「ほら、一ノ瀬だけで行ったらいいんじゃねぇの?」

 

「んー……ダメー!」

 

「何でだよ……」

 

そう愚痴ると、オレを引っ張っていた一ノ瀬がくるりとこちらに顔を向ける。

 

「だってキミはあたしのお世話係なんだから、あたしから目を離しちゃダメなんだにゃー」

 

そう言うとぱっと前を向いてさっきより強めにオレを引っ張っていく。そんな一ノ瀬の耳は真っ赤に染まっていた。




・去年の新入生
一体どこのはやみさんなんだ……←

・今年の新入生
世界一可愛いドラム缶と褒められ(?)てるあの人

・高森緋彩
主人公。(祝)無事名前決定、常識に叩かれちゃってた天才。まぁ小中学生なら嫉妬もされるわな、と。
それのせいかやる気不足、気力不足のゆるふわならぬゆるぐだ系に。多分杏とは気が合う←
ただし志希にゃんに触発された結果、ちょっとやる気だしてまさかのドラフト候補になったりならなかったり。
コンセプト? ほら、目には目を、ギフテッドにはギフテッドをってな。

・一ノ瀬志希
Co寄りのCuに見せかけた中身Pa(作者の見解)。ケミカル系のギフテッドで、大学生から高校生になった変わってる経歴の持ち主。
デレステのコミュとか見てたら作者の中では寂しがりやという結論に落ち着いてしまった←異論は甘んじて受け入れよう!
秘密のトワレよろしく「恋は化学式」とかで上手いこと書こうと思ってたけど無理だったよ……。
尚、本編中では未スカウトです。
主人公を気にした理由はやっぱりニオイである。クンカー代表の名は伊達ではなかった。

・志希の失踪癖
なんか『見つけてほしい』願望に見えて仕方なくなってしまった。そう考えると作者の萌えポイントが入ったというのもある←

・鍵がポストに
事前情報です。決して不法侵入ではありません←

・目覚ましアロマ(シュールストレミングの香り)
志希の嗅覚であれ食らうと下手な暴力より暴力だと思う。ちなみに本家本元のシュールストレミングはファブ○ーズすら凌駕します(ガチ

・怒らせる志希にゃん
構ってほしいけど距離の取り方がわからなくて怒らせる志希にゃん。

・「今日はあたしと、ちょっぴりワルいことしよ?」
エロいこと考えた人手ーあーげてー(ゲス顔

・呪われた装備志希
延々ハスハスされそう

・フェニルエチルアミン
簡単に言えば恋愛物質。詳しくはググろう←

・お知らせ
まだ名前募集しております。できるだけメッセージで送って下さい。

空き
文香主
美嘉主
凛主
美優主
志希主

まだ書いてないけど約束済み

ありす主
まゆ主
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