魔女のペットになった魔女   作:あとらっく

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魔女ペット 壱

【1】

 パチュリー・ノーレッジには大嫌いなものがふたつある。

 

 雨が大嫌いだ。

 アリス・マーガトロイドはもっと大嫌いだ。

 

 

【2】

 窓を開いて換気しているにもかかわらず、大図書館の空気は淀み、インクと紙の匂いが充満していた。

 パチュリーはお気に入りの肘掛け椅子に身を沈めて、天井を仰ぎ見る。

 しかし天井は非常に高く、どろりとした深い闇色の目は、それと同じ色の景色しか映してくれなかった。

「闇ね」

 そう呟いた喉は、かすかな読書灯に照らされて青白く光る。

 ゆったりとした薄紫のローブで覆った体は、小柄で、細かった。図書館の椅子よりも療養所のベッドに腰掛けているのが似合う姿……と、誰かに言われたこともある。

「――別に、私はそれでいいわ」

 パチュリーは目元の濃い隈を歪ませて、瞼を伏せる。

 日陰の魔女にして七曜の魔女、パチュリー・ノーレッジはこの生活に満足している。

 静かに、ただひたすらに読書にまどろむ、知的で合理的な生活。

 食事の時間になったら従僕が知らせてくれる。自室での淡々とした食事を終えたら、大図書館に戻って読書を再開する。

 自分のあくびで集中力が途切れたら、さっさと自分の部屋に戻ってベッドに潜り込む。そしてまた朝を迎える。

 誰とも話さない日すらあるが、パチュリーの住まう紅魔館とはそういう場所だ。活動時間帯もみんなバラバラで、同じ屋根の下に住んでいても、見ている世界がまったく違う。それだけのことだ。

 しかし、

「パチュリーさまぁー!」

 両開きの扉が騒がしく開き、騒がしい従者が飛び込んできた。

 パチュリーは眉間に皺を寄せる。それを指先でほぐしながら顔を上げた。

「うるさいわよ。小悪魔」

「あっ。日中から引きこもっておくつろぎになっているところ、もーしわけ御座いません!」

 従者こと小悪魔は、ぴしっと背筋を伸ばす。

 しかし声と顔は相変わらずヘラヘラしているのが腹立たしい。パチュリーは苛立ちを込めた闇色の瞳で、小悪魔を睨みつける。

「外は雨が降るから嫌いよ。あと、うるさいわ」

「やだなぁ、雨じゃなくても引きこもってるじゃないですか。そんなだから紫もやし――」

「<伏せ>」

 小悪魔の首に巻いたチョーカーが、光る。

 びたぁん!

 コメディ小説めいた音を立て、小悪魔はカーペットにキスをした。

 小悪魔は小虫のようにジタバタ足掻いた末、顔を上げる。呼吸が出来なかったのか、必死に空気を取り入れている。

「ひ、ひどいじゃないですかぁ。私はパチュリーさまの健康を気遣ってですね……」

「外は嫌いよ。雨が大嫌いだもの。あと私を気遣ってるのなら、さっさと私の部屋の雨漏りを直してちょうだい」

「そ、それだって、パチュリー様が私をお仕置きしたときに流れ弾が――」

「<立ちなさい>」

 再び、チョーカーが光る。

 小悪魔は蛙のつぶれたような声を上げて。引きずりあげられた。人体の動きを無視した強引な動作は苦痛を伴うらしく、小悪魔は涙目でヒィヒィ言っている。

 当たり前だが、小悪魔自身の意思で行っているわけじゃない。これは彼女の首に巻いているチョーカー――<首輪>の力だ。

 <首輪>はアレな言動が目立つ従者をコントロールするため、パチュリーが書物から読み解いた魔法――呪いのひとつである。

 呪いを掛けた者と掛けられた者の間には支配関係が生まれ、今のように、単純な行動なら対象の意思を無視して強要することができる。対象が声の届く範囲にいる必要はあるが、ペットの躾道具としては最適だった。

 魔力の高い方が支配権を持つので、一歩間違えると大変なことになる。が、従僕である小悪魔相手なら絶不調なときでもその心配はない。

 以前は弾幕で折檻していたのだが、部屋の天井に穴をあけて以来コレにしている。

「で、なにか用?」

 パチュリーは肘掛けの上で頬杖をつき、うながすように顎をしゃくる。

 それに応えるよう小悪魔は背筋をのばし、額に手をかざして敬礼した。

「はい! にっくき本泥棒こと、霧雨魔理沙さんが門を突破したとのことです! 間もなく大図書館に到着するとのこと!」

「……そう」

 パチュリーは、ひらり、と手を揺らした。

「じゃあ、食い止めてきなさい」

「らじゃー! ご覧になっていてくださいパチュリー様! 今日という今日はこの従僕めが不届き者をぶちのめして参りますので、大勝利の暁にはご褒美としてパチュリーさまの寝顔ちゅっちゅ――」

「<行け>」 

 吹っ飛ばされるように廊下に消えた従僕を見送ってから、パチュリーは再び眉間を指でほぐしてため息をついた。このままだと、目の隈に続いて望まぬメイクが増えてしまう。

 

 ――ついでに執務机の引き出しから手鏡を取り出し、手櫛で髪の毛を整える。それから帽子の位置も正して、立ち上がってローブの皺も伸ばした。机の上に無造作に投げ出してる本はちゃんと角のところに整えて重ねて、埃を払う。友人の吸血鬼から譲ってもらった香水をうなじと首筋に吹きかけた。息穴に入ってせき込んだ。むきゅんむきゅん。

 

 特に他意はない。疑いようもなく極めて日常的な動作であった。

 

 やがて、「ぎゃわーん」とか負け犬の声が廊下から聞こえてくる。

 扉が開く。足音が聞こえる。

 パチュリーは咳払いをしてから、机上に両肘をつく。瞼を伏せて深呼吸をする。誰かと接する際には極めて自然な動作である。

 やがて、声がかかる。ぴくりと肩が震える。

「よーうパチュリー。遊びにきたぜー」

「また来たのね、魔理――」

 顔を上げる。

 しかし、パチュリーは固まった。頬をひくつかせる。

 白と黒の三角帽子をかぶり、白と黒の衣装を纏い、箒を肩に担いだ魔法使い。霧雨魔理沙は問題ない。

 ただ、その隣になに食わぬ顔で並んでる女が問題だった。

 トリコロールカラーのドレスを身につけ、セミロングの金髪にカチューシャを飾った、この女。

 まず、パチュリーはこの女の目が嫌いだ。大嫌いだ。

 ガラス玉のような瞳はゾッとするほど透徹していて、感情を感じさせない。何を考えているのか、まともな意思が宿っているのかも分からなくなる。

 まるで「お前のことは何でもお見通し」と言わんばかりの視線を受けると、酷く不愉快だった。だから、パチュリーも睨み返す。

 闇色の視線と、ガラス玉の視線が絡み合う。

 魔理沙に向けるはずだった言葉は全て頭から吹っ飛んで、忌々しさ満載で口を開いた。

「入館を許可した覚えはないわよ、アリス」

「許可を取った覚えもないわ。あなたの記憶力に問題はないから安心して、パチュリー」

 ほんの僅か。本当に僅かだけ、アリスは目を細めた気がした。まるでパチュリーを小馬鹿にするように。

「ああ、そう」

 パチュリーは、本を開く。

「日符 ロイヤルフレア」

 

 

 

【3】

「あっはっは――まーったくお前らは、本当に仲が悪いなぁ。よく飽きずに続けられるもんだぜ」

 パチュリーと同じ執務机を囲って座る魔理沙は、口を大きく開いて笑っていた。

 巻き添えで、ぷすぷすと焼け焦げていた。

「見ていて楽しくもあるんだが、私としちゃあ、みんなで仲良くしたいところなのぜ?」

「私は好きよ。パチュリーのこと」

 同じく執務机を囲っているアリスは、淡々と無感動にそんなことをのたまってやがった。

 アリスはまったくの無傷である。腹立たしい。ガラス玉のような瞳で、じぃ、と見据えられるとイライラする。

 頬杖をつくパチュリーは、苛立ちに口を『へ』の字に曲げた。

「残念ね、私は雨とアリスが大嫌いなの」

 そしてジロリと、闇色の視線を鋭くする。ガラスの視線に真っ向からぶつけてやる。

「魔理沙はどうせ本を盗みに来たんでしょうけど。アリスは何しにきたのよ」

 アリスは首を傾げながら、答える。

「パチュリーに会いに来たの。ついでにレミリアに頼まれていた人形を持ってきたわ」

「そう、お目にかかれて光栄よ。お帰りはあちらです」

 と、扉を示してあげたのに、アリスは居座り続けている。本当に腹立たしい。

 パチュリーの眉間の皺が深くなったのを見たのか、魔理沙が声を上げた。

「アリスはなんでもできるから凄いよなぁ。今度、人里のお祭りでも人形劇をやるんだろ?」

 アリスは特に何も答えず、瞼を伏せてティーカップを手に取った。アッサムのミルクティである。粘っこいような匂いがパチュリーは嫌いだった。アリスが好んで飲むという点を含めれば大嫌いだ。

 魔理沙は無視されても気にした様子は無い。暖めた麦茶を一口飲んでから、笑顔で言葉を続ける。

「手先も器用だし、いろいろ知ってるし、数多く魔法も扱えるし。これでも私、アリスには結構憧れてるんだぜ」

「わ、私だって!」

 つい、パチュリーは口を挟んだ。注目が集まる。

 星を散らした夜空の色の瞳と、ガラス玉の瞳が一斉にこちらを向いて、居心地が悪かった。

 パチュリーは俯いたまま、口をとがらせて二人を見る。

「私だって、色々知ってるし、魔法も色々使えるわ?」

「そうね」

「アリスには言ってないわよ」

 睨みつけたが、やはりスルーされる。腹立たしい。

 パチュリーはアリスを放置して、魔理沙へと身振り手振りを交えて伝えていく。

「さ、最近だって、面白い呪文を使えるようになったんだから。ほら見て、<おすわり>」

 ぎゃわん、と。後ろに立っていた小悪魔が尻餅をついた。<首輪>の機能は絶好調である。

 パチュリーは頬を紅潮させて、両手を握ってツラツラと舌を動かした。

「人形じゃなくても、人間だって操作できるのよ? 外の世界のソ連って国から流れてきた呪術書を読み解いたの。独裁者が一国を支配するのに使われたって聞いたわ。凄いと思わない? 特定の誰かをずっとずっと傍に置いて、ずっとずっと一緒にいさせて、ずっとずっと私のことしか見ていられないって風にもできるんだから。」

「お、おう」

 魔理沙は眉を寄せ、なんとか笑ってる感じである。ドン引いていた。

 ――冷静になって考えてみるとそれほど自慢できる呪文でもなかった気がする。倫理的にもアウトだし。

 パチュリーは更に居心地が悪くなって、額に汗を浮かべて目をそらした。

「――ごめんなさい、なんでもないです」

「い、いや! 凄いと思うのぜ? 私には出来ないしさ!」

 なんてフォローを入れてくれたので、少しだけ救われた。ぽん、と頭に触れる柔らかな手も心地良い。

 しかし頭に触れたのがアリスの人形であると気づいて、パチュリーはざわりと髪を逆立てる。

「何のつもりよ、バカにしてるの?」

「慰めてるだけ」

「焼くわよ」

 人形を払いどけ、歯を剥いて威嚇する。闇色の目が更にドロついてギラめき、殺気立つ。

 魔理沙も魔理沙だ。仲裁に入りながらも、感心したように人形を見つめている。嫉妬に心が煮えたぎる。

 これは第二ラウンドだろうか。パチュリーは衝動的に席を立った。

 

 ――と。

 パチュリーは弾かれるように、顔を上げる。

 雨の音が、聞こえる。

 

 パチュリーの青白い頬が、更に青ざめた。

「……雨」

 ローブに覆われた肌が総毛立つ。気がつくと、自分で自分を抱きしめていた。隈の濃い闇色の目はせわしなく左右に揺らめいている。額には冷や汗が浮き出て、寒気がする。

「小悪魔、窓を――けほっ、げほっ」

 パチュリーは顔を上げられないまま、掠れた声を張り上げた。

 これだけのことで肺が痛くなって、せき込んでしまう。

 広大な大図書館に響きわたる自らの咳を聞いて、舌打ちを鳴らす。自分で自分の体質が嫌になる。

 あわてて駆け出す小悪魔を横目に、肘掛けの上で拳を握った。

 その手に、別の手が重なる。

「大丈夫だ」

 魔理沙だった。

 傍らに立ち、背中をさすってくれた。こちらを見てくれていた。それだけで気持ちが楽になって、胸の痛みも消えていく。

 やがて大図書館の窓が全て閉じられる。冷気や水気を含んだ風は遮断されて、雨の音もどこか遠くにいったような気がする。

 普段より仕事が非常に早い。小悪魔もやればできるのだな、なんて感心した。

 パチュリーが落ち着いたのを見て、魔理沙はやれやれと首を左右に振る。

「そろそろ雨期が近いよな。イヤんなるぜ」

「……あなたに関係あるの?」

「魔法の森は空から抜けられないからな。地面がぬかるんでるとブーツが汚れるのぜ」

 澄んだ夜空のような目が、自分だけに向けられている。

 それはとても嬉しくて、パチュリーの頬は緩む。

「それはどうし――」

 しかし、足音と話し声がそれを阻んだ。

「手伝ってもらえて助かりましたよぉ、アリスさん。あ、さっき言ってた本はすぐにお持ちしますねー」

 顔を上げると、小悪魔が戻ってくるところだった。その傍らをアリスが歩いている。更にその背後には――

 行軍、大行軍だ。

 十、いや二十を超えるであろう二頭身サイズの人形達が、人形使いの後ろに続いていた。一糸乱れぬ統率された動きではあるが、本当に生きた人間であるかのようだった。たかだか五本の指でどうやってあのような数をあのように完璧に操っているのかは、未だに謎だ。しかしそれを誇るわけでもなく、ただ、アリスは悠然と歩いている。

 広大な代図書館の窓が、こんなにも手早く閉ざされた理由が理解できた。アリスの表情は澄ましていて何を考えているかは理解できないが、彼女も雨が嫌だったのだろうか。

「器用な奴だよなぁ、アリスは」

 魔理沙の目は、再びアリスに向いていた。

 自分はまた、誰の視界にも入っていなかった

 ――いや、ただひとり。皮肉にもアリスのガラス玉のような瞳だけが、パチュリーに向いている。

 ……悔しい、悔しい。

 負けたくない、負けたくない。

 パチュリーは唇を噛みしめて、アリスを闇色の瞳で睨み返す。

 ――と、その目の端に小悪魔が入る。

 その首もとが。

 その<首輪>が。

 それから続いて、アリスの方を見ている魔理沙の姿が。

 

 パチュリーの口の端が、つり上がった。

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