魔女のペットになった魔女   作:あとらっく

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魔女ペット 弐

【4】

 たぶん、これはいけないことなのだと思う。

 こんなやり方は間違っている、と魔理沙は言うだろう。

 

 魔女三人の談話も終わり、魔理沙はいつもどおり本を見繕って持って帰ろうとしていた。その眼前に小悪魔が立ちふさがって、にらみ合いをしている。きっと10秒後には小悪魔は吹っ飛んでいるのだろうけれど。

 

 パチュリーは魔理沙の10mほど後ろに立ち、手のひらを翳した。

 <首輪>の装着は簡単だ。ただまじないを込めた魔力の塊をぶつければ事足りる。

 そして人間である魔理沙が、魔女であるパチュリーよりも魔力が高いことはあり得ない。

 

 ――嫌われるかもしれない。

 そんな気持ちが頭をよぎる。

 けれど、それ以上の劣等感や嫉妬、寂しさに押しつぶされる。

「っ――」

 パチュリーは放った。魔理沙に向けて。

 そして当たった。

 

 ――横手の棚から姿を見せて、目の前を横切ったアリスに。

 

「えっ?」

 ばしゅん。

 呪文は問題なく作用する。軽い音と光が発生した後に、アリスの首にはチョーカーが巻かれていた。

 その向こう側では、こちらの出来事などつゆ知らない魔理沙が本を手に飛び去っていくところだった。小悪魔はやっぱり倒れている。

 残されたのは、日陰の魔女と七色の魔女だけだ。

 しん、と。静けさが戻る。

「――なんなのよ、あなた」

 パチュリーは膝をつく。今のは不幸な事故だろうけれど、理不尽さを覚える。どうして自分はこうもうまく行かないのか。

 声を張り上げる。呼吸が乱れて胸が痛むが、かまわなかった。

「なんで! 私の邪魔ばっかりするのよ!」

 答えはなかった。パチュリーは息を整えてから顔を上げる。

 ――背筋に冷水を流し込まれたような、悪寒。

 

 アリスが、笑顔だった。

 

 あの女が笑っているところなど、今まで見たことはなかった。薄く冷笑されたことならある気がするが、それだってパチュリーの思い込みか勘違いを疑うレベルの僅かな変化だった。

 そしてもうひとつ。アリスが今、手に持っている本。

 あれは<首輪>を読み解いた際に使った呪術書だ。そういえばさっき小悪魔が「本をお持ちする」とか言っていた。

 パチュリーは得体の知れないイヤな予感を受けて、唾液を飲み込む。

 アリスは呟く。

「――ダメよ」

 そして、くつ、くつ、と喉を鳴らして、声に出して笑い始めた。

 聞き間違い、ではなかった。

 否定の言葉を口にしながらも、アリスは笑った。

「ダメよ、ダメ……――くっ、ふふ……あんたを――……パチュリー、誰にも渡すわけないわ、渡さないわ……」

 笑いながらアリスは喋る。興奮に声を掠らせて、途切れ途切れにしながら、笑いをかみ殺して言葉を綴る。

 息苦しい。パチュリーは困惑する。

 沼の中にゆっくりと沈められていくような、絡みつく不快感。肌の内側から粟立つ冷気に、がちがちと歯が打ち鳴る。

 アリスは、笑う。

「――ひっ、はは、ひひひ……! くひ、ひゃぁ、はは――!!」

 アリスは――全く以て普段のアリスとは違う、アリスは、天を仰いで大きく口を開いて、笑った。並びの良い白い歯を剥き出しにして、頬の内側すら見えるくらいに笑った。天井を仰ぎ、手で目元を覆って笑った。背を反らして笑った。狂ったように笑った。調律の狂ったバイオリンのように笑った。甲高く笑った。金髪を振り乱し、カチューシャがこぼれ落ちても笑った。唾液を飛び散らせて笑った。笑って笑って笑った。

 空気が震えている。違う、パチュリー自身が震えている。

 恐怖。恐怖だ。言うに耐えぬ魔的な凄絶さをたたえた不協和音。狂気と倒錯とを同時に浴びせられる絶望感。心の器に入りきらないどろりとした恐怖は溢れだして、糸を引き、滴る。一滴が落ちる度に、冷たい毒水が血管を伝い広がっていく。

 パチュリーは動けない。両足を投げ出して座り込む。見開いた目はアリスを写す。視界から外れない、外せない。息ができない。鼓動が体を揺さぶろうとする。逃げろ、逃げろ逃げろ、と。

「でも、これは運命かしら」

 吐息が、顔に吹きかかった。

 かさかさになっていた唇が湿った。

 ガラス玉が目の前にふたつ。恐ろしく透明なガラス玉が揺らめく。

「ねぇ、パチュリー。これは運命? あんたが魔理沙を力ずくで得ようとして、これよ。私があんたを手に入れた。皮肉なものだと思わない?」

 整いすぎた白い顔。熱を含んだ言葉を紡ぐ口は限界近くまでつり上がって、舌を踊らせ、歯を舐める。大きく見開かれた眼、剥き出しのガラス玉に満ちているのは喜悦という毒水。

 しかしその恐怖は、パチュリーの正気をギリギリのところで引きずり戻す。パチュリーは涙を堪えながら、闇色の目を鋭くする。

「――<私を、離しなさい。私から、離れなさい>」

 言葉と同時に魔力を送り込んだ。<首輪>が効いているのは、不幸中の幸いだった。

 が。

「<伏せ>」

 突然、パチュリーの視界が真っ暗になる。息ができなくなった。

 自分自身が這いつくばっているのに気づけたのは、噛みしめた歯がカーペット生地の感触を伝えてきたからだ。

 首周りに熱を感じる。何かを重ねて巻き付けられているような灼熱感。<首輪>の呪いを解き明かしたパチュリーだからこそ、すぐに確信できた。

 チョーカーが巻かれた。<首輪>をつけられたのだ。

 ――支配権は魔力の高い方が持つ。

 同じ魔女なのに、アリスのそれは圧倒的――いや、絶対的だった。アリスがあらゆる面で優れていたのは悔しいながらも認めていたが、ここまでの差があるとは。

 アリスの笑い声が聞こえる。しかし、今度は見ることすら許されない。それどころか息苦しくて意識が朦朧とする。咳をしようとも、口も鼻も塞がれてるのだ。

 囁かれる。

 唯一正常に機能してくれる耳から、脳に染み至らせるような囁きが、滑り込んでくる。

 

「パチュリー。可愛がってあげる。

誰よりも、何よりも、あんただけを見ていてあげる」

 

 それを最後に、パチュリーの意識は幕を引いた。

 

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