魔女のペットになった魔女   作:あとらっく

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魔女ペット 六

【12】

 非常に珍しいことに、アリスは家にいなかった。

 朝には身支度を整え、人里へと出かけていったのだ。

 パチュリーはひとりで留守番している。雲行きが怪しかったから、「ついてこい」と言われなかったのは助かった。

 ひとりで逃げる、とは思われていないようである。見くびられてるのか、そうではないのか……。いずれにせよ、ひとりでの脱出は物理的に不可能なのだけれど。

 いくらアリスのことが嫌いでも、相手がいなければ喧嘩を吹っ掛けることもできない。パチュリーはリビングのテーブルで読書に耽ったり、棚に並んで座っている人形達を観察しながら時間を過ごしていく。

 

 お昼過ぎ。扉がノックされた。

 アリスが帰ってきたものだと思って、パチュリーは本から目を離さなかった。しかし二度目、三度目と続いたところで、のそりと顔を上げる。

「アリス?」

「あれ、パチュリー? まだいたのか」

 迎えてもないのに扉が開く。

 白と黒の魔法使いが箒を肩に乗せて、片手を上げていた。そして室内を見渡しながらずかずかと入ってくる。

 非難より先に思い出すのは、先日の魔理沙宅での出来事。そして、彼女に対して呪術を施そうとした負い目だ。

 パチュリーは魔理沙から視線をそらして下を向く。朝のうちにアリスが用意してくれていた紅茶に口を付け、舌を濡らした。

「……来客がある、なんてアリスから聞いてないけど」

「ってことは、アリスは留守か。借りたいもんがあったんだけど」

 どすん、と。魔理沙はテーブルを挟んだ椅子に腰を下ろす。

「で、お前たちっていつから付き合ってたんだ?」

 せき込んだ。こぼさないようにカップを置いて、呼吸を整える。――一瞬、アリスがナプキンを持ってくるのを待ってしまったが、我に帰って袖で口を拭う。

「別に付き合ってないわ。そもそも女同士じゃない」

「え、そうなのか。でも――」

「あの時のあれは、アリスが勝手に言ったことよ」

 パチュリーは頑として突っぱねる。

 しかし魔理沙の顔は、底意地悪くニヨニヨしていた。

「にしちゃあ、ずっと一緒に暮らしてるじゃないか」

「それは――だから、呪文の実験に付き合って貰ってるの」

 音を立てて本を閉じ、闇色の瞳でまっすぐ見つめ返す。

「それだけよ。そもそも私、アリスのこと嫌いだし。大嫌いだし。一緒に暮らすなんて考えられないわ」

 淀みなく言い切ってから、親指の爪を噛みしめる。

「それに、ここで逃げたら私の負けだもの」

「負け、ってなんだよ」

「色々あるのよ」

「そ、そうか。よくわからないけど……」

 魔理沙は不思議そうに首を傾げる。

「じゃあ、勝ったら帰るのか?」

 それはごくごく自然な質問だった。当たり前の確認事項にすぎないはずだった。

 なのに、パチュリーは即答できなかった。

 なぜか、一瞬だけ息が詰まった。

「あ、当たり前じゃない」

「ふぅん」

 魔理沙は片眉を下げる。それから、視線が少し下にずれた。

「なぁ、そのチョーカーって――」

 指摘されて、パチュリーは慌てて手を首もとに移動させる。しかしそれは魔理沙の興味を強くしただけのようで、真面目な顔になっている。

 気まずい沈黙。飲み物で口の中を湿らせても、すぐに乾いてしまう。

 やがて、魔理沙が口を開いた。

「なぁ」

「なによ」

「なんかあるなら、言えよ」

 ハッと、パチュリーは顔を上げる。

 魔理沙は鼻の下を指でこすり、にぃ、と子供っぽい笑みを見せる。

「これでも何度も異変を解決してるんだし、いろんな奴からも頼られてんだぜ? 妖精のガキどもの面倒をみてることもあるしな」

 そして、穏やかに、真剣に言った。

「だから、いつでもパチュリーの力になるからな」

「……魔理沙」

 パチュリーは口を引き結び、乾いた咥内を唾液で湿らせた。

 

 

 

 やがて、魔理沙は帰っていった。

 玄関扉が閉じてからも、パチュリーは扉から目を離せないでいる。

「――なんで、言わなかったのかしら。私」

 アリスがここにいない以上、<首輪>の効果はないようなものだった。

 魔理沙も魔法の森に住まう者なんだから、連れ出してもらうこともできたはずだ。

 たとえ事実を話したとしても、心証は悪くなくかもしれないが、魔理沙はきっと助けてくれただろう。

 なのにパチュリーは言えなかった。

 

 相手がアリスとは言え、他人の信用を簡単に裏切れないのは性分なので仕方ない。しかし、それでも何かしらのSOSは伝えられたはずだ。

 自分はアリスが嫌いなはずだ。元々嫌いだったし、今はもっと嫌いだ。

 凶暴な狂人で、人をペット呼ばわりして、問答無用で拉致軟禁して、尊厳無視で<首輪>での命令を躊躇なく使ってくる、人の形をした化け物だ。

 嫌いじゃないはずがない。

 

 そこまで考え、ハタと気づいた。

「――そっか……私はまだアリスの手のひらの上……」

 この迷い、この葛藤自体が、アリスの思惑にハマっている証拠なのだ。

 パチュリーは奥歯を噛みしめた。いちいち先手先手を取られてて、まったく太刀打ちできていないのが腹立たしい。

 しかし、だったら簡単だ。こんな迷いは素直に捨ててしまえばいい。

 

 アリスに負けたくない。アリスが嫌いだ。アリスのことが大嫌いだ。

 ずっとずっと抱き続けていたこの気持ちこそが、正しいはずなのだ。

 

 

 

【12.5】

「――なんで、言わなかったのかしら。私」

 魔理沙は聞いた。

 背にしていた扉越しに、確かに声を聞いた。

「……やっぱ、なんかあるよな」

 アリスがいないことは知っていた。最近まったくアリスが家から離れなかったので、このチャンスを伺っていたのだ。

 そして案の定、パチュリーは居た。呪文の実験とは言うが、アリスからもパチュリーからも具体的な内容は一切出てこなかった。それらしき実験をしていた様子も無い。

 何より、やっぱりあのチョーカーが気になる。小悪魔がつけていたものとよく似ていた気がする。

「……よし」

 魔理沙は、森の出口へとつま先を向けた。

 

「紅魔館、行ってみるか」

 

 

 

【13】

 結局、アリスが帰ってきたのは夕方ごろだった。

「ほら、パチュリー。お帰りなさいは?」

 開口一番これである。玄関の前で両腕を広げている姿は、なにを求めてるのか一目瞭然だ。

 パチュリーはその胸に飛び込むはずもなく、テーブルに頬杖をつく。

「言ったじゃない、今」

「わんちゃんは飼い主の帰宅に大喜び、足下にじゃれついてくるものよ」

「私は犬じゃないわ。そもそもペットでもないけど」

 パチュリーは椅子に座ったまま、冷たい目を向ける。

 しかしアリスは動揺することもなく、ただ待っていた。それが当然であるように、パチュリーが来ないこと自体が不可解であるかのように、小首を傾げている。

 こうなると、パチュリーの方に罪悪感みたいなのが湧いてくる。そわそわと腰が落ち着かない。いや、しかしここで飛び込んだりしたら絶対に調子づかせるし、更にアリスの術中にはまってしまう。ここは毅然と、ぴしっと、お互い対等な魔女として認識させるためにも、言い聞かせておく必要があるわけで。

 パチュリーは深呼吸をして、口を開く。

「だから――…………ああ、もう!」

 テーブルに手の平を叩きつけて、立ち上がった。

「<首輪>は使わないでよ、アレ痛いんだから」

 結局、パチュリーはぺたぺたと素足で床を踏みしめアリスの前へと移動した。

「ん」

 仏頂面のまま両腕をつきだした。アリスは身を屈めると、パチュリーの脇の下から腕を通して抱き上げる。

 少しきついくらいに抱きしめられて息苦しい。足をパタつかせる。あと、森の香りが染み着いた金髪に顔が触れてて、恥ずかしい。

「もう良いでしょ。放して」

「<離れるな>」

 息をするように命令を使って来やがった。やめろと言ったのに。

 パチュリーの体は固まって、好きなように頬ずりを受けることになる。

 ああ、やっぱりアリスは大嫌いだ。自分の都合だけで世界は回ると思ってるし、実際、それを成し得るだけの力を持ってるのだから始末が悪い。早く紅魔館に帰りたい。

 せめてもの反撃に、パチュリーはアリスの首筋に友人よろしく噛みついてやろうと歯を立てるが、届かなくてガチガチ噛み合わせただけだった。

 そこで、アリスの後ろに置かれていた紙袋に気がつく。両腕で抱えるほどの大きさがあった。

「なによ、これ」

 尋ねると、アリスはようやくパチュリーを解放した。そして人形達を操って紙袋を持ち上げると、テーブルの上で開いてみせる。

 ばら、ばら、とテーブルに広がるのは、慣れ親しんだ紙の束。

 本だった。

 十冊以上ある。

「――なによ、これ」

「本よ」

「見ればわかるわ。どうしたの、急に」

 するとアリスは、とんとん、と本の表紙を指先で小突いた。

「本がなくて退屈だ、って言ってたじゃない。人里の本屋を廻ってきたのよ」

「ふぅん」

 パチュリーは適当な一冊を手に取り、めくってみる。めくりながら、鼻を鳴らす。

「余計なお世話よ、アリス。あんたと違って、私は理性的なのよ。欲望のまま飛びついたりしないわ」

 と、言いつつパチュリーは流し読みを止められない。それはもう、言葉とは裏腹に嬉々として読んでしまう。本は大好きなのだ。

 どうしよう、とっても嬉しい。悔しいけどすごい嬉しい。

 しかし、これも全部アリスの策略だ。思惑だ。なんて聡い女なんだ。簡単に物で釣れると思いやがって。

「あ、それとね」

 パチュリーが本から目を離せないでいると、後ろから肩に何かを被せられる。本を閉じて手を掛けてみると、動物の毛皮のような感触が返ってきた。

「服?」

「ええ、香霖堂で見つけたの。知ってる? 魔法の森で商売をしてる奇特な男よ」

「名前だけは。――って、なによ、押さないで」

 アリスの手に押しやられて、パチュリーは姿見の前に立たされる。

 茶色のファーコートだった。握ったときにも感触で分かったが、もこもこである。

 鏡越しの期待に満ちたアリスの視線を受け、パチュリーは仕方なく袖に腕を通した。

 ちんちくりんだ。腕の長さが足りない。捲らないと手が出てこなかった。裾の位置も本来なら腰の下辺りのあるはずなのだろうが、パチュリーが着ると膝下にまで及んでいる。

 なんだこれ、からかってるつもりか。

 ――まぁ、でも、あたたかいけど。

「体が冷える、って言ってたわよね。あんた、寒いの苦手みたいだし」

「……言ったけど」

「あとでサイズが合うよう、誂えてあげるわね」

 パチュリーは答えない。俯いて、襟の内側に口を埋める。

 なんだこれ。なんで、そう優しくしてくるんだ。

 どうして、自分の都合だけで愛するんだ。

 嫌いなのに。大嫌いなのに。

 嫌いになれなくなってしまいそうで、怖かった。

「ペットには費用が嵩むものよ、気にしなくて良いわ」

「あのね、魔理沙が来たの」

 脈絡のないパチュリーの返事に、アリスは口を閉ざした。

 しかし暫く経ってから先に口を開いたのは、アリスだ。

「それで?」

 アリスの声からは何の感情も読みとれず、ガラス玉の瞳だからも何も感じられない。

 パチュリーは息苦しくなるのを堪え、ゆっくり、慎重に、次に発言すべき言葉を考える。

 ――しかし、それを言う機会は失われた。

 

 突然、はじけ飛ぶように玄関扉が開く。

「アリス!!」

 そこには、白黒の魔法使いが立っていた。

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