どうか彼女に笑顔をと、彼は願った   作:アマネ・リィラ

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第十一話 心のうちに、秘めた約束

 レイガストの特性はその硬さにある。打ち合い続ければ孤月やスコーピオンに負けることはなく、シールドの硬さも相当なモノだ。

 しかし、その代わりというべきか他の二つに比べると切れ味で一歩劣る。そしてこれはあくまで感覚だが、どうにも重い。速度という点では他の二つに勝れないだろう。人気がない理由はそこにある。

 

「………………」

 

 そしてそれ故に、どうしてもレイガストを用いた戦闘では後手に回ることが多くなる。現に今、出木希は放たれる斬撃を最小限の動きで凌いでいた。

 

「――――」

 

 鋭い風切り音と共に、こちらの身を裂くようなスコーピオンの一撃が迫る。それを身を逸らすことで避けると共に、希は体を深く沈み込ませた。

 

「う、お――」

「………………」

 

 懐に潜り込まれ、相手――空閑遊真の動きが僅かに鈍った。希は右足を前に滑らせるように出し、空閑の足を絡め取る。

 体勢が崩れた。バランスを崩す空閑。その彼に、加速した拳を叩き込む。

 轟音と共に、空閑のトリオン体が破壊された。だが同時、希の右足が宙を舞う。

 ――トータル戦績、6-4。

 以前に交わされた約束の決着は、こうして着いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 訓練室を出ると、思わず希は息を吐いた。空閑遊真――近界で戦い続けたというだけはあり、凄まじい技量だった。条件が五分でなかったが故に勝ち越せたが、対等な状況ではこうはいかなかっただろうと思う。

 

「うーむ、最後のは届かなかったか」

 

 言葉ほど残念ではなさそうな様子で隣の空閑が呟く。最後の一手において、彼は宙に浮いた状態でありながらスコーピオンを足から出し、希の右足を切り飛ばしたのだ。その反応速度と判断力は流石という他ない。

 

「…………空閑さんはまだ慣れておられないので……、対等な状況であれば、私が負けていたと思います……」

 

 そう、彼は未だボーダーのトリガーに慣れている途中だ。その状態でこれなのだから、彼本来の実力は間違いなくこちらを上回っていると希は確信する。

迅に誘われて玉狛支部に顔を出したのだが、その際に空閑に勝負を持ちかけられこうして戦うことになった。約束もあったし、彼自身の実力も少し気になったので受けたのだが……。

 

『いや、ノゾミは十二分に強い。その守りの力はかなりのものだ』

 

 黒い炊飯器――初見では本気でそう思った――こと自立型トリオン兵、レプリカがそう言葉を紡ぐ。なんというか、近界のトリオン技術はすごいモノだと彼を見るとそう思う。

 

「確かに。めちゃくちゃ堅いねノゾミ先輩」

「…………それだけです……」

 

 自身の力を磨き、そして他者に必要とされるにはどうすればいいかを考えた結果辿り着いた答えがこのスタイルだ。速度も攻撃も指揮もできないなら、援護という道しかなかった。その上で射撃能力が自分には無いこともわかったので、こういう選択をしたのだ。

 ちなみにこの二人が希と名を呼んでいるのは出木というのが呼び辛いからである。お子様隊員こと林藤陽太郎と会わせて彼女を名前で呼ぶほぼ唯一の存在だった。

 

「いや、十分でしょ。親父も言ってたけど、『弱い駒が強い駒を抑えていればそれで十分』だし。ノゾミ先輩のスタイルならそれができそうだ」

『ノゾミの場合は単独の戦闘力も高い。十分誇るべきだ』

 

 思わず二人を二度見してしまう。まさか、ここまで評価してくれるとは。

 

「…………ありがとう、ございます……」

「いやいや。――っと、オサム」

 

 前方に現れた人物に気付き、空閑が軽く手を上げる。三雲修――空閑たちとチームを組む予定のB級隊員だ。

 

「ああ、お疲れ。出木先輩もお疲れ様です」

「…………お疲れ様です……」

 

 出木希から見た玉狛支部の三人は、実を言うとかなり評価が高い。元々他人に対する評価基準が異様に甘いのもあるが、この三人はかなり優秀に見えるのだ。

 空閑遊真は言うまでもなく、その戦闘能力が高い。おそらくだが、ボーダーのトリガーに慣れてくれば緑川や米屋とも互角以上、あるいは優位に戦えるだろう。正直、入隊日を迎える頃には間違いなく単純な戦闘において希は追い抜かれると確信さえしている。……強くなりたいと思うが、最強になりたいわけではないので実は割とその辺に拘りは無かったりする。

 雨取千佳。彼女は真面目で勤勉な性格と、その異常なまでのトリオン量がある。正しい狙撃技術を身につけられれば、冗談抜きで最強クラスの実力者となり得る可能性がある。

 そして、三雲修。正直なところ、戦闘においては彼は平凡以下だ。トリオン量も低いし、動きにセンスがあるわけでもない。ただ、頭を使う。己の至らなさを理解した上で戦おうとするその姿が、少し自分と重なるのだ。

 その上三人は自分を先輩と呼ぶ数少ない――というかほとんど唯一の存在である。評価を甘くするなという方が無理だった。

 

「とりまる先輩は?」

「バイトに行った。それであの、出木先輩。少し聞きたいことがあるんですが……」

「………………?」

 

 首を傾げる。聞きたいこととはなんだろうか。技術のことならば宇佐美に、訓練のことなら烏丸という師匠がいる。自分に聞くことなど無いと思うのだが。

 そうして疑問を浮かべている自分に、三雲が勢いよく頭を下げる。

 

「――強くなる方法を、教えて下さい」

 

 私が聞きたい、とは言えなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 嵐山准は、開発室へと訪れていた。A級部隊に所属する隊員は自身のトリガーを専用にカスタマイズすることが許されており、開発室に世話になることは何度もある。特に木虎のハンドガンはスパイダーによって張ったワイヤーを巻き取る機能を付けた特注品であるし、〝テレポーター〟はその開発室から渡された試作品だ。

 だが、今回はいつもとは少し事情が違った。なにせ呼び出したのは室長でありボーダー幹部である鬼怒田である。

 何事だろうかと首を傾げながら開発室に入ると、奥の応接室に通された。ソファーに座っていた鬼怒田が、おお、と声を上げる。

 

「すまんな、忙しいところを呼び出した」

「いえ……自分に用があると伺ったのですが」

「まあ座れ。そこまで時間を取らせるつもりはない」

 

 微妙に歯切れが悪い気がするのはどうしてだろうか――そんなことを思いつつ嵐山が席に着くと、鬼怒田が対面に座った。

 

「……話というのは、出木のことだ」

 

 少しの沈黙の後、鬼怒田はそう切り出した。最近色々な意味で気にかけている少女の名前が出、嵐山の表情が変わる。

 

「何かあったのですか?」

 

 そういえば今日は見ていない――そんなことを思ったが、鬼怒田はいや、と首を振る。

 

「ある意味急ぎではあるが……奴が今回の件について、どこかの隊に所属することになった」

「そのようですね。出木から聞きました」

「なんだ、やはり聞いておったか」

 

 やはり、という言い回しに少し引っかかるものを覚えたがスルーした。本題はそこではないだろう。

 

「それについてはむしろ、わしとしてはようやくかと思っておる。奴には研究の協力もしてもらっていた手前、気付けなかったのが少し情けないがな」

 

 そう言って鬼怒田は僅かに苦笑した。珍しい。彼がこんな事を言い、その上こんな表情をするとは。

 とはいえ、彼は偉そうに振舞ってこそいるがそれは彼の実績と立場を考えれば当然であり、更に言うと勘違いだったとはいえ自分と同じ派閥、そして全く他人に心を開かない復讐者という危うい少女を彼なりに心配していたのも事実。色々認識の齟齬があったが、割と仕方がないことでもある。

 そんな彼の様子に、嵐山も思わず微笑を零す。

 

「とにかく、だ。その出木だが、卒業後はボーダーへの就職を考えておるようでな」

「……そうなんですか?」

 

 驚きで、反応が僅かに遅れた。出木希――彼女はそのサイドエフェクトもあり、『勉強』という一点においては相当な能力を有している。その彼女が進学せず、就職を選択しているとは。

 

「いずれわかることではあるが、あまり他人には話さんようにな。お前は出木と一番親しいと聞いておる。支えてやってくれんか」

 

 一番親しい、という評価に驚いた。確かに良好な関係を築いていると思うが、彼女は緑川や米屋、出水とランク戦をする姿を何度も見かけているし、綾辻や木虎、加古といった者たちもいる。一番ではないと思うのだが。

 

「支える、と言われても……」

 

 話が妙な方向に傾いている、と思いつつ嵐山が応じる。鬼怒田は、お前は、と言葉を紡いだ。

 

「奴のサイドエフェクトについては知っておるな?」

「はい。〝瞬間完全記憶〟ですよね? 以前、出木から聞きました」

 

 彼女のサイドエフェクトについては、彼女と木虎を勧誘して少しした頃に本人から聞いた。おそらくだが、彼女もその頃は不安定だったのだろうと思う。入隊したばかりで不安だろうと思って相談に乗り、彼女は話してくれた。

 そこまで詳しく話されたわけではないが、それ以来少し気にするようにした。危うかったのだ。三輪秀次――彼とは少し違う危うさを、ずっと感じていた。

 

「名称はそうなっておるが、本質は少し違う。そもそも、人間というのは誰しも一度見たことを忘れんようにできておる。忘れるというのは、『思い出せない』のと同義だ」

「そうなのですか?」

「まあ、学説の一つだがな。わしはあくまで技術者で、脳科学者ではない。ただ、研究を続ける中で一つの仮説が生まれた。〝瞬間完全記憶〟は記憶する力ではなく、〝思い出す〟力であるとな」

「思い出す、ですか」

 

 どう違うのだろうか、と疑問が浮かぶ。記憶することと思い出すことは、同義だと思うのだが。

 

「お前も経験があるだろう? 普段は別に思い出すことがないこと――それこそ学校のテストのような状況で、問題を見て答えを思い出すことが。要はアレだ。出木の場合、その機能が極端に発達しておる。……お前は、街で擦れ違うどころか視界に映っただけの相手、それも赤の他人にボーダーで出会って気付くことはあるか?」

 

 絶句した。それは凄まじい能力だ。正直な話、人の顔など何かしらの特徴がなければ一発で覚えることは難しいし、それも完全に赤の他人となると記憶の片隅にも残らない。

 だがそれを、あの少女はやってのけるという。

 

「そして奴は、四年前に近界民によって家族を殺されておる。……今でもトリオン兵を前にすれば思い出すはずだ。これは推測だが、奴のサイドエフェクトはそういう力だからな」

「……それは……」

 

 言葉を失う。彼女が全てを奪われ、絶望と共にあったことはついこの間、ポツリポツリと話してくれた。

 だがそれは終わった事だと、もう前を向いていると、そう、勝手に判断していなかったか?

 ――出木希は、事実を事実のままに記憶するのに。

 薄れることも、消えることもないというのに。

 

「別に四六時中気を付けてくれと言うわけではない。克服しておるのかもしれんし、考え過ぎておるのかもしれん。だが、迅の予測でも気になることがあった。だから手は打っておこうと思ってな」

「気になることですか?」

「ああ。近々来ると予測されておる、近界民の侵攻については知っておるな?」

「はい。何度か会議も開いていますね」

 

 現時点では主に幹部や各支部長、そしてA級部隊の隊長――以前にA級であった者も含まれる――にのみ知らされていることだ。もう少しすれば、正隊員にも知らされることになるだろう。

 とはいえ、もう少し先の話だ。無論、その時になれば嵐山自身も出動することになるだろう。普段の防衛任務とは文字通り規模の違う戦いとなるはずだ。

 鬼怒田は一度頷くと、重苦しい口調で言葉を紡ぐ。

 

「――そこで、出木が黒トリガーになる可能性がある」

 

 言葉を、失った。

 どうして、と呟きが漏れる。自身が動揺しているのがよくわかった。

 

「無論、確実ではない。迅が言うには本当に低い確率だ。だが、侵攻において『誰かが黒トリガーになる可能性』というのは否定出来ん。そしてその中では出木が一番可能性が高いという話だ」

 

 言われてみれば当たり前のことである。黒トリガーは『自身の全てを注ぐこと』によって生まれる規格外のトリガーだ。迅の〝風刃〟や天羽がそうであるように、単体で絶大な力を発揮する。それこそ一騎当千の力だ。

 そして近界民による侵攻が起きた時、どうしようもないくらいに追い詰められたら。最早それしか手段がなかったら。

 きっと、誰かがその選択をする。ボーダー隊員というのはその根底に〝守る〟という強い意志があるのだ。ならば、ある意味では必然である。

 

「だからというわけではないが、気にかけてやってくれ。奴はどうも、防衛隊員とエンジニアを就職してからは両立するつもりのようでな。わしではどうも難しい」

「……わかりました。できるだけ気にかけます」

 

 とはいえ、見かけたら声をかけるくらいのことはしていたのだ。三輪のこともあるし、彼女の心の内も聞いた。少なくともチームに入るまではできるだけ気にしようと思う。

 

「そうか、礼を言うぞ。……ところで、だ」

 

 話は終わった、とでも言いたげに立ち上がる鬼怒田。嵐山も立ち上がろうとすると、思い出したように鬼怒田が言葉を紡いだ。

 

「お前と出木が恋人同士というのは本当か? 口を出すつもりはないが、節度ある付き合いをするようにな」

 

 ごふっ、と変な声が漏れた。鬼怒田が真面目な顔をしているせいで、一瞬思考がフリーズする。

 

「い、いや、出木は後輩です。恋人とかでは……」

「む? 誤魔化さんでもいいぞ。根付の奴は何か言うかもしれんが、別に恋人を作ろうが気にせんのでな」

「いや、いやいや、だから違います。相談に乗ったりとかはしていますが……」

 

 基本的に一人で過ごしているのもあって、どうしても声をかけてしまうのだ。とはいえ、彼女との居心地の悪くない会話の無い時間は嫌いではないが。

 

「そうなのか? お前が一番親しいと聞いた時にその話も聞いたからな。出木がまともに会話をする相手もお前くらいであるし、そうなのだろうと思っておったが」

「いや、加古さんや緑川たちや三輪とも話してますよ? 確かに言葉は少ないですが……」

 

 基本的に無口で、じっと相手の話を聞くのが出木希という少女である。そのせいで会話が成り立っていないように見えるが、実はアレで割と意思疎通はちゃんとできていたりする。

 まあ確かに、ちゃんと会話する相手は少ないかもしれない。だが、恋人ではない。魅力的な少女であるとは思うが、そういう関係では決してないのだ。

 

「それと、その話をどこで……?」

「さっきトリガーの微調整で来ておった佐鳥が話しておったぞ。お前が一番親しいとも言っておった」

 

 とりあえず、この後の予定が確定した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そんなある種恐ろしい噂が流れているとは露知らず、少女はいつもの無表情である。

 玉狛支部にて机に座り、三雲と空閑の二人と向かい合う形となった。何故か希の側にやってきた雷神丸が足元で脱力しており、希は軽くその頭を撫でてやる。

 

「…………強くなりたい、というのは……?」

 

 とりあえず、確認の意味も込めて問いかける。どうでもいいが、毛並みがとても気持ちいい。

 

「はい。……実は、僕たちは遠征部隊を目指しています。千佳の友達と、僕の家庭教師をしてくれていた千佳のお兄さんを探しに行きたくて……でも、今のままじゃ多分、駄目なんです」

 

 攫われた大切な人を探しに行く――その動機に、成程と思った。特に雨取千佳、彼女の強い意志に納得がいく。狙撃手というのは忍耐が必要な難しいポジションだ。それをああもひたむきに、そして焦るように訓練する理由が少し見えた。

 ……とりあえず、カピパラのこの何とも言えない顔はなんなんだろうか。喜んでいるのかどうかさえわからない。

 

「…………駄目、とは……?」

「空閑の実力は高いですし、千佳もトリオンっていう武器があります。……今のままだと、僕が足を引っ張ってしまう」

「ふむ?」

 

 彼の言葉に空閑が首を傾げたが、三雲の気持ちは少しだけわかった。二人とも、才能と能力は飛び抜けている。対し、単純な戦闘において三雲修という少年はお世辞にも才能があるとは言えない。

 ただ、彼には考える頭がある。そう難しく考えることではないと思うが。

 

「でも、やってみなくちゃわからないだろ? 修が強くなればそりゃ勝ち筋も増えるけど、絶対勝てるわけでもないし」

『ユーマの言う通りだ。力を補うのが戦術である以上、個々人の力だけでは勝敗は決まらない』

 

 二人が言いたいことを言ってくれた。戦術というのはそもそも単純な能力差を覆すためのモノである。幾度となくランク戦を眺め、それを全て記憶する希は、その凄さを知っていた。

 特に東春秋――彼は凄まじい。割と冗談抜きに、戦術で戦力差を覆してくる。

 

「それはわかってる。でも、このままだと駄目だと思うんだ」

 

 しかし、彼の思考は大分追い詰められているらしい。どうしたものか、と思う中、ふと希は問いかける。

 

「…………烏丸さんには……?」

「烏丸先輩には今は基礎を磨けと言われました。……自分の力が足りないのはわかっています。ただそれでも、僕は強くならなければ駄目なんです」

 

 思いつめたように言う三雲。その言葉と態度を前にしては、中途半端な回答はできない。

 

「…………誤解がないよう……言っておこうと思うのですが……」

 

 慎重に言葉を選ぶ。これは最早癖だ。喋ることは、どうしても苦手である。

 

「…………私より、空閑さんの方が強いです……。それでも、よければ……」

「――お願いします」

 

 真っ直ぐな少年だ、と思う。危いとすら思うくらいに。

 希はそんな彼の様子を見て、小さく頷いた。雷神丸が一度こちらを見上げ、足元に伏せる。微妙に温かい。

 

「…………これは、あくまで私の持論ですが……『自分より強い相手に勝つには、相手より強くなければならない』……、私はずっと、そうしてきました……」

「ふむ? どういう意味?」

 

 空閑が首を傾げるが、それは三雲も同じだ。ええと、と希はわかりやすく説明するにはどうすれば、と頭を悩ませる。こういう時、普段人と会話をしないコミュニケーション能力不足が露呈する。

 

「…………例えば、ですが……速さも、スコーピオンの鋭さも……、私は、空閑さんに劣っています……」

「そう、なんですか? でも、空閑に勝ち越したんじゃ……」

『確かにその二点でいうならノゾミはユーマに負けている。成程、言いたいことを理解した』

 

 流石、というべきか。レプリカは理解したらしい。どういうこと、とユーマが問うと、レプリカの身体がこちらを向いた。

 

『ノゾミ、私が説明してもいいだろうか? 間違っていたら訂正を願いたい』

「…………お願いします……」

 

 むしろありがたい。それが伝わったわけではないだろうが、心得た、とレプリカは体を小さく動かした。おそらく、お辞儀なのだろう。

 妙に律義であり、同時に高性能なトリオン兵だと思う。少し興味があるが、多分教えてはくれないだろう。

 卒業後にボーダーへ就職する予定ということもあり、出木希はエンジニアとしての知識も少しずつ習得している。元々覚えることだけは人より優れているので、後は習得するだけだ。記憶であり学習でない辺り、ある種似たサイドエフェクトである村上鋼のそれとは大きく違う。

 

『後で反省をする時に言おうと思っていたが、今日ユーマが負け越したのはユーマがノゾミの得意分野に引きずり込まれたからだ』

「ふむ?」

「得意分野?」

『ノゾミ自身が言ったように、ユーマの方が速い上に攻撃も鋭い。ボーダーのトリオン体には基本的に体格以外での個体差がないため、これは単純に二人のセンスと熟練度、そしてスタイルの問題だ。だが、ユーマ。連続で攻め立てた時、スコーピオンが何度通った?』

 

 言われ、空閑は一瞬驚いた表情を浮かべた後、笑みを浮かべた。心の底からの楽しそうな笑みである。

 

「なるほど、違和感があったのはそれか。やるじゃん、ノゾミ先輩」

「………………」

 

 そう言われても、それで勝負するしかなかっただけだ。速度でも攻撃の鋭さでも勝てない以上、唯一勝っている部分に賭けるしかなかった。

 

『ノゾミがユーマに対して明確に勝っている点は、その防御力だ。全てを凌ぎ切り、僅かに焦ったところに一撃を入れられている』

「そうなのか、空閑?」

「レプリカの言う通りだよ。しかもノゾミ先輩、いかにもギリギリです、みたいな感じだから完全に読み違えてた」

 

 苦笑いを浮かべる空閑。それは違う、と思ったが口に出すタイミングがわからなかった。割とギリギリだったのが真実であり、単純に根競べになっていただけである。そこでまだ慣れ切っていない空閑が少し不利だったというだけの話だ。

 

『相手より強くなければならない、というのは一点でも相手より勝っている部分があるなら、そこで勝負しろということだろう』

「…………その通り、です……」

 

 喋らなくてよかったので実に楽だ、と思う辺りは駄目なのだろうと思うが、人はそう簡単に変われない。

 とはいえ、後輩の前――それも、初めて先輩と呼んでくれる彼らの前である。もう少しだけ頑張ろうと思った。

 

「…………速さも、攻撃も……私は、他の方に比べて劣っています……」

 

 よく模擬戦をする緑川や米屋に比べると、機動力という点で明らかに勝っている。無論、遅いわけではない。攻撃手としては標準的であるし、速度の戦い自体もそれなりにこなせる。

 だが、勝てない。故に考えたのだ。勝負するポイントと、戦い方を。

 

「…………戦えるとすれば、防御と……我慢だけで……」

 

 守る、という行為は見た目以上に神経を使う。攻めていない以上相手にダメージが行くことはなく、攻撃を入れられればこちらが一気に不利になるからだ。

 しかし、攻撃が通らなければ相手も焦るようになる。そうなるまでは我慢比べだ。その一瞬を刺す訓練だけは、無数の模擬戦で続けてきた。

 

「……強い部分、ですか」

 

 こちらの言葉を聞き、僅かに俯く三雲。まあ正直な話、単純に相手に勝る部分を探すというのも難しい。希自身、この答えを得るために一年近くの時間をかけた。

 

「…………ただ、思うのですが……チームを組まれるのであれば……、三雲さんが一人で勝つ必要はないのではないでしょうか……?」

 

 えっ、と三雲が声を漏らした。それに応じるのはレプリカだ。

 

『ノゾミの言う通りだ。ボーダーのランク戦のシステムについてまだ情報が不足しているため断言はできないが、集団戦であるならば戦い方は変わる』

「レプリカの言う通りだな。オサム、もしかして自分一人で勝とうとか思ってないか?」

 

 笑みを浮かべながら言う空閑。正直な話、一対一での戦いとチーム同士の戦闘は全くの別物だ。個人でどれほどの力を誇ろうと、数の暴力には勝てないことも多い。

 ……まあ、どこぞの総合№1や完璧万能手、未来予知などの例外はいるのだが。

 

「オサムは隊長だ。逆に、オサムが自分の戦いに集中して指揮が滞る方が俺もチカも困るぞ」

『無論のことではあるが、自身の腕を高めることは重要だ。だが、とりまるが言っていたようにそれが全てではない』

 

 レプリカの言葉に、三雲は少し衝撃を受けたようだった。そして、何事かを真剣な表情で考え込む。

 指揮官になるのであれば、目の前の戦闘にだけ関わることはできない。希自身は己を完全に一つの駒とし、使われる側として動いているが彼は使う側になろうとしているのだ。そこに必要なのは『戦術』であり、個人の戦闘力ではない。

 

「………………」

 

 立ち上がろうと、腰を浮かせる。すると、ポケットから物が落ちた。

 小さな音を立て、それが床に転がる。ハーモニカだ。数少ない、家族との思い出が残る品。

 拾い上げ、状態を確認する。どこも壊れていないようだった。

 

「それなに?」

 

 安心して小さく息を吐くと、空閑が興味深そうにハーモニカを見ながらそう問いかけてきた。純粋な興味のようである。

 近界には無いのだろうかと思いつつ、見えるように掌に乗せた。説明といっても、そう難しいものではない。

 

「…………ハーモニカ、という……楽器です……」

「ほう、楽器。ということはノゾミ先輩、音楽できるのか?」

 

 できる、というと難しいと希は思った。確かに演奏はできるが、それは記憶した楽譜通りに音を出すだけだ。演奏とは程遠い。

 

「…………下手なもので……人に聞かせるようなものでは……」

「なんだ、残念」

 

 ここで素直に引く辺り、良い子なのだと思う。いやまあ、基準ないのでわからないが。

 

『ノゾミは帰るのか?』

「…………本部の方へ、行こうかと……」

「そうなの? もう一回やろうと思ったのに」

 

 まだやる気だったらしい。それ自体は構わないのだが、実はこの後加古と約束がある。本当に珍しく、だ。予定など基本的にないのが出木希という少女なのに。

 

「…………また、いくらでも……」

「お、約束だなノゾミ先輩。今月中に勝ち越す予定なのでよろしく」

 

 良い笑顔だった。実際、彼ならできるだろうと思ってしまう。

 

「…………私が挑戦する側になりますね……」

「……なんというか、ノゾミ先輩って異様に謙虚だね」

 

 思ったことを口にしただけなのだが、そんなことを言われた。これは謙虚とは違う。ただの処世術だ。目立たぬように生きるには、これが最適だったのだ。

 ……そのせいでずっと一人なので、間違ってはいるのだろうが。

 とりあえず支部を出ようとする。予定ではそろそろ誰か来るだろうと思うが、こちらも時間が押していた。

 

「あの、出木先輩。ありがとうございました」

 

 そんな自分に、三雲が頭を下げてくる。真っ直ぐで真面目な少年だ。頑張って欲しいとそう思う。

 

「…………応援、しています……」

 

 その言葉に。

 はい、と彼は頷いた。頷いて――くれた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 狙撃手の訓練室に行くと、目的の人物がいた。その人物もこちらに気付き、声をかけてくる。

 

「お疲れ様です、嵐山さん」

 

 佐鳥賢――ツインスナイプという冷静に考えると恐ろしいことを平然とやってのける、嵐山隊の狙撃手だ。明るいムードメーカーなのだが、その軽い雰囲気の成果2,9枚目と呼ばれる少年である。

 

「お疲れ様です」

 

 その隣にいるのは三輪隊の古寺である。真面目な眼鏡の少年だ。

 

「ああ、お疲れ様。訓練は終わりか?」

 

 言いつつ、佐鳥の荷物が置いてあるポイントを見た。順位を見ると四位とある。流石というべきか、相変わらずの狙撃能力だ。

 

「はい。って、この後なんかありましたっけ?」

「いや、今日は特に仕事は入っていないが……少し、聞きたいことがあってな」

 

 佐鳥と古寺が首を傾げた。嵐山は息を吐くと、聞きたいんだが、と言葉を紡ぐ。

 

「鬼怒田さんのところにトリガーの微調整に行ったらしいな?」

「え? はい。行きましたけど、何かありましたか?」

「いや、行くのはいいんだ。俺にはよくわからないことではあるが、狙撃手の銃はかなり繊細なんだろうというのは予測がつく」

 

 佐鳥と古寺がまた首を傾げる。そんな佐鳥の肩に手を置き、嵐山は努めて笑顔で言葉を紡いだ。

 

「その鬼怒田さんから聞いたんだが……誰と誰が恋人同士だって?」

 

 その言葉に合点がいったのだろう。驚いた表情になる佐鳥。

 

「え、違うんですか!?」

「普段の俺を見てるならわかるだろう? 恋人を作る暇も余裕もないぞ」

 

 悪意がないというのはわかっていたが、少々予想外の反応だ。息を吐き、腕を組む。するとえー、と佐鳥が声を漏らした。

 

「間違いないって聞いたんですけど……」

「……誰から聞いたんだ?」

「加古さんが言ってましたよ。この間一緒に帰ってたって」

 

 少々予想外の名前に肩を落とす。何を言っているのだろう、あのセレブ風自由人は。

 

「誤解だ。あの日は随分遅くなったからな。あんな時間に女の子を一人で帰らせるわけにはいかないだろう。特に一人暮らしともなれば尚更だ」

 

 言うが、これは理由の半分だ。もう半分はあの日、己の内心を口にした出木希という少女が心配だったというのが真実である。

 あの少女はどうにも、人の視界から離れようとする癖があるように思える。目を離すと消えてしまいかねない危うさがあるのだ。特にあんな話を聞いた後だと、余計にそう思う。

 

「……嵐山さんカッコ良すぎない?」

「……ファンクラブできるのも納得」

 

 小声で二人が何か言っていたが、内容は聞き取れなかった。とりあえず、と嵐山は言葉を紡ぐ。

 

「出来る範囲で良いから誤解は解いておいてくれ。俺はともかく、出木の迷惑になる」

「了解です。でも嵐山さん、実際どうなんです?」

 

 佐鳥の問いかけに、今度は嵐山が首を傾げた。何がだ、と問いかけると佐鳥が笑って応じる。

 

「出木さんのことですよ。どう思ってるんです?」

「どう、と言われてもな。大事な後輩だ。気にかけてはいるが……」

 

 言いつつ、思う。実際のところはどうなのだろうと。

 最初は優秀な成績を入隊時の訓練で叩き出したのを見、根付の勧めもあって――広報部隊というのはこういうところが少々厄介だ――声をかけたが、それから妙な縁ができた。

 別に、何かがあったわけではない。少しの会話をするくらいで、彼女の本心についてもポツリポツリと話す所から何となく察していただけだ。この間の戦闘でも、迅悠一に直前に彼女のことを聞かれ、答えたのだ。

 

〝恨んでいるとか、そういうのはないと思うぞ。きっと、不器用なだけだ〟

 

 本人から直接聞くことはしなかったし、あくまで推測だったがそう答えた。無論、これは勘違いで出木希という少女は噂通り復讐者だったのかもしれない。ただ、話してくれるならと思ってはいた。

 

(……話してくれるなら……?)

 

 ふと、その思考に疑問が浮かぶ。

 普段から面倒見がいいとよく言われる嵐山だが、それは彼に弟と妹がいるからだ。しかし逆に言えば、弟と妹がいるからこそ家族と他人における世話の距離を心得ている。

 それが、どうして。いつの間に――

 

「うーん、加古さんは『間違いないわ』って言ってたんだけどなー」

「似てない似てない」

 

 佐鳥がドヤ顔をし、古寺が笑っている。とりあえず、と嵐山は思考を切り替えた。

 

「邪魔をしたな。俺はちょっと加古さんのところに行ってくる」

 

 すっきりしない内心を斬り捨てて。

 嵐山は、微笑を浮かべた。

 

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