どうか彼女に笑顔をと、彼は願った   作:アマネ・リィラ

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第十五話 踏み出せた一歩

 

 第一次ネイバー侵攻慰霊碑。

 千人を超える犠牲者を出したあの大災害を悼み、その慰霊碑は建てられてた。あの悲劇から四年の月日が流れたというのに、未だ慰霊碑に供えられるものが尽きた日はない。

 それほどまでにあの日の悲劇は根深く――そして、未だ終わっていないのだ。

 

「お父さん、お母さん、優」

 

 自身の家族の墓前に花を供え、そして慰霊碑にも花を供え。

 少女は、静かに語りかける。

 

「やっと、前に進めるかもしれない」

 

 たった一人残された、少女の独白。

 時が、僅かに動き出す。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ボーダー本部B級12位、那須隊。ボーダー内で病弱系美少女として名を馳せる那須玲率いる華やかなガールズチームだ。その攻撃手である熊谷友子は、対戦相手である二人の動きを捌くのに精一杯だった。

 那須隊の戦法は、隊長であると同時にエースでもある那須を主軸とした戦法をとることが多い。〝鳥籠〟と呼ばれる変幻自在のバイパーで相手を追い詰め、熊谷や日浦はそれをフォローするのが役目だ。特に熊谷の場合、近接において彼女を守る役目を負うことが多い。

 そんな彼女はポイントこそマスタークラスに到達していないものの、その防御力については一定以上の評価をされている。受け太刀を得意とするその技術の高さはあの太刀川慶も認めるほどだ。

 

(――やっぱり、鋭い……ッ!)

 

 しかし、その彼女も目の前の人物を前にしては気を抜くことは許されない。

 №4攻撃手、村上鋼。

 攻撃手の最上位にいる者たちは総じて異次元の使い手だが、村上もまたその例に漏れることなき使い手である。何せ、あの太刀川をして『ワンセットで死なない奴は珍しい』とまで言うほどだ。その実力の高さが窺い知れる。

 そういう意味で、熊谷は健闘しているといえた。少なくとも、今のところは耐え切っている。

 

「熊ちゃん!」

 

 しかしそれが彼女一人の実力によるものかというと、おそらく彼女はノーと返すだろう。理由は単純で、今声をかけてきた少女――那須玲と共に戦っているからだ。

 呼びかけに対し、熊谷は少々強引ではあったが無理矢理に孤月を押しこみ、村上と距離を取ろうとした。普通なら喰らいつかれるところだが、相手はあっさりと後退する。

 ――そこへ、美しい軌道を描いた弾丸が降り注ぐ。

 那須玲の真骨頂はその自在に設定できるバイパーにある。通常、使いやすい軌道をいくつか設定して用いるトリガーであるバイパーを、彼女はリアルタイムで設定できるのだ。

 襲いかかる弾丸の雨。取り囲むような軌道はまさしく、彼女の異名たる〝鳥籠〟を表していた。

 

「――――」

 

 しかし、その弾丸が着弾する前に、村上の眼前に人影が割り込む。

 両手は無手。常に装備するレイガストはない。それが意味するのは――シールド。

 

「――――ッ」

 

 ほとんど反応を見せることもなく、那須のバイパーをその攻撃手――出木希は防ぎ切った。その瞳は変わらず、無感情にこちらを捉えている。

 那須が〝鳥籠〟なら彼女は〝鉄壁〟だ。その堅固な防御力は、個人で崩すのは難しい。

 そして彼女の防御の間に力を溜め、村上が斬りかかってくる。

 

「くっ――」

 

 ――崩せるイメージが、湧かない。

 おそらく、後でこちらを援護する那須も同じ思いだろうと熊谷は思った。二対一ならやりようはある。だが、二対二――それも、この二人が揃うとこうも厄介なのかと熊谷は歯噛みする。

 出木希自体は攻撃手界隈ではそれなりに有名であり、対戦相手は来る者拒まずのそのスタンスと防御主体のスタイルということから熊谷は何度か模擬戦を挑んでいる。残念ながら言葉を交わしたことはないのだが、彼女のスタイルは非常に参考になるモノだった。特に崩しとして彼女が用いるメテオラは、密かに練習をしている。

 実は出木も熊谷の受け太刀は参考にしていたりするのだが、本人がああなので熊谷も知らない。

 そしてその出木は、タッグにおいてもその鉄壁振りを発揮していた。むしろ個人戦よりも硬い印象すらある。

 それもそのはず。妙な話だが『自分から攻め入る』事自体が彼女にとっては特殊であり、こうして防御を中心とした援護戦法こそが彼女の本領なのだ。周囲の認識はともかく、彼女の能力とスタイルを考えれば今までこそが異常であったのだから。

 那須が先程から何度も彼女に向けてバイパーを放っているが、一向に通る気配がない。近付かれてこそいないものの、ダメージが一切通らない様はこちらを焦らせる。

 

「この――ッ」

 

 強引にでも、と思い、孤月を下から切り上げた。だが、村上のレイガストによって受け流すようにして防がれる。そして村上がカウンターの突きを放つ。

 だが、想定内だ。刺し違えてでも――勢いをそのままに体を前へと進め、全力で孤月を振り降ろす。

 当たる、と熊谷は思った。こちらが刺されても、その代わりにダメージは通せると。

 ――しかし。

 

「――――!?」

 

 あろうことか、村上はあっさりと攻撃を諦め、横へと飛んだ。宙を斬る孤月。やられる、と思う眼前、現れたのは一つの拳。

 轟音と共に、振り抜かれた拳が自身のトリオン体を貫いた。

 そしてこちらには目もくれず、村上が那須の下へと駆け抜けて行く。

 

 決着だと、そう思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そのニュースは、それなりの衝撃を持って受け入れられた。

 先月のクリスマスパーティー。そこで出木希が複数の部隊からスカウトされていることが明かされた。その答えは年明けにということになっていたのだが、彼女が選んだのは大方の予想から外れたモノだったのだ。

 そもそも大方の予想では入隊するのは二宮隊だろうと考えられていた。彼女は復讐者であり、その力と目的には最も力を持つ隊に入ることを希望するのが自然だろうと思われていたのだ。実際、二宮自身が乗り気であったというのもある。

 しかし、彼女が選んだのは鈴鳴第一――来馬隊。

 その真意については多くを語られなかったが、その事実だけが成立した。

 だが、一年間本部にソロ隊員ではあるが勤め、更に技術部では彼女のサイドエフェクトについて未だ研究の途中である。更に時間に都合のつき易いテスターとしても一部で重宝されていたため、僅かに本部がそれを渋ることとなった。そのせいで、彼女は籍を二つに分けて置くことになっている。

 基本的に『防衛隊員』としては鈴鳴第一の隊員であり、メインはそちらとなるが、定期的に本部へ足を運ぶことが決定されたのだ。その他にも卒業後にほぼ内定しているボーダーへの就職についても、新人エンジニアとしては本部所属という超がつくほどややこしいことになっている。

 そのせいで未だ手続きが完了しておらず、正式な移籍は月末になるということになっていた。大人の事情とはかくも面倒なモノである。

 

「負けちゃったね」

 

 模擬戦が終わり、那須がポツリと呟いた。そうだね、と熊谷も頷く。

 先程の模擬戦は、終始相手のペースで持って行かれたという印象が強い。村上相手に熊谷が耐えられたのも、相手の策略の内だったのではないかと思うくらいだ。実際、こちらは常に村上の後ろからこちらを伺っている出木に那須の意識が割かれ、防戦一方だった。

 二対一ならば、勝ち目はあったように思う。それでもギリギリではあるが、やりようはあった。

 しかし、二対二となるとどうしても分が悪くなる。

 

「お疲れ様。ありがとう、二人共」

「…………ありがとう、ございます……」

 

 村上と出木の二人がこちらへと歩み寄ってきた。一歩下がった位置にいる出木は相変わらず無表情であり、その瞳から感情を読み取れない。

 一瞬、彼女をスカウトしなかったことを後悔しそうになり――いや、と思い直す。噂に聞く彼女の本質を考えると、熊谷はどうしても躊躇してしまう。

 四年前の第一次ネイバー侵攻。三門市に住む者で、あの災害と呼ぶべき事件の影響を受けなかった者はいない。熊谷自身は家族を失うことはなかったが、あの事件の後、数人のクラスメートがいなくなっていたことを覚えている。

 それは引っ越しによるものであったかもしれないし、或いは最悪の事態によるものだったかもしれない。ただ、〝今まで〟がなくなってしまったことだけは理解した。

 そして出木希――彼女は、その中で〝復讐〟への道を選んだ。

 一度は去ったこの場所に、もう一度戻ってきてまで。そうしてまで、戦うことを選んだのだ。きっと、話をすることはできる。同僚として、仲間として共に戦うことはできる。だがきっと、ギリギリの場所で彼女はこちらの背中を守ることができないだろうし、こちらもまた、その背中を守ることはできないだろうと思った。

 

「いえ、こちらこそありがとうございます」

「お二人共、流石ですね」

 

 村上は先輩であり、更に誤解されがちだが出木もまた二人にとっては先輩である。礼儀正しく二人が対応すると、いや、と村上が首を振った。

 

「流石に二人の連携には適わない。最後のも、無理矢理踏み込んだだけだ」

「そうなんですか?」

 

 思わず聞き返してしまう。鮮やかに入れ替わっていたように見えたのだが。

 

「本来なら俺と出木の両方でどちらかを速攻で落とすのが最善だが、流石にまだそのレベルの連携は取れていない。大分マシにはなったが……」

「…………すみません……、どうしても、遠慮を……」

 

 出木が蚊の鳴くような声で言う。恐ろしい話だが、言われてみればそうだ。確かにこの二人は同時に熊谷、あるいは那須に攻撃してくることはなかった。

 攻撃手の連携というのは非常にシビアだ。この二人の場合個人の技量が高いのでわかり難いが、現在の状態ではあくまで『二人で戦っているだけ』となっている。……それはそれで恐ろしい話だが。

 

「いや、俺も遠慮してしまっている。何度か踏み込めた場面で躊躇していた」

 

 アレでかよ、と近くで観戦していた者たちが内心で声を揃えるが、この二人はマスタークラスの実力者。それも村上は№4攻撃手である。目指す領域はそれだけ高いのだろう。

 

「では、今日の模擬戦はその練習を?」

 

 那須が問う。実を言うと、この二人がこうして二対二の模擬戦をしているのは熊谷達だけではない。先程から色々な組み合わせと戦っており、練習の為に熊谷たちも加わったのだ。

 ちなみに戦績は恐ろしいほど良好である。実際、この組み合わせは割と悪夢だった。

 

「継続して続けるつもりだが、今日は互いのスタイルの確認だ。何度か摸擬戦をしているからある程度は把握しているつもりではあるが……」

「成程」

「よし、じゃあ次だな。誰か相手になってくれないか?」

「次! 次おれ!」

 

 はいっ、と元気よく手を挙げたのは緑川だ。ちなみに彼は先程米屋とコンビを組んで戦っており、出木を落とすも相討ち。最終的に米屋が村上に狩られている。熊谷たちが見たのはその光景だ。

 

「歓迎したいが……誰と組むんだ?」

「んー、よねやん先輩?」

「別にいいけど、作戦練ろうぜ。無策でやったらどうなるかは身に染みた」

 

 米屋の言葉は実にもっともである。ただでさえ異常な使い手である村上に加え、鉄壁の防御力を持つ壁の存在。洒落にならないくらい厄介だった。

 

「つーか、出水どこにいった?」

「なんか太刀川さんに呼ばれたって言ってたよ。――って、あ、カゲさん」

 

 緑川が名を呼ぶと、その場の全員が振り返った。そこにいたのはぼさぼさの髪をした青年――影浦雅人だ。彼はこちらの姿を見ると、ああ、と眉をひそめる。

 

「おい鋼、用件もなく呼び出したと思えば……なんだこりゃ?」

「来てくれたか。今ちょっと出木と連携の訓練をしてる。相手になってくれないか?」

「出木ィ?」

 

 彼が名を呼ぶと共に、影浦が出木へと視線を向けた。向けられた少女は変わらずの無表情のまま、小さく一礼する。

 影浦雅人は攻撃手としての能力は群を抜いているが、その攻撃的な性格もあって恐れられている部分がある。しかし、出木は臆することなく対応していた。

 

「へぇ……本当に入ったのか」

「なんだ、知ってるのか?」

「珍しかったからな」

 

 何でもなさそうに言う影浦。そのまま彼は一瞥すると、いいぜ、と頷いた。

 

「相手してやるよ。二対一か?」

「いや、二対二でもいい。誰か――」

「はいはい! おれやる!」

 

 元気いっぱいに手を挙げるのは緑川だ。影浦相手にこういう態度をとれる辺り、彼も割と大物といえた。

 

「わかった。――出木、お前の噂が本当かどうか、確かめてやる」

 

 挑発するような物言い。しかし、向けられた本人は変わらず無表情だ。その瞳と表情からは、相変わらず感情が読み取れない。

 人の心が読める、と噂される影浦もそんな彼女の様子に眉をひそめていた。小さく舌打ちを零し、ブースへ入っていく。

 わからない、と熊谷は思った。本当に、何を考えているのかが読めない。

 ただ、言えることは。

 

「……あの二人を相手にする策を、考えないといけないね」

「……頭が痛い」

 

 那須の言葉に同意する。来シーズンまで一ヶ月もない。その間に、あの二人の対策を考えなければならないというのか。

 どうしたらいいのだろう――答えは、浮かびそうになかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ボーダー基地、食堂。昼の時間も過ぎているためか、人の姿はまばらだ。

 今日の日付は一月八日。新人の入隊日である。そのため、非番の隊員であっても基地に顔を出す者は多かった。優秀な隊員というのは初日から何かしら『やらかす』傾向がある。それを見ようという者はそれなりに多いのだ。

 もっとも、最近はあまり有望な新人も多くはないのだが。……一時期が凄過ぎたという説もあるが、まあその辺はわからない。

 

「今期の新人に有望なのはいるかねー」

 

 食堂で椅子にもたれかかってそんなことを言うのは米屋だ。村上と出木を主軸とした連携訓練も終わり、彼は食堂で休憩を兼ねて時間を潰していた。あの模擬戦は最終的に影浦と村上の一対一の模擬戦が始まり、出木もふらりと姿を消したことで自然に終わったのだ。

 

「どうだろうな。……例の近界民はいるんだろう?」

 

 そんな彼の体面に座るのは奈良坂透だ。イケメンにして優秀なキノコである。その狙撃の腕は変態の領域だ。

 

「あー、あの白チビか。そういや今日来てんだな」

「あの近界民なら相応の結果を出すだろう。今頃騒ぎになっているんじゃないか?」

 

 奈良坂の予想は的中しており、空閑遊真は0,4秒というとんでもない数字を記録していたりする。文句無しで新人レコード更新だ。彼が真の意味で新人であるかどうかは置いておいて。

 

「あー、ありうるな。……よし、後で模擬戦しよう」

「相手は近界民とはいえC級だぞ?」

「俺はそんなの気にしないからへーきだ」

「お前が良いならいいが」

 

 ちなみに彼らから離れた場所――食堂の端では、出木希がカップ麺を前に時間の経過をじっと待っている。気配が希薄過ぎる上に位置が離れており、彼らは気付かない。若干楽しそうな雰囲気が漏れているが、多分『新発売』と書かれた蓋のせいだ。

 

「そういや、秀次は?」

「……一時期は落ち着いていたが、最近また塞ぎ込んでいるな。考え過ぎなだけだと思うが」

「不器用だなぁ、あいつも」

 

 米屋が苦笑する。付き合いが長い上に彼の『理由』を知る米屋だが、だからこそわかったようなことを言うことはできない。

 だから、難しい。友人であるからこそ、難しいのだ。

 

 そしてそんな三輪がおそらく友人と認めている少女は、無表情で静かに麺を口に運んでいた。ただ、その雰囲気はどこか嬉しそうである。気付ける者がいるかどうかはわからないが。

 

「俺は、家を壊された」

 

 ポツリと、奈良坂が呟いた。彼の真面目な雰囲気に、米屋も椅子に座り直す。

 

「正直な話、あの時の衝撃は忘れられない。幸いというべきなんだろう。家族は無事だったし、玲のように身内も無事だった」

「それでも、許せない……か?」

「逆に聞くが、陽介。お前は許せるのか?」

 

 その問いには、有無を言わさぬ迫力が込められていた。

 

「忘れたわけではないだろう? あの日から数日して、学校が再開して……クラスメイトが、減っていたのを」

 

 忘れるはずがない、と思った。直接の被害こそほとんどなかったが、その光景を見て米屋は初めて実感したのだ。

 アレは近界民という敵が攻めてきたために起こった災厄であり――犠牲者は、確かにいるのだと。

 

「死んだわけじゃないだろ」

「会えないなら同じだ。……親しい相手じゃなくても、いなくなったなら思うところはある。俺は思ったよ。『もう日常はないんだ』ってな」

「詩人だな」

「……あのな」

 

 苦笑すると、奈良坂が僅かにムッとした表情になった。それにすまんと謝り、そうだな、と米屋は言葉を紡ぐ。

 

「あの白チビにも言ったけど、俺は多分、近界民を恨んでない」

「…………」

「薄情なのかもしれないけどな。ぶっちゃけ俺は家族を殺されたわけじゃないし、被害も受けてねー。連れがいなくなったのはあるけど、少なくとも仲良かった奴でいなくなったのは引っ越しただけだし」

 

 ドライなモノだ、と米屋自身は思う。自分に被害が無かったから、こういう風に感じている。

 もっとも、彼のこの在り方がある種正反対の三輪の救いとなっているのだが。

 

「それに、この間の争奪戦で出木が言ってたんだよ」

「……何をだ?」

「――〝家族を奪ったのは、彼じゃない〟」

 

 その言葉に、奈良坂も息を呑んだ。彼女の背景については奈良坂も知っている。わざわざこの三門市まで戻ってきた復讐者――その彼女が、まさかそんなことを。

 

「多分、白チビのことなんだと思う。それ聞いて納得しちまったんだよなー。……例えばさ、目の前に四年前のアレを主導した黒幕がいたら……秀次は一も二もなく襲いかかるだろ? それこそ、本気で首を獲りに行くはずだ」

「それは当たり前だろうな。正直、俺も冷静でいられる自信はない。……陽介、お前は違うのか?」

「いや? お前らほどじゃないにしても、多分キレると思うぜ。無事とはいえ仲が良かった連れが引っ越してったのも事実だし、ぶっ壊された三門市にも思うところはある」

 

 その時にならねばわからないが、流石にその時にまで『楽しむ』という感情はないだろう。別の感情で戦うはずだ。

 ただ、それは仮定の話であり、今の話ではない。

 

「でも、今はそうじゃないだろ?」

 

 その言葉に、奈良坂もハッとなった。米屋は更に言葉を続ける。

 

「いや、もしかしたらあの時攻めてきた国の連中がトリオン兵送ってんのかもしれねーけど、確認しようがないしな。出木が言いたかったのは、そういうことだと思う」

 

 そしてだからこそ恐ろしいと、米屋はあの少女についてそう思う。

 冷静に、冷徹に。何を憎み、誰を恨み、そしてどうやって応報するか。それをわかっているように思うのだ。

 

「……成程な。だが、俺は……」

 

 言いかけた言葉を噤む奈良坂。いいんじゃねーの、とそんな彼に米屋は言った。

 

「出木はそうしてるだけで、俺はそれに納得しただけだ。お前や秀次まで納得する必要はないだろ」

 

 その言葉に、奈良坂は苦笑を零す。なんというか、と彼は呟いた。

 

「お前はいつもはそんななくせに、時たまこうして核心を衝いてくるな」

「おいコラどういう意味だ」

「言葉通り――」

 

 言いかけた奈良坂が、米屋の背後を見て言葉を止めた。米屋も振り返る。そこにいたのは――

 

「――って、出木!? いたのか!」

「…………え、っと、あそこに……」

 

 視線で食堂の端を示す出木。成程、あんなところにいては気付かない。

 

「あー……もしかして、聞いてたか?」

 

 恐る恐る米屋が問うが、彼女は首を傾げた。その反応からするに、聞いていなかったのだろう。

 

「よし、セーフ」

「大分臭いセリフを吐いてたからな」

「うっせ」

 

 奈良坂に言い返すと、出木は再び首を傾げた。だが彼女は一礼し、そのまま去ろうとする。

 思わず、その背を呼び止めた。

 

「あー、出木。ちょっとだけ、いいか?」

「…………はい……」

 

 相変わらずの蚊の鳴くような声と、わかり難い表情である。米屋は三輪のことだが、と切り出した。

 

「最近、なんか悩んでるみたいでさ。少し気にかけてやってくれないか?」

「…………三輪さんが、ですか……」

 

 原因はこの少女にもあると思うのだが――特に争奪戦のあの言葉――彼女は三輪が心を開く数少ない相手の一人である。一応伝えておくべきだろう。会話しているところなどほぼ見たことないが。

 

「俺の方からもお願いします」

 

 立ち上がり、わざわざ一礼する奈良坂。真面目な男だ、本当に。

 

「…………何ができるかは、わかりませんが……」

 

 そうして、少女は立ち去っていく。相変わらず、何を考えているのかはわからない。

 ただ、味方だ。ならそれでいいと米屋は思う。

 

「しかし、前から思っていたが……何故、敬語を使わないんだ?」

「へ、何でだ?」

「何でも何も、年上だろう? お前も出水も、前から気になっていたんだが……」

 

 言われ、思う。確か、彼女の学年は。

 荒船や犬飼と同じ学年で――

 

「………………完全に同い年だと思ってた」

「おい」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 廊下を歩いていると、声をかけられた。周囲に人影はなく、だからこそその存在感が強烈なモノになる。

 ――城戸、正宗。

 ボーダーの最高責任者にして、総司令官。顔に奔る傷が、その威圧感を増している。

 

「まずは、入隊おめでとうと言っておこう。鈴鳴を選んだのは少々予想外ではあったが、キミなりの理由と目的があるのだろう」

 

 相変わらず、その言葉は重く――鋭い。希は小さく息を呑んだ。

 実は鈴鳴第一に決めた理由は大したものではなく、少なくとも希の主観では一番優しかったからである。割と真剣にそれ以外ない。

 

「隊服も似合っている。キミの活躍には期待しているつもりだ」

 

 まだ正式に移籍が行なわれていないため本来両肩脇にに付くはずのエンブレムはないが、希の今の恰好は鈴鳴第一の隊服だった。とはいえ、上半身はともかく下半身は男性陣のそれとは違いホットパンツで、前の開いた着脱式のロングスカートを腰に着けるという装備だが。

 元々拘りはなかったのだが、『女の子が着るのだからお洒落に』と鈴鳴第一のOP、今結花が主張したのだ。そのデザイン決定にも色々あったが、今回は割愛する。その内語られるだろう。本当に色々あったのだ。

 

「…………ありがとう、ございます……」

 

 ほとんど絞り出すように、希は丁寧に頭を下げながら言葉を紡いだ。正直苦手な相手である。性格とか物腰とかそういうのではなく、単純に怖い。

 

「……改めて、一つだけ聞かせて欲しい」

 

 その城戸は、表情を変えぬままにそう言った。

 

「奪われて尚……何故、彼を憎まずにいられる?」

 

 その問いの意味は、簡単で。

 答えることは、酷く、難しい。

 

「三輪の対応は自然なものだろう。奪われた者としてはあの反応が正常だ」

 

 ズキリ、と。

 小さく、胸が痛んだ。

 

「恨みよりも恐怖、とキミは言っていたが……それならば、尚更歩み寄ることになることは異常だとしか私には思えない。差し支えがなければ、聞かせてはくれないか」

 

 思い出すのは、恐怖。

 あの日の、絶望。

 忘れることなき、終わりの日――

 

「…………私の家族を、奪ったのは……、彼では……ありません……」

 

 口を衝いて出たのは、そんな言葉だった。

 記憶の中に存在する数多の言葉から、出木希が自然と吐き出した言葉。

 ――きっと、それが真実なのだ。

 そしてそれだけで、ここにいる少女は己を見失わないでいられる。

 

「そうか。……呼び止めてすまない。キミの今後の活躍に期待する」

 

 城戸が立ち去っていく。それを見送り、希も反対方向へと歩き出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 とんでもない大型新人が現れたと騒ぎになった最初の訓練。それを終えたところで、一人の青年が歩み出てきた。

 

「訓練室に入れ、三雲。――お前の実力を見せてもらう」

 

 A級3位部隊隊長にして、№2攻撃手。

 風間蒼也が、訓練室へ降りてくる。

 

「受けます。やりましょう模擬戦」

 

 多くの想いを抱きながら。

 三雲修は、選択する。

 

 

 ――メガネ、奮戦す。

 















出木希から見たボーダーの皆さん

・影浦雅人
 村上と荒船の友人であるので多分いい人なんだろうという認識。直接戦ったことはないが、一度ランク戦室でソファーに向かい合うように座り、互いに二時間近く無言だったという状況がある。希に敵意や悪意はなく、その上無言で本を読んでいるので影浦もスルーした。ただしこの二人の噂を知る周囲の者たちの胃がダメージを負った。喜劇。

・熊谷友子
 体育会系の、希が先輩であることをちゃんと認識している人物。彼女の技術については希も大いに参考にしており、彼女もまた、希の技術を参考にしている。良好な関係を築けそうであるが、大体が片方の性格のせいで未だ会話はない。多分悲劇。



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