どうか彼女に笑顔をと、彼は願った   作:アマネ・リィラ

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第十六話 諦めない、ということ

 

 

 

 

 

 最近一部で噂のB級隊員、三雲修とA級三位部隊隊長にして№2攻撃手風間蒼也の模擬戦は、静かに、かつ、少ない観客の下で行われていた。

 当然というべきか、双方の実力には大きな差がある。ほとんど一方的に三雲がやられているのだが――

 

『三雲、ダウン』

 

 音声を流しつつ、今回の入隊式におけるサポートを命じられていた諏訪と堤がその光景を見ていた。あまりに一方的な光景に、諏訪がつまらなさそうに声を上げる。

 

「おいおい、容赦ねぇな。一方的じゃねぇか」

「仕方ありませんよ。実際のところ、風間さん相手にまともにやり合える隊員なんて数えるほどですし」

「確かにな。特にカメレオンも使い放題とくれば、攻略はまず不可能か」

 

 一位も変態だが、二位も大概変態である。暗殺者の如き彼の動きは、容易く突破できるモノではない。

 特に正面からとなれば、その機動力も合わさって攻略はまず不可能である。

 

「ん? 終わりか?」

 

 眺めていると、風間がトリガーを解除した。どうやら終わったらしい。

 メガネの少年が転ばされたのが約十回。まあ、妥当なところだろう。

 

「いや……まだ、やるみたいですよ?」

「はぁ? まだやる気かよ。勝ち目ねぇだろ」

 

 先程までの動きを見ていれば、確かにそうだ。だが、堤はそうでしょうか、と呟く。

 

「俺はあのメガネくん、もうちょっとだけ見てたいですけど。――何だか、雰囲気が変わった気がする」

 

 先程までは、ただ戸惑い、焦るだけだった。

 けれど、今は。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 カメレオンによる不可視の速攻という初見殺しのコンボで何度もメガネが床に転がっている中、そんなことは欠片も知らずに出木希は廊下を歩いていた。

 城戸司令との緊張感のある会話を終えた希は今日入隊予定である空閑と雨取に挨拶を、と思って歩いていたのだが、そんな彼女の前方から何人ものC級隊員が歩いてきた。雰囲気から察するに、新入隊員だろう。

 だが、自分の知る者たちの姿はない。彼らを避けるように端によると、見覚えのある正隊員の姿が見えた。

 

「お疲れ様です」

「…………お疲れ様、です……」

 

 時枝充。嵐山隊の隊員であり、抜群のサポート力を持つ実力者だ。ついでに言うと、数少ない希に敬語を使う人物でもある。

 

「似合ってますよ。おめでとうございます」

「…………その節は、ご迷惑を……」

「いえいえ」

 

 一礼する。妙に視線を感じるが、正隊員が珍しいのだろうと思った。多分。きっとそうだ。

 希の服装――鈴鳴第一の隊服のデザインは、実は決まるまで紆余曲折があった。まずは髪型で、以前はショートにしていたのを普段と変わらない長さにし、その上邪魔にならないように纏める形を取られた。提案したのは加古と綾辻の二人である。ちなみに希自身は割とどうでもよかった。邪魔でさえなければ。

 そしてホットパンツとスカートだが……これには本当に、色々と、ややこしい話がある。

 希自身はお揃いというモノに少し憧れていたのでズボンでもよかったのだが、OPの今が折角だからとデザインの変更を提案。それに来馬が乗るが、どうしたらいいかと悩むことに。そこで希が好きなデザインを考えてみたらどうかという話になったが、正直デザイン能力など存在しない。

 そこで、希は本部の誰かに相談しようとし、嵐山と遭遇。先日のことで少し思うことはあったが、彼に相談することにした。

 以下、その時の会話である。

 

〝……成程、隊服か。だが、俺もデザインの心得はないからな……〟

〝…………芸術の心得がある方は……おられませんか……?〟

〝芸術というなら荒船隊OPの加賀美だろうが……出木は親しかったか?〟

〝…………やはり、綾辻さんに……〟

〝よしわかった俺が話をつけよう。とりあえず、前の服は寺島さんがデザインしてくれたんだったな? 後は加古さんにも連絡しよう〟

 

 そしてこのデザインに決定された。ホットパンツだけでよかったのだが、「可愛くない」というコメントを幾人かから頂き、前は無かったオーバーニーソックスまで穿くことになった。これについては生脚派とタイツ派とソックス派による醜い争いが開発室で繰り広げられたらしいが、希は知らない。

 とまあ、そんなこんなで決まったのは実は昨日であったりする。数日でデザインを完成させるあたり、開発室は実に有能だと言える。

 まあそんなわけで、時枝にも色々協力してもらったのだ。つくづく、ここの人たちは優しい人が多いと思う。

 

「…………あの、入隊は……?」

「最初の訓練は終わったので、今からラウンジで休憩に行くところですね。ただ、訓練室では風間さんが三雲くんに模擬戦を申し込んでいましたが」

「………………?」

 

 時枝の言葉に思わず首を傾げる。風間が何故、三雲に挑むことになっているのだろうか。

 

「よければ見に行かれたらどうですか? 多分、まだやってますよ」

 

 いいかもしれない、と思った。三雲がいるということは空閑もいるだろう。雨取はおそらく狙撃手訓練だろうが、それは後から行けばいい話だ。

 礼を言い、歩き出そうとする希。その背に、時枝が言葉を紡いだ。

 

「そういえば、嵐山さんと何かありました?」

「…………え……」

 

 とくん、と心臓が大きく鳴った。いえ、と時枝は首を振る。

 

「クリスマスの日、何か考え込んでたみたいなので」

「…………どう、でしょうか……特に、何かがあったわけでは……」

 

 あの日の夜に交わした言葉は、自分でも真意がわからない。

 ただ、大切な家族の話をして。

 並んで、月を見上げて。

 ――ふと、言葉が零れたのだ。

 出木希は、たった一つの言葉を紡ぐことにさえ熟考を必要とする。そんな少女が、ふと、その言葉を紡いだのだ。それがどういう意味を持つかはきっと、誰より望自身が知っていた。

 あの時、彼が何も言わなかったことにホッとする自分がいたのを覚えている。

 そして、あの言葉の意味を知りたくないと……そう思う自分がいるのもまた、真実だった。

 

「そうなんですか。……なら、考え過ぎですね」

 

 優しい人だ、と希は時枝の返答を聞いて思う。気を使って、こういう返答をしてくれる。

 

「それでは、失礼します」

「…………こちらこそ……」

 

 軽く頭を下げると共に、希は訓練室に向かう。

 そしてその扉を開けると同時に、一つの光景が目に入った。

 

『三雲、ダウン』

 

 シールドで風間を閉じ込め、おそらく追撃しようとしたのだろう。一か所だけ空けた穴から、逆にスコーピオンの一撃をくらった三雲の姿。

 状況が読めず、とりあえず首を傾げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 作戦は間違っていなかったと、三雲修はそう思った。

 レイガストのスラスターを用い、無理矢理に勝負の土俵を確定させた。風間を閉じ込め、確実に当てる隙を作る。

 上手くいっていたのだ。だが、最後の最後。こちらが叩き付けた一撃を相手は冷静に防ぎ、カウンターを叩き込んできた。

 

「今のはいい動きだった。だが、それでは足りない」

 

 膝をつくこちらを見下ろしながら、冷静に告げるのは№2攻撃手、風間蒼也。

 遠いとは、理解していた。今の自分にとっては遥か高みにある強者であると。だが、まさか。これほどの強さとは。

 

(完全に読みは通した……それなのに)

 

 ここまで完璧に対応されると、絶望感が心の中を埋め尽くす。

 

「これで終わりか? それとも、まだ立ち上がれるか?」

 

 ある種冷徹な言葉。三雲は拳を握り締めると、再び立ち上がった。

 

「もう一本、お願いします……!」

「……いいだろう。これが最後だ。死に物狂いで来い」

 

 その時、ふとその姿が目に入った。

 淡々と、ただ自分たちを鍛えるために相手になり続けてくれた人。

 師匠ではない。きっと彼女自身、こちらのことを弟子とは思っていない。

 ――だが、恩師だ。

 

〝自分より強い相手に勝つには、相手より強くなければなりません〟

 

 教えてもらった、強くなる方法。

 考えろ、と己に何度も言い聞かせる。

 相手はボーダー屈指の実力者。まともに当たれば、勝ち目はないに等しい。

 

 ――ならば、どうする?

 

 持たざる者が、できること。

 それはただ、思考を止めないことだけだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 時枝に聞いていたとはいえ、中々に意味不明な光景が広がっていた。

 風間蒼也といえば、ボーダーにおける攻撃手№2にしてA級3位部隊を率いる人物である。その指揮能力及び作戦立案能力は高く、個人の戦闘能力も高いという怪物だ。正直な話、お世辞にも直接戦闘の才能に恵まれているとは言い難い三雲では勝ち目は薄いだろう。

 

「出木」

 

 首を傾げていると、声をかけられた。見れば、嵐山、烏丸、木虎、そして空閑の四人が揃っている。声をかけてくれたのは嵐山のようだ。

 一礼し、その四人の下へ向かう。嵐山は常の笑顔を浮かべ、おっ、と声を上げた。

 

「鈴鳴第一の隊服か。似合ってるぞ」

「…………ありがとう、ございます……」

 

 その言葉を嬉しく思う。似合わないと言われたら多分心が折れていた。

 

「お疲れ様です」

「…………お疲れさま、です……あの、どういうことですか……?」

 

 木虎の挨拶に返しつつ問う。すると、どうもこうも、と彼女は言葉を紡いだ。

 

「諦め悪く彼が風間さんに挑んでいるだけです。無意味だというのに」

 

 ため息と共に辛辣な台詞を吐く木虎。いやいや、と声を上げたのは空閑だ。

 

「オサムだって勝てないのはわかってるだろ。その上で経験を積もうとしてるんじゃないのか?」

「三流の言いそうな言葉ね」

 

 もっともな空閑の言葉。それをばっさりと木虎は切り捨てる。

 

「負けも経験、駄目で元々。戦う前から負けてるのに何の経験を積もうっていうの? 負けるための経験なんて意味がないわ。勝つつもりでやらなくちゃ、勝つための経験は積めないわよ」

 

 その言葉に、おお、と彼女以外の四人が感心した。希に至っては小さく拍手すらしている。

 だが確かにその通りだ。よくスポーツで言われる『練習のための練習』に意味がないのと同じで、勝つための努力をしなければその努力に意味はない。

 

「お前いいこと言うな」

「おおー」

「いえ……」

 

 若干照れたようにこほんと小さく咳をする木虎。その彼女に、だが、と嵐山が言葉を紡いだ。

 

「さっきまではともかく、今の一戦は大きく違った。――おそらく、勝つつもりだぞ」

 

 その言葉を受けて、視線を二人へと移す。

 幾度となく敗北した少年はしかし、その瞳だけは死んでいなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 改めて、状況を整理する。

 一対一の状況。使える手札。訓練室。そして、試されているという事実。

 それら全てを材料に、勝てる手段を構築する。

 

〝自分より強い相手に勝つには、相手より強くなければなりません〟

 

 寡黙な先達の言葉を思い出す。手取り足取り教えてくれたわけでは決してない。けれど、何度でも相手になってくれた。

 物覚えは決して良くないし、才能という点でも遥かに他の二人と比べて劣っている。

 ――それでも、見限られることはなかった。

 師匠を始めとした玉狛の先達たちも、遊真と千佳というチームメイトも。幾度となく、まともにダメージすら通せない自分と闘い続けてくれた人も。

 諦められることだけは、なかった。

 

(諦めるな)

 

 だから、投げない。

 せめて、一矢。たった、一撃だけでも。

 

『始め』

 

 宣言と共に、風間の姿が消えていく。カメレオン――あれを何の用意もなく打ち破る技量は自分にはない。遊真や烏丸、小南ならおそらく攻撃の一瞬に反応するだろう。しかし、今の自分にはそこまでの技量は望めない。

 

「――芸がないな、三雲」

 

 超スローの散弾を放つ。これで仕留められないのは想定の内だ。大事なのは、まず見えるようにすること。

 己に当たる弾丸だけを打ち払い、風間がこちらへと突っ込んでくる。その速度は速い。速さでは太刀打ちできない。

 ならば、勝負する場所を変えればいい。レイガストを構え、迎え撃つ構え。

 

「――――」

 

 風間の表情が僅かに変わった。期待外れだと、その瞳が告げている。

 確かにこのままなら先程までとは変わらない。しかし、それで敗北することはわかっている。――違うのは、ここからだ。

 

「スラスター、オン!」

 

 迎え撃つように、三雲の手からレイガストが文字通りに放たれた。

 風間の表情が変わり、一瞬、迷いが生まれる。避ける――しかし、それには周囲に散った弾丸が邪魔だ。舌打ちと共に、風間はシールドでレイガストを受け流すようにして防御する。

 衝撃により、体制が僅かに崩れた。そして彼の視界に映るのは、こちらに突撃してくる三雲の姿。

 

「アステロイド!」

 

 走りながら放たれた弾丸をシールドで防ぎ、迎え撃つように走り込む。

 三雲と風間。二人が互いに互いの下へと突撃したのである。その激突までは一瞬だ。両手にスコーピオンを構え、一瞬で刈り取らんと肉薄する。

 

「なに――」

 

 しかし、その刃は防がれた。

 首と、心臓。一撃で落とすために狙ったその二か所を、シールドが的確に守っていた。

 

(――読みが、通った!)

 

 それは間違いなく博打であった。風間蒼也という実力者が相手だからこそとれた選択。

 ある種の信頼。確実にこちらを倒すため、一撃でとりに来ると読んでの局所ガード。

 

「――――ッ!」

 

 手には、改めて作り出したレイガスト。

 全力でスラスターを起動し、拳を振り抜く。スラスターの加速で体のバランスが崩れそうになるのを、必死で堪えた。

 風間の腕から、スコーピオンが伸びてくる。こちらを貫こうとする一撃。

 至近の攻防。結果は、果たして――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「――見事だ」

 

 紡がれた光景は、衝撃的なものだった。

 三雲のレイガストが風間の体を切り裂き、そして、僅か数センチの距離において、風間の刃は三雲には届かなかった。

 

「嘘……」

 

 呆然と呟くのは木虎だ。その隣で、望は変わらずの無表情でその光景を見つめている。

 

「最後はお前の勝ちだ、三雲」

 

 19戦、18敗。

 しかし、最後の一勝だけは。

 

「大金星だな」

「風間さんに勝つなんて……!」

 

 烏丸が立ち上がり、驚愕する木虎を置いて空閑が三雲の下に歩み寄っていく。成程、と望の横に立っていた嵐山が呟いた。

 

「散弾を周囲に撒いて、風間さんのルートを限定。その上で一か八かの賭けに出たか」

「…………初撃さえ防げれば、確かに猶予はありますが……」

 

 ポツリと希は呟く。おそらく最後の一撃、あれをレイガストのブレードを精製した上で攻撃していたらよくて相打ちだっただろう。大分不格好だったが、あの至近距離なら確かに拳を振り抜く方が速い。

 

(……一見博打に思えますが、勝算あってのこと……)

 

 ピンポイントのシールドは、十八回の敗北での経験から判断したのだろう。風間は論理的な戦闘を行う人物だ。そしてカメレオンと速度を主体とした戦闘方法は、『一撃で相手を沈める』ことを重要視する。故に、十八戦全てが一撃で三雲を刈り取ることによる決着だった。

 例えば、これが太刀川や村上などといった上位の攻撃手が相手ならば対応が違っただろう。確実に落とす戦術――それこそ腕や足を狙ったはずだ。しかし、彼にとって三雲修という相手はそこまでする存在ではなかった。

 綱渡りも綱渡りの戦い方である。ある種信頼に近い感情がなければ成り立たない戦術だ。風間蒼也なら確実にこちらの急所を狙ってくる――そんな、敵への信頼がなければ。

 

「凄いじゃないか三雲くん。風間さん相手に一本取れれば大したものだ」

「はい。何とか……」

「あのパンチってノゾミ先輩に教わったのか?」

 

 空閑が三雲に問いかけつつこちらに視線を向けてくるが、希は首を左右に振った。自分がしたのは文字通り正面からの模擬戦だけであり、彼に何かを教えたことは終ぞない。あの一撃はおそらく、彼自身が見て覚えたものだ。

 

「うちの弟子が世話になりました」

「烏丸……そうか、お前の弟子か。……最後の戦法はお前の指示か?」

 

 そんな話をしていると、三雲の師匠である烏丸が風間へと挨拶をしていた。知らず、視線がそちらへ向く。

 

「いえ。俺が教えたのは基礎だけですね。あとは全部あいつのアイデアです。……どうでしたか、うちの三雲は?」

「…………」

 

 風間の視線が三雲の方に向く。相変わらずクールな人だ、とどうでもいいことを希は思った。

 三雲の表情が緊張したものになる。風間はその三雲を見据えたまま、静かに口を開いた。

 

「はっきり言って弱いな。トリオン、身体能力、経験。すべてがギリギリだ。迅が推すほどの素質は少なくとも現時点では俺には感じられない」

「…………!」

「だが、そんな自分の弱さを自覚している。それを補うための発想と相手の動きを読む頭も、最低限だが持っている。知恵と工夫を使う戦い方は、俺は嫌いじゃない。――邪魔をしたな、三雲」

 

 言い切ると、風間がこの場を立ち去ろうとする。かなりの高評価だ、と希が思っていると、あれ、と空閑が声を上げた。

 

「おれとは結局勝負してくんないの?」

「勝負? お前は訓練生だろう」

 

 一瞥。興味もなさそうに、風間は言う。

 

「俺と戦いたければ、こちらまで上がってこい」

 

 己の実力に対する誇り。空閑が、楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「かざま先輩か……上に行く楽しみが増えたな」

 

 そして、この場もお開きという空気が流れた時。

 

「――大変だ、三雲くん」

 

 通信を聞き、嵐山がそう告げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ボーダー基地の壁に開けられた、巨大な風穴。

 正直な話、これを一人の隊員が――それも、今日入隊した新人がやったと言われても信じられないだろうと思う。実際、希も雨取千佳という少女の規格外なトリオン量を知らなければまず信じなかった。

 イーグレット、ライトニング、そしてアイビス。狙撃手が使うこの三種類のトリガーにはそれぞれ特徴があるのだが、その中でもアイビスは単純に威力を求めて生み出されたものだ。狙撃手のトリオン量によって威力の増減はあるものの、予想の範囲だと希は考えていた。

 だが、雨取千佳。彼女のトリオンは、文字通りの規格外だったのだ。

 

(……黒トリガー級というのは、決して誇張ではなく……)

 

 数字として知ってはいたが、実際に目の当たりにすると目を疑う。……というか風穴空いているが大丈夫なのだろうか。鬼怒田はすぐ直せると言っていたが。

 

「凄まじいな……流石は迅の後輩だ」

「…………雨取さんは、才能のある方なので……」

 

 隣の嵐山も驚いている。普通なら彼女ほどの才能となると入隊前に報告していてしかるべきなのだろうが、多分敢えて黙っていたのだろう。あの実力派エリートなら多分そうする。

 

「しかし、楽しみだなこれは。出木も、彼らが相手になることを考えないといけないんじゃないか?」

「…………あまり、イメージが湧きませんが……」

 

 言いつつ、確かに、と希は思う。ここ数日は異動やら何やらで玉狛に行けていなかったが、実を言うと個人の模擬戦では空閑に負け越すようになった。そしてこの大砲である。普通に考えて厄介この上なかった。

 

「楽しみだな。……ようやく、チームにも入れて」

「…………その節は、お見苦しいところを……」

「いいさ。出木が前を向けているならそれでいい。気の利いた言葉は言えないがな」

 

 苦笑する嵐山。いえ、と希は首を振った。

 とりあえず、狙撃組は壁の修復もあるので訓練はここで終了らしい。まあ初日である以上、特に問題は起こらないだろう。

 ただ、鬼怒田の隈がまた濃くなりそうだ、と歩きながら考える。皆がラウンジに向かうようなので、とりあえずついていくことにした。

 

「そういえば、どうして鈴鳴第一なんだ?」

 

 ラウンジに並んで向かっている途中、嵐山がそう問いかけてきた。騒がしく歩いていく新人たちや隊員たちから少し遅れた後方の位置を歩いているのだが、いきなりの問いに希は首を傾げた。嵐山は純粋な疑問というように、いや、と言葉を紡ぐ。

 

「じゃあどこか、というと難しいが、あまり迷わず決めていたみたいだったからな。何か理由があったのか?」

「…………あまり、待たせてしまうのが申し訳なく……」

 

 長引かせると相手に失礼になる。それに、迷えば迷うほど決められなくなることはわかりきっていた。

 だから、できるだけ早く決めようとした。そしてその理由も、大層なものではない。

 

「…………一度、食事に誘われました……」

 

 ポツリと、呟くように言う。

 人と関わることが――話すことがどうしようもなく下手で、苦手で、臆病過ぎて。

 誘われることすら、なくて。

 

「…………皆さんは……笑っていて……、羨ましいと、私は……」

 

 仲が良く、そしてお互いを信頼していて。

 それが、どうしようもなく――眩しかった。

 

「…………望んで、いいのなら……私も、あんな風に……」

 

 贅沢なのかもしれないけれど。

 それでも、願っていいのなら。

 

「大丈夫だ」

 

 彼は、言う。

 優しく、微笑んで。

 

「出木も、そうなれる」

 

 そう、できたらいいのにと。

 心から――そう思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 唐沢克己の有能さについては、今更語ることがないだろう。

 組織運営に必要なもの、といえばそれこそきりがないくらいに多くのものがあるが、その中でも重要なのが資金である。正直、金さえ用意できればある程度はどうにかなる。

 唐沢の仕事はその資金を用意することだ。おそろしく有能な彼は一部では元悪の組織に所属していたのではないかと噂されている。割と事実にも思えるので、真相は不明だ。

 とまあそんな彼はボーダーの幹部であり、予算のことなどで他の幹部や職員と話すことも多い。今日もまた、そんな彼の仕事でメディア対策室長、根付栄蔵と話し合っていた。

 

「では、段取りはこんなところで。すみませんね、無理を聞いていただいて」

「いえいえ、唐沢くんにはいつも無理を聞いてもらっていますからねぇ。それに、頑張ってもらうのは嵐山隊です。彼らをちゃんと労わなければ」

「全くですね。……そういえば、嵐山隊以外の広報部隊はどうなんです?」

 

 煙草に火をつけつつ、唐沢は問う。ここからはただの雑談だ。根付はこちらの問いに苦笑を零す。

 

「やはり難しいですねぇ。嵐山くんはそういう意味では相当優秀ですから」

「彼のような人材は確かに中々お目にかかれませんね。全てがバランスよく高水準。是非とも部下に欲しいくらいです」

「彼を引き抜かれると困りますねぇ」

「冗談ですよ。……茶野隊はどうです?」

「頑張ってくれています。しかし、基準が嵐山隊である以上は中々……」

 

 根付が首を振るが、仕方がないだろうと唐沢は思う。嵐山隊のようになれというのが無茶だ。そもそも、あの領域に到達できる者がどれだけいるというのか。

 

「……そういえば、嵐山隊で思い出したのですが。出木希――彼女の嵐山隊入りを、どうして認められたのですか?」

「ふむ?」

 

 問うと、根付が僅かに雰囲気を変えた。唐沢はいえ、と一拍の間を置くと、言葉を続ける。

 

「木虎くんの入隊が本命であった、というのはわかります。しかし、彼女に比べると出木くんは広報には向いているとは思えませんので」

「……まあ、彼女の性格ならそうでしょう。実際のところ、万が一という意味がありました。性格、能力、容姿が適正であっても相性ばかりは事前にはわかりませんので」

「成程。しかし、もし万が一が起こった場合はどうするつもりだったんです?」

「どうするも何も、彼女を加えて広報部隊とするだけですねぇ」

 

 笑う根付。結果として木虎はエースと呼ばれるほどの立場となったが、様々な要因が重なることでそうならない可能性もあったのだ。そしてその場合、出木が嵐山隊に入隊していたのだが――

 

(……いや、イメージできない)

 

 とてもではないがイメージができなかった。いや、できるのはできる。だがそれはあの無表情、そして無言で立っている光景だけだ。正直広報も何もあったものではない。

 

「ただ、彼女は一つの象徴となることができたでしょう。それこそ、〝復讐〟の旗印として」

「――――」

 

 言葉に詰まった。根付は更に言葉を続ける。

 

「今でこそクリーンで正義の味方といったイメージですが、当時はどういう方面でプロデュースするかが完全には固まっていませんでしたからねぇ」

「しかし……復讐、ですか」

「綺麗事では、近界民との戦いはできませんよ。……それに、今でこそ表立ってはあまり聞きませんが、やはり憎んでいる方は大勢いる。彼女なら、その象徴となれる可能性がありました。その背景も、在り方も」

 

 一度三門市を離れながらも、復讐のために戻ってきた者――成程、確かに彼女のような者は珍しい。根付のプロデュースが合わされば、そういうモノとして認識させるのは容易いだろう。

 

「無論、本人の意向を確認した上でのことではありましたが。おそらく問題ないとは思っていました。実際は少々、その現実が違ったわけですが」

「憎悪ではなく、恐怖、でしたか」

「ええ。ですが……本当にそうでしょうか?」

 

 コーヒーカップを置き、根付はいう。

 

「彼女のサイドエフェクトの報告書を読んだ時、震えましたよ。アレは最早呪いであり地獄です。自身の大切な者を奪われた上で、その事実を決して忘れ去ることも記憶の改変を行うことも許されない。正直なところ、正気を保っているのが不思議だと思うくらいです」

「……私は詳しく知りませんが、それほどのものなのですか?」

「トリオン兵を見る度に家族が殺された現場が一瞬であれフラッシュバックするというのは、地獄以外の何物でもないでしょう?」

 

 絶句する。思い出すことに本質があると聞いていたが、それほどの力だというのか。

 

「これはあくまで鬼怒田室長の予測ですがね。……恐怖と彼女は言っていましたが、本当にそうなのか。その恐怖の源泉はなんなのか。私はそれを考えたのみです」

 

 まあ、今やあまり関係ない話ですが――根付は、そう締め括った。

 唐沢は、あの会議室で見た少女のことを思い出す。

 出木希は、復讐者とされていた。ただ、こちらの問いには恐怖があり、あの日を繰り返さないことが目的だと告げた。

 それは嘘ではないのだろう。だが、もしも。

 もしも、その恐怖を克服したならば。

 未だ己の家族を奪われたことを思い出し続ける少女は……何を、思うのだろうか。

 

 

 

 

 

 

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