どうか彼女に笑顔をと、彼は願った   作:アマネ・リィラ

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第二十話 各々の形

 

 

 

 

 木虎藍は三雲修と共に戦場をひた走っていた。目指すのは現在C級が避難誘導をしている地点。

 状況はかなり混沌としている。先日自分が落とし損ねた爆撃型トリオン兵イルガーが本部を襲った時は肝が冷えたが、太刀川があっさりと斬り落とした。デンジャーをダンガーと呼ぶ割と駄目な大学生だが、その戦闘能力はやはり圧倒的だ。

 だが、個人で突出した者が多くいてもそれは即時に状況改善には繋がらない。太刀川慶という怪物は確かに圧倒的な力を持つが、それでも一度に全ての敵を狩れるわけではない。どうしたって数で負けているこちらは不利なのだ。

 

(実際、状況は悪化してる。A級部隊が新型の相手をして、B級部隊は二つに分けた合同部隊で動くという話だけど……)

 

 状況を考えれば確実性を含めて最善の策だと木虎は思う。新型に諏訪を含め何人かが既に食われているという報告も挙がっているし、実際あれは単独で相手をするべきではない。

 先程二宮隊が出木と連携して撃破したという報告もあったが、逆に言えばあの四人でさえ確実に倒すには連携が必要だったのだ。全力ではないとはいえ黒トリガーの一撃を喰らって戦闘不能になっていないあたり、異常だと言える。

 とはいえ全体のことばかりを考えても仕方がない。目の前のことから始末していくしかないのだ。

 

「そこらじゅうトリオン兵だらけだ……!」

「この数、四年前の規模を超えているわね」

 

 三雲の言葉に応じる。多くの人生を狂わせた第一次侵攻。あの時も凄まじい被害が出たが、今回はそれを超えている。

 

『腑に落ちない。こちらの世界にこれだけの戦力をつぎ込むのは謎だ』

 

 不意に第三者の声が聞こえてきた。見れば、三雲の顔の横に小さな機械が浮いている。見覚えのない形だが、通信機だろうか。

 

「何なのそれ……通信用トリガー?」

『はじめましてキトラ。私はレプリカ。ユーマのお目付け役だ』

「お目付け役……?」

 

 ますますわからない。どうやら通信機器の類ではなく、豆粒のようなこの機械が個人の意思を持っているようだ。

 眉を顰める自分に、三雲が慌てた様子で説明の言葉を口にする。

 

「レプリカは空閑と一緒に旅をしてて、近界民のことについて詳しいんだ」

「空閑関連のトリガー、ってことね」

 

 今更アレが何を出してきても驚かない。そもそも黒トリガーを持った近界民というだけで異質なのだから。

 

「それで、何が腑に落ちないっていうの?」

『先程のラービットを解析してみたが、あの一体に相当な量のトリオンが使われていた。他のトリオン兵も合わせれば莫大なコストになる。これほどのトリオンをこちらの世界に投入すれば当然本国の備えが手薄になるため、通常は避けるべき状況だ。だというのに本国を手薄にしてまで揃えた戦力を集中せずわざわざ分散している。意図が読めない』

「敵の狙いならわかってるわ。敵の分散にこちらが対応するのを待って、孤立したところを新型で捕獲でしょ? だから本部長は被害を覚悟してB級を合流させてる」

 

 それが本部の見解だ。実際その通りだろうと思う。だがこのちびはそれで納得できないらしい。

 

『その可能性はあるが、ボーダーには緊急脱出がある。極端な話、緊急離脱による撤退を徹底すれば被害は0にできるだろう』

 

 無論、そう単純な話ではない。ベイルアウトをしてしまえばトリオンの回復まで戦線に加わることができなくなるし、安易に行うとこちらがじり貧となる。

 

『これだけの戦力を投入する以上場合によっては年単位での計画が行われているはずだ。先日のラッドによる調査を経て万全の備えと共に攻めてきた敵が、そんな簡単なことを見落とすとは思えない』

 

 そう言われると、確かに違和感がある。

 敵の目的は、隊員の捕獲ではないというのだろうか。

 

『四方へのトリオン兵の分散、ラービットによる隊員の捕獲、本部基地への爆撃。それらの陰に、敵の真の目的が隠されている気がする』

「『真の目的』……? 基地の爆撃も見せかけだってことか?」

『本気で落とす気があれば落とせただろう。それこそ間断なくイルガーを叩き込めば落とすことは難しくないが、それはあまりいい手ではない』

「どうしてだ?」

『あまりに追い詰めすぎると、黒トリガーを作られる可能性がある』

 

 その言葉を聞いて、初めてその可能性に思い至った。同時に、この戦いの前に来ていた通達の中にあった『決して早まるな』という指示の意味にも合点がいく。

 あの言葉は、隊員の黒トリガー化を懸念してのものだったのだ。

 

『現時点においてボーダーの隊員は緊急脱出という万一の手段がある。だが、戻るべき場所である本部を失えば命を懸けて抵抗する者が現れるだろう。実際に勝利寸前まで攻め込んだ大国が黒トリガーの逆襲によって敗走した例がいくつもある』

 

 誰でも作れるわけではないが、黒トリガーというのはそれ一つで戦況を引っ繰り返すほどの力を持つという。成程確かに、追い詰めすぎるのは悪手だろう。

 

『特に補給のない遠征では戦力の逆転が起きやすい』

「じゃあ、人型近界民が戦いに参加してこないのも……」

「――悪いけど、お喋りはここまで」

 

 その先の話にも興味はあったが、今は目の前のことが優先だ。

 今報告が入った。敵が更に、その侵攻の範囲を広げたと。

 

「あそこか!」

 

 立ち上がる黒煙が見える。目指すべき場所は確定した。

 

「行こう! 頼むぞ木虎!」

 

 声を上げる三雲。その彼に対し、小さな笑みと共に木虎は言葉を返す。

 

「ええ。――足、引っ張らないでよね」

 

 状況、開始。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 トリオン兵たちによる侵攻は、未だその勢いが衰えないままだ。時枝、佐鳥、そして空閑と共に戦場を駆ける嵐山は、漆黒の空を一瞥する。

 

(空は見えないか。……流石に星の見える時間ではないが、気分のいいものじゃないな)

 

 別に星を見ることや空を見上げることを趣味にしているわけではない。それでも気にしてしまうのは、あの少女のことがあったからだろう。

 あの夜、己の対応は本当にアレで良かったのか。ふとした時に、そう考えるようになった。

 いくら考えても、答えなど出ないのだけれど。

 

『前方、新型を発見。那須隊が交戦中のようです』

 

 オペレーターである綾辻からの通信が入る。目視までは少し遠いが、戦闘の様子は伝わってきた。佐鳥、と離れた位置を移動する狙撃手に指示を出す。

 

「出番だ。新型の意識をこちらに向けてくれ」

『了解です!』

 

 普段の言動は軽いが、その技術と信頼は確かなものだ。彼の狙撃技術はツインスナイプという荒業を平然とやってのける事実が示している。

 速度を上げる。そして戦闘を走る空閑に、嵐山は言葉を飛ばした。

 

「すまないが、初撃を頼む。キミの流儀でやってくれていい」

「ふむ。……連携とかは?」

「こちらで合わせる。自由にやってくれて構わない」

 

 言うと、空閑は一瞬驚いた表情を浮かべた。そして、いいの、と首を傾げる。

 

「自由にやれっていうなら本当に自由にやるけど」

「それでいい。下手に即席の連携を組む方が動きが鈍るからな。その黒トリガーの性能を最大限生かしてもらった方が間違いなく効率がいい」

 

 時枝にも視線を送ると、彼は頷いた。元々嵐山隊におけるエース攻撃手、木虎藍は速度を重視した格闘戦を主としたスタイルだ。嵐山たちはその援護を主にすることが多く、速度と攻撃力のある攻撃手のフォローはお手の物である。

 空閑は頷くと、そういうことなら、と笑った。

 

「――好きなようにやらせてもらおうかな」

 

 視界の先。新型の姿が見えた。それと対峙するのは那須隊の攻撃手、熊谷であり、彼女は左腕を失って片腕で新型と向かい合っている。

 少し離れた後方には隊長である那須がいるが、彼女の〝鳥籠〟とまで称されるバイパーは新型の装甲を破れない。

 状況はかなり悪いように見えた。急がなければ、と嵐山が思うとほぼ同時、空閑が動き出す。

 轟音と共に屋根を蹴り飛ばし、圧倒的な速度で新型に迫る。

 

「『強印、五重』」

 

 そして、渾身の蹴りを叩き込んだ。

 腕の装甲を剥がされながら吹き飛ぶ新型――ラービット。家屋を破壊しながら倒れ込むその姿を見、那須と熊谷が唖然とする。

 だが、新型はこれでは崩れない。起き上がると、空閑に向かって突撃する。

 迎え撃つ構えをとる空閑。だがその背後から、二筋の弾丸が駆け抜けた。

 

『命中』

 

 狙い違わず、その二発の弾丸がラービットを穿つ。共に空閑の一撃によって装甲の禿げた腕を直撃し、その動きを鈍らせた。

 そこへ、更なる空閑の拳が突き刺さる。ラービットを打ち上げるアッパー。宙に浮くその体へ、嵐山と時枝がアステロイドの弾丸を叩き込んだ。

 

「目標、沈黙」

 

 コアを撃ち抜かれて無残に落下し、沈黙するラービットを見据えながら嵐山が告げる。那須と熊谷の二人が、呆然とした様子でこちらを見ていた。

 時枝にラービットの処理を任せ、嵐山が二人の方へと歩み寄る。

 

「嵐山さん……? あの……」

「二人とも無事か?」

「は、はい。ですが、その……」

 

 未だ驚愕から完全に戻れないまま、熊谷が空閑の方へと視線を向ける。向けられた空閑は時枝と共にラービットを仰向けにし、その腹を割いていてこちらは気にしていないが。

 

「ああ、彼は玉狛の新人だ。少し事情があってな。それよりも、新型に捕まった隊員はいるか?」

 

 嵐山自身は彼についてやましいことなど何一つないと思っているが、近界民であり黒トリガー持ちである空閑は色々とデリケートな存在だ。今はあまり情報を晒すべきではない。

 そしてそんな彼の想いから来た話題逸らしだったが、上手くいったようだ。慌てた様子で熊谷がラービットを見る。

 

「茜が! そうです、茜が捕まったんです!」

「茜ちゃんは……!」

 

 熊谷に続き、普段物静かな那須も焦った様子を見せる。茜、というのは狙撃手の日浦だろう。那須隊では最年少の隊員で、妹分のような存在であるはずだ。

 B級部隊は合流するようにという指示が出ている。東と二宮がそれぞれ指揮を執るに舞台に分かれて殲滅戦を行うのだ。嵐山たちA級部隊は新型の対処を行い、確実に敵を減らすというのが方針だった。

 おそらく彼女たちは合流の途中で新型と会敵し、動けなくなったのだろう。その中で隊員が捕獲され、完全に釘付けになった。

 そんな彼女たちを安心させるために、大丈夫だ、と嵐山が告げる。

 

「あの新型には諏訪さんも捕まったが、捕まった隊員はキューブ状になって内部に保管されるらしい。そしてその箱は外部から正しい方法で解かない限りは傷一つつかないそうだ。……だから、無事だよ」

 

 その言葉を聞き、二人はホッとした表情を浮かべた。ありがとうございます、と小さな声ではあるが那須隊のオペレーターからも通信が届く。

 

「嵐山さん、キューブは四つ見つかりました。日野さんと、おそらくC級隊員のものですね」

 

 時枝が網にそれらを入れながら言う。わかった、と嵐山は頷いた。

 

「二人はこのまま合同部隊に合流してくれ。その中で余裕があれば他の部隊の分も集めて本部に届けてくれるとありがたい」

「嵐山さんたちは……?」

「俺たちはこのまま新型の掃討を続ける。敵の目的が読めないが、それが最善の手だろう」

 

 それが本部の指示であるし、嵐山自身も異論はない。適材適所だ。特に今は城戸司令の指示とはいえ黒トリガー使いの空閑がいる。戦力的にも自分たちが新型の相手をするのが適切だろう。

 

「目的、って隊員の捕獲じゃないんですか?」

 

 思わず、といった調子で聞いてきたのは熊谷だ。嵐山は彼女に網に入れたキューブを手渡しながら、いや、と首を振る。

 

「目的はそうなんだろう。トリオン兵を多方向に分散させて、こちらの戦力をその対応のために分散せざるを得ない状況にする。そこに新型を放ち、俺たちを捕獲する。正直な話、単独で挑めばA級でも新型相手に確実はない」

「それが本部の見解ですね」

 

 時枝が頷く。事実、それは間違っていないのだろう。それで捕まった隊員もいるし、相応の被害も出ている。

 だが、どうしても嵐山は一つの疑問が拭い切れなかった。

 

「だが、隊員の捕獲が目的だというなら……何故、新型を一体ずつ分散させるているんだ?」

「……ふむ? どういうこと?」

 

 空閑が首を傾げた。頷きを返し、嵐山は言葉を続ける。

 

「極端な話、今の新型が同時に三体現れていたらどうだった?」

「……想像したくないですね」

 

 熊谷が呟く。その彼女に、そうだ、と嵐山は頷いた。

 

「三体同時となれば、A級部隊でも対応は難しい。それもこの乱戦だ。だが敵はそれをしていない。それがわからない」

 

 隊員の捕獲が目的なら、間違いなく敵はそうすべきだ。同時に複数の新型を放り込むだけで、状況はこちらの不利に傾く。今のように対応を取り始めたならまだしも、最初期には部隊は分散していたのだから。

 沈黙が流れる。嵐山は首を左右に振ると、忘れてくれ、と呟いた。

 

「今は任務が先だ。できれば共に行動したいが……」

「いえ、そこまでお世話になるわけには」

 

 那須が言う。それは当たり前だ。この状況で、B級の一部隊を合流させるのにA級部隊を動かす余裕はない。

 

「気を付けてな。また後で会おう」

「はい。ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 

 二人が敬礼と共に言うと、合流のために動き出した。

 こちらも動かなければならない。綾辻に次の指針を決めるためにと指示を出そうとすると、不意に空閑が言葉を紡いだ。

 

「多分だけど、黒トリガーを警戒したんじゃない?」

 

 何のことだ、と思っていると、さっきのことだけど、と空閑が言う。

 

「ボーダーがあんまり劣勢になり過ぎると、多分そういう人が出てくるよ。向こうはそれを嫌がったんじゃない?」

「……黒トリガー」

 

 ポツリと時枝が呟く。空閑の言葉は、彼自身が黒トリガーの使い手であることからもとてつもない説得力を持っていた。

 嵐山自身、ボーダーが所有する黒トリガー〝風刃〟に適応したため黒トリガーの知識はもっている。その成り立ちについてもだ。

 己の全てを捧げることによって生み出される、唯一無二にして絶対のトリガー。成程確かに、絶望的な戦況であっても覆せるかもしれないという期待はある。そしてそれを誰かが選ぶかもしれないということも理解できた。

 

『事実として、近界の戦争において黒トリガーにより勝利寸前の大国が敗走した例はいくつもある』

 

 突如聞こえてきた声に、時枝と共にギョッとした。現れたのは黒い炊飯器のような機械だ。そいつは空閑の腕から生えるようにして現れ、こちらを見据える。

 

『初めまして。アラシヤマ、トキエダ。私はレプリカ。ユーマのお目付け役だ』

「……黒トリガーというのは、こんなこともできるのか?」

 

 以前、鬼怒田は冗談の混じった口調で〝理論上不可能はない〟と言っていたが、まさか意志を持つトリガーなどというものを作れるとは。

 単純な破壊力が飛び抜けていると空閑の黒トリガーについては認識していたのだが、その認識を改める必要があるようである。

 

『私は黒トリガーの産物ではないが、そこについては置いておこう。本題ではない。

 ――敵の侵攻による黒トリガーの製造、そしてそれによる反抗は例が多い。何もしなければ死ぬ以上、その選択を選ぶことは理に適っている』

 

 忘れてしまいそうになるが、ベイルアウトの機能はボーダー独自のものだ。近界ではトリオン体を晒せば生身になることが多く、戦場の最前線で生身を晒すことは死に直結する。

 そこにあるのはよりリアルな戦場だ。それを知っているからこそ、どうしようもない状況においてその選択を選ぶ者が出てくるのだろう。

 

『誰にでもなれるわけではないが、ボーダーならばその資格がある者もいるだろう。故に多くの大国は相手を追い詰め過ぎないように侵攻をする』

「追い詰め過ぎないように?」

『反撃の機会はある、或いは現状は互角、もしくは若干の不利と思わせるように動くのが常道だ。そして決戦は電撃作戦のように隙を与えず行う。おそらく、現在の状況では敵はその戦力の底を見せていない』

 

 それはそうだろう、と嵐山は思った。敵の全戦力がこれというなら、あまりにもその運用が粗末に過ぎる。何より人型近界民が未だ出現していないのだ。

 

『だが、狙いが読めないのは私も同じだ。おそらく、まだ何かがある』

 

 相手の狙い。

 未だ不明なそれを前に、ただ、不安が募る――……

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 迅悠一は、戦場を駆けていた。

 己に割り振られた区域は天羽に任せてきた。自身の持つサイドエフェクト、〝未来視〟が理由である。

 視えていた未来の中に、メガネくんと彼が呼ぶ少年――三雲修の死があった。それは現状低い確率でこそあるが、未だ可能性としては消えていない。

 

(最悪の未来の可能性はいくつかある。どうにか変えてなきゃならないんだが……)

 

 現状では未来の分岐が多過ぎるのが問題だ。新型の登場によって動くと思ったが、思ったよりも影響が少ない。

 これは予測だが、来ているであろう人型近界民がキーになるのだろうと迅は半ば確信していた。厄介なのはその姿を迅が見ていないことで、彼の能力はその双眸で捉えた者の未来しか見えないのだ。

 一筋縄ではいかないのはわかっていた。だが同時に、一つ気になる未来もある。

 

(希ちゃんの黒トリガー化……その未来も、未だに消えない)

 

 視える未来において、出木希はその全てを誰かに託して命を散らす姿があった。それは極低い可能性だ。経験からは起こることはないと思えるくらいの確率。

 しかし、この未来が視えた時からずっと消えないでいる。彼女自身には知らせぬよう、方々から回避の手段を探っているのにも関わらず、だ。

 最初はその在り方が理由なのだろうと思った。誰かと共にある戦い方でありながら、たった一人で戦う歪んだ姿。繰り返さないために戦うと告げる彼女は、繰り返さぬためにこそその選択をするのだろうと。

 だから、鈴鳴第一へ入隊した時は少し安心したのだ。一人でなくなれば、その未来も変わるだろうと。

 実際、彼女はちゃんとやっていたように思う。相変わらず言葉は足りないし何考えてるかよくわからないし表情も変わらないが、嵐山曰く『楽しくやっているようだ』とのことだった。だからこそこの未来も変わるだろうと思っていたのだが。

 

(どうにもままならない)

 

 まずはどこから動かしていくかと、そう思った時。

 ――未来が、視えた。

 

「これは……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 二つに分けられた合同部隊は、それぞれ東と二宮が指揮していた。出木希は本来ならば来馬隊がいる東指揮下に行くべきなのだが、二宮の指揮下でその力を振るっている。

 その理由は二つ。そもそもわざわざ合流するのが手間であるということと、彼女の所属は現時点では本部であるということだ。特に現場指揮官である二宮が彼女の戦闘能力を有用と判断していることも大きかった。

 その彼女は己の本分を全うし、最前線で守護の要として立ち続けている。両手に構えた盾の防御力は、あらゆる敵の進軍を阻害する。

 

「……何度見ても大概だな」

 

 呟いたのは柿崎隊隊長、柿崎国治だ。断られこそしたが彼女を勧誘した人物である。そのスタイルと実力については知っているつもりだったが、これほどとは思わなかった。

 

「新型一人で抑え込んでますよ」

 

 絶句したように言うのは巴虎太郎だ。新型の性能と厄介さについてはこの場の全員が理解していた。だからこそ、目の前の光景は俄かには信じがたいものがある。

 単騎で新型を倒したわけではない。その戦闘方法は常の彼女の在り方と同じで、ただひたすらに防ぎ続けるというものだ。ただいつもと違うのは、その相手が明らかに速度と力において彼女を上回っているということである。

 しかし、彼女は揺らがない。

 淡々と、いつもの無表情で。己以外に意識が向かぬようにと新型を抑え込んでいる。

 

『よくやった』

 

 二宮の通信が入る。現在、彼の指揮下に入った部隊はそれぞれが援護できる距離で四方に散り、トリオン兵の掃討に当たっていた。新型の対応は主に二宮隊と出木の仕事だ。今も、出木が抑え込んでいた新型を二宮の弾幕によって徐々に削り倒し、沈黙させたところだ。

 

「………………」

 

 出木は無言のまま、即座に移動を開始する。倒れた新型には目もくれない。淡々と、次の敵を探して動き出す。

 

「隊長、どうしました?」

「いや」

 

 照屋に呼びかけられ、柿崎は意識を切り替える。もしも自分たちのチームに加わってくれていたらと思わずにはいられなかったが、過ぎたことだと切り捨てる。

 それに、彼女の本質が未だ見えないのも気になった。パーティの時、彼女は普通に過ごしているように見えたが終ぞ笑顔は見れなかった。その姿がどうも、柿崎には異様に見えたのだ。

 

(……余計なことを考えてる場合でもないんだがな)

 

 とはいえ、それは今考えても仕方がない。柿崎は二人に指示を出し、次のポイントへと移動を開始する。

 

 

 ――――それが現れたのは、その時だった。

 

 

「ゲート!?」

 

 一際大きいゲートが、突如中空に出現した。隊員たちの視線がそちらを向く。一番近くにいるのは間宮隊の三人だ。

 

『撃て!』

 

 珍しい、二宮の怒鳴るような声。それに反応し、間宮隊の三人がゲートへとハウンドを叩き込む。

 三人が同時にハウンドを撃ち込む通称「追尾弾嵐」。決まれば凶悪な威力を発揮するそれが、ゲートより現れる敵を狙い撃つ。

 

「はっは。――手荒い歓迎だな」

 

 一閃。

 言葉が耳に届いた時には、隊長である間宮を残して二人がベイルアウトする。

 駆け抜けたのは、弾丸。

 現れたのは、人型の――近界民。

 角を持ち、巨大な砲のようなトリガーを構えたその姿は、一種の鬼に見えた。

 

「こ、この――ハウンド!」

 

 即座に後ろへと飛び、同時にハウンドを放ったのは下位とはいえ隊長を務めるだけの力量を持つが故だろう。

 それは最善の回答だったように柿崎は思う。しかし、そもそも。

 ――この距離に近付かれた時点で、最善に意味はなかった。

 

「これで三人」

 

 轟音と共に、爆撃のような弾丸が間宮を吹き飛ばす。

 呆然とするしかなかった。何だあの威力は。いくら何でも無茶苦茶だ。

 

『総員、一度退け』

 

 状況の変化で完全に動きを止めていた彼らを動かしたのは、二宮のそんな言葉だった。彼の言葉と共に、雨のようにハウンドの弾丸が人型目掛けて降り注ぐ。

 二宮匡貴の真骨頂は、その豊富なトリオンを生かして敵を圧殺することにある。いつの世も数というのは正義だ。正面からの数の暴力を凌ぎきれる者は多くはない。

 ――だがこの敵は、その『多くない』側の存在だった。

 

「新たに一人。撃ち合いなら大歓迎だ。俺のケリードーンにはな」

 

 砲撃。

 先程の間宮に向かって放たれたモノとは明らかに威力の違う一撃。

 だが、二宮も伊達に総合№2の座にいるわけではない。凄まじい威力の砲撃を避け、それどころか反撃のハウンドを放ってくる。

 更に、それに合わせて挟み込むように犬飼と辻が動いた。片や銃撃、片や旋空弧月による飛ぶ斬撃。一定の距離を保ちつつ、人型近界民へと攻撃を放つ。

 流れるような連携だ。この攻勢を凌げる者はボーダー内でも片手の指に収まる程度だろう。しかし、それすらも人型は凌ぎ切る。銃弾はシールドで、斬撃は自身が前方へ飛び込むように移動することで避け、ハウンドもまた、前方への移動で避け切った。

 ――しかし、これで終わりではない。

 

「出木!?」

 

 文字通りの、真正面。

 相打つように、少女が全力で駆け抜ける。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 体が動いたのは、思考よりも先だった。

 まるで鬼だと、現れた人型近界民に対して希は思う。あの角からすると、アフトクラトルという国のようだ。

 事前の会議で名前が挙がっていた国だが、情報はレプリカと空閑のものだけしかない。それは多くの未知が潜んでいるということであり、本来なら距離をとって戦うべきだろう。

 だが、出木希の役目はこの場の全員、誰よりも前に立つことだ。

 強力な力を持つ相手なら尚更で、少しでも抑え込むのが役目である。

 だから、ここで飛び込む選択は当然。

 踏み込む。

 一歩。

 一歩。

 一歩。

 

 

 ――ゾクリ、と。

 背筋に、悪寒が走る。

 

 

「――――ッ!」

 

 スラスターを吹かし、地面を蹴った。宙に浮く体。眼下、足を掠める場所を一筋の砲撃が駆け抜ける。

 二宮を狙い撃った砲撃だ。アレを正面から盾で防ぐことは、おそらく不可能。

 スラスターを再起動し、距離を詰める。離れては駄目だ。至近で、最短で。そうやって戦わなければ即座に落とされる。

 薙ぎ払うように周囲に弾丸がばら撒かれたのは、その瞬間だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ランバネインは、喜びの感情を抑え切れずにいた。

 最初の三人を撃ち抜いた時、僅かに落胆した。不意を衝いたに等しいとはいえ、あっさりと倒れたことに拍子抜けしたのだ。

 ――玄界の戦士はこの程度か、と。

 だが、その思考は即座に否定される。

 雨のように降る弾丸と、完璧な連携を見せた二人の戦士。弾丸の主はこちらの砲撃をかわし、そして正面からこちらへ向かってきた女戦士は見事にこちらの砲撃を避け切った。

 面白い、と思った。だが同時に、一人にかまけているわけにはいかないことも理解している。

 故の、拡散砲撃。狙いは眼前の女戦士を含めた四人。同時にレーダー頼りの砲撃も行い、他を炙り出すのも目的だった。

 

「……ほう」

 

 乾いた、砂を踏む音が響く。

 やはりというべきか。正面の位置にいたのは、両手に盾を構えた女戦士。

 おそらく、この戦士が前衛の要なのだろう。正面にいるのもこちらの注意を引くため。あの砲撃を見て未だ正面に立てるという事実に、笑みが止まらない。

 

「く、ははっ。いいぞ、戦争だ。――全員まとめて相手をしてやる」

 

 楽しいと思った。一筋縄ではいかない相手との闘い。これこそが、己の望んだものだと。

 

「…………一つ、お聞きしたいのですが……」

 

 不意に、女戦士がそう言った。決して大きくはない声だというのに、何故か響く。

 

「…………四年前……、ここを襲ったのは……あなたたちですか……?」

 

 鋭い、問いだった。

 無表情に、無感情に。こちらを見つめるその姿。

 

「もし、そうだと答えれば?」

 

 吐息。

 女戦士が、地面を強く蹴り飛ばす。

 

「戦う理由が、一つ、増えます」

 

 その答えに、ランバネインは獰猛な笑みを見せる。

 

「ならば――〝そうだ〟と答えてやろう」

 

 

 

 戦況は、混迷へ。

 未来は、少しずつ。

 

 

 

 

 

 















ランバネインさんが異様にカッコよく見える不思議。
実際のところ、あの砲撃多分正面から防御できないのではという疑惑が。




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