どうか彼女に笑顔をと、彼は願った   作:アマネ・リィラ

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第二十一話 純然たる戦士

 

 

 

「嵐山さん」

 

 ボーダー基地内を歩いていると、聞き覚えのある声によって呼び止められた。振り返ると、そこにいたのは時枝だ。

 今日は珍しく嵐山隊は非番である。本来なら基地に来る必要はないのだが、最近疎かになっている個人ランク戦のために嵐山は来ていた。

 

「どうした? 今日は非番だぞ」

「それは嵐山さんもでは?」

 

 微笑を浮かべて時枝が言う。どうにも嵐山隊は全体的にワーカーホリックの気があり、特に時枝充という隊員はボーダー内でも指折りのサポート能力と気質を持つが故に多くの者から信頼されている。

 

「俺は個人ランク戦をやりに来たんだ。最近あまりやれていなかったからな。充はどうしたんだ?」

「僕はちょっと用事があって。……えっと、嵐山さんの分はこれですね」

 

 言いつつ、時枝は抱えていた大きな封筒から一つの小型封筒を取り出した。『嵐山さん』と書かれた封筒はしかし、かなり分厚い。

 

「なんだ?」

「先日のパーティの写真です。本人が写っているものを配っていまして」

「へぇ」

 

 クリスマスの日に行われたパーティはつい先日のことだ。あの時は少し色々あって――というかあり過ぎて嵐山自身、考えることは多くあった。

 だが、考えたから答えが出るわけでもないということは嵐山自身も知っている。良くないことだと思いつつも、とりあえず先延ばしにするしかなかった。

 

「見てもいいか?」

「どうぞ。他の方にも配っていますから、もし欲しい写真などがあれば仰ってください」

「ああ」

 

 封筒の分厚さから結構な量が入っていることは予想していたが、それにしても多かった。そういえば女性陣を中心に何人かが写真を撮っていたのを思い出す。広報用にと、合同戦を行ったメンバーでの集合写真も根付が撮っていたはずだ。

 

(こうして見ると、色んなものが見えてくるな)

 

 多くは談笑している姿だったり、ポーズをとっている写真であったり、色々な姿が写し出されていた。本人はあまり自覚していないが、嵐山はかなり多くの人間と映っている。それは彼の人柄と性質がそうさせるのだろう。

 誰も彼もが、笑っている。現在のボーダーが形になった時から嵐山は所属しているが、その頃に比べれば随分笑顔が増えた。

 あの頃は今に比べて多くのことが手探りで、人手も足りていなかった。それに比べると、随分余裕が出てきたように思う。

 

「――――」

 

 そんな風に昔のことを思い出していた嵐山だったが――楽しいことよりも辛いことの多かった過去をこうして平然と思い出せる辺り、彼の心の強さがよくわかる――一枚に写真を見て、思わず固まった。

 そこに写っているのは二人の男女だ。見覚えがある――というか、片方は自分だ。そしてもう一人は、件の『色々考えている』理由の一人でもある出木希。

 二人で写っていることはおかしくはない。出木と行動していたタイミングはあったし、そもそも屋上のやり取りは二人きりだった。だが、これは。

 

「……充、これは」

「気付かれましたか? 大丈夫ですよ、それが入っているのは嵐山さんと出木さんだけです」

「それはありがたいが、そうじゃない」

 

 その写真に写る男女は、共に目を閉じていた。

 ソファーに身を預けて眠る青年と、その肩に頭を預けて眠る少女。なんというか、色々とアウトだった。いや別にやましいことはないのだが。

 

「ええと、これは誰が撮ったんだ?」

「加古さんですね。大丈夫ですよ。シャッター音で目を覚ました出木さんが逃げたので、見ていた人は少ないです」

「…………」

 

 頭を抱えたくなった。あの時、確かに疲れもあって眠ってしまったタイミングがある。というかあの炒飯自由人は何をしているのか。

 

「……ちょっと待て。確かさっき、この写真を出木のところにも入れたと言わなかったか?」

「はい。言いました」

「ちょっと面白がってるな」

 

 頷く時枝は上機嫌だった。隊長の威厳も何もあったものではない。

 どうしたものか、と思う。正直、顔を合わせ辛い。色々と。

 彼女とはそれなりに良好な関係を築けていると思う。自惚れていいのなら、信頼もされているはずだ。だがそれはあくまで信頼で、それ以上のものではない。

 あってはいけないと、そう思う。

 安易な気持ちで彼女の下へ踏み込むことは、彼女をただ傷つけるだけなのだから。

 

「そういえば、出木さんもブースにいるはずですね。渡しに行ってきます」

「あ、ちょっと待て――」

 

 時枝は行ってしまった。彼にしては珍しい対応だ。……面白がられているだけかもしれないが。

 全く、と小さく呟き、別の写真を見ていく。あの写真の対応については後回しだ。多分出木も見なかったことにするだろう。慌てるかもしれない。

 

(……出木が慌てる姿というのも貴重かもしれない)

 

 思考の逃避である。なんかもう色々と疲れていた。

 一枚一枚、近くの壁に背を預けながら写真を確認する。何というか、皆出来上がっている。特に成人組は色々酷かった。

 酒というのは怖い、とあの日のことを思い出して苦笑する。あの鬼怒田ですら完全に出来上がって騒ぐ側に回っていたのだ。自分が飲む時は気を付けようとそう思った。

 

「…………」

 

 そんな中、最後の一枚を見て手が止まる。

〝写真とは、風景を切り取るものである〟――そんなことを言ったのは、誰だったか。そこには確かに、一つの風景があった。

 多くの輪の一つ。決して特別なことではない。ただ二人の男女が談笑しているだけだ。

 だが、女の方が特別だった。

 ――微笑んでいる。

 小さく、けれど、確かに。

 その少女は、微笑んでいた。

 

(そうか)

 

 見たことが、なかった。

〝彼女〟が、微笑む姿を。

 

(そんな風に……笑うんだな)

 

 その内心に、芽生えたものは。

 果たして、何だったのだろうか――……

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 A級部隊に与えられた任務は新型の掃討である。だが、新型だけを相手にすればいいわけではない。道行く途中のトリオン兵たちを掃除しつつ、嵐山隊と空閑は進んでいく。

 空閑の黒トリガーは凄まじい力を持っていた。純然たる破壊力と並外れた応用力は、成程確かに強力だ。

 

「おー、頑張ってるな遊真」

 

 足を止め、次の行動を確認しているとそんな声が届いた。見れば、玉狛支部の元S級隊員、〝未来視〟の迅悠一の姿がある。

 

「迅さん」

「迅、お前西部地区の担当じゃなかったのか?」

 

 彼は個人で一部隊に相当するとされる実力者だ。そのため単独で西部地区の担当を任されていたはずなのだが。

 

「向こうは天羽に任せてきた。……悪いが嵐山、遊真を借りてっていいか?」

 

 わしわしと空閑の頭を撫でつつ言う迅。嵐山は首を傾げつつ、彼に問いかけた。

 

「それは構わないが……お前が動くってことは、この先何かが起こるっていうことか?」

 

 元々空閑はイレギュラーな増援である。必要とあれば他の場所へ投入することも想定内であるし、特に黒トリガーというのはこの状況では間違いなく有用な戦力だ。適材適所。必要な場所に派遣するべきだろう。

 だが、言い出したのが迅というのが問題だ。この状況において彼が状況を動かそうとしていることは、〝未来視〟の能力故。そこに空閑が必要ということは、それほどの事態ということでもある。

 

「メガネくんと千佳ちゃんが心配なんだ」

「オサムとチカが?」

「そうそう。今、ちょうど未来の分かれ道っぽくてな。最悪から最善まで、それこそ無数に未来が視えてる」

「オサムのとこはこなみ先輩たちが行ったんじゃないの? こなみ先輩が負けるほどの相手がいるってこと?」

「勝敗は大事な要素だが、それで未来が確定するわけじゃないからな。それこそ勝負には勝ったのに最悪の未来が訪れる可能性はある」

 

 これは以前、嵐山も迅から聞いたことがある話だ。最善だと思っていても、行きつく先が最悪だということはあり得る。だからこそ最後まで油断はしてはならないのだ、と。

 

「その最悪の未来だとどうなるんだ?」

「その二人のどちらかが浚われる、或いは両方がといったところですか?」

 

 嵐山に続き、時枝の問い。その問いに対し、いや、と迅は首を振った。

 

「それは最悪の一歩手前だな」

「…………?」

「最悪の未来では――メガネくんが、死ぬ」

 

 空閑が絶句したのがわかった。それはこちらもだ。メガネくん、というのは三雲修――彼のことだろう。その彼が、死ぬというのか。

 

「三雲くんが……!?」

「オサムが死ぬ……!?」

「いやいや、まだ決まったわけじゃない。あくまで最悪の場合だな。そんで勿論、そうさせないために俺たちが行く」

 

 空閑の肩に手を置き、迅は言う。成程と思うが、それには問題があった。

 

「遊真を連れて行って、城戸司令は大丈夫なんですか?」

「その辺は抜かりないぞ。さっき本部に話しはしたが、警戒区域を出なければ問題ないそうだ」

「ちょっと待て。それじゃ助けに行けないだろう」

 

 そもそも空閑が三雲と別れてこちらに来たのも、警戒区域から出ることを禁じた城戸司令の指示によるものだ。助けに行くにしても、警戒区域を出れないならば目的は果たせない。

 

「警戒区域ギリギリまで行って、そこで待つってこと?」

「いや、メガネくんたちも基地に向かってるからな。おれたちと合流する頃には警戒区域に入ってるはずだ。レイジさんたちが、そこまで連れてきてくれる」

 

 その言葉で方針は決定した。動き出そうとする迅と空閑。その背に、嵐山は言葉を投げかけた。

 

「迅。……最悪というのは、本当にそれだけか?」

 

 思い出すのは、鬼怒田から聞いたこと。

 一人の少女がその命を散らす、可能性。

 

「……大丈夫だよ。絶対に、それだけはさせない」

 

 それは、つまり。

 まだ、その可能性は。

 

「――――」

 

 二人が移動を開始する。それを見送る嵐山の手には知らず力が籠っていた。

 未来は不確定だ。だが、それでも。

 どうしても、不安が消えない。

 

「嵐山さん?」

 

 呼びかけられ、嵐山は大丈夫だ、と頷いた。未だ戦闘は続いている。立ち止まっている暇はない。

 だがそれでも、心は僅かに速度を緩める。

 

 

 どうして、あの写真のことを思い出したのだろう。

 どうして、あの少女のことを考えているのだろう。

 何もわからぬままに、彼はただ――歩んでいく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 その砲撃の威力は、まさしく規格外だった。

 まともに入れば一撃で終わり。防ぐことは正面からではまず不可能。

 アフトクラトルのトリガー使いは〝角〟という外的要因によって根本部分からそのトリオン能力を強化しているという。お子様隊員こと林藤陽太郎曰く『改造人間』とのことだが、実に的を得ていると言えるだろう。

 そしてそれは、目の前にすれば改めてよくわかる。単純な威力だけではない。おそらくそのコントロールと、何より思考速度が強化されている。

 

「これで、四人」

 

 右掌から放たれた砲撃により、吉里隊攻撃手である月見が貫かれた。シールドごと撃ち抜く凶悪な威力は、周囲の隊員たちの出足を鈍らせる。

 そしてその僅かな隙が、この相手を前にした時致命の隙となる。

 

「う、わ――」

 

 悲鳴を上げたのは、誰か。

 人型の背中が盛り上がり、そこから無数の砲撃が放たれた。

 拡散するように放たれたそれを、希は身を投げるようにして避ける。彼我の距離は数歩。どんな攻撃にも即応できる距離を保っていた。

 だが、全員が避けられたわけではない。新たに二人が砲撃を受け、ベイルアウトする。戦闘開始から十分と経っていないというのに、すでに六人もの隊員が倒されていた。

 

『総員、一度距離をとれ。建物に身を隠し、包囲の形をとる』

 

 二宮からの通信が入る。当初は攻撃手で周囲を囲み、迅速に倒すことが目的だった。相手が砲撃タイプである以上距離をとるのは愚策であるという判断からだ。それは妥当であったが、相手の攻撃力が想定以上に高かった。

 まともに近付けたのは希、犬飼、辻の三人のみ。それでも相手の手札が完全に視えていない以上微妙な距離をとらざるを得ず、そして同じように近付けずにいた隊員たちは砲撃に飲み込まれた。

 

『犬飼、辻、出木』

 

 隊員たちが警戒と共に人型から距離をとる中、二宮が告げる。

 

『時間を稼げ』

 

 了解、という言葉が届いたのは同時だった。犬飼のアステロイドが宙を舞う。

 ばら撒くようなその射撃へと視線を向ける人型。それに応じるように、挟み込むように希と辻が突撃する。

 

(まずは情報を)

 

 踏み込み過ぎないよう、ある程度の距離をとりつつ攻めかかる。辻との連携訓練はしていないため、同方向からの攻撃はリスクが大きい。挟み込む形で合わせるところを合わせるのが最善だ。

 

「旋空弧月」

 

 飛ぶ斬撃が人型の首を狙い撃つ。だが、その一撃はシールドによって防がれた。

 

「お前たちは中々に手強いようだな」

 

 砲撃。近くにある家屋を貫通する威力のそれを辻が避けると共に、希が踏み込む。

 振り抜かれるブレード。スラスターの加速を乗せた、擦れ違うように叩き込む一撃。

 手応えがあった。だが、ダメージはない。人型が纏う黒いマント――アレが、刃を届かせなかったのだ。

 

「連携の連度も高い。こういう場合は――」

 

 人型の背中が変形し、ブースターのようなものが現れた。同時、人型の姿が空高く舞い上がる。

 マズい、とその場の三人が思った。あの砲撃に加え、飛行能力を持つということは。

 

「――一度に相手をしないことだな」

 

 降り注ぐ弾丸は、まるで雨のように見えた。

 スラスターを吹かし、近くのビルの一階へと飛び込む。ガラスを割って飛び込んだ先は、無人の広い空間だった。

 体勢を立て直す。空を飛ばれては厄介だ。どうするか、と二宮の指示を仰ごうとして――

 

「この場において一番厄介だと認識した。まずはお前から潰していこう」

 

 上階から、天井をぶち抜いて。

 人型が、その姿を現した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 攻勢に出ていた隊員たちの一時退避は完了した。だがこれはあくまで一時的な対応だ。指揮官たる二宮は、ここから奴を仕留める策を練る必要がある。

 

(常識外の砲撃に加え、飛行能力。その上であの冷静な判断力)

 

 厄介この上ない相手だ。こちらは数で優っているが、だからこそ下手に数を減らせない。一対一での破壊力で大きく劣っている以上、数が減ればこちらはじり貧だ。

 

(あの外套とシールドも厄介だ。犬飼のアステロイドと辻の旋空を防いでいる)

 

 好き勝手に動き回る強固な砲台。それが二宮の人型に対する認識だった。言葉にするとシンプルだが、だからこそ厄介である。

 戦術や技術というのはシンプルであればあるほどいい。単純であれば他の要因による紛れが起こり難くなり、失敗も減る。シンプルというのは、それだけ完成されているということなのだ。

 そういう意味で、あの近界民は非常に完成されていると言えた。敵地に単独で乗り込んでくるだけのことはある。

 

(まずはあの余裕を奪う必要がある)

 

 実を言うと、すでに策はいくつか浮かんでいる。あとは、そこにどうやって持っていくか。

 そして策を通すには、アレを相手に前衛を張れる自身の部下二人と出木の存在が重要だが――

 

『出木さん!』

 

 別方向へと弾丸の雨から逃れた三人のうち、狙われたのは出木だった。

 ビルをぶち抜きながら人型が侵入し、ほぼ同時に凄まじい砲撃が駆け抜けた。だがベイルアウトはない。

 次いで、いくつもの弾丸が駆け抜ける。しかし、ベイルアウトはない。

 呆れた防御力だ。あの狭い場所で、あの砲台を相手に耐えているというのか。

 

『あ』

 

 人型が空けた穴から、出木がスラスターを吹かして姿を現した。流石というべきか、ちゃんと五体満足である。

 地形を確認する。この辺りは高い建物が多い。そして周囲の隊員の位置。

 

『総員に通達。一気に仕掛けるぞ』

 

 どの道、時間をかければこちらが不利になる。おそらくあの人型はこちらを一人ずつ落とす方針だろう。ならば減らされる前に決着をつける。

 

『作戦を説明する。総員、全力を以て当たれ』

 

 おそらく、決着までの時間は僅かだ。

 二宮は、己の役目を果たすために歩を進める。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ランバネインは、自身の置かれている状況に喜びを見出していた。

 複数を同時に相手取っても倒せるのは木っ端の戦士のみ。先程の三人は一対一の状況に持ち込まなければならないと判断した。その中で盾使いの女戦士は最も厄介と判断したのだ。

 攻撃力は高くないが、的確にこちらの動きを抑えてくる。そして何より今は動きを見せていないがあちらにも強力な火兵がいる。今のうちに盾役は削っておきたかった。

 

「……一人ずつなら狩れるという認識は、誤っていたようだな」

 

 こちらと距離をとり、盾を構える女戦士。室内という狭い空間に追い込んだというのに、相手は的確にこちらの攻撃を捌いてきた。

 攻撃は受けていない。いずれはこちらの攻撃も届くだろうという認識はある。まともに一撃あてればそれで決着なのだから。

 だが、それはこちらの敗北だ。時間をかけ過ぎれば相手の増援が来る。そうなればここに縛り付けられることとなるし、それは任務の失敗に直結する。

 

「周りから――狩っていくか」

 

 飛行機能を作動させ、空へと上がる。上から見ればどこに戦士がいるかは一目瞭然だ。

 速度を上げ、近くの戦士に狙いを定める。だが、横手からいくつもの弾丸が駆け抜けてきた。

 

「先程の火兵か……!」

 

 こちらを蜂の巣にしようとでもいうかのような弾丸の雨。それらをシールドで防ぎ、お返しの砲撃を叩き込む。

 ビルが倒壊し、砂埃が舞う。

 加速。建物で射線を切り、弾丸をばら撒く。

 だが、倒すには至らなかった。狙いが甘くなっている。

 

(飛び回りながらでは狙いが定まらん。一度上に上がるか)

 

 飛行機能の向きを変え、上空へと舞い上がる。そこで左腕を大筒に変え、放とうとした瞬間。

 

「旋空弧月」

 

 砲身の先を、斬り飛ばされた。右側。そこに、先程の剣士がいる。

 飛ぶ斬撃。玄界には面白い武器がある。

 

「いい腕だ」

 

 お返しとばかりに砲撃を叩き込んだ。屋上から飛び降り、剣士が落下していく。だが、その行動は読めていた。

 

「くっ――!?」

 

 剣士の右腕が吹き飛ぶ。タイミングをずらした一撃だ。

 仕留めきれなかったのが残念だが、今はいい。こちらへ迫る弾丸を機動で避けながら、次の獲物を探す。

 

「浮いた兵から、狩っていこうか」

 

 炙り出すため、周囲に無数の弾丸をばら撒いた。建物の外壁が砕け、吹き飛び、轟音が響き渡る。

 ――そこに、その戦士は現れた。

 真正面。崩れゆく建物の屋上から、まるで散歩でもするかのように中空へと足を踏み出す。

 

 無感情な瞳が、こちらを捉えた。

 両の盾を合わせるように構え、崩れていく建物を足場とする。

 

 知らず、ランバネインの口元に笑みを浮かぶ。

 あの女戦士はわざわざ正面から向かってきている。そこにはおそらく罠があるのだろう。ここの指揮官は良い頭を持っているようだ。それが何もなしにあの女戦士を使い捨てるわけがない。

 ――だが、だから何だというのだ。

 己と、その相棒たるケリードーン。その威力を十分に知りながら正面に立とうとする者が、どれだけいるというのか。未だ正面から向かって来ようとする相手に応じることこそあれ、避ける選択肢はない。

 それに、だ。

 

「いいだろう。――受けて立とうではないか」

 

 急制動をかけ、再構成した大筒を構える。同時、女戦士が全速でこちらへと突貫した。

 ブースターの加速と、背後の建物を蹴り飛ばした威力による加速。その二つを合わせたそれは人間砲弾。

 対し、迎え撃つのは砲撃の鬼。相手はたかが兵士一人。撃ち抜き、貫けぬ道理はない。

 

 轟音が、響き渡った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――お前が作戦の肝だ。

 ランバネインに無数の弾丸を放ちながら二宮は希にそう言った。与えられた役目は単純だ。正面突破。この一言に尽きる。

 正直荷が重すぎると思うのだが、この場で希以上の突破力を持つ者がいないというのも事実だ。故に受け入れ、今こうしている。

 

「――――」

 

 誘導は二宮隊がすると言った。そして事実、彼らはそれを成し遂げた。

 人型が周囲に弾丸をばら撒いた時は肝が冷えたが、作戦に支障はなさそうだ。

 宙へと体を躍らせる。不思議と恐怖はなかった。それはきっと、信頼があるからだ。

 

 

 逃げるだけだった、あの日とは違う。

 今の自分は、立ち向かえる――!!

 

 

 吐息と共に、希は弾丸となって駆け抜けた。

 最大加速のスラスターと、壁を蹴り飛ばしたことによる加速。その姿はまるで人間砲弾の如く。

 着弾地点は人型近界民。相手はその場で立ち止まり、迎え撃つ構え。

 

 砲撃。

 

 視界全てを覆う光が放たれた。一撃でこちらを抹殺するに十分な威力。だがその砲撃は、希の前に現れた盾によって防がれる。

 ――シールド。

 周囲の隊員たちによって展開された障壁が、希の体を守り抜く。

 

「お、おおおっ!!」

 

 まるで砲撃を切り裂くようにして少女は突き進む。させぬと砲撃を続ける人型近界民。

 

「――――ッ!」

 

 砲撃が右目を掠めた。右の視界が消失する。だが、まだだ。致命傷には程遠い。

 前へ。前へ。ただ、ひたすらに――前へ。

 そして、その刃は。

 ――その首元へ、差し迫る。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 想定を、相手が上回った。ランバネインは素直な称賛を内心で浮かべる。

 個々の単純な能力ではこちらが圧倒している。だがそれを、この相手は数でカバーした。単独では防げぬと判断し、たった一人を全員で守る方法をとったのだ。

 だが、まだこれで決着ではない。

 砲撃を切り裂き、女戦士が眼前へと迫る。盾はすでに吹き飛んでいた。だがその五体は無事である。

 

(右か、左か)

 

 女戦士がこちらに致命傷を与えるには、両腕の武器を用いるしかない。トリオン体の強度の関係上、武器無しならばこちらを打倒する手段がないのだ。

 故に、その両腕に注目する。周囲にはいくつかの弾丸を展開していた。相手の一撃を防ぎ、カウンターで叩き込む。それでこの厄介な女戦士は打倒できる。

 来い、と己を鼓舞するように、相手を挑発するように言葉を紡いだ瞬間。

 

 鈍い音が響き。

 視界が揺れ、空が映る。

 

(何が)

 

 トリオン体は痛みというものが基本的に発生しない。だが衝撃は消せないし、人体の構造も基本的に無視はできない。

 故に、一瞬ランバネインは何が起こったのかわからなかった。

 両腕の動きは注視していた。故にそこではない。今の一撃は、もっと別の――

 

(――頭か!)

 

 ようやく理解した、その瞬間に。

 ――無数の弾丸が、ランバネインを取り囲むようにして襲い掛かった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 二宮の策は単純だった。あの機動力と飛行能力をまともに相手をしては、こちらがじり貧になるのはわかり切っている。そこで足を止めさることを第一の目標とした。

 その方法は二宮隊による追い込みだ。上空に飛んだところを遠方より辻、犬飼で攻撃することで警戒させ、二宮のハウンドで追い込む。また二宮は相手を誘導する役目も負っていた。

 人型が誘導された先に待つのは出木だ。この場において正面からあの砲撃に躊躇なく立ち向かえるのは彼女しかいない。それを周囲に潜んでいた隊員たちでフォローし、彼女は人型に肉薄した。

 

〝手段は問わない。一瞬でいい。意識を揺らせ〟

 

 二宮が出木へと出した指示である。そして彼女は、それを実行して見せた。

 ゼロ距離からの、速度を落とさぬままの頭突き。トリオン体は確かに痛みこそないが衝撃までは消すことができない。

 かち上げるような頭突きを受け、体勢を崩す人型。二宮は、訪れたそのチャンスに指示を出す。

 

『総員、撃て』

 

 出木をサポートした者たちは、その全員が射手、或いは銃手だった。

 文字通りの雨。無数のハウンドが周囲の建物から人型目掛けて放たれる。

 ――全ては、このための布石。

 一発二発では防がれる。だが近接戦闘で倒し切るのも難しい。しかし、こちらは数で優っている。ならばそれを生かすのが最善だ。

 防がれるのなら、防ぎきれぬほどの物量を。

 正面突破の力押し。だがシンプル故に最適の答えと言えた。

 

『トリオン反応、消失』

 

 オペレーターである氷見の言葉。二宮は足を止め、小さく鼻を鳴らす。

 見下ろす視線の先には、仰向けに倒れる人型の姿。

 

「――任務、完了だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 周囲に展開していたシールドを消し、希は大きく息を吐いた。ハウンドから逃れる時間はなかったため、シールドで防ぐ手段をとったのだ。

 尤も、通常のシールドでは防げないため、かつてイルガーが初めて三門市を襲った際に木虎が用いた固定式のシールドを用いた。それでもギリギリではあったが。

 

「はっは。心中のつもりかと思ったが、してやられたな」

 

 ゆっくりと体を起こし、人型は言う。警戒を解かぬまま、希は真っ直ぐに相手を見つめていた。

 

「だが、見事だ。よもやこの俺が五人足らずしか仕留められんとは」

「こっちはやられたのを合わせて13人だからねー。流石に負けるわけにはいかないでしょ」

 

 そう言いながら希の隣に立つのは犬飼だ。愛用の銃を片手に持ち、軽い口調ながらしっかり相手を警戒している。

 

「それじゃ、本部まで来てもらおうかな。そっちだって俺たちを捕まえようとしてるんだ。悪いとは思わないよ?」

「道理だ。――これは戦争だからな」

 

 それに反応できたのは、共に一級の攻撃手であったからだろう。二人を取り囲むようにして現れた無数の黒い『穴』。そこから放たれた槍のようなものを、軽く左右に分かれて飛び退くことで避ける。

 

「やっぱり仲間がいたか」

「………………」

 

 人の移動には大量のトリオンが必要とはいえ、一人で戦場に来ているとは考えにくい。人型は僅かに驚いたような表情をしていた。

 

「退却よランバネイン。あなたの仕事はここまでだわ」

 

 そして、まるで空間を切り取ったかのように中空に浮かぶ『穴』の奥に、その近界民はいた。小柄な女性だ。しかし、その角は黒トリガー使いを示す漆黒である。

 

(……黒い角)

 

 黒トリガー。ということは、あの穴と先程の攻撃もあのトリガー使いの能力だろう。異様な光景である。どう見ても規格外の力を持つトリガーだ。

 

「はっはっは! 不意打ちも通じんのでは完敗だな!」

 

 ランバネイン、と呼ばれた近界民は大声で笑うと、当り前のように穴の中へと歩み寄っていく。思わず反射的に踏み込もうとしたが、それを犬飼の手で制された。

 

「追わない方がいい。逃がしたくはないけどね」

 

 口調こそ軽いが、その声色は真剣だった。足を止め、相手を見据える。ランバネインはこちらを振り返ると、笑みを浮かべたままに言葉を紡いだ。

 

「いい戦いだったな。玄界の戦士たちよ、またどこかで戦おう」

 

 そしてふと、思い出したように希の方を見た。彼は楽しそうな笑みのままに言葉を紡ぐ。

 

「女戦士よ。先程の問いの答えだが、少なくとも俺は知らんな。心当たりもないと言っておく」

「………………」

 

 そして、穴は閉じた。同時にトリオン反応も消失する。

 

「ゲートを自由に開けるトリガーかな?」

「…………だとすれば、厄介ですが……」

 

 実際厄介どころではないと思うが、それを考えるのは上の仕事だ。現場の役目は敵の撃退以外にないのだから。

 

『総員、よくやってくれた。……出木。いい働きだった』

 

 二宮からの通信が入る。隣では犬飼が楽しそうに含み笑いをしていた。

 

「いやー、最後はごり押しだったね。二宮さん、戦術言う割には意外と力押しが多くて」

 

 からからと笑う犬飼。希は自身の右目の状態を確認しつつ、それはそうだろう、と内心で頷いた。

 彼の戦術の師匠である東春秋はその戦術眼も凄まじいが狙撃技術も変態だ。弾丸を撃ち抜くとか意味不明である。更に恐ろしいのは東だけではなく、トップクラスの狙撃手はそれくらいのことを平然とやってのけるという事実だが。

 しかし、東は確かに相当に優れた狙撃手であるが個人の戦闘能力を考えるとそこまで高くはない。彼の狙撃が周囲の力があってこそ真価を発揮するのだ。

 それに対し、二宮匡貴という怪物は逆。個人の戦闘能力があまりに高い。それこそ状況を選べるなら複数を相手取れるだけの圧力を持っている。そして部下も一級の実力者だ。正面から押し潰せるだけの戦力が揃っている。

 二人の微妙な違いはこの部分が理由だろう。そもそも戦術とは能力差を覆すために練るのが基本だ。力で圧殺できるなら、圧殺できる状況を作る方が正しいのである。

 

「出木、目はどうだ」

 

 こちらまで歩み寄ってきた二宮が問う。希は頷くと、静かに言葉を紡いだ。

 

「…………右の視界は完全に潰れていますが……、戦闘に支障は……」

「そうか。ならいい。……総員に通達。これより俺たちは別部隊へ合流する」

「東さんたちの方へですか?」

 

 犬飼の問いに頷く二宮。耳元に手を当てながら彼は言葉を続けた。

 

「本部より通達が入った。向こうにも人型近界民が出現。今の戦闘でこちらも五人喰われたが、向こうはすでに七人が喰われている」

「そんなにヤバいのが出たんですか?」

「黒トリガーだ。……急ぐぞ。これ以上戦力を失うのは避けなければならない」

 

 未だ、戦況は動き続けている。

 敵はその戦力の底を、見せていない。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 自身を液状化した上で、更に自身の体積以上の液体を自在に変化できるトリガー。

 現れた黒い角を持つ人型近界民に対して得た結論はそれだった。流石に黒トリガーだ。物理攻撃を基本的に無効にできるというのは厄介この上ない。

 それを暴く過程で七人の隊員が戦闘不能にされた。現在、この場にいるのは東と来馬、そして荒船隊の三人である。攻撃手は悉くやられてしまった。

 何より厄介なのは壁や地面を伝って放たれるブレードである。能力を暴く過程でその異質さと厄介さを発揮され、能力を暴くことを代償に戦力を大きく減らされた。

 

(絶対無敵ということはありえない。おそらく体のどこかにコアがあるはずだ)

 

 トリオンの伝達脳と供給機関がどこかにあるはずである。しかし、それを見つけるには数の力が必要だった。

 どうしたものか――身を潜めながら東が思考を巡らせていると、彼の視界に四人の隊員の姿が入る。彼らは建物屋上から身を乗り出し、人型を眺めていた。

 

「おー、アレが噂の強化人間か。到着する前に七人もやられたらしいで。誰や遅れた原因作ったんは」

「いや生駒さんがトイレから出てこんかったんやないですか」

「黒い角ってことは黒トリガーですねアレ。めっちゃヤバいみたいですよ」

「液体化とか無茶苦茶やな」

 

 二宮隊、影浦隊に次ぐB級№3部隊。

 

「てか強化人間て仮面ライダーみたいですね」

「向こうがライダーなら俺ら悪者やん」

「でも液体化とかめっちゃ悪役ですよ」

 

 生駒隊。

 頼もしい増援が、来てくれた。

 

「ま、とりあえずやってみよか」

 

 

 ――状況、開始。

 

 

 

 

 

















右目負傷で視界が潰れていても支障がないと言い切る戦闘員の鏡。
生駒隊長は癒しです。
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