どうか彼女に笑顔をと、彼は願った   作:アマネ・リィラ

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第三話 そうして、彼女は出会う

 

 

 本部基地にはそれなりに大きな食堂がある。だが、ボーダー隊員のメインは学生であるため、常に食事が提供されているということではない。ある程度時間が決められており、現在は開放こそされているものの食事の提供は無かった。

 

「………………」

 

 その人がほぼいない食堂の端に、その少女はいた。肩より少し下へ伸びた髪と、目を隠すような長い前髪。厚手のロングスカートとセーターを纏うその少女はしかし、目の前で湯気を立てるカップ麺を無表情に食べている。

 何というか、非常にシュールな光景である。その容姿と雰囲気に対し、食べているモノがそぐわなさ過ぎなのだ。

 

「カップ麺が昼飯か?」

 

 声をかけられ、思わず希は肩を震わせながら顔を上げた。そこにいたのは嵐山准だ。しかも珍しく私服姿である。

 

「…………嵐山、さん……」

「学校はどうしたんだ? あの後、直接こっちに来ていただろう?」

 

 当然の様に対面へと座る嵐山。普通なら警戒するところだが、彼が相手なら特に警戒する理由はない。それぐらいは彼のことを信頼していた。

 

「…………昼の、三雲くんの報告書があったので……」

「出木も出してくれたのか? ありがとう」

 

 そして当たり前のように礼を言う嵐山。出木はいえ、と首を振った。

 

「…………大丈夫でしょうか……?」

「忍田さんを信じよう。彼は規律には反したが、正しいことをした。罰せられることはあるだろうが、そう重くはならないはずだ」

 

 うんうんと頷く嵐山。彼がここまで言うのだ。きっと信じていいのだろう。

 食べ終えるまで、彼は待ってくれていた。容器を捨て、立ち上がる。

 

「用事があるのか?」

「…………ランク戦に行こうかと……」

 

 時間もそれなりに過ぎ、学生の隊員たちも集まってくる時間だ。ブースに行けばやれるだろう。

 

「感心だな。聞けば毎日のように訓練をしているそうじゃないか」

「…………それくらいしか、できないので……」

 

 その選択肢と方法を希に与えたのは目の前にいる人だ。彼の言葉が無ければ、どうしていいかわからず迷っていたままだっただろう。

 

「そうか。……よし、俺も行こう。今日はこの後がオフだったからな。久し振りにランク戦に参加するのも悪くない」

「…………お手合わせを、お願いしてもいいですか……?」

「勿論だ」

 

 二人で連れ立って歩き出す。嵐山――それも私服姿の彼といるせいで妙に職員からの視線を感じるが、流石だなぁ、と希は思う。

 ボーダーの顔であり、その真っすぐで真面目、そして人情に溢れる人柄もあって彼を信頼するボーダー隊員は多い。上層部でも忍田本部長を筆頭に根付、鬼怒田の信頼は特に厚い。

 そうしてランク戦室へ向かう道中、嵐山がふと思いついたように言った。

 

「しかし、私服なのは珍しいな」

「…………変、でしょうか……?」

 

 思わず自分の服装を確認する。私服の数は多くないので、一番地味なのを選んだつもりだったのだが。

 

「いや、似合っているよ。目を隠しているのは頂けないが」

「…………すみません……」

「謝ることじゃないだろう。サイドエフェクトのことは知ってるし、気持ちがわかるとは言わないが理由は理解しているつもりだ。勿体ない、とは思うが」

「………………?」

 

 何が勿体ないのだろう、と首を傾げた。それに気付いたのだろう。嵐山が何か言いかけた時、それを遮るように声が届く。

 

「あれ、嵐山さんじゃん」

「え、マジか。珍しいな」

 

 最初に声を上げたのは緑川だ。続いて米屋が驚いた表情を作る。当たり前だろう。嵐山隊はその多忙さ故に隊員がランク戦に出てくることがほとんどない。それでもマスタークラスとしての実力を十二分に有しているので、本当に優秀なメンバーが揃っていると言えるのだが。

 室内を見ると、何故か正隊員――それも名の通った者たちが何人も集まっていた。それどころか、C級隊員もいつもより多い気がする。

 

「二人はランク戦か?」

「そのつもりだったんですけど、人数多いんで混成部隊でチーム戦しようって話になってて。今あそこで諏訪さんが――」

「なんだおい、嵐山じゃねぇか」

 

 咥え煙草の男性がこちらへと近付いてくる。諏訪洸太郎――荒っぽいが求心力のある人物で、隊室でよく他の隊の者を含めた麻雀大会をしている人物だ。

 

「お疲れ様です、諏訪さん」

「私服ってことはオフか?」

「はい。諏訪さんは訓練ですか?」

「いや、任意の後方待機だ」

 

 嵐山の言葉に諏訪が肩を竦める。どういうことですか、と嵐山が聞くと側にいた荒船哲次がなんでも、と言葉を紡いだ。

 

「昼間に二件、立て続けにイレギュラーゲートの出現があったでしょう? 二回目でかなりの被害が出たみたいで、来れる隊員はできるだけ本部につめとけって指令が」

「そうなのか……。俺は聞いていないんだが」

「多分アレだろ。お前ら働き過ぎだから上も気を使ったんじゃねぇか?」

 

 私も聞いていない――と思い、携帯端末を確認しようとする出木。だがそこで、端末が無いことに気付いた。

 おそらく家だろう。まあ無くても困らない。上からの呼び出しがあったら問題だが、多分ないと思う。ないと信じたい。

 

「まあいいや。暇なら参加してけよ嵐山。今のとこ4-4で面子が集まってるから、歓迎するぜ」

「いいんですか? なら是非」

「よし。じゃあチーム分けだが……」

 

 振り返って他のメンツを確認する諏訪。誘われなかった――地味にショックを受けている希だが、そんな彼女のことには気にせず緑川が声を上げる。

 

「でも諏訪さん、嵐山さんが入ると人数のバランス崩れるよ?」

「あー、確かに。どうすっかな……」

「それならゾエさん抜けようか?」

 

 そう言い出したのは北添尋――B級二位部隊、影浦隊の銃手である。温厚な外見に違わない菩薩魂の持ち主だが、あの影浦と互角に渡り合い、最強の筋肉である木崎レイジ並みの肉弾戦闘能力を持っていると噂される人物だ。要するに怒らせるとヤバい。

 

「いや、ゾエさんが抜ける必要はないすよ」

「人数を増やすのが一番と思うが、諏訪さん」

 

 北添にフォローを入れるのは米屋と荒船隊の狙撃手、穂刈だ。そうだな、と諏訪は頷く。

 

「つってもさっき半崎には断られたからな……。つか日佐人どこ行った?」

「飲み物買いに行ってますよ。でも確かに、C級の隊員を入れるのは無理ありますからね」

 

 同じく諏訪隊の堤大地が頷く。周囲にはC級隊員が多く、正隊員の姿はあまりない。出水の姿が無いのは彼が遠征に行っているためだろう。いたら間違いなく参加しているはずだ。

 

「ん? ちょっと待ってください。十人ですよね? いると思うんですが」

「ん? 俺に堤に、米屋、緑川、お前に荒船、穂刈、日佐人にゾエ……九人じゃねぇか」

「え、いやだから――」

「あの、気になってたんですがその子誰ですか?」

 

 微妙に噛み合わない互いの認識の中で会話をする嵐山と諏訪に、そう疑問を呈したのは荒船だった。彼の側にいる穂刈や米屋だけでなく、遠巻きに見守っていた他の隊員たちも「よく言った」と言わんばかりに注目する。

 

「そうだ俺も気になってた! まさか彼女か!? デートかテメェ!?」

「え、嵐山さん彼女いたの!?」

「マジで!?」

 

 諏訪に続いて緑川と米屋が本気の驚愕の声を上げる。いやいや、と嵐山は苦笑した。彼らの注目を浴び、希は思わず一歩後ずさる。

 

「そんな悪ふざけはやめてください。出木にも悪いですし」

「えー、でも基地内で私服着て二人でいるとか……って、出木?」

「え、希ちゃん?」

 

 その場の全員の視線が一斉に希へと向いた。嵐山は何を言ってるんだ、と首を傾げる。

 

「出木はランク戦によく出ているだろう? 混成部隊に出ているのも見たことがあるが……」

「え、いや、出木……?」

「いや嵐山さん、そんな冗談いらないって。希ちゃんはもっとこう、髪の毛短いし」

 

 荒船が困惑の声を漏らし、緑川がぶんぶんと手を左右に振る。顔の認識さえされていなかったのかと希が落ち込む中、嵐山が軽くこちらの肩を叩いてきた。

 

「出木、トリガーを起動してみてくれ。それでわかるから」

 

 その言葉に頷き、希はスカートのポケットからトリガーを取り出した。確かに髪型を少し弄っているが、それ以外は特に変なところはないと思うのだが。

 

「――トリガー、オン」

 

 トリガーを起動する。……その時、ふと思った。

 ――そういえば前に私服で基地内を歩いたのは丁度半年前だった気がする、と。

 

 ショートカットの髪。動きやすさを優先され、健康的な太ももが晒されたホットパンツ。そして半そでの上着。更に一見活発そうな外見に反した、自身の目を覆う様な前髪。

 どこからどう見ても、一部では復讐の鬼と呼ばれている出木希その人だった。

 

「「「は……はあああぁぁぁッッッ!?」」」

 

 その場の者たちの絶叫が、ランク戦室に響き渡る。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 出木希の参戦も決定し、混成部隊による模擬戦は5-5で行なわれることとなった。ちなみにオペレーターは諏訪隊元モデルオペレーターの小佐野瑠衣、嵐山隊マドンナオペレーター、綾辻遥がそれぞれ担当する。ただ彼女たちにも五人の処理は大変とのことであまり期待はするなというコメントをいただいた。

 混成部隊による模擬戦は即席の連携訓練もそうだが、普段実戦の訓練するのが難しいオペレーターにも丁度いい訓練となるとして積極的に行われている。

 

「でも希ちゃんびっくりしたなぁ……。荒船さん、同じ学校なんじゃないの?」

「正直気付かなかった。成績の番付だと必ず上位にいるからいるのは知っていたんだが、見たことが無かったんだ。流石に髪型があそこまで違うとわからないな」

「あれ? 荒船先輩って進学校組ですよね。出木さんってそんなに成績いいんですか?」

「全教科でトップ10に絶対名前があるぞ」

「ウソだろ凄ぇ!?」

「でも確かに頭は良さそうだ」

『前に英語の小説読んでたの見たよー』

 

 Aチームメンバー、堤大地、緑川駿、荒船哲次、笹森日佐人、米屋陽介、小佐野瑠衣。くじ引きの結果で生まれたチームである。何か全体的に前のめりな気がするが気にしてはいけない。

 

「とりあえず、向こうは攻撃手が出木さんだけだ。早めに距離を詰めて倒していこう」

「希ちゃんの突破が鍵になりそうだね」

「嵐山さんも厄介だぞ。……てかバランス悪くないかこの組み合わせ?」

「運だからな」

「なるべく早めに嵐山さんや諏訪さんを落としに行く方がいいですかね?」

「転送位置にもよるな。終盤に出木さんは残したくないけど……」

「そこは俺と緑川でタッグ組めばどうにか」

「あとはゾエさんのメテオラとかかな、気をつけるの?」

 

 うんうんと頷き合うメンバーたち。そして簡単な作戦を改めて確認すると、全員がブースへと入った。

 

 

 

 

「いやしかし、全く違うな……。本気で驚いたぜ」

「諏訪さんは知らなかったんですね」

「ゾエさんも知らなかったよ。でも、あの髪形の方がいいんじゃない?」

「…………え、あ、あの……動き、にくい……ので……、頼んで、その……」

「頼んだのか、エンジニアに?」

「…………て、寺島、さんに、その……」

「製作者雷蔵かよ」

「もしかしてホットパンツとか露出多めなのって……」

「それがマジならアウトだろアイツ」

『でも、前髪切った方がいいと思いますよ。折角可愛いんですし』

「確かにな」

「………………」

「首振って拒否してるね」

「そんなに嫌なのかよ」

 

 Bチームメンバー、諏訪洸太郎、嵐山准、北添尋、出木希、穂刈篤、綾辻遥。

 全体的に中距離が得意なメンバーで構成されている。少々バランスが悪い気もするが、個々の能力が能力なので問題なさそうではある。

 

「とりあえず向こうには攻撃手が三人いるのが面倒だな。最悪荒船が抜く可能性もある」

「なら、近付かせない方向で行きましょう。出木には申し訳ないが、前線で耐えて貰う形になるが……」

「…………大丈夫、です……」

「援護しよう、俺が」

「出木さんなら大丈夫でしょ。でも距離をとるならメテオラは使いにくいかな?」

「いやむしろゾエはバンバン使ってくれ。向こうの動きが鈍れば距離が取れる」

 

 簡単な作戦を確認する。そうしてから、それぞれがブースへと足を踏み入れた。

 混成部隊による模擬戦が、出木希は好きだ。例え即席であろうと、そこには彼女が憧れたモノがある故に。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ボーダー本部基地会議室。本来ならボーダーの上層部のみが集まり、隊員が出入りすることは滅多にないその場所に三雲修はいた。

 昼間に立て続けに二件起こったイレギュラーゲートによるトリオン兵の襲撃。そこで隊務規定違反を犯した件について出頭したのだ。

 重い空気の会議室。その原因は間違いなくトップである城戸司令の威圧感だろうが、そんなことを口にするわけにはいかないしそもそも余裕はない。

 ――と、そこへ。

 

 

「迅悠一。お召しにより参上しました」

 

 

 本部長補佐である沢村響子と共に、その青年が入ってきた。全員の視線がそちらを向く。隊服を着たその人物に修は見覚えがあった。

 

(この人は……)

 

 かつて自分を救ってくれた人だ。だがその人物は椅子を引きつつ、おっ、と声を上げる。

 

「キミは?」

「あ……三雲、です」

「ミクモくんね。おれ迅、よろしく」

 

 流石に覚えられてはいなかったらしい。当然だろう。あの時の自分は訓練生ですらなかったのだから。

 

「――揃ったな。本題に入ろう。昨日から市内に開いている、イレギュラーゲートの対応策についてだ」

 

 腕を組み、威厳を滲ませる声で城戸司令が開始を告げた。待って下さい、と忍田本部長が声を上げる。

 

「まだ三雲くんの処分に結論が出ていない」

「結論? そんなもの決まっとろう」

 

 不機嫌そうに声を上げるのは開発室室長の鬼怒田だ。彼はさも当然、と言いたげに言葉を続ける。

 

「クビだよクビ。重大な隊務規定違反、それを一日に二度だぞ?」

「他のC級隊員に真似されても問題ですし、市民に『ボーダーが緩い』と思われたら困りますからねぇ」

 

 追従するのはメディア対策室室長の根付だ。ふん、と鬼怒田が鼻を鳴らす。

 

「そもそもこいつの様なルールを守れん奴を炙り出すため、C級にトリガーを持たせとるんだ。馬鹿が見つかった。処分する。それだけの話だ」

 

 正論だ、と三雲は思う。結局あの時は空閑がいなければ自分は死んでいたし、隊務規定違反をしたのも事実である。

 組織において規律を乱す者は火種となりかねない。そういう意味において、糾弾されることは間違っていないのだ。

 

「私は反対だ。彼は市民の命を救っている」

 

 だが、それを本部長が庇った。机の上には三枚の報告書が置いてある。

 

「例の新型ネイバーを倒したのは木虎くんでしょう?」

「その木虎が三雲くんの救助活動の功績が大きいと報告している」

「…………!」

「へぇ、あの木虎が」

 

 どこか楽しそうに笑う迅の隣で、三雲は少しの驚きを得ていた。あれほど規律に拘った木虎が、まさか自分を擁護するとは。

 

「更に嵐山隊の報告によれば三門第三中学校を襲ったネイバーは三雲くんが単独で撃退している。彼の働きが無かったら少なくない犠牲者が出ていたというのが嵐山隊の見解だ」

「しかしだな……」

 

 難色を示す鬼怒田。そこへ畳みかけるように忍田が言葉を紡いだ。

 

「その上、現場に居合わせた出木からも彼の能力について高い評価をする報告書が挙げられている。隊務規定違反とはいえ、緊急時にこれだけの働きができる人間は貴重だ。彼を処分するより、B級に昇格させて能力を生かしてもらう方が有意義だと思うが?」

「あの出木がか……」

「ほう、出木くんが……」

 

 嵐山隊に続いて出木、という名前が出たことにより鬼怒田と根付の態度がほんの僅かに軟化する。出木、というのはおそらくあの長い前髪の女性隊員だろう。

 隣の迅もへぇ、と感心したような声を漏らしていた。出木――一体何者なのだろうか。

 

「成程、本部長の言うことには一理ある。――が」

 

 鋭い視線がこちらを捉えた。思わず身震いするほどの威圧感。

 

「ボーダーのルールが守れない人間は、私の組織に必要ない」

 

 ぐっ、と思わず唇を引き結んだ。そんな自分に、城戸が続けて問いかける。

 

「三雲くん。もし今日と同じようなことがまた起きたら、きみはどうするね?」

「それは……」

 

 迷う。一瞬、己を偽ってでも、という思考が脳裏を過ぎった。

 ――だが。

 

「……目の前で人が襲われてたら。やっぱり、助けに行くと思います」

 

 それが、三雲修の答え。

 後悔しないための、選択だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 混成部隊による模擬戦は同じチーム分けで二度行われた。結果は互いに一勝一敗。緑川がもう一回、と騒いでいるが、休ませろ、と諏訪が一蹴する。

 周囲のC級隊員たちは口々に今の試合についてそれぞれ言葉を交わし合っていた。正隊員も何人か集まってきており、室内は更に騒がしくなっている。

 

「しかし、驚いたな。かなり強くなってるじゃないか」

「…………いえ……」

 

 嵐山の言葉に希は首を左右に振った。一戦目、彼女は転送位置が悪くすぐ側に米屋と笹森がいるという状況に放り込まれた。開始直後に挟まれる状態となったのだが、そこからひたすらに耐え、援護に来た嵐山と連携する時間を稼いだのである。

 そこから押し返す形で進軍したが、嵐山を庇う形で荒船の狙撃を受け、ベイルアウト。ポイントは取れていない。

 二戦目はただただ酷かった。設定をランダムにしていたのだが「暴風雨」というとんでもステージになってしまい、そこで緑川と交戦。一対一で斬り結び、そこへ北添のメテオラが炸裂、混戦の中緑川にスラスターで加速した拳を叩き込むが、またもやそこに荒船の狙撃を叩き込まれた。

 

(……狙撃が……やっぱり……)

 

 普段の個人戦で狙撃手とやり合うことがないため、どうしても狙撃手に対する対応が弱くなる。一応知識は頭に入れているのだが、経験が追いついていないというのが現状だ。

 

「…………ポイントも、二戦目だけで……」

 

 一戦目、援護に来た嵐山が笹森を倒し、米屋の片腕を撃ち抜くという戦果を上げたが希自身は何もなかった。ひたすら耐えていただけである。

 だが、嵐山は何を言う、と肩を軽く叩いて言葉を紡ぐ。

 

「一戦目は出木が前で防いでいたから俺が獲れたんだ。単独だとああも上手くはいかなかっただろう。特に最初、挟み撃ちされながらも耐えて二人を釘付けにしてくれたから俺たちが動きやすくなったのもある。狙撃だってそうだ。出木のおかげで射線が見えた。十分貢献してくれているよ」

「そうそう、特に二戦目は打ち合わせも無かったのにゾエさんのメテオラに合わせてくれたしね。感激だよ」

 

 優しい、と希は思った。この人たちは、本当に優しい。

 だからこそ、寂しくて、悲しい。結局一人でしかいられない、出木希という自分自身が。

 

「強くなっているとは木虎から聞いていたが、ここまでとはな。いや、本当に驚いた。強くなったな。入隊の時から見ている俺としては感慨深い」

 

 うんうんと爽やかに頷く嵐山。一瞬、涙が零れそうになる。

 ――無駄では、なかった。

 何の成果も挙げられていないけれど。認められたという事実が、己を肯定してくれている気がした。

 

「てか希ちゃん意味わかんないんだけど。なんであの状態で二対一を捌けんの? よねやん先輩そんな弱かった?」

「おいコラ緑川、ブース入れ。その首落としてやる」

「ふふん、いいよ。今日は勝ち越すもんね」

 

 二人がブースに入っていく。あんなに疲れる試合を二回もしていながらあの元気なのは正直羨ましい。

 

「確かに凄かったな、アレは」

「つーか日佐人、二対一で挟んでんだから腕ぐらい獲れよせめて」

「いや無理ですよ! めっちゃ硬いんすよ!?」

 

 頷く倒置法スナイパー、穂刈に続いて諏訪と笹森がそんなことを言う。そうは言われても、こちらからの攻撃を完全に捨てていたからあんなことができただけなのだが。

 

「実際どうやったんだ?」

「あ、それ気になります」

 

 嵐山の問いかけに笹森が頷く。だが、希は首を左右に振った。

 

「…………特には、何も……」

 

 いつも通り、受け流しながら一つ一つ対処しただけだ。相手の腕は二本で、足も二本である。武器も見えているのだから、見えているモノに対処し続ければいい。

 こちらも攻めるというなら話は別だが、今回はチーム戦。援護が望める状況であり、更に一人で二人を抑えられればそれだけ援護も望みやすくなる。

 

「成程、企業秘密か」

 

 嵐山がそんなことを言い出した。えっ、と思うと共に、向こうから一人の少女が歩いてくる。

 

「お疲れ様です」

 

 礼儀正しくそう挨拶してきたのは綾辻遥。嵐山隊のオペレーターであり、ボーダー内でも憧れる者が多い美少女である。

 

「綾辻。どうしたんだ?」

 

 それぞれが挨拶を返す中、嵐山が綾辻へと問いかける。綾辻は頷き、言葉を紡いだ。

 

「他のメンバーが全員帰宅したので、私も帰ろうかと。嵐山さんはどうされますか?」

「そうか。俺は……もう少し残るよ。ありがとう」

「いえ……」

 

 それでは、と立ち去っていく綾辻。帰り際に小さくこちらへウインクしてきたので、頭を下げた。

 

「よし、それじゃあ出木、やるか」

「…………よろしく、お願いします……」

 

 嵐山の言葉に、頭を下げる。嵐山准という人物は非常に面倒見がいい人物だ。入隊時の初訓練で9秒という凄まじい成績を叩き出した木虎と共にスカウトを受けて以来、度々こうして気を配ってくれる。

 あの時は結局、凄まじい速度で駆け上がっていった木虎が嵐山隊に入隊したのだが、それはそれでよかった気もする。広報任務とかできる気がしない。

 そうして二人がブースに入っていくのを見届けると、それにしても、と穂刈は呟いた。

 

「欲しいな、やはり」

 

 誰が、ということについては確認する必要もない。荒船が頷く。

 

「全くだな。狙撃に慣れてない、っていってもゾエさんのメテオラ入るまでは射線を完全に切ってたし、そもそも緑川と五分でやり合える時点で十分過ぎる」

「ちなみに日佐人、お前緑川とやって何本取れる?」

「こないだ3本引きました」

「出木はどうなんだ?」

「見たことあるのだと5本か6本か4本か……っていうところですね」

 

 つまり、ほとんど五分ということだ。マジかよ、と諏訪が呻く。

 

「見た感じやり易そうなんだがな」

「そう言いつつこないだ出木にぶん殴られてやられてましたよね諏訪さん」

「うっせーぞ荒船。どこぞの筋肉ゴリラみたいなことしやがって……」

 

 がしがしと頭を掻く諏訪。だが出木は緑川に限らず、基本的に多くやり合う相手とは大抵が五分か少し上の数字を残す。そしてそれは、緑川より格下でも変わらない。

 有名な話である。出木希は、どんな相手だろうと五分へ持っていく。

 流石に太刀川には圧倒されたようだが、アレは変態である。気にしてはいけない。

 

「でもあれですね、勧誘しても多分拒否されます」

「だよなぁ……。嵐山は入隊した時から買ってたんだろ? つーことはやっぱアレは本当なのか?」

「アレ?」

 

 諏訪の言葉に北添が首を傾げる。それには笹森が答えた。

 

「なんでも、嵐山さんは最初木虎と出木さん両方に声かけてたみたいですよ。で、どちらかを入隊させるって話だったんですけど出木さんが断ったとか」

「そうなの? なんでまた」

「そりゃアレだろ、嵐山隊に入るとネイバーと戦えないからだ。広報任務や何やらで、訓練の時間も調整しなきゃ無理らしいからな」

 

 紫煙を吐き出しながら言う諏訪。わっ、と会場が湧いた。見れば、嵐山准と出木希の勝負が2-2の互角となったところだった。嵐山相手にここまでやれる時点で、かなりのものだ。

 ――出木希は、復讐者である。

 三門市から出て行く者は多くとも、入ってくる者――更に戻ってくる者となるとほぼいないと言ってもいい。だが、彼女は戻ってきた。そして防衛任務で見せる己を盾にするような戦い方。そこに復讐が絡むことは想像に難くない。

 

「戦力としてはかなり欲しいがな。まあ、無理だろうよ」

「諏訪さんは勧誘したことあるんですか?」

「いや、ねぇよ。ただするだけ無駄だろ。変に気を使われんのも面倒臭ぇ」

 

 彼の言葉に、同感です、と頷いた。そもそも、と諏訪は言葉を続ける。

 

「加古のスカウトも断ったって話だろ?」

「らしいですね」

 

 加古、という言葉を聞いて堤の表情が少し青くなったが全員敢えて触れなかった。下手につつくと犠牲者が増えかねない。

 

「何を見てんのかね?」

 

 殆ど喋らず、無表情に淡々とそこにある少女。

 彼女は、一体何を求めているのだろうか。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『記録、32秒』

 

 嵐山が放つアステロイドの嵐をレイガストのシールドモードで防ぎながら、あの日のことを思い出す。

 

『やりますね』

 

 話しかけられたのが自分だと気付かず、周囲を何度も確認した。木虎藍――彼女との出会いはそこが初めてだ。

 9秒という凄まじい速さで初日の訓練で注目の的となっていた彼女は、色々な事を教えてくれた。何でも事前に調べていたのだという。書類での情報しか知らない自分にはありがたく、とても感謝したのだ。

 そして、そんな時に声をかけられた。

 

『新しい隊員を探している。どちらかを勧誘したい』

 

 個別に言えばいいモノを、わざわざ二人揃っている時に言うのは嵐山らしいと思った。彼は誠実に、まだ訓練生出会った自分達に真摯に言葉を紡いでくれた。

 

『私たちはライバルですね』

 

 ふふん、と木虎が嬉しそうに笑った。嵐山隊と言えばエリート部隊だ。そんなところに勧誘されたのは嬉しかったし、ようやく変われるかもしれないとそんな風にも思った。

 だが、やはりというべきか。先にB級に上がった木虎を追うようにして目指すモノの、少し躓いてしまった。

 そして、B級に上がりどうにか慣れてきた頃。木虎藍が、嵐山隊に入隊した。

 

『すまない』

 

 何を謝る必要があるのか、と思った。彼は隊長として正しい判断をしただけだ。木虎の方が才能も能力も上であり、まともに人と会話すらできない自分では始めから勝負になっていなかったのだから。

 競争というのも名前だけだ。最後まで、出木希は木虎藍の背を追い続けることしかできなかった。

 

『待っています』

 

 彼女は、そう言っていた。だから、目指した。A級を。目指そうと思った。

 

『戦えることが大前提だ』

 

 目指す方法を、教えてもらった。

 

『レイガストの使い方……? 簡単でいいなら教えるが』

 

 必死に、頭を下げた。

 

 けれど、どうしても。

 どうしても、一人から抜け出せない。

 

 何が、駄目なのだろう。

 何が、足りないのだろう。

 答えはずっと、出ないままだ。

 










【出木希】
ポジション:アタッカー
年齢:18歳
誕生日:2月14日
身長:167cm
血液型:A型
職業:高校生
好きなもの:ハーモニカ、読書、優しい人、動物
家族:祖父、祖母、父、母、弟

・パラメーター
トリオン 8
攻撃 6
防御・援護 11
機動 6
技術 8
射程 3
指揮 1
特殊戦術 2
TOTAL 45
・主トリガー
レイガスト
スラスター
シールド
メテオラ
・副トリガー
レイガスト
スラスター
シールド
FREE TRIGGER
【サイドエフェクト】
〝瞬間完全記憶〟

備考:とんでもなく歪な能力である。最前線に放り込んでおけば大体の相手を抑え込める技術があるが、攻撃・機動共に最上位の者に比べて一歩劣り、決定力不足な面が目立つ。壁としては非常に優秀。やっていることは珍しいため特殊に見えるが、要はレイガストによる防御主体の戦闘であり特別なことはない。指揮は論外。作戦立案はともかく、他人に指示とか不可能である。


 ボーダー内において復讐者と噂される少女。少なくともその背景を指すなら間違っていない。その苛烈な在り方のせいか友人と呼べる存在は少なくとも彼女の視点ではおらず、また、声を聴くことすら珍しい。
 周囲の認識では木戸派の最右翼であり、かつて家族を近海民に奪われ、一度三門市を離れながらも戻ってきた。
 親しい、というよりちゃんと会話をする相手さえも希少である。その真意がどこにあるかを知る者は彼女自身のみである。
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