どうか彼女に笑顔をと、彼は願った   作:アマネ・リィラ

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第六話 決戦の火蓋

 

 

 ボーダー基地会議室。そこに、ボーダー最精鋭部隊が集結していた。

 

「これが今回の遠征の成果です。お納めください、城戸司令」

 

 机の上に四本のトリガーを広げ、そう報告したのはA級3位部隊風間隊隊長、風間蒼也だ。彼の側にはA級1位部隊隊長、太刀川慶とA級2位部隊狙撃手、当真勇がいる。

 

「ご苦労。無事の帰還何よりだ。――ボーダー最精鋭部隊よ」

 

 彼の言葉に対し、満足気にそう言葉を紡ぐ城戸司令。いつも厳しい表情ばかりを浮かべている彼も、この時ばかりは僅かに笑みを浮かべている。

 

「おお、素晴らしい! 未知の世界のトリガー! これでボーダーのトリガー技術は更なる進化を遂げるぞ!」

 

 嬉しそうに声を上げるのは鬼怒田だ。ノーマルトリガーの量産に多大に貢献した人物であり、その多大な実績はボーダーを支える根幹にあると言っていい。

 少々偉そうにしているせいで事情を知らない者には好かれていないそうだが、話せばかなりいい人である。

 

「鬼怒田さんさー、もうちょい遠征艇でかくできねーの? 窮屈で死にそうだったぜ」

「バカ言え、アレより大きいモノを飛ばそうとすればトリオンがいくらあっても足りんわい」

「えー」

 

 当真と鬼怒田の軽口の叩き合い。それに微かな笑いが漏れる中、区切りがついた瞬間に城戸司令が切り出した。

 

「……さて、帰還早々で悪いが、お前たちには新しい任務がある」

「新しい任務?」

「現在玉狛支部にある、黒トリガーの確保だ」

 

 首を傾げる太刀川に、城戸が頷いて応じる。だが太刀川は更に首を傾げた。

 

「それは……〝風刃〟のことですか?」

 

 玉狛支部に所属するS級隊員、迅悠一が持つ〝風刃〟は強力な力を持つ黒トリガーだ。だがアレは彼が正面から争奪戦を勝ち残って手にしたものであり、正統な手順で手に入れたモノである。

 それを確保――精鋭部隊の三人が眉をひそめる中、三輪隊、と城戸司令が声を上げる。

 

「説明を」

「はい」

 

 立ち上がったのは同席していた三輪隊の狙撃手、奈良坂だ。彼は淀みなく、報告の言葉を紡いでいく。

 曰く、

 

 ――追跡調査により近界民を発見。

 ――交戦したところ黒トリガーの発動を確認。その能力は〝相手の攻撃を学習し、自分のモノにする〟。

 ――その後、玉狛支部の迅悠一隊員が戦闘に介入。同隊員と近界民に面識があったため、一時停戦。

 ――件の近界民は迅隊員の手引きで玉狛支部に入隊。

 

 以上です、と奈良坂が締めると、当真が困惑した表情を浮かべた。

 

「近界民がボーダーに入隊? なんじゃそりゃ!?」

「いや、ボーダーに近界民の入隊を禁止するルールはない。それに玉狛ならあり得るだろう。あそこのエンジニアは近界民だ」

 

 諌めるように言うのは風間だ。彼はその上で、だが、と続ける。

 

「今回の問題は相手が黒トリガーを持ちということだな。玉狛に黒トリガーが二つとなれば、ボーダー内のパワーバランスが崩壊する」

「そうだ。だがそれは許されない」

 

 自身の顔に走る傷に手を当て、城戸司令が断言する。

 

「お前たちにはなんとしても黒トリガーを確保してもらう」

 

 威厳のある声に、室内の空気が引き締まる。そんな中、一人の『最強』が声を上げた。

 

「その『黒トリガー』の行動パターンは?」

 

 太刀川だ。彼はどこか気軽な雰囲気で、奈良坂へと問いかける。

 

「一人になる時間とか決まってんの? まさか玉狛全員相手にするわけにはいかないだろ」

「その場合は他のA級部隊も必要になるな」

 

 頷く風間。ただでさえ迅悠一という黒トリガーと、正体不明の黒トリガーがいるというのにボーダー最強と名高き玉狛第一部隊まで相手取るとなれば総力戦だ。それは避けたい。

 

「『黒トリガー』は朝七時に玉狛支部にやってきて、寄る九時から十一時の間に玉狛を出て自宅に戻るようです。現在もうちの米屋と古寺が監視しています」

「成程、チャンスは毎日あるわけだねぇ。ならばしっかり作戦を練って――」

「――いや」

 

 頷く根付の言葉を遮り、太刀川が言った。

 

「今夜にしましょう、今夜」

 

 はあっ、という声が幾人かから漏れた。三輪が、思わずといった調子で立ち上がる。

 

「太刀川さん。いくらあんたでも相手を舐めない方がいい」

「舐める? なんでだ三輪?」

 

 しかし、太刀川は首を傾げる。そのまま彼の論理を展開した。

 

「相手のトリガーは『学習する』トリガーなんだろう? その速度がどれぐらいなのかはわからないが、それこそ鋼のように睡眠をとれば学習するレベルなら今頃玉狛でうちのトリガーを学習しているかもしれない。長引かせればそれだけ不利になるぞ」

「…………!」

「それに、長引かせたら見張りしてる米屋と古寺に悪いだろ。サクッと終わらせようや」

「成程ね」

「……確かに早い方がいいな」

 

 当真と風間が同意を示す。太刀川は確認するように城戸司令と向き合った。

 

「それでいいですか? 城戸司令」

「――いいだろう。部隊はお前が指揮しろ、太刀川」

「了解です」

 

 これで方針は決定した。遠征帰りだというのにそんな素振りも見せず、三人が歩き出す。

 

「とりあえず、夜まで作戦立てるか」

「襲撃地点の選定が先だな」

「なるほど。当真、お前のところの隊長はどうしてる?」

「多分アウト」

 

 そんな三人を頼もしそうに見送る城戸司令を中心とした幹部。そして、複雑そうにそれを見送る三輪だけが残されていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 闇夜を、いくつもの影が走っていく。

 ここは警戒区域――放棄された場所だ。故に人の姿はなく、だからこそ走る彼らの姿が目立つ。

 

「おいおい三輪、もっとゆっくり走ってくれよ。疲れちゃうぜ」

 

 後ろからかけられる声に、思わず唇を噛む。トリオン体に疲労はない。その体が壊れない限り、走り続けることができる。

 精神的な部分に反応して冷や汗を掻いたり体の操作が狂うことはあるが、基本的に肉体的疲労というものは存在しないのだ。故に彼の言葉はおかしいのだが、そこに何かしらの意図があるのではと三輪は考えてしまう。

 

(……やっぱりこの人は苦手だ)

 

 だが、その意図が読めない。それが三輪は苦手だった。

 

『目標地点まで残り500』

 

 オペレーターの声が届く。後は襲撃地点で近界民を待つだけなのだが――

 

「止まれ!」

 

 太刀川が制止の声を上げ、全員で足を止めた。待ち構えるようにして立っていた人物に、三輪は忌々しげに吐き捨てる。

 

「迅……!」

「成程、こうきたか」

 

 対し、太刀川は余裕を崩さない。現れた人物――迅悠一は、いつもの掴みどころの無い口調で言葉を紡ぐ。

 

「太刀川さん、久し振り。ついでにお帰り。――みんなお揃いでどちらまで?」

 

 まるで世間話をするかのような口調だった。僅かに弛緩した空気の中、声を上げたのは当真だ。

 

「うおっ、迅さんじゃん。なんで?」

「よう、当真。冬島さんはどうした?」

「ああ、うちの隊長は船酔いだよ」

「へぇ」

 

 あくまで軽いやり取り。それこそ、遠征より帰還した既知の者に対するそれだ。

 

「迅。こんなところで待ち構えてるってことは、おれたちの目的もわかってるんだろ?」

「うちの隊員にちょっかい出しに来たんだろ?」

 

 肩を竦めて迅は言う。そして彼は、でも、と言葉を紡いだ。

 

「最近、うちの後輩たちはかなりい感じでさ。邪魔しないで欲しいんだけど」

「そりゃ無理だ、と言ったら?」

「その場合は仕方ない」

 

 腰の〝風刃〟に手をかけて。

 あくまで飄々と、彼は言う。

 

「実力派エリートとしては、かわいい後輩を守んなきゃいけないな」

 

 その言葉に、三輪は即座に臨戦態勢をとった。背後でも、何人かが同じように構えた気配を感じる。

 だが、戦闘にいる太刀川は変わらず余裕の態度のままだ。

 

「なんだ、迅。いつになくやる気だな」

「――『模擬戦を除くボーダー隊員同士の戦闘を固く禁ずる』。隊務規定違反で厳罰を受ける覚悟はあるんだろうな?」

 

 問い詰めるように風間が言う。ボーダーのルールは厳格だ。ここで戦闘が起これば、厳罰は免れない。

 だが、迅の調子は変わらぬままだ。

 

「それを言うならうちの後輩も立派なボーダー隊員だ。あんたらがやろうとしてることもルール違反だろ、風間さん」

「…………!」

「――ッ、ふざけるな! 立派なボーダー隊員だと!? ネイバーを匿ってるだけだろう!」

 

 思わず三輪は叫ぶ。そうだ、近界民は――ネイバーは敵だ。あの日、奪った相手だ。そんなものを認めるわけにはいかない。

 

「近界民を入隊させちゃダメってルールはない。正式な手続きで入隊した以上、正真正銘のボーダー隊員だ。誰にも文句は言わせないよ」

「なんだと……!」

 

 変わらぬ余裕の迅を睨み付ける三輪。そんな彼に、太刀川がバッグワームを消しながら言葉を紡いだ。

 

「それは違うぞ迅。正式入隊日を迎えるまでは、本部ではボーダー隊員と認めていない。俺たちにとってお前の後輩は今現在、ただの野良ネイバーだ。――仕留めるのに何の問題もない」

「へぇ……」

 

 太刀川の宣言に感心したような声を漏らす迅。そこで三輪は、ようやく思い至った。

 ――似ているのだ、この二人は。そのやり方が。

 

「邪魔をするな、迅。お前が何をしようと俺たちは任務を遂行する。パワーバランス云々の話とは別に、『黒トリガーを持った近界民が野放しにされている』という事実を放っておくことはできない。城戸司令はどんな手を使ってでもそれを手に入れる。抵抗しようと早いか遅いかの違いでしかない」

 

 風間の冷静な指摘が突き刺さる。その通りだ。どう転ぼうと、彼らに逃げ道はない。

 

「大人しく渡した方が互いの為だ。それとも黒トリガーの力を使い、本部と戦争でもするつもりか?」

「城戸さんにも事情があるんだろうし、黒トリガーが危険だと思うのもわかるよ。けど、こっちにだって事情がある。あんたたちにとっては単なる黒トリガーだとしても、持ち主にとっては命より大事なモノだ」

 

 だが、彼は譲らない。その飄々とした口調の奥に、強い意志を宿している。

 

「別に戦争するつもりはないが、大人しく渡すわけにもいかないな」

「あくまで抵抗を選ぶか……」

 

 残念だ、とでも言いたげに風間は言った。そして、鋭い視線を迅に向ける。

 

「おまえも当然知ってるだろうが、遠征部隊に選ばれるのは『黒トリガーに対抗できる』と判断された部隊だけだ。他の連中ならばともかく、俺たちの部隊を相手にお前一人で勝てるつもりか?」

「流石にそこまで自惚れてないよ。俺一人じゃ三輪隊も加われば正直勝ち目は薄い。けど――」

 

 言葉と共に、彼らが来た。

 屋根の上。そこにあるのは三つの人影。

 

「嵐山隊、現着した。忍田本部長の命により、玉狛支部に加勢する!」

 

 嵐山、時枝、木虎――A級五位部隊、嵐山隊の三人がそこにいた。

 

「嵐山……!」

「嵐山隊だと……!?」

 

 三輪は驚愕の表情を浮かべる。彼らは忍田本部長派だ。故に積極的に関わってくることはせず、傍観するだろうという見解だったのだが。

 

「遅くなったな、迅」

「いいタイミングだ嵐山。まるでヒーローだな」

「なに、三雲くんのチームのためと聞いたからな。彼には大きな恩がある」

 

 相変わらず爽やかな男である。後の木虎は大分不機嫌そうだが。

 

「木虎もメガネくんの為に?」

「仕事だからです」

 

 気の強さは健在のようだ。迅は苦笑すると、改めてこちらと向き直る。

 

「忍田本部長派と手を組んだのか」

「嵐山たちがいれば、五分になる。いやむしろ、こっちの方に分があるくらいだ。俺だって本部と喧嘩したいわけじゃない。ここで退いてくれると嬉しいんだけどな、太刀川さん」

「成程、〝未来視〟か」

 

 未来を見通すサイドエフェクト。それがこちらの敗北を予見しているというのか。

 ギリッ、と三輪は強く歯を食い縛る。そしてふざけるな、と言葉を紡いだ。

 

「所詮は五分だ。退く理由にはならない!」

「その通りだな。それにお前の予知、覆したくなった」

 

 腰の孤月に手を当て、太刀川は宣言する。ふう、と迅は息を吐いた。

 

「そう言うと思ったよ。けど、もう一人こっちには隠し玉がいる」

 

 なに、とその場の全員が眉をひそめた瞬間、その音が響いた。

 

『レーダーに感あり、後ろよ』

 

 オペレーターである月見の声が飛び、三輪は背後を振り返った。かつん、という靴の音が遠くから響いてくる。

 その音はゆっくりとこちらへと近付いていた。夜の暗闇から、その人物は現れ――

 

「――何だと……!?」

 

 三輪は、思わずそう呻いた。そこにいたのは、ここにいるはずの無い少女。

 少なくとも――あちら側に付くはずの無い少女だった。

 

「出木……!?」

 

 ――出木希。

 ネイバーを憎み、その憎悪と共に在り続ける少女が、そこにいた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 出木希は、復讐者である。

 彼女の本心を知る者はおらず、ただその行動だけが彼女の想いを映し出す。

 苛烈なまでに己を虐めるように戦おうとする彼女を、誰もが遠巻きに見ていた。

 ――故に、誰も気付かない。

 ただの一度さえ、彼女が憎いと口にしたことがないことも。

 彼女の本当の想いがどこにあるかも。

 知ろうとする者は、いなかったのだ。

 

 

 

 

 その人物については、三輪だけでなくこの場のほとんどが知っていた。

 復讐のために戻ってきた、両腕にレイガストを構える攻撃手。その防御力は単独のモノとしては随一とされ、個人で崩すのは難しい。

 だが彼女はネイバーに対する復讐心によってボーダーに入隊したのであり、ならば今回、彼女が玉狛に組することはあり得ないはずだった。

 

「………………」

 

 無言のまま、少女は静かに自分達の間を通り過ぎて行く。そして迅たちの側に辿り着くと、いつものように丁寧なお辞儀をした。

 

「…………遅れて、すみません……」

「いや、むしろバッチリだ」

 

 嵐山が爽やかに返答しているが、時枝と木虎はこちらと同じように驚愕の表情を浮かべていた。迅は心なしか嬉しそうな表情である。

 

「見ての通り、希ちゃんもこっち側だ。これならおれたちが勝つよ」

「――――ッ、ふざけるな!!」

 

 思わず三輪は声を張り上げた。びくり、と出木の肩が震える。

 

「出木、お前がしていることを理解しているのか!? 相手は近界民だ! 殲滅しなければならない……! そうでなければまた悲劇が起こる!」

 

 同じだと、思っていたのだ。

 彼女も、自分と同じで。

 

「お前ならわかるだろう!!」

 

 大切な人を、奪われたのだから。

 

「…………私は……」

 

 僅かに俯き、出木は呟いた。そしてゆっくりと顔を上げ、こちらを見据える。

 誰もが言葉を待った。妙な緊張感が漂う。

 

「…………同じ、です……」

 

 その言葉に、その場のほぼ全員が首を傾げた。三輪も一瞬困惑したが、すぐに思い至る。

 

「…………彼は、私たちと――」

「――ふざけるな!! 近界民と俺たちが同じだと!? 違う!! 奴らは敵だ!!」

 

 同じ、という言葉の意味がわかり、絶叫するように吐き捨てる。

 決して同じなどではない。そうであってはならない。奴らは姉を奪ったのだ。あの日、己の大切な人を奪って行ったのだ。

 ちなみに周囲ではなんでわかるんだよと内心で全員がツッコミを入れていたが、口には出さなかった。嫌な一致団結である。

 だが当事者たちは、変わらず真剣そのものだ。

 

「…………私は、三輪さんと戦いたくは……、ありません……」

 

 少女は静かに、しかし、はっきりと言った。

 

「…………優しい人です、から……いつも、私は……」

「…………ッ!」

 

 ギリッ、と音が響くほどに三輪は歯を食いしばる。

 彼女と休憩所で遭遇し、何となく一本のカフェオレを奢る日。何か話をするわけではない。一言二言、世間話とも呼べないような話をするだけ。

 たまに彼女が缶コーヒーをくれることもあった。どちらが示し合わせたわけでもない。ただ静かに、僅かな時間を過ごすだけ。

 ――悪くないとは、思っていた。

 煩わしいことはなく、近くも遠くもない距離で。悪くはないと、そう。

 

「ふざけるな。俺は。俺は……ッ!」

 

 だが、だからといって変えることも変わることもできない。

 この意志は、己の源泉だから。

 

「………………」

 

 僅かに、少女の瞳が揺れた気がした。そして、少女が一歩引き下がる。

 

「さて、どうかな? 事情はお互い色々ややこしい。今日は一度解散ってことで」

「それを承諾すると思うか?」

「……出木が何故そちらにいるのかは知らんが、それでも止まるわけにはいかないな」

 

 迅の言葉に太刀川が笑い、風間が冷静に答えた。風間に軽く肩を叩かれ、三輪も気持ちを引き締め直す。

 

「どんな想いでそこにいるかは知らん。だが、気持ちの強さで勝敗は決まらない」

 

 言い切る太刀川。それはその通りだ。強い気持ちは必要だが、それだけで勝利を掴むことはできない。

 

「その全てを斬り捨てて、任務を果たさせてもらう」

 

 直後。

 閃光の様な斬撃が、解き放たれた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

旋空孤月。

 太刀川が放つ必殺の斬撃を、望たちは余裕をもって避けた。直接ぶつかり合っている最中であるならともかく、距離があり動きも見えている状態なら実際、難しくはない。

 事実、太刀川自身も牽制のつもりだったのだろう。すぐさま出水によるハウンドの嵐が飛んできた。

 

「シールドモード」

 

 盾となるように動き、両手のレイガストで展開したシールドで受け止める。そこまで強い威力を設定していなかったのか、防ぐことは容易だった。

 牽制に、嵐山がメテオラを放つ。無論ダメージは少ないが、これでいい。これが迅悠一の作戦だ。

 

「そろそろこっちを分断しに来るだろうな。固まってるとやり難いとか思われてそうだ」

 

 距離を取ったところで、迅が気楽な口調でそう言った。だろうな、と嵐山が頷く。

 

「どうする? 固まったまま対処するか?」

「いや、敢えて乗ろう。嵐山の方に何人か行ってくれるだけでありがたい」

「うちにくるとしたら三輪隊ですね。三輪先輩の鉛弾がある」

 

 迅の言葉に時枝が補足する。うーん、と迅が笑った。

 

「風間さんがそっちに行ってくれたら一番いいんだけど、そうはいかないだろうな」

「どうせなら有利な場所に誘い込んだ方がよくありません?」

「そうだな。――健、聞こえるか? 今から指示するポイントに先行してくれ」

『了解』

 

 狙撃手である佐鳥が返事をする。どこにいるのだろうと一瞬気になったが、知っても仕方がないので何も言わないことにした。

 

「希ちゃんはこっちで頼む。とりあえずの方針は、プランAで」

「…………了解、です……」

 

 プランA――それは相手を撃退するのではなく、撤退させることを目的とした戦術だ。要は持久戦で相手のトリオン切れを狙う作戦である。

 こちらの傷をできるだけ減らし、削り倒す――正直、倒せと言われるよりは大分やりやすい。というより太刀川や風間とやり合って勝てる自信はない。

 

「あの、いいんですか?」

 

 ずっと思い悩んでいた様子だった木虎が、意を決したように言葉を紡いだ。最初、自分に言われたとは気付かず周囲を見たのだが、全員の視線がこちらに集まっていることに気付く。

 

「…………何が、ですか……?」

 

 久し振りに木虎から声をかけられた、と希はそんなことを思った。故に正面から向き合う。友人とは呼べないまでも、彼女とは何度も刃を交えた間柄だったから。

 

「何が、って……出木さんは、本当にいいんですか? あなたがボーダーに入ったのは、復讐のためだって」

「――悪いな、木虎。話す時間はなさそうだ」

 

 言われ、希も気付く。レーダーの反応が動き始めた。対応しなければならない。

 

「…………ッ」

 

 木虎が何かを言おうとして、口を噤んだ。希はそんな木虎に、相変わらずの蚊の鳴くような声で言葉を紡ぐ。

 

「…………この戦いが、終われば……」

 

 また、昔のように。

 その言葉は、音となっては出てこなかった。

 

「行くぞ、木虎。迅も上手くやれよ」

「ああ。お前もな、嵐山」

 

 木虎の肩を叩き、この場を離れようとする嵐山。そして嵐山は去り際に希へと言葉を紡ぐ。

 

「無理をするなよ、出木」

「――はい」

 

 いつもなら即答などできないのに、その時だけは思うより先に頷きが出た。それに微笑みを返し、嵐山と時枝が移動を開始する。

 木虎は一瞬何かを噛み締める様に俯いた後、呟くように言った。

 

「また」

 

 そして、返事を待たぬままに移動していく。

 ――また。

 それは、〝次〟の約束。

 

「さて、ここからが正念場だ」

 

 嵐山たちが去った方とは逆。迎え撃つ形に、二人は動き出す。

 黒トリガー争奪戦、開始。

 











出木希の電話帳

・綾辻さん
・嵐山さん
・加古さん
・鬼怒田室長
・黒江さん
・沢村さん
・忍田本部長
・迅さん
・寺島さん

まさかの一桁である。しかも連絡をすることも来ることもほとんどない。一番多いのは加古からの連絡で、内容は大体炒飯。
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