どうか彼女に笑顔をと、彼は願った   作:アマネ・リィラ

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第七話 少女の理由、少年の理由

 

 

 風間蒼也は、目の前の状況に苛立ちを抑えきれないでいた。

 迅悠一の邪魔――これについては、実を言うと作戦会議で予想されていたことだ。彼の手引きによって近界民が入隊したという経緯がある以上、何らかの理由がある。そして彼は未来を視るのだ。この状況を予想していないはずがない。

 故に、玉狛第一の応援も想定には入っていた。その上で勝つ手段を用意してきたのだ。

だが、嵐山隊と出木希の参戦は想定外だったと言わざるを得ない。忍田本部長派はあくまで『市民を守る』ことを第一とした派閥で、その方針から敵となる可能性の高い近界民をわざわざ庇う理由はないのではないかというのが弟子である太刀川の見解だったのだ。

 まあ単位が足りず毎度怒られている太刀川の言であるため半信半疑程度ではあったが、筋は通っているのでそれで全員が納得した。しかし、現実としてこちらに立ちはだかる壁となっている。

 

(最悪、玉狛第一が出てくる可能性さえある)

 

 そうなればまさしく最悪の展開だ。間違いなく全面戦争になり、ボーダーという組織そのものに罅が入る。正直、それは避けたい。

 だが、それは相手も同じはずだ。故に風間も本気で追い詰めなければ出てこないとは思っている。問題は出木希――B級のソロ隊員だ。

 9000ポイント超えの攻撃手でありながらもどこの部隊にも属さず、加古隊や嵐山隊の誘いを断ったと噂される復讐者。直接会話したことはなかったが、何度かその姿は見かけている。あの異様な硬さについては一定以上の評価をしていたのだ。

 しかし、本来彼女は三輪が言ったようにこちら側であるはずなのだ。本人から聞いたことはないが、出木希という少女は城戸派の最右翼であったはずなのだから。

 

(とはいえ、目の前の事を無視するわけにはいかない)

 

 連携でこちらが劣っているとは思わない。だが、あの防御力に〝風刃〟が加わればそれだけで厄介だ。ならば、分断するのが最良の選択だろう。

 

『歌川、菊地原。お前たち二人で出木をやれ』

『自分達が、ですか?』

『いいんですか?』

 

 通信を飛ばすと、そんな返事が返ってきた。現在、睨み合うように互いに距離をとっている。このままぶつかり合うと、引き剥がすのが難しくなる。その前にどうにかしたい。

 

『早急に迅一人にして、総力で叩く。……それでいいな、太刀川?』

『ああ、問題ない。二人とも、頼むぞ』

『『了解』』

 

 直後、太刀川が動いた。二刀の孤月のブレードが伸び、迅と出木を狙い撃つ。同時に二本の刃が抜かれたはずだというのに、建物を切り裂いた一撃は一本の斬撃だった。

 相変わらずふざけた技量だ、と呟きつつ風間は地面を蹴る。狙うのは迅だ。スコーピオンを手に、至近距離での戦闘を開始。また同時に、こちらと反対方向へ弾くようにして歌川と菊地原が出木へと肉薄した。

 迅は何故か〝風刃〟の能力を未だ起動していない。余裕なのか知らないが、動くべきは今だ。

 壁を足場に、迅へと斬りかかる。だが、届かない。迅悠一の〝未来視〟――全てが視えるわけではないとはいえ、未来を視る力は戦闘において大きなアドバンテージになる。

 狙撃の弾丸が宙を走るが、迅には届かない。未来を視る彼に、狙撃は通用しないのだ。

 

(どこまでも厄介な……)

 

 彼が〝風刃〟を手にする前は、風間も彼とは何度となくやり合った間柄だ。愛用するスコーピオンも、元は彼がエンジニアと共に創り上げたモノである。

 その実力は高い。故に慎重に、だが確実に。

 風間蒼也は、闇夜を駆ける。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 引き離すことはそう難しくなかった。菊地原と共に出木を挟むような位置取りで、三人は駆けて行く。

 

(誘いには乗ってこないか)

 

 歌川遼――一部では毒舌な菊地原をフォローする姿を多く見かけるため苦労人と思われている彼だが、彼自身はそのことを負担とは微塵も思っていない。菊地原は言動こそ素っ気ないが悪い奴ではない。

 その人柄から慕う者も多い好青年の歌川だが、出木希という少女についてはよく知らない。

 同じ学校の先輩であることは知っていたし、掲示される成績でも常に上位に名前があることも知っていた。一度全教科で満点を取ったという噂もあるくらいだ。

 だが、直接話したことは一度もない。その戦いを見たことはあるが、模擬戦をしたこともない。故にわからない。

 ただ、言えるのは。

 

(狙撃は警戒されている。……下で戦うべきか?)

 

 歌川と菊地原がいるのは屋根の上だ。位置取りとしては出木を見下ろす形になっている。誘いをかけるようにしているのだが、出木はこちらの両方を視界に入れる位置取りを常に続け、向かってくる様子はない。

 流石というべきか、迅悠一が用意したこの場所は射線がほとんど通らない厄介な場所だった。こちらの狙撃手は即座に狙撃ポイントを変えることができるというのに、これでは生かせない。

 

『このままじゃ埒が明かない。二人ならやれるでしょ』

 

 菊地原から通信が入った。確かにその通りだ。狙撃手の三人はこちらとあちらの両方を援護する手筈だが、射線が通らなければどうにもできない。

 

『そうだな。……カメレオンはなしだ。手早くやるぞ』

『初めからこうすればよかった』

 

 相変わらず毒舌だ、と僅かに苦笑すると共に、飛び込むようにして出木の下へと駆ける。反対側の菊地原も同じ動きだった。

 カメレオンを使わない理由は二つ。一つは出木が射線に出た瞬間、姿の見えない自分達を撃つことを躊躇して狙撃手が撃てないことを考えてであり、もう一つは釣りの為だ。いきなりカメレオンを二人で使えば相手は警戒する。隙ができた瞬間に姿を晦まして刃を通せばやれるだろうという判断だ。

 スコーピオンを振り抜く。刃の光をまるで尾のように引き連れて弧を描く斬撃はしかし、容易く防がれた。両腕に構えたレイガスト、シールドモードになっているそれは飾りでも何でもないらしい。

 

「――――ッ」

 

 そして、押し出すように盾で体をかち上げられた。ダメージはないが踏ん張り切れず、距離をとる。その隙を衝いて菊地原がスコーピオンを振るったが、一瞥と共にそれも防がれた。

 そして今度は自身が体を退き、大きく後退する出木。それを追うようにして、挟み込むように連撃を加える。

 攻撃手、それも近距離専門の連携はシビアだ。射撃系のそれに比べ、至近距離で息を合わせなければならないため非常に難しい。

 だが、風間隊はその連携において他の追随を許さない。息の合ったコンビネーションで、二人は無数の斬撃を叩き込んでいく。

 だが――崩れない。

 刃は、その身へ届かない。

 

「――ぐっ」

 

 腹を蹴られ、思わず声が漏れた。こちらを吹き飛ばすような蹴りだ。トリオン体に大したダメージはないが、思わず距離をとる。

 動きは速くない。速いのは速いが、それは攻撃手としては標準的なレベルだ。しかし、その身のこなしが的確過ぎる。

 

『堅いな』

『守りに徹してるだけでしょ。攻め続けたらその内崩れるよ』

 

 菊地原は言うが、本当にそうだろうか、と歌川は思った。出木は距離をとったこちらをじっと見つめており、長い前髪の奥にある瞳から感情を読み取ることができない。

 トリオン体は肉体的な疲労を感じない。しかし、精神的な疲労は蓄積する。長期戦ともなれば集中力は切れるし、ミスだって起こる。このままだと長期戦になることは視えている。そうなれば向こうの決着がどうあれ着く可能性が高く、また、迅悠一が使うのは黒トリガーだ。できるだけ早く向こうに行きたいという気持ちがある。

 ――何より。

 目の前にいる少女と精神的な根競べをして勝てるという確信が、歌川はどうしても持てなかった。

 

『とりあえず、攻撃は続行だ。できるだけ早く任務を遂行する』

『言われなくてもわかってるよ。一撃入れば崩れるでしょ』

 

 再び、地を蹴って相手に肉薄する。

 少女の瞳は、変わらず無感情にこちらを見据えていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 凄い、というのが希の抱いた最初の感想だった。

 A級3位部隊、風間隊。その攻撃手である歌川と菊地原。彼らの連携は何度かランク戦で見たが、その鮮やかさに舌を巻いた記憶がある。

 だが、見たことがあったのはよかった。見たことがなければきっと、まともに対応すら取れなかっただろう。

 

(……姿を見せてくれている今なら、どうにか……)

 

 カメレオンを使われるとかなり厳しくなるが、今の状態、防ぐだけならどうにか続けられる。連携が厄介過ぎて反撃する隙すら見つけられないのが難点だが。

 とりあえず、できるだけ時間を稼ぐのがこちらの目的だ。撃退は駄目だと――しろと言われても正直無理だが――今回の指揮官である迅からは指示を受けている。狙うのはあくまで『撤退』だ。その上でできるだけ多く、そして長く迅から人を引き離すのが希の役目である。

 向かってくる刃を捌き続ける。この状況で大事なのは足を止めてしまわないことだ。完全に足を止めればそのまま押し切られる。

 また、受けるのも受け止めるでなく受け流すのも大事だ。レイガストのシールドはそう容易く敗れるようなものではないが、それでも過信はできない。

 

「………………」

 

 二人を視界から逃さぬよう、ステップを踏むように後退していく。屋根の上には上がってはならない。狙撃されれば、初撃を防ぐことは難しいのだ。

 今回協力してくれている優秀なオペレーターのお陰で、いくつか狙撃地点が割り出されている。だが厄介なのは、それが三つではないことだ。

 ――位置が移動している。

 つまり、迅悠一が想定は外れていなかった。嫌な形で、だが。

 

『気を付けて。迅くんたちの戦闘区域に近付いてるわ』

 

 警告が入る。移動の方角を変えるか――そう思ったが、二人の連撃の前に誘導する余裕はない。余計な思考を捨て去り、凌ぐことを考える。

 歌川の一撃を防いだ瞬間、菊地原が僅かにタイミングをずらしてきた。防ごうと構えた盾を避け、スコーピオンの刃が迫る。

 スコーピオンの厄介なところはこれだ。耐久度が低い代わりに、体の各所から刃を出したり刃の形そのものを変形させることができる。B級2位部隊、影浦隊隊長の使うスコーピオンはまるで鞭のように相手を狙い撃つことで有名だ。

 盾を避けて迫る一撃。避けることが脳裏を過ぎるが、先に体が動いていた。

 ――スラスター。

 希と菊地原の距離は至近だ。頬を僅かに刃が掠めるが、構わず希は全力でスラスターを吹かせる。

 盾が菊地原の身体に当たり、一瞬の均衡が生まれる。だが、全力のスラスターを相手に正面から踏ん張ることは不可能だ。

 

「菊地原!」

 

 歌川の声。おそらく背後からこちらへ迫っている。猶予は一瞬だ。

 

「メテオラ」

 

 捨てられた民家の塀に菊地原の身体が直撃する前に、スラスターを止めた。勢いのまま菊地原の背が塀に直撃。同時、レイガストのブレードを地面に突き刺すと、足で地面を削りながら停止した。

轟音と共に菊地原の下で爆発が起こる。おそらく倒せてはいないはず。

背後、と声が聞こえた。振り返って対応する余裕はない。故にブレードの向きを手首で調節し、スラスターを起動。ブースターの如く、体が横へとスライドする。

 紙一重のタイミングで、歌川のスコーピオンが虚空を斬った。距離を取るようにして数歩下がる。すると、向こうからも同じように下がってくる人影があった。

 

「お、無事か希ちゃん」

「…………どうにか……」

 

 迅悠一は、完全に無傷だった。背中合わせに両方向を警戒する中、追ってきたメンバーが集結する。

 

「おいおい、菊地原。相手は女の子だぞ? 顔を傷つけるなよ」

「……トリオン体でしょ」

 

 軽口を叩く迅に、少し苛立った調子で菊地原が応じる。おそらく今の攻防に思うところがあったのだろうが、あれは直接にやり合ったことがないからできた技だ。

 よく模擬戦をする緑川や米屋は知っているが、希にとってのスラスターはある意味で移動手段に近いところがあるし、崩しの手だ。今のはそれが上手く噛み合っただけである。

 菊地原と歌川が希の側、反対には太刀川、風間の二人がいる状況。孤月をだらりと下げ、太刀川が言う。

 

「随分大人しいな、迅。昔の方がまだプレッシャーがあったぞ」

 

 声には僅かな落胆の響きがあった。迅は応えない。メテオラによって僅かにダメージが入った体を確認しつつ、菊地原が言葉を紡ぐ。

 

「まともに戦う気が無いんですよ」

「……いや、違うな。読めたぞ迅。お前たちの目的は、俺たちをトリオン切れで撤退させることだな」

 

 全員がその言葉に反応した。希自身も一瞬、迅の方へと視線を送る。

 

「〝風刃〟を使わないことに加え、出木と組んでの消極的戦闘。時間稼ぎのようにも見えるが、大きく違う。……戦う前から後処理の心配か、迅?」

「成程、それなら本部との摩擦も少なくて済む。撃退となると、敵対が決定的になるからな」

 

 風間の言葉にうんうんと頷く太刀川。だが彼は、すぐに殺気を込めた視線を迅に向けた。

 

「――舐められたもんだな、俺たちも」

 

 気迫とは違う、一つの意志。

 明確な想いが、現出する。

 

「……しょうがない、か」

 

 対し、迅はため息を一つ零した。

 

「作戦変更だ」

「――はい」

 

 その言葉が合図だった。周囲に向け、希がメテオラを叩き込む。

 全員が獲物を構えた。視界が潰れる。その瞬間に。

 

『戦闘体、活動限界。緊急脱出』

 

 菊地原の首が飛び、ベイルアウトした。ふ、と太刀川が口元に笑みを浮かべる。

 

「出たな、〝風刃〟」

 

 孤月の様なブレードに、まるで纏わりつくようにして揺らぐいくつもの刃。

 ――黒トリガー、風刃。

 迅悠一の師匠が遺した、ボーダーの切り札。

 

「さあ、やろうか」

 

 いつも通り、余裕を纏った笑みと共に。

 迅悠一は、そう言った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 煙が晴れた時、姿を消していたのは二人だった。一人は不意打ちの一撃によって首を飛ばされた菊地原。もう一人は、先程までそこにいた――

 

「奈良坂! 撃て!」

 

 屋根の上。そこを走る影がある。バッグワームは着ていない。

 追うことを誰もが一瞬考えた。しかし、今の迅を相手に目を逸らすことは許されない。故に太刀川が吠えたのだ。

 彼が吠えるとほぼ同時に放たれた弾丸が、正確に出木の後頭部を狙い撃つ。しかし、それを二重のシールドが防いだ。

 

「フルガードか……!」

 

 両のシールドによる防御。読んでいたということだろう。そして、射線を切るようにして出木が下へと降りた。

 依然、レーダーに姿は映っている。追おうと思えば追えるし、放置すれば向こうの援護に行くことは明白だ。

 

「追います!」

 

 動き出そうとする歌川。それを待て、と風間が止めた。

 

「追わなくていい。それが迅の狙いだ。一対一で追ったとして、出木を即座に仕留めるのは難しい。〝風刃〟を相手に戦力を分散するのは下策だ」

 

 どこか声に苦々しさが混じっていた。それはそうだろう、と太刀川は思う。いくら未来が視えるとはいえ、こうもあっさり出し抜かれるとは。

 

(だが、出木が移動したのはむしろ好都合だ。こうなれば、紛れも起きない)

 

 出木希という因子が取り除かれたことにより、相手側の紛れは起こり難くなった。ここからは迅悠一一人を相手にする戦いだ。そしてその戦いにおいて、太刀川慶は迅悠一に大きく勝ち越している。

 

「出木を向こうにやったのは失敗だな」

「それはどうかな?」

 

 もう、言葉は必要ない。

 次の瞬間には、二人のブレードが火花を散らしていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 希が迅から聞かされていた作戦は単純だ。最初は相手のトリオン切れによる撤退を狙い、消極的な戦闘を続ける。その後、相手にそれを読まれたならどうにかして虚を突き、そのまま嵐山隊の援護に向かう。

 一人で大丈夫なのだろうかと思ったが、彼なら大丈夫なのだろうと思った。出木希という少女には己より強い人、というより優秀な人――彼女の価値観だとほとんどの人物がそうなのだが――に対し、その判断を全力で支持する性質がある。それ故、迅悠一が大丈夫というなら大丈夫と判断した。

 ちなみに何の疑いもなく頷いた彼女に対し、迅は心配されてないのかと地味にショックを受けていたりする。ままならないものである。喜劇。

 そして希は今、嵐山たちがいる場所へと向かっていた。オペレーターからの情報によると、時枝が当真に撃たれ、米屋と共にベイルアウトしたのだという。木虎も片足を潰され、嵐山は鉛弾を受けているとのことだ。

 急がなければ――そう思う中で、希は一つのことを思い浮かべる。

 

「…………あの……」

 

 僅かに声が裏返ってしまった。だが、相手は気にした風もなく言葉を紡ぐ。

 

『どうしたの?』

「…………一つ、お聞きしたいことが……」

 

 純粋に加勢するのもいいが、レーダーを視る限りただ加わるだけでは正直厳しい。相手はこちらの足を止める鉛弾を持つ三輪に、ボーダー最高クラスの射手である出水、そしてその絶対的な技術で狙撃手の頂点に君臨する当真がいる。ここにただ飛びこんでも、一人の攻撃手である自分では飲み込まれるだけだ。

 故に、まずは相手の手を潰す必要がある。希は、更なる速度を出すために強く地面を蹴り飛ばした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 スコープ越しに、当真勇は嵐山と木虎の姿を捉えていた。木虎は片足を当真自身が撃ち抜いたし、嵐山は左半身に三輪の鉛弾を受けている。機動力は死んだも同然だ。

 

「さて、どうするつもりかね?」

 

 流石というべきか、こちらの射線は切っているが弾幕では出水の方が上だ。このままだと嵐山たちは間違いなく圧殺できる。

 向こうもきな臭くなってきているようなので、こちらはさっさと終わらせたいところなのだが。

 

「隊長、大丈夫か?」

『……死ぬ……』

 

 船酔いだというのに無理矢理担ぎ出された隊長に通信を繋ぐと、そんな返答が返ってきた。益々急いだ方がよさそうである。

 

「もう少し我慢してくれよ隊長」

 

 この近辺には即席でワープのトラップを三つほど設置している。一つは先程時枝と木虎を撃った場所で、ここから少し離れたビルの屋上だ。もう一つは今現在自身がいるビルの一室で、もう一つはここから見える位置にある同じくビルの一室。

 即席で用意したこの三か所が狙撃ポイントだ。まあ、足を潰された二人がここまで来れるかというと正直微妙なのだが――

 

『――――ッ! 後ろ!』

 

 警告の声が響いた。振り返る。僅かに視えたのは、ドアを切り裂き踏み込んでくる一人の少女。

 

「隊長!」

 

 叫ぶと共に、向かいの方角へとワープする。直後、轟音と共に自分がいた部屋が吹き飛んだ。

 渾身のメテオラだったのだろう。シールドを張っていても、アレを喰らえばおそらく小さくないダメージを負っていたはずだった。

 

「派手だねぇ」

 

 言いつつ、スコープを覗く。いきなり吹き飛んだビルの一室を見て下の四人は驚愕しているが、当真はビルから視線を逸らさない。

 白煙が立ち込める中、少女が地面を踏み締めるように現れた。それと同時に、引き金を引き絞る。

 ピンポイントの狙撃。だが撃った瞬間に気付いた。

少女は両腕に何も持っていない――!

 

「フルガードか!」

 

 イーグレットの弾丸が弾かれ、少女がこちらを見た。すでにその両手にはレイガストが握られており、シールドが展開される。

 だが、彼我の距離はそれなりにある。どうするつもりだ、と思った瞬間。

 ――弾丸のように、その少女は両腕のレイガストのスラスターを全力で起動して突撃してきた。

 

「んなっ!?」

 

 流石に驚愕する。いくらなんでも無茶苦茶だ。

 頭部を狙って撃つが、レイガストのシールドに阻まれる。堅ぇ、と当真は思わず呻いた。

 

「隊長!」

 

 声をかけ、マークに手をかざす。だが、反応がない。

 

「ちょっ、どうした隊長!?」

 

 反応がない。焦り始める当真の下に。

 人間の砲弾が、着弾した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目の前の光景を、三輪は呆然と見ていた。今まで出水と共に嵐山と木虎の二人を追っていたのに、今は足を止めてしまっている。嵐山と木虎の二人もだ。

 出木がこちらに向かってきているのは知っていた。だが距離もあったし、到着する前に二人を始末するつもりだったのだ。後方も常に警戒していた。

 だが、あろうことか出木は当真に直接襲撃をかけた。メテオラで建物の一部を容赦なく吹き飛ばすという形でだ。

 いきなりの爆発に四人が驚き、そして状況を完全に把握できないままに今度は白煙の中からスラスターを用いた特攻である。正直、開いた口が塞がらないとはこのことだった。

 

「……なんかジブリ映画のロボット思い出した」

 

 ポツリと呟く出水。全面的に同意しそうになるが、堪えた。

 

『危ねー……』

 

 言っていると、通信が届いた。ギリギリでワープが間に合ったらしい。その声には安堵が籠っている。

 

『つーかなんだありゃ!? 心臓止まるかと思ったぞ!?』

「あー、出木はいつも大体あんな感じです」

 

 言い難そうに出水が言う。ほぼ喋らず、更にあの無表情・無感情な瞳で特攻されるとそれは最早ホラーである。色々恐ろしい。

 

「無茶をする……」

「ただそのせいで嵐山さんたちが引っ込んだな」

 

 言われ、気付いた。嵐山と木虎が路地へと撤退している。

 思わず人間砲弾によって一部が崩れたビルを睨み付けた。そこから、少女がゆっくりと歩み出てくる。

 

「……ターミネーター」

 

 ポツリと出水が呟いたが、全力で無視した。増援が入り、当真の狙撃ポイント二つが物理的に破壊された。嵐山隊の二人も姿を隠し、仕切り直し。

 状況はかなり面倒だというのに、何故か空気が緩んでいる。

 ――そして、少女は止まらない。

 ゆっくりと、まるで歩くように宙へと足を踏み出した。そして、ビルの外壁を駆け降りてくる。

 

「出水!」

「わかってる。――ハウンド」

 

 追尾弾が放たれる。だが、レイガストのシールドが着弾を許さない。

 当真の狙撃が放たれた。出水の弾幕、そして二つの盾の隙間を縫う神業。出木の右脇腹が、僅かに貫かれる。

 だが、彼女は止まらない。レイガストのスラスターを起動し、不規則な軌道でこちらへ迫る。

 

「――チッ」

 

 迎え撃つため、孤月を抜く。だが次の瞬間、横手で光が瞬いた。

 

「三輪!」

「くっ――」

 

 横手に現れたのは嵐山だ。あの足でどうやって――と思うが、すぐに思い至る。

 テレポーター。視線の先に移動する、試作トリガーだ。

 シールドを張り、放たれるアステロイドの弾丸を防ぐ。足が止まった。マズい、と思考が揺らぐ。向こうには木虎がいるのだ。奇襲が来るとすればここである。

 

「アステロイド!」

 

 対し、出水が嵐山に向けてその豊富なトリオン量を生かしたアステロイドの嵐を放つ。当然、それは容易に防げるものではない。

 しかし、ここには鉄壁の守りを持つ者がいる。

 

「出木……ッ!」

 

 出木希が、二人の射線に割って入った。そのままスラスターを吹かし、身を僅かにとはいえ削られながら出水にシールドによるタックルを敢行する。

 

「うおっ……!?」

 

 突き飛ばされ、体勢を崩す出水。追撃のためか、出木は右腕のレイガストをブレードに変えた。そのまま出水を追おうと踏み込む。

 

「――――ッ」

 

 だが、その右腕が当真の狙撃によって吹き飛ばされた。出木、と嵐山が声を上げ、同時、出木が足を止めた僅かな隙に体勢を立て直した出水が今度はメテオラを叩き込む。

 一度形成が傾けば、後は力で押せばいい。三輪は銃を抜き、二人に向けて弾丸を叩き込む。

 

「メテオラ」

 

 そこへ出水のメテオラが襲いかかる。威力でいうなら出木よりも十二分に上のそれだ。二人は身を寄せ、出木がシールドで凌ぎ、嵐山が牽制の弾丸を放ち続ける。

 だが、手数が違う。出木の右腕は完全に吹き飛んでいるのだ。二人分をどうにか守るので精一杯である。

 

『このまま押し切る。深追いはするな。木虎の奇襲を警戒しろ』

『りょーかいりょーかい』

 

 軽い調子だが、出水の攻撃に緩みは一切ない。出木のシールドは確実に削られ、ダメージが蓄積する。

 そこへ三輪が鉛弾を叩き込んだ。出木の両足に直撃し、足が完全に動かなくなる。

 ほとんど詰みだ。焦ったところもあったが、こうなれば勝負はもう決着である。

 

「嵐山さん。あんたの優秀な部下はどこに行った?」

「……さあ、どうかな?」

 

 嘘の下手な人だ、と三輪は思った。答えないならそれでいい。二人共狩るだけだ。

 銃を構え、引き金を引く――その瞬間だった。

 

『戦闘体活動限界、緊急脱出』

 

 いきなり、狙撃地点にいたはずの当真がベイルアウトした。なっ、と思わず三輪は振り返る。

 ビルの屋上。そこにいたのは――木虎藍。

 

「はあ!? 当真さん……!?」

「……正解だ、三輪。俺たちの作戦はお前の言う通り、『俺たちを囮にして奇襲』だよ」

 

 ふう、と息を吐いて言う嵐山。強く歯を食い縛り、銃口を向けて――

 

「嵐山!」

 

 しかし、その左腕は吹き飛ばされた。見れば、出水の右腕も狙撃されている。

 

『今度は当てたぜ、出水先輩』

「佐鳥……!」

 

 二刀流で狙撃という荒業――というより意味不明な技をやってのけるのは一人しかいない。

 狙撃手を失い、こちらは相手の狙撃手の領域内。完全に状況は決着していた。

 

「よく合わせてくれたな、出木」

「………………」

 

 頷く少女。つまり、これは全部相手の作戦の上だったということか。そして同時に、別の場所で二人がベイルアウトした音が響く。

 

『三輪くん。作戦終了よ』

 

 それは、まるで。

 死刑宣告のように聞こえた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 出木希が提案したのは、当真の対処についてだった。

 このまま合流しても的が増えるだけと嵐山に伝え、当真を潰す作戦を嵐山に提案したのだ。といっても、彼女自身がやったように彼の場所に殴り込みをかけるというぐらいのモノだったが。

 そこを補完したのが嵐山と時枝の二人だ。今回、姿は見えないが冬島が来ていることはわかっている。彼のワープを潰さないと、当真を完全に捕捉するのは不可能だ。とはいえ彼を見つけ出すのは難しい。故に、かなり荒っぽい手段に出ることにした。

 要は、狙撃地点を破壊することでワープを使えなくさせるのだ。一度目、白煙の中からゆっくり出てきたのも釣りだ。アレで位置を特定し、そこも破壊する。これを繰り返すつもりだった。

 二度目の移動で一度目の地点に移動したことが佐鳥のスコープによって割れたので、そこからは嵐山と木虎の援護。主に木虎が当真を倒すまでの時間稼ぎだ。当真さえ排除できれば、この開けた場所で佐鳥が生きるようになる。

 とはいえ、無茶な作戦である。しかし、嵐山は言ってくれた。

 

〝いつも見ていたわけじゃないが、一年間、ただひたすら独力だけで自分の力を磨いてきた出木を俺は知ってる。その上で結果も残していることもだ。――信頼しない理由はない〟

 

 涙が溢れそうになった。次の言葉を紡ぐのに、少し時間がかかった。

認めて貰えた。無駄ではなかった。あるかどうかもわからない光を求めた日々は、決して無駄ではなかったのだ。

 木虎には一番大変な役目を負ってもらう形になったが、彼女なら大丈夫だろうと思っていた。

 ――木虎藍という少女は、出木希にとって憧れに近い相手だったから。

 誇りを持ち、己の意志を持ち、妥協せず戦い、人前でも決して臆さない。それは、希には決してないものだったから。

 

(……終わった……)

 

 息を吐く。穴だらけの作戦だったし、自分一人では結局ハチの巣にされて終わりだったと思うと本当にギリギリの勝負だった。

 遠くで二つのベイルアウトの音が聞こえた。太刀川と風間の二人らしい。事実上、これで決着だ。

 足が重い。立ち上がるのも苦労する状態だ。更に片足もないので余計に辛い。

 

「掴まれ」

「…………ありがとう、ございます……」

 

 嵐山に引っ張り上げられ、俯いてしまう。爽やかな人だ、本当に。

 

「――ッ、あんたたちはわかっていないんだ!」

 

 瞬間、孤月が煌めいた。同時、突き飛ばすように嵐山を押す。

 刃が体を貫いたのは、その瞬間だった。

 

「三輪!」

「出木!」

「出木さん!」

 

 声が響く。ただ、目の前の三輪は呆然としていた。きっと、本気で斬るつもりはなかったのだろう。ただやり場の無い思いが爆発しただけだ。

 その気持ちには覚えがある。自分がそうだった。誰かを憎んでいるわけじゃない。ただ、整理しきれない、ぐちゃぐちゃな感情だけがそこにある。

 ただ、伝えなければと思った。自分がここに立つ理由を。出木希が現れた時、最初に正面から向かい合ってくれたのは彼だったから。

 

「…………私の、家族を……奪ったのは」

 

 意識が、宙へと――

 

「――彼では、ありません」

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 残された三輪は、呆然と――しかし、整理できない感情を抱えていた。

 彼女が最後に残した言葉が、何度も脳裏に鳴り響く。

 

「くあ~、負けたか。つーか太刀川さんたち負けたのかよ!? 黒トリガー半端ねーな!」

 

 努めて明るく出水がそんな言葉を紡ぐ。おそらくこちらに気を使ってのことだろうが、それに応えるだけの余裕が今の三輪には無かった。

 だが、太刀川たちの方も敗北したということは今回の作戦が完全に失敗したということである。そしてその要因の一つが出木希がということは、疑いようの無いことだった。

 何故だ、と思う。

 彼女もまた、憎んでいるはずだ。近界民を――己の大切な人を奪った者たちを。なのに、何故。どうして、あんなことを。

 

「しっかし、五位のチームに一杯食わされたのは腹立つな~」

「うちの隊はテレビや広報の仕事をこなした上での五位なんです。普通の五位と一緒にしないでもらえます?」

「相変わらずクソ生意気だな木虎……」

 

 本当に生意気な発言だが、こちらに触れない辺りそれが彼女なりの気遣いなのかもしれない。……ただの素かもしれないが。

 

「任務達成だな。木虎、賢、よくやった」

「はい」

「嵐山さん、見ました? オレの必殺ツイン狙撃」

「ああ。充と綾辻もよくやってくれた。出木も、本当に助かったよ」

 

 出木、という名が出た瞬間、三輪はゆっくりと立ち上がった。そして、嵐山を睨み据える。

 

「嵐山さん。近界民を庇ったこと、いずれ後悔する時が必ず来るぞ。あんたたちはわかっていないんだ。家族や友人を殺された人間でなければ、近界民の本当の危険は理解できない。

 ――近界民を甘く見ている迅は、いつか必ず痛い目を見る」

「甘く見てるってことはないだろう。俺はともかく、迅だって近界民に母親を殺されてるぞ?」

「――――!?」

 

 思考が止まった。表情が固まったのがわかる。

 

「五年前には師匠の最上さんも亡くなってる。甘く見てなんかいないはずだ。大事な人を奪われる辛さも、お前が言う危険もわかった上で迅には迅の考えがあるんじゃないか?」

 

 浮かぶのは、彼が自分達の戦闘に介入してきた時の言葉だ。

 

〝おれはただ単に、お前らを心配してるのさ〟

 

 彼もまた、奪われたというのか?

 ならば、何故。どうして、ああして笑っていられる?

 

「出木もそうだ。……あまり大きな声で言うべきじゃないかもしれないが、出木は目の前で自分の家族を皆殺しにされている。その出木がああ言うんだ。きっと、考えがあるんだろう」

 

 家族を殺したのは、あの近界民ではない。

 彼女は、そう言った。

 

「ふざけるな。――ふざけるな!!」

 

 それは、溢れ出た想いだった。そんな、そんなこと。

 認められるわけが……ない。

 

「許せというのか!? 理不尽に奪われたことを! あの日のことを! 許せと! 受け入れろと! そんなことを言うつもりか!?」

「……三輪」

 

 出水がこちらの肩を軽く叩いた。だが、それに応えることはできない。

 嵐山を睨み続ける。彼はただ、わからない、と首を振った。

 

「出木の真意は俺にはわからない。だから、聞けばいい。……多分、そうすべきなんだ」

 

 わからない。ただ、わからない。

 ただ、己の感情を吐き出すように――拳を、柱へと叩きつける。

 鈍い音が、己の心情を表しているかのようだった。

 

















 研究報告書

【サイドエフェクト】
〝瞬間完全記憶〟
 保有者 出木希

 その目で見たもの、その耳で聞いたことを完全に記憶する能力。その本質はどちらかというと『思い出す』ことにあり、関連する形で様々な記憶が呼び起こされる。強い印象がある記憶についてはフラッシュバックを起こすことがあり、しかもそれはただただ事実を突き付けてくるためさらに印象に残るという悪循環を形成する。利便性で言えば村上鋼の〝強化睡眠記憶〟の方が上という見解がある。彼の能力と違いこの能力はあくまで記憶する能力であり、習得、あるいは学習ではない。


 ――鬼怒田本吉「サイドエフェクトを羨ましいと思う者を否定はせん。だが、奴の能力については憧れを持たん方がいい。アレは最早、一種の呪いだ」
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