天才のちニート、時々イケメン   作:しゃけ式

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赤いシミ

ひんやりと冷たい床に辺り一面白い壁で覆われている部屋。かつて野生のポケモンとしてのらりくらりと過ごしていたイーブイであったが、ロケット団の手によって捕獲され実験体とされてしまったのだ。この白い部屋は実験に使用される部屋であり、普段は清潔に保たれているが時折残されている赤いシミには嫌悪感を覚える。

 

「今日も失敗か……。イーブイなら行けると思ったんだけどなあ」

 

「進化の幅も広いしな。うってつけなはずなんだが…」

 

ガラスの外から2人の研究員がこちらを見て話しているようだ。実験がここのところ上手くいっていなく、早くも諦めムードに入っている。

 

今日の実験は思いの(ほか)楽だったな、と一息ついたイーブイは部屋の出口の近くに歩みを進めた。

待っていたかのようにドアは開き、女性職員がイーブイを抱き抱える。

 

「ああ〜、イーブイ可愛いなあ!!!」

 

「ブイ、ブイ♪」

 

女性職員に頬ずりされるイーブイはというと、こちらも喜んだ顔をしてしっぽを振っている。その姿を見て女性職員は一層嬉しくなり、ますますイーブイのことを気に入った。

 

 

しかしこれは演技である。

 

 

頬ずりが嬉しいわけがない。状況が違えば喜ぶポケモンだっていただろう。だが相手は見知らぬ女、それも研究員なのだ。

 

ではなぜそんなことをしているのか。答えは簡単、今の生活の現状維持に努めるためだ。

 

過去にポチエナが同じ境遇に立たされたことがあった。しかしポチエナはしっかりと自分を持っており、通俗的な言い方をすれば‘’いじっぱり‘’だったのだ。実験が終わると研究員の方へひたすら吠え続け、あまつさえ女研究員が迎えに来ると噛み付く始末だ。そんなポケモンが優遇されるだろうか。ぞんざいに扱いはすれど、プラスに向かうことはなかった。食事は全てあの女研究員が担当しているので彼女に嫌われたら最後、今までのように普通の暮らしはできなくなる。

 

そもそも実験体になった時点で普通の暮らしなんてものは存在しないのかもしれない。だがそれでも、今までを通常とするなら以降の生活は明らかに異常だ。

 

食事は朝夕2回なのだが、食事を抜かれることが増えた。与えられたとしても、明らかに残飯だ。さらにはストレス発散と言って殴られることもしばしば。

 

結局はポチエナも衰弱していき、最終的に実験室の赤いシミとなってしまった。実験の過酷さからなのか薬の副作用の影響なのかわからない。しかしイーブイが実験室に入った時に赤いシミが残っており、その日以降ポチエナを見ることは無かったということはそういうことなのだろう。

 

イーブイはその時無性に腹が立った。

 

だがそれは、仲間に酷いことをし殺されてしまったからではない。むしろ腹を立てているのはポチエナに対してだ。

 

そもそもイーブイはポチエナを仲間とは思っておらず、殺されたからといって激情を催すこともない。ポチエナは頑固だったのだ。愛想よく振舞っておけばよい食事にもありつけ、間違っても死ぬことはなかっただろうに。

 

それも死ぬような実験は他のポケモンに回されるというだけで、弱肉強食(弱者を犠牲にすること)に変わりはないが。

 

生きることを放棄するのは甘えであり、逃げである。ほんのわずかであっても生きる可能性があるのなら足掻(あが)き通せ。

 

それがイーブイの信じる道であり、泥臭くても生きようとする原動力なのだ。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

自室で食事を終えたイーブイは自分の定位置へと戻った。自室といっても、実験体が集められる部屋だ。

 

大きな部屋には見渡す限り7体。皆(さら)われたポケモン達だ。彼らは馴れ合いを良しとしない。それは下手に馴れ合って情が湧けば、誰かが赤いシミになった時悲しくなるから。今では最古参のイーブイが決めたルールである。ポケモン達は人間の思っているほど馬鹿ではなく、合理的な判断でいえばむしろポケモンの知能の方が勝っている。馴れ合いは傷を舐め合うのに最適だが、失った時の傷は元の傷より大きくなる。

 

よって彼らの部屋はいつも静かだ。

 

特に何も無い部屋では何かをしようとする気にもなれず、後は寝るだけだ。それがいつものイーブイのルーティーンであり、今日も例に漏れず睡眠をとる。

 

────それが彼ら(他の6体)の馴れ合いの時間の始まりとも知らずに────

 

 

 

 

 

◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌

 

 

 

 

 

「今日の実験どうだったよ?」

 

イーブイが寝たのを確認して5分、そんなふてぶてしい声が部屋に響き渡る。声と一口にいっても、人間には鳴き声にしか聞こえないが。ポケモンは鳴き声の高低や抑揚などで言葉のニュアンスを理解し、会話を成立させる。トレーナーの指示を理解できるのもそのためだ。

 

ニドラン♂は反応がないことに苛立ちを覚え、再度問いかける。

 

「おい、聞いてんのか?別にイーブイなんて気にしなくていいって。びびんなよ」

 

彼はこの実験室に入れられてまだ一週間だ。初めこそここを取り仕切るイーブイに恐れを抱いていたが、今では慣れのせいなのかルールを破ることが増えてきた。

 

「いいってそういうの……。やめた方がいいんじゃない?」

 

控えめに主張するこのニドラン♀も一週間前に拉致されてきたポケモンである。もっともポケモンに拉致という言葉が適応されるのかは甚だ疑問ではあるが、今は置いておこう。

 

少しの畏怖(いふ)を目に浮かべながらも、(すが)るようにニドラン♂を見つめる。彼女もまた馴れ合いが欲しいのだろう。

 

「別にいいんだって!な、お前らもそう思うよな?」

 

そのニドランの問いかけに他4匹も一応は頷いた。人間でもそうだが、いくら合理的とわかっていてもこのように行動できないポケモンもいることはいる。それは環境で変わるものであり、このような研究室の中だと如実に現れるのだろう。

 

頷いたうちの1匹(ポッポ)が賛成の意を示してこう言った。

 

「ま、まあ最近はイーブイの制裁とかもなくなったしね……」

 

「あ?制裁?あいつそんなことしてたのか?」

 

ニドラン♂も知らないのは当然だろう。制裁とはルールを破った者にイーブイ自ら攻撃を加えるという極めて古典的な、言うなれば体罰といったところだ。

 

不機嫌そうに聞き返すニドラン♂に萎縮しながらも答える。

 

「あいつさ、多分実験成功してるんだよ……。僕は昔ルールを破った時に嫌いなビリビリする技をされたんだ。もう片方のやつはもういないけど、そいつも嫌いな技をされたんだ。どっちも光の玉だったしさ、あれはあいつら(研究員達)が言ってる‘’めざめるパワー‘’の成功例だよ!」

 

話しているうちに感情が高ぶったのか、語調がどんどん強くなっていた。その内容にニドラン♀が怪訝な顔つきで疑問を(てい)した。

 

「でも、もしそうならなんで連れていかれないんだろ?」

 

「んなもん知るか!!俺らには関係ねえんだよ!!!」

 

「なあ、何が関係ないの?」

 

「は!?お前今の話聞い…てたのかよ……」

 

途中から声量を気にせず話していたのがそもそもの失敗だったのだろう。ニドラン♂に話しかけたのは他でもない、イーブイだった。

 

 

 

 

 

◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌

 

 

 

 

 

曰く、実験は成功している。

 

曰く、それを報告すると彼らは用済みの他の実験体を消す。

 

曰く、自分も何をされるかわからない。

 

 

 

それがイーブイの弁だった。それがどこまで信憑性を持つかはわからないが、しかしわからないが故に信じるしかなかった。

 

「成功例がいるんだ。みんなが実験に成功したら、その時はみんなでここを出よう」

 

イーブイは最後にそう締めた。

 

その言葉は成功例という希望をもたせるものだったが、同時にこれから先も長い研究に耐えなければならない恐怖を孕んでいた。

 

「お前もえぐいヤツだなあ」

 

まるで感心したかのような調子で言ったのはグラエナだ。今では赤いシミとなったポチエナと共に連れてこられ、イーブイの次に古参のポケモンである。

 

なぜそんなことを言ったのか予想はつくかもしれないが、今イーブイが言ったことは彼の信じる道とは異なっている。過去、イーブイがリーダーでない頃。一度生きるための原動力を一体ずつ言わされることがあった。その時のリーダーはとにかく兄貴肌で、今は赤いシミになったポケモンだが馴れ合いを良しとしていた。だからこそ彼が亡くなった時は全員が悲しんだ。イーブイの馴れ合いを禁じる姿勢はそこからきているのかもしれない。

 

つまるところ、グラエナはイーブイのなんとしても、何をしても生き残るという決意を知っているので今の独白が演技だと理解してしまったのだ。違和感を覚えるのも無理はない。その時はポッポもいたはずだが、今はイーブイに怯えてそこまで頭が回っていないだろう。

 

「だからさ、いつか全員が実験に成功するまでは馴れ合いはやめよう?それまでに誰かが死ぬかもしれないし、情は移したくない」

 

実験が成功している者の意見に誰もが二の句を継げず、それからの馴れ合いは(なり)を潜めた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

二週間がたった。

 

依然として実験成功者は現れないが、前と違って雰囲気は悪くない。必要最低限のことを報告して終わり。果たしてこれがどう影響するのかはわからないが、少なくともイーブイにとっては良い雰囲気といえる。

 

 

 

────しかしその均衡はすぐに破れることになり、取り返しのつかないことを引き起こしてしまう────

 

 

 

いつもの時間に起きたイーブイはいつもの飯を食べ、いつもの実験室へ移動しいつもの実験をする。この間ほかのポケモン達は別室で実験を行っているか、自室にいるかのどちらかだ。

 

実験は毎回日に4時間前後が2回あり、前半4時間が終わると白い部屋で1時間休憩に入る。

 

今日の実験はイーブイの最も嫌う内容のものだった。

 

その中身は『受けた技の影響をめざめるパワーは反映するか』。チップを付けられ、電撃を流されてその後5秒以内にめざめるパワーを使わせる。他にも火炎放射機で焼かれたり冷水をありったけかけられたり、酷い時はどこからか連れてきたゴーリキーに殴られることもある。

 

痛みにはそろそろ慣れてきたが、研究員に好き放題されるのは屈辱で仕方が無い。休憩の1時間、イーブイはそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

イーブイ脱走まで、後4時間半。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

いつものように女研究員に抱きとめられながら自室に帰った時だった。

 

ドアを開け、イーブイを下ろそうとした時。正面からめざめるパワーが飛んできたのだ。イーブイの反射神経の成せる技なのか、咄嗟(とっさ)に跳び降りて回避には成功した。

 

恐らくめざめるパワーを放ったのは角度的にニドラン♂だ。(かたわ)らではグラエナが「よく避けたな」と関心しているのが見える。

 

めざめるパワーをモロにくらった女研究員は予想外のことのせいなのか単純に威力のせいなのか、気絶をして地面に横たわっていた。

 

「おい、これは一体どういうこと?自分が何をしたのかわかってんの?」

 

苛立ちを顔に(にじ)ませながら問う。

 

普段ならこれで相手は怖じ気付くのだが、今回ばかりはそんなこともないようだ。初めに口を開いたのはポッポだった。

 

「そんなこと言ってまた騙す気なんだろ!う、鬱陶(うっとう)しいんだよ!何がみんなで一緒に出ようだ!そんなこと全然思ってないくせに!」

 

イーブイはその言葉に目を丸くし、視線を泳がせる。

 

「あいつさ、思い出したんだよ。お前の生きるための心意気」

 

「だ、大体お前もなんだよ!知ってたなら言えよ、裏切り者!」

 

そう言ったポッポの目にグラエナは映っていなかった。疑心暗鬼になっているのが()()()()()()()()

 

グラエナは動じず薄ら笑いを浮かべ言い返した。

 

「じゃあその大事なことを忘れてた時点でお前も裏切りもんだな」

 

「う……。と、とりあえずニドラン♂!このまま逃げるのか?」

 

もう少し噛み付いてくるかと期待したが、意外と早い降参だったのでグラエナは興味を失ったようだ。

 

呼ばれたニドラン♂はポッポを一瞥すると、イーブイの方に振り向いた。

 

「おい、イーブイ。それにグラエナ。お前らも一緒に逃げろよ。そんでその後二手に分かれるんだ。それでお前らは捕まって、俺らは助かる」

 

「そうか。それで気が済むんならそうするよ」

 

今更こいつらに取り繕う気はないが、女研究員に手を出してしまったのだ。この状況ならここから逃げるのが最善策だろう。

 

そんな考えはおくびにも出さず、済まなさげに言った。

 

 

自室は出入りの際にパスワードを入力しないと警報がなるシステムである。彼らが部屋のドアをくぐるとけたたましく警報が鳴り響いた。

 

「びびるな、走れ!!」

 

怖じ気付くポッポ達に喝を入れるイーブイ。びびるくらいなら初めから脱走なんて考えるなと言いたくなる、今更言ったって後の祭りだ。

 

 

 

それから10分は走っただろう。走れば走るほど彼らの作戦の穴が浮き彫りになっていく。出口がわからず研究員から逃げ惑うのみだ。

 

だがそんな折、ついに出口を見つけた。そこで安心してしまったのがミスだったのだろうか。前から飛んでくる電気の流れるチップをポッポは避けることができなかった。

 

「あああああァァァァァァ!!!!!!!」

 

実験でもまず見ないような電圧で、ポッポの悲痛な慟哭が響き渡る。

 

「見るな!!!お前らはこういうことをしようとしてたんだろ!?なら最後の最後で変な(なさけ)をかけるな!!」

 

叫びにも負けないほどの怒声で指示したのはグラエナだった。少しの後悔を孕んだその表情はポッポと同様悲痛なものだった。

 

「オラ、何吠えてんだよ!!こっちは火炎放射機だ!!!」

 

研究員が愉悦とも憤怒ともいえる形相(ぎょうそう)で炎を横に薙ぎ払ってくる。

 

「ぎゃあああああ!!!!」

 

その炎を跳んで避けられたのはイーブイとグラエナだけであり、後ろを振り向かずに走っていった。しかし、もうすぐ出口を抜けられるというところで待ち構えていたのはゴーリキーだった。

 

「お前、生きたいんなら振り返るなよ?」

 

そう言い残すとグラエナはゴーリキーに向かって噛み付いた。痛みに顔を歪めるゴーリキーを尻目に、そして最後にグラエナを見るとそこには達観した表情でこちらを見ていた。研究所に入る時期こそイーブイの方が早かったが、イーブイにとってグラエナは兄貴分だと思っていた。斜に構えたその態度からは牽引するような性分は持ち合わせていないように見えるが、いつも周りを見て行動するその姿には密かに憧れをも抱いていたのだ。

 

頬に一筋の光が流れ落ちる。

 

久しぶりに見た月は赤く、白い部屋とは対極の色だが赤いシミを彷彿とさせる。皮肉にもその淡い光は流れた煌めきを際だたせた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

それから数ヵ月後、()しくも瀕死の姿のイーブイはある1人の研究者(マサキ)によって発見された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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