冒険をしない者は、海を渡ることができない。 ――――ある船乗りの言葉
1
自然はとても雄大である。
現在、板切れ同然のちっぽけな小船の中にいるとその雄大さを否が応でも自覚するというものだ。乗組員は俺一人。船の中には、釣竿もなく、あるのは到底食べ物とは思えないような色をしている果物らしき物のみ。俺は腕を水面に力なくゆらゆらと垂れた。
空を仰ぐ。
雲がまばらに見えるが、自己主張の強い太陽の光を防ぐ役割は期待できそうにない。最も、天気が荒れるよりはましなのだが。
季節は夏のようだ。
そして、場所は海だ。
「いったい、何がどうなってるんだ?」
もう一度周囲を見回す。
やはり、近くに船もなく、ましてや人の姿などを発見できるはずもない。
「ここどこだ?」
狐に化かされた気分というのは、こういう気分なのだろうか?
ここはテンプレ通り、眼を擦り、再度辺りを見回そうと、決めて、腕を動かした。そのとき、現実逃避のはずの行動に現実を直視させられる。
「なにこれ?」
小さい、紅葉のような掌。二十数年、成長を共にした、俺の手ではない。
「これは、あれなのか? あれなんだろうか?」
若返り。変な黒色の組織に毒薬でも飲まされて、海に放り出されたというのか?
「いや、意外と落ち着いてるな俺。ここまで冷静沈着な人間だとは思わなかったよ」
もはや、何を考えていいか分からないので、とりあえず、自分を賞賛してみる。
しかし、暑い。
もう一度、笑おうとした時に、急に頭痛がした。
「痛ェ……」
思い出す。
「夢じゃなかったんだな……」
どうやら、俺は転生したらしい。
しかも、特典付だ。
とりあえず、特典を確認するため、近くにある果物をかじる。
やはり死ぬほど不味い果物だった。
「ヒトヒトの実 モデル"“ドラキュラ"。1つ目の能力、自身を霧に変化できる」
右腕を霧に変える。これは便利だ。防御力は自然系並ということになるのだろう。さすがは、希少な動物系幻獣種である。
体の大きさも自由に変更できるようだ。さらにコウモリや狼にも変身できる。スパイ活動にはもってこいの能力だろう。
「取りあえず、良し。2つ目の嵐や雷を呼ぶ能力。これの確認は、後にしよう」
今、確認して、海が荒れて、小船が沈むと最悪である。
空から降りて、小船に戻る。
やはり、元の体が幼いからなのか、そんなに長く変身は出来ないようである。
「3つ目。吸血能力を、敵の能力等を吸収出来る能力に変更する。これも今は確認不可能だな」
何せ、敵どころか人が一人もいない、大海原の真っ只中なのだ。
「後は、怪力と催眠能力か。やはり便利な能力だな。後は、悪魔の実以外の特典も確認するか。主人公並の成長能力と、命の危険があるまでの記憶封印。さすがに、赤ん坊のままで自意識があるのは、かなりキツイものがあるから、この特典を選んだけど、まさか、こんなに早く記憶を取り戻すとはなんつー危ない世界」
そこまで確認してから、溜息をつく。
「成長能力は、一応全ての覇気を扱える才能と、六式をマスターできる肉体。まあ、テンプレだな」
成長能力については、神様を信じるしかないので、検証は不可だろう。
「そうなると、六式と覇気をどこで学ぶかだが、やっぱり、ここは海軍に入隊するのが、セオリーかな」
憧れの公務員。かなり、ブラックな職場の気がしないでもないが、実力がつくまでは、仕方がない事だと割り切るしかない。
そして、俺が転生したこの世界。
『One piece』
まあ、船にあった果物を見たときから薄々感づいてはいた。
「しかし、まさかの漂流スタートは、チートの代償としては結構ハードなスタートなことで」
落ち込む事しばし。
「まあ、海にさえ落ちなければ大丈夫かな。当面の問題は食料だが……」
食料調達の方法を考えていると、突如、巨大な水柱が立ち上がる。
咄嗟にコウモリに変身して、空に飛び上がる。
眼下では、乗っていた小船がバラバラになっていた。
「おいおい、考える暇ぐらいくれてもいいだろうに」
俺は、かろうじて原形を残している小船の前半分に着地する。
「火薬の臭いがするな、砲撃か?」
水柱が上がった海面を見ながら考える。
ふと、自分が帽子を被っているのに今さらながら思い辺り、帽子を脱ぐ。
「海帽か。刺繍がしてあるな。スタード・ゼファー。これが、俺の名前か」
海帽は、子供サイズのものだ。両親が、俺に買ってくれたものだろう。
ん……?
「ゼファーって、あのゼファーか?」
映画版Zの野望に出てきた元海軍大将。黒腕のゼファー。
俺は、その息子ということか?
確か、家族を海賊に殺されて、大将を引退したとか、設定にあった気がしたが。
「その殺された息子というのに、俺が転生したということか?」
ならば、命の危機というのは、その事件なのだろう。命からがら小船に乗り、逃げ出したということなんだろうか?
まあ、あまり気にする必要もないか。ゼファーという名を名乗らなければ、バレないだろうし。
「っと、それよりもこれをどう切り抜けるかだな」
頭を振って、目の前の事へと思考を戻す。
そして着地している小船を見ると、海に一つの影が出来ている。
影は、だんだんと大きくなり、海面がどんどんせりあがる
「おいおい、これって……」
巨大ななにかが海面から出て、辺り一面に影を落としている。
「一難去って、また一難というが、まだ去ってないから、この場合は泣きっ面に海王類ってところか?」
子供の体では見上げるのもつらい巨体が出現していた。
「おいおい、覇気も鍛えてない状態でこれは、さすがに厳しいと思うぜ、神様」
おそらく、覇王色の覇気の才能はあるはずだが、出し方も分からない。
悪魔の実の能力も、今の状態では十全には扱えない。
「あれ、これ詰んでない?」
口に出して、冷や汗を流す。
ガァア――――――ッ!
そんな俺にはおかまいなしに、海王類が雄叫びをあげる。
「おいおい、どうする? これ、どうするよ、俺」
冷静沈着な自分は、やはり気のせいだったらしい。
できる事なら、原作のウソップのように悲鳴を上げたいが、下手に声を上げて、こちらに注意を向けられても困る。
首長竜。
かなた頭上高く俺を見下ろしたのは、海の巨大生物、首長竜だった。
水面下に隠れた胴体と尾まで含めれば全長はおそらく数十メートルに達するだろう。重ガレオン船に匹敵する、長い首と尾を持った凶暴な水棲爬虫類だ。
「よし、まずは……」
翼。翼を背中に生やすイメージを持って変身する。
やはり、出来た。原作のチョッパーが部分変化をしていたので、出来ない事はないと思っていたのだが、ぶっつけ本番で成功するとは運がいい。
「とりあえず、これで、死角に回りながら……」
首長竜の死角に回り込みながら、徐々に体を霧に変えていく。
「……って、さっきの砲弾か!?」
自身が霧なので、砲弾が効かないはずだとは思うが、元現代人として、飛んでくる大砲の砲弾を、どうせ効かないからと、逃げずに迎え撃つ度胸はない。
砲弾と、海王類から逃げるべく、必死に空を飛びまわった。