エルフの国に舞い降りしプレイヤー 《完結》   作:ラッキー鍟(らっきーきんぼし)

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side episode 何時ものエルフの休日

「ご主人様! ご主人さまぁぁあああああ!」

 

 彼は泣き叫んだ。長い時を共有した老婆がその長き生命を終えようとしていた。ベッドに体を預けた老婆に縋り付き、頬を熱く濡らしている。

 

「レゴラスよ……この指輪を……受け取りなさい」

 

「こ、この指輪は……?」

 

 何もない空間から取り出した一つの指輪。レゴラスの手のひらに乗せ、優しく両手で包み込んだ。

 

「あなたの……レゴラスの力を隠してくれるわ。これでどこか遠くの……エルフ達の集落にでも行ってその身を預けなさい」

 

「嫌だ! ご主人様以外のエルフとなんて……そんなの……っ」

 

「ここで独りっきりになるのが……一番心配だよ。あなたにはまだ未来がある。他の世界を知ることができるんだよ。」

 

 老婆は慈愛に満ちた表情でエルフを見据える。自らが創造した……我が子のように可愛い息子のこの先が心配なのだ。

 

 どれくらい昔の話だろう。この地に降り立った老婆は自らの死を悟った。ここは桃源郷なのか……死後の世界はこの世のものとは思えないくらい美しく、老婆は思わず双眸を見開いた。緑が広がり、小鳥がさえずく素晴らしい世界が広がっているではないか。

 ここで自分は余生(?)を過ごすのだろう。そう思っていた。しかし自らの姿形はハーフエルフその物だった。なぜゲームの姿なのかは分からなかったが、ここが死後であれば常識が通用しないのも頷けるだろう。

 NPCであるレゴラスが動き喋るのも、偽りの魂が宿ったからだ。そう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 この世界に未練はない。半生を共にしたパートナーを失った彼女は、友人から勧められたゲームを遊ぶことにした。

 この辛い現実から逃れたい。そう思った彼女はゲームの中で第二の自分を求める事とした。人間を辞めるのは若干の不安があったのだろう。ハーフエルフは彼女なりの妥協案だった。

 

 「お婆ちゃん! 珍しいデータクリスタルが手には入ったぜ!」

 

「ねえお婆ちゃん、この先はどうやって攻略しようか?」

 

 知恵袋、そんな感じだろう。子供の頃からゲームを触れてきた彼女は、年老いた今でも勘が働くのだ。本能の赴くままにプレイしてきた彼女には少なくない仲間達が集まっていた。

 自分は何となくでやっているのに、何故か良い方向へ進んでしまう。単に運が良いのか、勘が鋭いのかは自分でも分からない。なるようになるさ、そう思い今日も身を投じていた。

 

 

「婆ちゃん! オーク作ってきたぜ!」 

 

「オーク?」

 

 彼女は疑問に思った。オークなんか作って何になるのだろうか。異業種は連れているだけでPKの対象となりかねない。身体能力が実際の身体に左右されるこのゲームでは、彼女は魔法特化の構成にしている。

 PKをする連中はチームを組んで襲いかかる。なので当然、前衛となるアタッカーを捌けない魔法使いには不利と言えよう。オークを作ってきた彼も同じだ。「エルフは魔法に限るぜ!」そう叫ぶ彼が傭兵NPCとして使うのだろうか。

 

「エルフと言えばオーク! そうだろ!」

 

「――っ! おいおい、それってBANされるんじゃ無いだろうねえ」

 

「いやいや、ただの設定だよ。エルフ達を襲うオークってね。そんな行動パターン設定出来ないし、仮にやっても運営の晒し者さ」

 

 仮想世界だからこそ、現実(リアル)以上の風俗法が定められている。創作で定番の設定「亜人種が人間種を襲う」は書き換えられ、人間種を醜い存在だと認識しているのだ。だから種族によって狙われる可能性が変化する事はない。

 彼も知っているからNPCの設定欄に書き込むことで満足しているのだろう。実際にオークを使う気が無いのが伺える。

 

「まあ、精々自室にエルフのフィギュアと一緒に配置する程度だよな。こんな化け物、俺だってゴメンだぜ」

 

「まったく……作った本人が化け物呼ばわりとかどうなんだい」

 

「まあまあ、今日は炎のエレメンタルを狩りに行くんだろ。みんな揃ってるぜ」

 

 

 

 

 

 

 かつてエルフ達を纏めたギルド長は既に引退し、仲間達も十二年の時を共にするには至らなかった。それでも彼女には言葉があった。全盛期と比べると天と地の差があるが、ログインしているプレイヤーは大勢居る。これまでの知識が功を期し、小規模ながら仲の良いプレイヤー達とサービス終了を迎えることとなった。

 

「このゲームも最初は楽しかったけど……もう潮時かなぁ。続編の告知も無いし」

 

「まぁ、同じゲームを長期間プレイするとマンネリイベントの繰り返しになるからね。十二年も持ったのが凄いくらいだよ」

 

「はぁー、俺もう次のゲームじゃ絶対課金しねーわ。大枚注ぎ込んだゲームが終わるのは精神的につれーもん」

 

「お前、サービス終了の告知聞いて『課金から解放されたぜー!』とか叫んでたもんな」

 

「で、暇になって別のゲームに手を出して課金すると」

 

「んな訳ねえだろ! このゲームで最後だ最後!」

 

「てことは前にも」

 

「課金したんだ」

 

「うっ…………ぐぬぬ」

 

 思い思いに最後の雑談を楽しむ人達。彼らはユグドラシルだけの関係で、SNSなどのやり取りは行っていない。リーダーから「他で連絡が取れるとユグドラシルへ来てまで話す必要が無くなりインしなくなる」と連絡先のやり取りを行わない方針が示されたのだ。このゲームが終われば、仲間たちは散り散りとなり別のゲームへと羽ばたくのだろう。

 彼女は仲間達が会話を弾ませるのを楽しそうに見守っていた。長きに渡り楽しんできたそれも、残すこと数分で泡沫のように消えてしまう。

 新たなゲームを始めるにも年齢的に厳しいだろう。もう八十を超える彼女は、死ぬ前にもう一度輝けたことに嬉しさを感じ、それを勧めてくれた友人――既にこの世を去ってしまったが――に感謝の言葉を並べた。

 

 

 

 

 

……

…………

………………

……………………?

 

 ゲームが終わらない……? それ所かここは何処だろう。彼女は現在地が見知った場所――ログインポイントであることを知る。

 終了前に持ち家へと飛ばす風潮でもあるのだろうか。ふと掛け時計に眼を配ると時刻は1分を過ぎていた。

 何故ログアウトによる強制排出がされないのか。彼女は人差し指で何もない空間に絵筆を走らせるようにリズムカルに何度も動かしてみる。知らない人が見ればマエストロの真似をしている様だが、それはニューロン・ナノ・インターフェイスの再優先コマンド、強制終了用のジェスチャーだ。仮想ダイブ中に不具合が生じたとしても、その排他コマンドを使用することでアプリを強制的に終了することが出来る。フリーズして動けないにしても、脳からコントローラーへと伝わる信号を受け取り、システムを安全に終了させる。これが機能しないアプリは存在せず、仮にコントローラーが壊れていたとしても体内のナノマシーンが消失すれば機能が停止する。停電によりパソコンが落ちるのと同じ原理だ。だがコントローラーの不調など聞いたことがない。競合する会社が多い中、リコール隠しをしようものならライバル社により告発されてしまう。悩んだところで解決などしない。GMコールは混線していると思い、ドアに手をかけた。外に出れば同じ境遇のプレイヤーに出会えるだろう。少しでも情報を耳にしておきたいと思った彼女は外へ足を進めた。

 

「別荘……いやいや、そんなバカな事があるはずがない」

 

 その先に彼女が目にした光景は森林であり、湖畔だった。ゲームでさえ有り得ない小鳥のさえずり、風が(なび)かせる木の囁き。そんな自然が生み出す合唱はユグドラシルには無い。現実(リアル)に至っては存在すらしなかった光景に身を浸してしまった。

 

「ここが……黄泉の国……桃源郷かも知れないのか」

 

 先ほどまで考えていたGMコールのことなど既に頭から抜け落ちていた。このゲーム離れした世界でGMコールが繋がるはずもなく、しようとすら思わなかった。ここが理想郷なら覚めてほしくなかった。

 

「どうかしましたか? ご主人様?」

 

 振り返るとそこには一人のエルフが居た。彼が誰だか知らないはずがない。毎日顔を合わせている私が作っ……いや、創ったNPC。それが彼であった。

 しかし自ら動き、出れるはずのない家の外へ足を運んでいる。そして話しかけたのだ。古来より大切に扱った物には魂が宿ると言うが、NPCに宿るとは想像すらしなかった。いや目の前の景色も予想外の出来事だが、もう驚き過ぎて疲れてしまいそうだ。

 

「レゴラスよ、お前は喋れるようになったのかい?」

 

「言っていることの意味がよく分かりませんが、私は私ですよ」

 

「いや、だってこれまでは喋ったりしなかったじゃないか」

 

「話しかけられなかったので返さなかっただけですよ?」

 

 どうしてそんなことを、と疑問を浮かべるエルフ。どうやらユグドラシルでは喋れないのではなく()()()()()()事になっているらしい。私の行動は部屋で見た範囲は覚えており、何故話しかけなかったかの矛盾には気付いていない。

 そう言う設定だと言われればそれまでだし、魂が成熟していなかったから声を発することは叶わなかったとも取れる。

 考えても結論は出ない。それよりここでの生活をどうするか考えるべきだ。

 森の中、しかも目の前には湖畔も広がっている。幸い食料には困らないだろう。飲食不要の指輪はあるが、食事をする楽しみは捨てられない。作るのも食べるのも好きなのだ。好きな人に食べて貰える喜び――二度と来ないと思った感情を再び味わえるのかも知れない。

 なにせレゴラスは、かつて好きだった人……彼の若かりし頃その物なのだから。想いは捨てきれず、NPCをメイキングするときに彼の写真を参考にして創ったのだ。

 

「こんな所で立ち話もなんだから、中で食事でもしながら話そうかねえ」

 

「ご主人様お手製の料理……とても楽しみです」

 

「こう見えて料理は自信があるんじゃよ」

 

 ふふっ、と笑いながら二人は踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 長い間続いた時間は終息の時を迎えることとなった。そう、寿命と言う(しがらみ)が彼女――老婆を(むしば)んだのだ。

 エルフは長命。だがハーフエルフである老婆は違った。人の血が交わる事で寿命は短くなり、この地に訪れてから90年が過ぎた老婆は170歳を越していた。魔法では覆せない「死」が差し迫っていた。

 確かに復活の呪文は存在する。しかし生物としての寿命を迎えた命は決して戻ることはない。輪廻の輪を潜り、新たな人生を歩むこととなるのだ。もし復活が可能だとしたら、転生した肉体から魂を引き剥がさねば成らない。そんな事が叶うはずもなく、肉体は甦らない。

 

(星に願いを)《ウィッシュ・アポン・ア・スター》」

 

 老婆は最後の力を振り絞り唱えた。愛する我が子の幸せを願って――――

 

I WISH(我は願う)!」

 

 

 

 

 

 

 「これでよし……っと」

 

 彼――レゴラスは灰となったかつてのご主人様を埋葬し、墓石の前で両手を合わゆっくりと瞳を閉じた。

 主を失った家は、役目を終えるかの如く消失してしまった。彼に帰る場所はもうない。とぼとぼと森の中を彷徨うこととなった。

 魔獣が跋扈(ばっこ)するこの世界。しかしレゴラスは弱いとはいえユグドラシル謹製のNPC。この森で彼以上の存在など居るはずもなく、我道を進んでいた。

 

 何日が経っただろう。森を抜け、山々を闊歩し、丘陵の先には開けた見晴らしの良い大地が広がっていた。左右には広大な集落が展開され、優れた聴力により亜人種と人間種が別れて暮らしているように思われた。

 人間種……現実に引き戻されるように、ご主人様を思い出したレゴラスはその場に崩れ落ち泣き叫んだ。

 

 どれくらい泣き続けただろうか。涙は枯れ、喉は悲鳴をあげていた。雲に覆われた心は現実となり、雨雲は彼の涙を洗い流すかのごとく降り注いでいる。

 雨がやんだ……いや違う。誰かが雨を遮っているのだ。ふと、影の先に視線を向けると一人のエルフがそこに居た。

 

(あ……あの……)

 

 声が出ない。(かす)れてしまい、はっきりとした音を発することが出来なくなっていた。

 

「貴方も……独りなのですね」

 

 柔らかな声でレゴラスに話しかけた男性。よく見ると彼もエルフであった。頭上には王冠が輝いており、その身なりはまるで王子様のようだった。

 

「私もずっと独りでした。国民からは見放され、しかし誰も代わりをやりたがらない。民の声は突き刺さるように私に向けられ、貴方のように泣き叫べばどれだけ楽に成るだろうか。だが私は泣く訳にはいかなかった。私以上に悲しんでいる国民は何人も居るのだから」

 

 一体このエルフは何を言っているのだろう。創造者で在られるご主人様を失った自分より深い哀しみなど存在するはずもない。

 

「貴方にどれだけ悲しいことが有ったのかは分からないし、話したくなければ胸の内に秘めておけば良い。全てを捨てろとは言わない。それは今まで貴方のこと否定することになるのだから」

 

 目の前のエルフは手を差し出し、レゴラスをゆっくりと立ち上がらせた。

 

「私と共に、エルフの国へ身を投じては貰えないだろうか」

 

 何を言い出すかと思えば……いや、それも悪くはない。何時までも悲しんでいてはご主人様も浮かばれないだろう。

 目の前の彼のことなどどうでも良い存在でしか無いが、それでも一時の気紛れとしては悪くはない。

 

「名前を聞いていなかったね。貴方は……」

 

「レゴラスです。かつて……とても大切な方より授かった名です」

 

 

 

 

 

 

「畜生! 何でだよ! なんでこんな化け物が居るんだよ!」

 

 冒険者の彼は叫んだ。己の不幸を恨みながら。殺された仲間達の不幸を恨みながら。

 それでも現実は変わらず、彼に死は歩み寄ってくる。

 

 これまで運の良い事なんか一度もなかった。コインを投げれば必ず表を向くタレントなど人に知れれば何の役にも立たない。

 もし自分に戦士としての才能があれば……

 

「クゥ、クソがぁぁぁあああああぁぁぁああああ!!」

 

 ポーションは割られ、武器は無残にも破壊されている。もう彼に希望は残されていない。そんな現実を受け入れられない彼は、手元にあった()()()を力の限り振り回した。

 

 大地は裂け、モンスターは真っ二つに裂けるどころか粉微塵となり、衝撃波が目の前を駆け抜けていった。

 

 嵐が過ぎ去ったかの如く、轟音と静けさが彼を襲う。

 そう、助かったのだ。命からがらとは正に今の自分の為に作られたと言っても過言ではない。

 

 

 モンスターとの戦いが経験を生み、英雄と謳われた彼が魔導王と対峙することとなるのだが、それはまた別のお話で。




 この作品は明美ちゃんとアインズ様が邂逅し、強敵が増えたことでジルクニフ皇帝の胃を痛める展開が脳内妄想として浮かび、執筆を開始しました。
 つまり落としどころが無い状態でのスタートだった、と言う訳ですね。
 執筆中、オークが人間種を襲うことはないと感想欄で指摘を受け、デミウルゴス牧場でオークが登場していたことをすっかり失念していました。どうしようか悩んでいた時、言い訳としてNPC設定としようと考えたわけです。何時ものエルフことレゴラスも、この時点で現地人からNPCへと昇格しました。

ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。ラッキー金星(きんぼし)の次回作にご期待ください。
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