高貴な好奇心   作:征人

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強さと相反する心

 

 晴天の広がっていた朝焼けの空は灰がかかったような薄暗い天気へと変わり、吹き荒ぶ暴風は茶褐色と白亜の砂塵を巻き上げながら竜巻へと変化する。今なお規模を増す竜巻に続くよう、今度は空から劈くような雷鳴が轟いた。それは一つだけではない、まるでそこに顕現する「生物」の呼応に同調するかのように、稲妻は迅雷を走らせながら地上へ白光を穿つ。

 

 目も眩むような一閃の中、垣間見えたのは暗がりに潜む悪意の眼光。血も凍る鋭い眼たちは眼前に現れている「敵」を確かに見据えていた。

 

 数多の災害が渦巻くそこはザンクティンゼル。

 果てなき緑が彼方まで広がり、天に聳える山々に囲まれた島も今では自然の猛威に振るいをかけられ、なすすべなく安寧を待っている。

 

 そんな苛烈な状況下に置かれても尚、彼女――センは強大な「敵」と対峙していた。ザンクティンゼルの地が襲い来る災厄に耐えるように、センもまたこの状況をじっと耐え忍んでいた。

 

 目前に相対するは、強固な竜鱗に護られた三又の巨大な竜――ティアマト・マグナ。この災害を引き起こしている生命体――覇空戦争時に星の民が残した遺産「星晶獣」である。

 

 かつてティアマトはポート・ブリーズ群島で帝国の策略にかかり、我を忘れて暴走していたが、現団長グラン率いるグランサイファーの面々で鎮静化に成功し、事なきを得ていたはずである。それがいま再び彼らの下に顕現し、憎悪に満ちた瞳でこちらを窺っていた。あの時とは比べ物にならないほどの力をつけ――風の大星晶獣に相応しい風格を露にして襲い掛かってきたのである。

 

「(まだ……まだ、耐えなきゃ)」

 

 灰色の長髪を暴風に揺らされながら、センは紅に染まる眼でじっと目標を定め、鋭利に煌く鉤爪をティアマトに向けて構え続ける。今はまだ、仲間たちのおかげで自分への敵対心は薄れている。しかし、内心センの心模様は複雑そのものであった。

 

 何度、足を動かして彼らの手助けに向かおうとしただろうか。決死の様相で戦う彼らの援護が出来ない歯がゆさに何度悪心を吐きかけたか。けれど、その行為が誰の為にならないことくらい、誰かに言われずともセンは熟知している。

 

 だからこそ、このような状況下でも心を乱すわけにはいかなかった。

 ――自分の力を信じている。信じているからこそ――背中を預けてくれている。

 

「(力を溜めて――開放する。皆さんから頂いた好機、逃すわけにはいきません――!)」

 

 暴風が空で爆ぜ、その地に宿る植林を襲う。それは動植物だけではない、すべての生き物の存在を無に帰すかのような、暴力的かつ劣悪な魔の力。切り裂くかまいたちが風の遠当てを彷彿させるように飛び交う、そんな無慈悲な攻撃を寸前で躱しながら団長――グランは炎の天星器「十狼雷・紅天」を対象に向けて構えた。

 

 揺れ動くティアマトに照準を定め、攻撃の手が緩んだ隙を狙ってトリガーを力強く引く。高強度のクロム鋼を原材料とした雷管部が起爆し、背後へ強く押し付けられるような空気抵抗を感じたその瞬間、十狼雷から特殊弾丸が二、三発射出された。

 

 炸薬によって勢いよく放たれた銃弾が向かう先は、竜頭の眉間。空間を突き抜けるような加速を秘めつつも、ティアマトの操る暴風すらも利用した炎の銃弾は、グランの予測通り竜頭に命中する。先発に追従していた弾丸も数秒遅れてティアマトに着弾し――その直後、鼓膜を叩き付けるような破裂音を上げて竜頭が燃焼爆発を起こした。灼熱の状態異常を付与したパラベラム弾、フレイムバレットだ。

 

 硝煙漂う銃口の先ではティアマト・マグナが炎にやられ、鎮火のためにもがいている。

 意識が敵ではなく、自らの保護に移った。

 

 その隙をセンは見逃さなかった。

 三者三様の瞳がセンをじっと見据える。その瞳に込められた期待に応えるかのよう、センは足底にすべての力を込め、力の奔流を一点個所に集中して――体内に宿るエネルギーを起爆させた。

 

 その力は、目前に迫る嵐すら凌駕する勢いだった。

 

「これで終わりにします! 爪撃、嵐の如く――にゃっ!」

 

 炎の属性力を宿したベア・クローが縦横無尽に駆け巡る。

 その速さに翻弄されていた三又の竜へ、彼女の放つ爪撃が空を切り裂きながら襲い掛かった。巨大な鉤爪がティアマト・マグナの強靭な外皮を削ぎ、細密な組織で覆われた分厚い筋肉層が脈動を放ちながらも露になる。

 

 抑え付けていた力を全開まで発揮し、しばし怒涛の猛攻を見せていたセンだったが――紅き瞳から流れる軌跡を空中へ残したのを最後に、彼女はふっと視界から姿を消した。

 木々の間を伝う踏破音だけが周囲に響き、それは深い山奥で培った超人的な身体能力を物語っている。すでにセンの動きは、常人の目視出来る水準を遥かに超えていた。

 

 そして爪撃の乱舞が終わりを迎えた一瞬のこと。

 涅色の空に一線の光が差し込み、その隙間から澄み渡った碧空が垣間見える。

 見上げれば、姿を消していたセンはティアマト・マグナの上空に出現していたのだ。

 

 天から差し込む光の輝きを形にして、彼女は高々に一声を発した。

 

「――百爪嵐撃!!」

 

 上方にいる彼女にティアマト・マグナも一寸遅れて反応するが、時すでに遅し。

 彼女は落下に加重を乗せて両腕を振りかざし、皮膚を覆っていた竜鱗たちを一撃で削ぎ飛ばした。弾けた風竜の鱗が宙を舞い、薄紫に光る外皮表面が裂けたのを頃合いに、幾重に渡る爪撃の痕跡から夥しいほどの鮮血が噴き出た。

 

 思わぬ猛攻を浴びた竜は苦痛の戦慄きを上げ、鼓膜が破れんばかりの咆哮を放つ。周囲にある木々をなぎ倒すほどの重低音と烈風が、鬱蒼と生い茂っていた樹林地帯を脅かした。

 

 目にも止まらぬ刹那の乱舞を繰り広げた彼女はしかし、余裕のない瞳でその星晶獣を見つめていた。決定的な打撃を与えたまでは良かったが、自分に出来たのは皮膚層を護る硬い竜鱗を打ち砕いただけ。その奥にある本体まではダメージを与えられず、討ち取るまではいかなかったようだ。

 

 ティアマト・マグナは憤怒の咆哮をあげてセンに狙いを定める。

 何時もならば反撃の姿勢を狙うセンだったが、思わぬ逆鱗に触れてしまった彼女は自分に向けられた純粋なる憎悪に怯み、びくりと動きを止めてしまったのである。

 

 三又の竜が吼える。我を忘れた人型思念投影像が、眼前にいる敵群を殲滅せよと言わんばかりに力強く腕で空を切る。その瞬間、竜たちの口腔から風の属性力を秘めた破壊の一撃が繰り出された。

 

 トルネード・ディザスター。大嵐の災厄は萎縮したセンめがけて突風を放ちながら襲い掛かる。

 大地を揺るがす暴風はザンクティンゼルの豊饒な地層を抉り、森に映える大樹や草花たちを容赦なく巻き込みながらも突き進む。けれどもセンは棒立ちのままその場に居続けていた。

 

 今にでも回避に移らねば大事に至るというのに、彼女の身体は心と相反して硬直したまま動けずにいる。それは心身からくる恐怖が枷となって、センの身体を縛り付けていた。存在すら消し去るほどの覇気と殺意を真に受けて、身が竦み怯えてしまっている。

 

 それは先程勇猛果敢に空を切り裂いていた彼女の姿とは到底思えない、弱き心を映し出したそれに他ならなかった。

 

 やられる――このままでは間違いなく自分は――死ぬ。

 

 ぎゅっと目を閉じ、小さく体を丸めたセン。

 観念、というわけではないがせめてもの抵抗か。身体を縮こませて少しでもダメージを軽減しようと考えたセンは、歯を食いしばってその暴風の直撃を待った。自分がやられても、まだほかに団員が居る。それならば、いっそのこと――。

 

 だが、半ば諦めに近い感情を抱いたその瞬間、彼女の下へ一つの影が重なった。

 

 その影はセンを護るように抱きかかえ、軽やかにディザスターの射程範囲内から離脱した。攻撃を回避され、竜の一頭がその後を追うように凝縮された風撃を放とうとするが、その直後――また違う影から一対の剣閃が穿たれた。

 

 紅き舞を飄々と披露しながら、ユエルが竜の下顎めがけて燕返しを放ったのだ。

 器用な手さばきで刀を回すユエル、そしてセンはと言えば――身の丈ほどある槍を携えたヘルエスに抱えられ、その様子を呆然と眺めていた。そんな彼女にヘルエスは柔和な笑みを見せてこう告げる。

 

「よく頑張りました。後は、私たちにお任せください」

 

「センちゃんセンちゃん。張り切るのはええけど、ウチらの事も忘れんといてなー!」

 

 ユエルのカウンターを浴び、竜が怯んだその隙を狙って、センを比較的安全な場所に移動させる。すぐさま団長の後ろに隠れたセンは余裕の表情で対峙する二人の背中をじっと眺めていた。大きい。これほどにまで頼れる背中を、センは未だかつて見たことなかった。それと同時に言われて気づく。敵対心を受けたことで冷静さを失い、仲間の存在を忘れかけていたことに。申し訳なさと罪悪感を感じながら、センは悠然と武器を構える二人を見守った。

 

 そんな視線をくすぐったそうに感じながらも、ユエルは緋双剣を握りしめ、華麗に舞う。

 九尾に捧げる紅の舞。そして他の誰でもない「自分らしさ」を描く炎舞を。

 

「そんじゃ、最後はヘルエスに譲るわ~……参之舞・燼花!」

 

 見るもの全てを感嘆させる灼熱の舞。力強くもどこか優雅なその舞は、強敵に面する仲間を勇気づけるかのように鼓舞する。炎の加護が生んだ細胞活性で身体能力が向上、次いで新陳代謝と火の属性力が底上げされる感覚が手に取るように分かった。それはティアマトが放つ重圧すらも押しのけるような心地の良さで、その恩恵を一番強く感じたヘルエスは――小さくユエルに謝辞を述べて駆けた。手に紅槍ルーンを構えて、蓄積されたダメージによる弊害が目立つティアマトに迫りくる。

 

 視線と視線が交差する刹那の中、両者は互いに持てるすべての力を放つ。

 人の子なる者との邂逅で生まれた、確かなる生への渇望。何が何でも生き抜き打ち勝つという、勝利を臨む決意がティアマトからも傍と感じられる。だがそれはヘルエスとて同じ。信頼を置ける仲間たちに託された今、彼女はここで立ち止まるわけにはいかなかった。

 

 強大なる敵と認識したティアマトは迫るヘルエスに牙を向き、総攻撃を仕掛けた。

 鋭利な凶刃を彷彿とさせる連続の噛み付きが彼女を襲う。連携を取るように繰り出された竜たちの攻撃は尋常ならざる速度で展開されるが――ヘルエスの動きはそれを上回った。

 

 全員の耳に届く軽快なステップは視界にとらえ切れぬ空間の中でリズムを刻み、波紋となって伝わる残響が耳朶を叩くと同時に、紅槍ルーンの刺突が竜の一頭に命中する。 この攻撃を皮切りに、彼女は舞踊のような攻撃を放った。 

 

 刺突後、背後から迫りくるもう一頭の竜に貫くような蹴りを浴びせる。思わぬ形でカウンターを受けた竜頭は完全に沈黙し、静かに頭を垂れた。けれども攻撃をやめないティアマトは最後の竜にすべてのエネルギーを集結させて再度力強く吼えた。乱壊のテンペスト。全ての力を密集させた多重の風撃を放とうと、首筋から口腔部が薄翠色に輝いた。

 

 先程のトルネード・ディザスターとは比べ物にならない火力を秘めた、最後の技だ。その属性力の集結を間近で感じたヘルエスだったが、その実彼女は焦燥を抱くこともなく、冷静に竜頭と対峙していた。そして破滅の一撃を放とうとするティアマトめがけて――跳躍した。長い銀色の三つ編みが揺れ、切れ長の瞳は襲い来る困難を切り開くかのような、意思の強さを見せる。

 

「障壁は、この手で打ち払う!」

 

 二体の竜頭を足蹴に、彼女は左足を軸にして上段蹴りを放った。風の属性力が虚空に放たれ、標的に命中することなく空しく暴発する。ティアマトの最後の一撃は、失敗に終わったのである。嵐のような爆発力を秘めた一撃が曇天を切り裂く。晴れ渡る碧空が一面に広がり、それは同時に――ティアマト・マグナの敗北を宣言しているかのように見えた。

 

 降下中、人型思念投影像と目が合う。

 心なしか、すべてを出し尽くしたその顔は達成感故か、綻んでいるようにも見えた。

 ヘルエスのオレンジ色の瞳が煌く。すべての決着をつけるためにも、地に着き満身創痍のティアマト・マグナに向けて彼女は最後の一撃を放った。

 

 紅き槍が、雌雄を決した。

 

「エーダル・シージ!!」

 

 その一撃は、狙ったのかはたまた偶然か――センが切り裂いた先にある急所へ命中した。

 慟哭をあげ、ティアマト・マグナが崩れ落ちる。強化された火の属性力が紅槍ルーンに流れ、徐々にその炎の輝きが小さくなっていく。戦闘の終わりを告げる一声が、仲間たちへ活力を与えた。

 

「さあ、帰りましょう。脅威の去った今、ここに滞在する理由はありませんからね」

 

 嵐の過ぎ去った晴天の中、高貴なる微笑みが向けられる。

 そんな中、余裕綽々とふるまうヘルエスの心強さにも惹かれたセンは――そのあり方を見て、強く感銘を受けていた。

 自分にない物をたくさん持っている。度胸、信念、そして全てを見透かす冷静沈着なる意思。

 大きすぎるヘルエスの存在は、年端もいかぬ彼女の心を震わせる。

 逸る鼓動が心を波打ち、冷めやらぬ興奮は自分のこれからを強く想起させていた。

 

「(……私も)」

 

 ぎゅっと、落ち着かない胸を抑えながら。

 

「(私も、あんな風になれるでしょうか)」

 

 そんな志を夢に揺蕩うかの如く見てしまう。

 

 けれども、その熱を持った呟きたちは誰の耳に届くこともなく。

 ただセンの心の情景に、鐘の如く響き渡ったのであった。

 

 

 

 

 

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