笑顔のポーカーフェイスは通常運転です 作:燕子花(かきつばた)
「さっきの奴はアメリカ帰りだし……今年の一年、ヤバい!?」
「……仮にも女の子なんだから、もう少し声を抑えるべきよ」
誠凛高校に入学して、今年で二年。
新入生の入学式も無事に終わり、今は部活動勧誘の時間。二年前にできたばかりの新設校ということもあり、どこの部も人手不足。新入生がドン引きするほど、みんな必死だった。
それに引き替え、私は身軽な帰宅部。部活動勧誘の時間は群がる先輩の対応に忙しい哀れな新入生をぼんやりと眺めること以外にやることがない。
だからと言うわけではないけれど、暇つぶしと冷やかしを兼ねて、親友がカントクを務めるバスケ部の様子を見に行くことにした。
そうして冒頭の親友が発した、歓喜の叫び。澄んだ声はよく響き、近くを通りかかった数人が何事かと振り返るが、彼等も忙しいらしい。すぐに早歩きで去って行った。
大袈裟な反応から察するに、バスケ部の勧誘は成功した模様。
「あ、
「うんそうね、そうだった。そんなことより、良い人材が手に入ったみたいね」
相田リコ。
栗色のショートカットで強気な印象を持つ、少々ボーイッシュな女の子。バスケ部のカントクを務めている。
リコちゃんには、ある男の失言のせいで一年の時からバスケ部のマネージャーに誘われている。もう部活をするつもりはないから、そのたびに断っているのだけれど。
とは言え、疎遠になっているわけでもない。
これでも一応、親友だ。暇なときには体育館へと出向き、リコちゃんの話し相手になることもある。部員ではないものの、頻繁に部活へと顔を出しているためか、不本意ながらマネージャーのような扱いを受けることがあるのは難点だが。
「そんなことって……まぁ、いいわ。それより──はい、コレ配ってきて!」
こんな風に、ね。
手渡されたのはバスケ部勧誘のチラシ。どうやら部員でもない私に勧誘をさせるらしい。使える人間は惜しみなく使う、何ともリコちゃんらしいやり方だ。
「ん?」
粘り強いリコちゃんの頼みは、突っぱねるよりさっさと終わらせた方が早い。渡されたチラシ分は配ってあげようと、後ろを振り向いた時だった。人混みの中に一瞬だけ覗いた、見覚えのある水色。
「四季?」
「……ごめんね、リコちゃん。ちょっと急用ができちゃった」
「え、ちょっと!」
両手で抱えていたチラシをドサッと机の上に置くと──ドサッ、て。リコちゃんったら、私に何枚配らせるつもりだったの──何か叫んでいるリコちゃんを振り返ることなく人混みに紛れる。何も説明しないで来てしまったから、リコちゃんには後で問い質されることになりそうだけど。今は親友の機嫌取りよりも、こっちが優先。
しばらくすると、歩きながら読書をする懐かしい後ろ姿を発見。
「やっぱり。本当に誠凛を選んだのね──黒子くん」
背後から声をかける。
そこにいたのは一つ年下の礼儀正しい後輩、黒子テツヤ。
彼がここ、誠凛高校を受験することは知っていた。この子を愛してやまない、私の優秀で可愛い幼馴染みに教えてもらった、確かな情報だったから。かなり落ち込んだ様子で、同じ高校に行けないことをとても残念そうに話していたのを覚えている。
とは言え、まさか本当にここを選ぶとは。
何せ、誠凛高校は新設校なのだ。私たち二年が最上級生。
無論、部活の歴史は浅く、ちゃんとした指導を出来る大人はいない。
彼は
「お久しぶりです、
「そうでもないけど。強いて言うなら、あなたが誠凛に来ることを知っていたから、かしらね」
「……誰にも言ってなかったと思うんですけど」
久しぶりに再会した後輩の姿は、少し身長が伸びて大人びたことを除けば、一年前とあまり変わっていないように見える。
「思ったよりもずっと元気そうで……安心した」
「え? ……ッ! もしかして知ってるんですか、全中のこと」
「さつきに聞いたの。引退してから極力あなた達に干渉しないようにしてきたから、詳しくは知らないけどね」
当初〝キセキの世代〟と呼ばれるあの子達を、何のフォローもせずに放っておくのは危ういと思っていた。でも引退した私たちに出来ることはあまりにも少ない。だからこそ中途半端に手を出すよりも、あの子たちの問題はあの子たち自身で解決するべきだと当時の私たち──引退した三年は考えた。それでも、キセキの世代の情報が耳に入るたび、あれが正しい判断だったのかは未だに悩む。過ぎたことだから、もうどうしようもないけれど。
「ボクは大丈夫ですよ。誠凛高校のバスケ部で、彼らの考えを変えてみせます」
「……意気込むのはいいけど、ここのバスケ部はあの子達に勝てるほど強くないわよ?」
決して弱くはない。新設校としては、かなり強い部類に入るのだろう。ただ、守備の要が離脱している今、格段に弱体化してしまっている。たとえ黒子くんが加わったとして、勝ち進むことが出来たとしても、その先に待ち構えるキセキの世代に勝つのは至難の業、というか無理だろう。それは長い間、あの子達と共に戦ってきた彼が一番良く理解しているはず。
「でも白金先輩がマネージャーなんですよね? それなら今すぐじゃなくても、一年後くらいには最高のチームに仕上がります。先輩の鬼のような練習メニューにも、頑張って食らいついてみせます!」
鬼のよう、だっただろうか? ……いや、そんなことよりも。
黒子くん、あんまりキラキラした目で見ないで。これから伝えなきゃいけないことに罪悪感が募るから。
つい貼り付けていた笑顔のポーカーフェイスが剥がれ落ちそうになるのを必至で堪える。
そういえば、黒子くんは私が誠凛高校にいることについて驚いていただろうか? ……否。声をかけたとき、この子は平然としていた。おそらく私がここに入学していることを知っていたのだ。その上で、この誠凛高校を選んだということか。
「黒子くん、あのね。私、部活には入ってないのよ。勘違いさせちゃったみたいで、なんかごめんね?」
「………、…………」
そのうち分かることなのだが、早い段階で事実を教えてあげたほうが傷は浅くて済むだろう……が、それにしてもずいぶん長い沈黙。俯いた黒子くんの表情は前髪に隠れてしまってよく分からない。
しばらくしてゆっくりと顔を上げた黒子くんは、おもむろに口を開いた。
「じゃあ、今からでも入部してください。お願いします、彼らを倒すためには先輩の力が必要なんです!」
と、ここでポーカーフェイスが崩れた。
いきなり後輩に頭を下げられたら、そりゃあ鉄壁と言われた私の笑顔だって歪むというもの。常時装備のポーカーフェイスが外れても仕方がないと思う。周りの目が痛いし、普通に恥ずかしい。
それでも引きつる顔を何とかしようとした。が、どうにもならなかった。こんなの笑えない。
答えに詰まり、頭の中が真っ白になった私は──全力で逃げた。こんなのもう逃げるしかない。
一瞬遅れて黒子くんが追って来たが、まあ追いつかれることはないだろう……悲しいかな、私の方が黒子くんよりも足が速いのだから。
****
黒子くんから逃げ切ることには成功した。
しかしここで、ちょっとまずいことに気づいた。
私が逃げた先は自宅。家に帰ってしまった。つまり、残りの授業を放棄して一足先に帰宅してしまったのだ。新学期早々、無断早退。やってしまった。そのくらい、気が動転している。現在進行形で。
とりあえず落ち着かなくては。と思いつつ、頭の中では色んな事が浮かんでは消え浮かんでは消えで考えが纏まらない。こんなに動揺したのはいつ以来だろう。常に冷静沈着であると自他共に認めるほどの私が、なんて情けない。
自力で平静を取り戻すのは無理だ、とようやく悟った私は電話を掛けた。今はアメリカにいる恋人に。
何度目かのコールの後で少し驚いたような、それでいて安心する声が耳に届いた。
『おぅ。珍しいな、この時間に掛けてくるなんて。……なんかあったのか?』
「あのね、
心配そうに問いかけられ、黒子くんとの一連の会話を話した。
『お前、あいつらに人気あったからな。マネージャーとして文句なしに完璧。その上、自分たちを存分に可愛がってくれる。こんな先輩いたら頼りたくなる気持ちも、まぁ分かる……ただ、四季をここまで困らせるのは見過ごせねぇけど』
んん? 最後に何か言ったみたいだけど、マイク部分を手か何かで覆っているのか良く聞き取れない──けどまぁ、いっか。
「私はね。中学の時にマネージャーとして、たくさんの優勝を皆と経験してね、もう満足してるの」
それに、私がマネージャーを始めたのは修くんがきっかけ。後輩マネージャーへの引き継ぎを終えたのも、修くんが主将を降りる少し前のこと。そこからは経験を積ませるため、ほとんどの仕事を後輩に任せっきりだった。
「あのね、修くんがいないチームでマネージャーなんて、真面目に仕事を熟す自信がないの。よく誠凛のバスケ部を覗くけど、そのたびに思い知らされることだから間違いない。……あの子達のことは気になるから、情報だけは集めようと思ってる。でも、もうあの場所に戻るつもりはない。ずっと連絡を絶っていた私を、あんなにも頼ってくれた黒子くんには悪いけど、ね」
『……答え、もう出てんじゃねぇか』
「動揺しちゃったから声が聞きたくて。修くんの声は落ち着くから」
彼の声を聞いた途端、落ち着きを取り戻していた。
──やっぱり私、修くんがいないとダメだなぁ。
明日、黒子くんには謝らないと。
全速力で逃げてしまったことと、やはりマネージャーは出来ないということを。
更新は不定期です。
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