笑顔のポーカーフェイスは通常運転です 作:燕子花(かきつばた)
「……育てるって、ホントいいわぁ~~」
昼休みの二年C組。
昼食を終えると、リコちゃんはバスケのゲームで悦に入り、私は読書に勤しんでいた。
先程まで黒子くんも居たのだが、用が済んだらさっさと自分の教室に戻ってしまった。流石に他学年の教室には居づらかったらしい。
「カントクーーー!!」
勢いよく教室の扉が開き、リコちゃんの机を強めに叩きながら叫んだ一年生。火神くんだ。
二年生の教室だというのに、よくもまぁこんなに堂々としていられるものだ。さすがはアメリカ育ち、と言ったところかな。
リコちゃんが自慢げに話していた、火神くんの数少ないデータを思い出す。
〝中学はアメリカの本場仕込み、志望動機は空欄〟
聞かされた情報は、たったのこれだけ。
こんなに少ない情報を、なぜあんなにも自慢げに話せたのだろう。
それにしても、彼が最初に見せていた刺々しい態度と雰囲気。
これはただの勘。でも私の勘はよく当たる。
きっと、過去に何かあったのだろう。
周囲へ向けた失望の色。それは〝諦め〟に近かった。どことなく今の青峰くんを彷彿とさせるような、そんな色。
あの子と違ったのは、そのような状態でも存在していたバスケへの情熱、そして立ち直りの早さ。
一年生の勝利に終わったミニゲーム。あの翌日から、火神くんの顔つきが変わった。まるで、昔の青峰くんに良く似た顔つき。
「……フフフッ、楽しみだわー」
「で、結局何の用だったの?」
いつの間にか火神くんはいなくなっていた。
興味ないし全然聞いてなかったけど……はて。楽しみとは一体、何のことだろうか。
「ええ? 隣に居たならちゃんと聞いてなさいよ。ほら、去年もやったでしょ? 〝できなかった時は全裸で好きな子に告る〟ってやつ」
あー、……うん。確かにやってた。経験者にとっては黒歴史であろう、あの宣言。
「リコちゃん、まさか今年も──「そう、そのまさかよ!」」
思わず微笑みが苦笑に変わった。
今年もまた、バスケ部に新たな黒歴史が刻まれる事になりそうだ。
見てるだけの私にはとっては面白いイベントだけど、当事者たちは堪ったものではないだろう。
「月曜の朝礼前、屋上に集合よ!」
「そう。……程々にね」
「あれ、四季は来ないの?」
私を巻き込むつもりだったらしい。とんでもない親友だ。
「……どうして行くと思ったの? 危険な事は一人でやってちょうだいな」
「危険なんて無いわよ。怪我をするようなことはしないから、大丈夫!」
「そうじゃなくて。あんな目立つ事を朝礼前にやったら、間違いなく怒られるわよ?」
「大丈夫よ!!」
どこにそんな根拠が? ……とは言わない。言っても無駄なことを私は知ってる。リコちゃんの中であの儀式は決定事項のようだから。
「ねぇ、リコちゃん。生贄は一年生だけで十分でしょう?」
「生贄って。人聞きの悪いこと言わないでちょうだい」
その中には
****
週が明けて月曜日。
朝礼があるため校庭に整列する。
僅かな可能性を信じて、リコちゃんのクラスの列にその姿を探した。
結果、探すだけ無駄だった。いるわけがなかった。
当然と言えば当然だ。リコちゃんは良くも悪くも有言実行を体現したような女の子なのだから。
可哀相だからやっぱりやめてあげようとか、そういった慈悲の心は生まれなかったらしい。
「キセキの世代を倒して日本一になる!」
朝礼が始まる五分前。
一番に宣言をしたのは火神くんだった。
そして私は見た。
去年はあたふたとして情けなかった教師たちが、今年は大声を聞いた途端に一瞬の迷いもなく走り出すのを。
火神くんの宣誓から数十秒……後が続かなかった。普通の高校一年生には、非常に難しい事柄だろう。
リコちゃんはきっと、黒子くんは? と思うだろう。もちろんあの子は普通じゃない。本人が何と言おうと、それは間違いない。
では、なぜ後に続かないのか。
その答えは簡単。
あの子は声を張るのが得意ではない。何を宣言するのかは、すでに決まっていると思う。でも声が張れない。
どう乗り越えるのか気になるところだが、時間切れのようだ。
遠くの方で怒鳴り声が聞こえた。上の方から聞こえるから、おそらく屋上。
こちらでは数分遅れの朝礼が始まった。
──朝礼の間中、怒鳴り声が止むことはなかった。
これでこの珍妙な事件は終わり。
そう思ったが、違った。
少し考えれば分かることだったのだ。あの子が目的を果たさないまま終わるはずがない、と。
翌朝。
教室へ入ると、クラスメイトたちが窓際に寄って校庭の方を指差していた。写真を撮る者やヒソヒソと噂話をしている者もいる。
気になってしまったのは仕方がないと思う。私も窓際に寄った──が、すぐに後悔した。
〝日本一にします。〟
見えたのは大きな落書き。
おそらくラインマーカーを使ったのだろう。
校庭に白字で一言、関係ない人が見たら全く意味が分からないような一つの宣言。
昨日の火神くんの言葉。そして屋上で例の儀式をやり損なった黒子くん。
…………はぁ。
ああ今日も良い天気だなぁなんて思いながら、廊下に近い自分の席に着いた。
読み始めたばかりの小説を広げる。しかしあら不思議。楽しみにしていたはずの本の内容が全く頭に入ってこない。
その内、担任が教室に入ってきて朝のホームルームが始まった。
結局一ページも進まなかった小説を片付け、痛み始めた頭を抱える。
あぁ、これは認めざるを得ない。目を背け続けていたことを今ここで認めよう。
──私、後輩の育て方を間違えたみたい。
****
あれから数日後の放課後。
委員会の仕事で遅くなったけど、今日も体育館へリコちゃんを冷やかしに行く。
で、何でさっきから女子生徒ばかりとすれ違うんだろう……と疑問に思ったのが数分前。
そして今、またもすれ違った女子生徒たちの会話に思わず足を止めた。
「サイン貰っちゃった!」
「さすがモデルって感じだよね。カッコ良かった~」
「でも何で誠凛にいたんだろう、黄瀬君」
〝きせくん〟
……もしや、黄瀬くん?
おかしい、これはおかしい。
サイン、モデル。この二つの単語と聞き覚えのある名前。
私の頭には今、ある後輩の姿が浮かんでいる。それは可愛い後輩の一人であり、キセキの世代の一人でもある、黄瀬涼太。
でもそれは、大変おかしいことなのである。
ようやく体育館に辿り着いた。ここに来るまでに何度、足を止めたことだろう。
勘違いでありますように、と一縷の望みをかけてバスケ部が練習中であろう体育館の中を覗く。
「冗談苦手なのは変わってません。本気です」
練習を行っているはずの体育館は静まり返り、黒子くんの声だけが響いていた。その黒子くんの視線を辿る。
するとそこには──本当に、いた。
私は転がっていたボールを両手で掴むとそれを振りかざし、狙いを定めた。
「──黄瀬くん、久しぶりね」
言葉と共に、私は振りかざしていたボールを全力で放った。もちろん、懐かしき黄色い頭に向かって。
「!? 四季センパッ──ブフッ!?」
全力で放ったボールは見事、振り向いた黄瀬くんの顔面へと吸い込まれるようにして命中。ゆっくりと時間をかけて近づいて行き、ここに来る間中ずっと気になっていた事を尋ねてみた。
「ねぇ、黄瀬くん。どうしてここにいるのかしら」
「うぅ。いきなりヒドイっスよ、四季セン──」
「もう一度だけ、聞くね? ──練習もしないで、どうしてここにいるのかしら」
「え、えっと。今日はその、あー。あっ……休み! 今日の部活はお休みなんスよ!」
嘘。
黄瀬くんは海常高校に進学したはず。あそこは強豪校だ。レギュラー入りを果たしていない者はともかく、実力者がサボっているのを見過ごすほど、甘いところではない。
でも、現に黄瀬くんはここにいる。それはつまり、強者がひしめく海常をもってしても、黄瀬くんを持て余してしまうということ。
……おそらくそれは、海常だけに限らない。キセキの世代を獲得したとっても幸運な高校は、どこも同じようなものなのだろう。
「一つ、その言葉が本当なのか確かめてみましょうか」
「え……?」
放任している、という点では私も同じ。
この子たちなら大丈夫、と。私が手を貸さずとも何事も乗り越えていける。そう思っていた。否。そう思いたかった。
でも違った。私は、私たちは、大きな間違いを犯していた。
あの子たちは孤独だ。飛び抜けた才能を開花させてしまったが故の孤独。
キセキの世代として、偶然にも帝光に集まった天才たち。互いに支え合っていけると思った。だからこそ、ただ見守っていた。
甘かった。もっと早くに気付くべきだった。
これ、放置しちゃいけないやつだ。
「リコちゃん。私、今日は帰るね」
「それはいいけど……」
雰囲気の変わった私に、何か言いたいことがあるのだろう。
でも、それは後。今はこちらが優先。
「さぁて。行きましょうか、黄瀬くん」
「行くってどこに……って、歩くの早っ! 四季センパーイ!!」
戸惑いながらもしっかり追ってくる黄瀬くん。
おそらく事態は思っているよりずっと深刻だ。〝過度な干渉はしない〟だなんて悠長なこと、言っている場合ではなくなった。
とりあえず今は目先のことから。
向かうは海常高校。
黄瀬くん、ついに登場!
そして申し訳ない。黄瀬くんは毎回、こんな感じの扱いです。