笑顔のポーカーフェイスは通常運転です 作:燕子花(かきつばた)
海常高校、校門前。
「えーっと、四季センパイ?」
目の前には難しい顔をした後輩。
「なーに、黄瀬くん」
遠くの方からは運動部の元気な声が聞こえる。
「ホントに行くんスか?」
私の左腕を両手でしっかりと握り締め、海常の敷地内に踏み入らせない黄瀬くん。
そんな黄瀬くんに、私はとびきりの笑顔で答えた。
「ここまで来て何を言ってるの──それとも何か、不都合なことでも?」
私の言葉に、黄瀬くんの顔色は一気に悪くなった。真っ青を通り越して真っ白だ。
おそらく、というより間違いなく黄瀬くんは今日、部活をサボっている。以前まではあんなにも熱心に練習をしていたはずが、今ではサボる事を覚えてしまったらしい。
「ふつっ不都合なことなんて、何もないっスよ!? でもほら急だし、ねっ!?」
まだ何か言っているようだが、ここで話していても埒が明かない。
「さあ、そろそろ体育館に行きましょうね」
そう言い終わるや否や、黄瀬くんに掴まれている左腕はそのままに、目的地へ向かって歩き出す。
「うぇっ!? ちょ、ちょっとちょっとセンパイ、待ってくださ……って、力強っ!?
そんな細い身体のどこにそんな力が──あ、ヤバっ」
尚もへばり付く後輩を引きずり歩いていると突然、黄瀬くんの表情が強張った。
その視線を辿ると、そこには海常の主将が仁王立ちをしていた。
「まあ、なんて良いタイミング!」
「最悪のタイミングっスよ! こうなったら逃げ──!? ぐへっ」
「黄瀬ェ! お前、部活サボっといてナンパとか何やってんだよ! ──っ!?」
海常の主将がこちらに駆けてくる。
それを見て逃げだす可愛い後輩──の、足を引っかける私。
全速力で走ってきた主将さんは、転んだ黄瀬くんを間一髪で避けた……て、ええ
? いやいやこの人、こんな勢いで走ってきて何するつもりだったの?
「大丈夫? 黄瀬くん。もう、逃げようとするから転んじゃうのよ」
「足引っかけたの四季センパイっスよ!?」
「おい」
ビックゥ!! と、飛び上がる黄瀬くん。
そんなに怖い人じゃなかったはずだけど、この怯えようはなんだろう。
「お前、サボってナンパしてた上に人の顔見て逃げるとか、ナメてんのか! シバくぞ!」
そう言って、黄瀬くんの背中を蹴り飛ばす主将さん……どうりで怯えるわけだ。なんか懐かしいな、この光景。蹴られてたのは黄瀬くんじゃなかったけど。
「イッタ!? シバいてから言わないでくださいよ~……それに、ナンパは濡れ衣っス」
黄瀬くんにそう言われ、改めて対面する私と主将さん。
「こんにちは、笠松さん。黄瀬くんの躾け、お疲れ様です」
「あ、あぁ……? 何でオレの名前……」
「笠松さんは中学の時から有名でしたから」
「四季センパイは帝光のマネージャーだったんスよ!」
自慢げに話す黄瀬くんの目はキラキラと輝いていた……疲れてるのかな、私。黄瀬くんが大型犬に見える。はち切れんばかりに尻尾振ってる……
「へぇ、帝光の……」
女性が苦手なことで有名な笠松さんは最初、どこかぎこちなく落ち着かない様子だった。しかし帝光のマネージャーと聞いた途端、態度が少し変わった。
おおよそ、私を他校の偵察だと思ったのだろう。誠凛の制服を着て来てしまったのは失敗だったかもしれない。ここの制服に着替えるべきだった。
「誠凛高校二年、白金四季。ちなみに部活は入っていません。ですので、警戒する必要はありませんよ?」
誤解されたままでは話が進まない。
それに、海常で取れるデータはだいたい収集済み。今さら必要以上の偵察なんてする意味はない……とは、流石に言わないけど。
笠松さんは黙り込んでしまったが、まぁいい。
さっさとここに来た用件を果たしてしまおう。
「笠松さんに、お願いがあります」
「……お願い、ですか?」
戸惑う笠松さんに、私は小さく頷く。
「でもその前に、黄瀬くん。私のことは気にしないで、部活いってらっしゃい」
先程から体育館の中をソワソワしながら覗いていた黄瀬くん。
これから笠松さんにお話しすることは、黄瀬くんに聞かれたくない。
この子を部活に行かせることは、一石二鳥なのだ。
「あなたが中学生の時にやらかした数々の恥ずかしい出来事、覚えてる? バラされたくなかったら、部活に行くことをお勧めするけど」
「そんな、卑怯っスよ!?」
「はいはい、いってらっしゃーい」
黄瀬くんを脅し──もとい、説得して追い払う。
そして再び笠松さんへと向き直り、先の話に戻る。
「お願いしたいことは一つだけ──黄瀬くんを、見捨てないでいただきたいのです。ああ見えて根は真面目な子です。部活をサボっているのも、決して本意ではないはず。お調子者のバカな子ですが、それでも私の大切な……とても大切で可愛い後輩なのです。もっと練習していれば、なんて後悔はしてほしくありません。これは私の身勝手な我が儘。それを承知の上で、お願いします」
驚いた表情をしている笠松さんの瞳を、真っ直ぐに見据える。
ここへ来る前から笠松さんが何と答えるか、見当はついていた。真面目で責任感が強い人、というのは伝え聞く噂で知っていたから。そして黄瀬くんと彼のやり取りで確証がついた。
こうして念を押せたから、問題も心配も、今はもう無い。
「ふふっ。では、私はお暇しますね──あ、忘れるところでした。これ、黄瀬くんに渡しておいてください。では、また伺いますね」
立ち尽くす笠松さんに一枚の紙切れを手渡し、私は海常高校を後にした。
「あれ? もしかして帰っちゃったんスか、四季センパイ」
アップが終わったのか、黄瀬がこっちに走ってくる。
「黄瀬。お前、白金さんに感謝しろよ。あんなにお前のことを思ってくれてる人、なかなかいねぇぞ」
正直、そろそろ黄瀬を叱るのは止めにしようと思ってた。ここじゃあ他人に構ってる余裕なんかない。自分のことで手一杯だ。
黄瀬は練習なんてしなくても十分に強かった。コイツにとって、練習は必要ないんじゃないか。オレは無駄なことをしてるんじゃないか。そう、思っていた。
でもあんな真剣に頼み込まれてしまったら……考えを変えざるを得ない。
「……感謝ならしてるっスよ。してもしきれないくらいにね」
嬉しそうな、それでいて誇るような顔で話す黄瀬を見て、この馬鹿は彼女にずいぶんと世話になっていたらしいことを悟る。
「そうだ。白金さんからお前にって。これ、預かってきた」
渡された紙切れを黄瀬に差し出す。
「何スか、コレ……っ!? 携帯の番号……」
泣きそうな、でも嬉しくて仕方が無いというような微妙な顔をしていた。
携帯の番号って、あんだけ目を掛けてもらってて知らなかったのか。
「実は四季センパイ、卒業したと同時になぜか連絡がつかなくなって。他の皆もオレと同じで連絡つかなくなってて。心配してたんスよ。いやー、やっぱ番号が変わってたのかぁ」
そう言いながら、白金さんに電話を掛ける黄瀬。
「──あっ、センパ……、え、あれ。もしもし四季センパイ、もしもーし……何でソッコーで切るんスかー!? 四季センパ―イ!!」
電話には出てもらえなかったようだ。
ま、それはさておき。
「おい、そろそろ練習に戻るぞ!」
「えー? まだ四季センパイと電話がイッタァ!? ちょっ、今日で何回目っスか蹴り入れるの!?」
「さっさと行くぞ!!」
もう遠慮はしない。オレはオレのやり方で、コイツを支える。
「いつまでやってんだ!! シバくぞ!!」
「うぐっ!? もうシバいてるっスよ!!」
未だ携帯を片手に唸っている黄瀬に蹴りを入れ、体育館へと戻る。
今日は黄瀬もいることだし、練習メニューいつもの倍にしてもらおう。