笑顔のポーカーフェイスは通常運転です   作:燕子花(かきつばた)

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第5Q それも一つの愛情表現

 海常高校、校門前。

 

「えーっと、四季センパイ?」

 

 目の前には難しい顔をした後輩。

 

「なーに、黄瀬くん」

 

 遠くの方からは運動部の元気な声が聞こえる。

 

「ホントに行くんスか?」

 

 私の左腕を両手でしっかりと握り締め、海常の敷地内に踏み入らせない黄瀬くん。

 そんな黄瀬くんに、私はとびきりの笑顔で答えた。

 

「ここまで来て何を言ってるの──それとも何か、不都合なことでも?」

 

 私の言葉に、黄瀬くんの顔色は一気に悪くなった。真っ青を通り越して真っ白だ。

 おそらく、というより間違いなく黄瀬くんは今日、部活をサボっている。以前まではあんなにも熱心に練習をしていたはずが、今ではサボる事を覚えてしまったらしい。

 

「ふつっ不都合なことなんて、何もないっスよ!? でもほら急だし、ねっ!?」

 

 まだ何か言っているようだが、ここで話していても埒が明かない。

 

「さあ、そろそろ体育館に行きましょうね」

 

 そう言い終わるや否や、黄瀬くんに掴まれている左腕はそのままに、目的地へ向かって歩き出す。

 

「うぇっ!? ちょ、ちょっとちょっとセンパイ、待ってくださ……って、力強っ!? 

 そんな細い身体のどこにそんな力が──あ、ヤバっ」

 

 尚もへばり付く後輩を引きずり歩いていると突然、黄瀬くんの表情が強張った。

 その視線を辿ると、そこには海常の主将が仁王立ちをしていた。

 

「まあ、なんて良いタイミング!」

 

「最悪のタイミングっスよ! こうなったら逃げ──!? ぐへっ」

「黄瀬ェ! お前、部活サボっといてナンパとか何やってんだよ! ──っ!?」

 

 海常の主将がこちらに駆けてくる。

 それを見て逃げだす可愛い後輩──の、足を引っかける私。

 全速力で走ってきた主将さんは、転んだ黄瀬くんを間一髪で避けた……て、ええ

? いやいやこの人、こんな勢いで走ってきて何するつもりだったの?

 

「大丈夫? 黄瀬くん。もう、逃げようとするから転んじゃうのよ」

「足引っかけたの四季センパイっスよ!?」

 

「おい」

 

 ビックゥ!! と、飛び上がる黄瀬くん。

 そんなに怖い人じゃなかったはずだけど、この怯えようはなんだろう。

 

「お前、サボってナンパしてた上に人の顔見て逃げるとか、ナメてんのか! シバくぞ!」

 

 そう言って、黄瀬くんの背中を蹴り飛ばす主将さん……どうりで怯えるわけだ。なんか懐かしいな、この光景。蹴られてたのは黄瀬くんじゃなかったけど。

 

「イッタ!? シバいてから言わないでくださいよ~……それに、ナンパは濡れ衣っス」

 

 黄瀬くんにそう言われ、改めて対面する私と主将さん。

 

「こんにちは、笠松さん。黄瀬くんの躾け、お疲れ様です」

「あ、あぁ……? 何でオレの名前……」

「笠松さんは中学の時から有名でしたから」

「四季センパイは帝光のマネージャーだったんスよ!」

 

 自慢げに話す黄瀬くんの目はキラキラと輝いていた……疲れてるのかな、私。黄瀬くんが大型犬に見える。はち切れんばかりに尻尾振ってる……

 

「へぇ、帝光の……」

 

 女性が苦手なことで有名な笠松さんは最初、どこかぎこちなく落ち着かない様子だった。しかし帝光のマネージャーと聞いた途端、態度が少し変わった。

 おおよそ、私を他校の偵察だと思ったのだろう。誠凛の制服を着て来てしまったのは失敗だったかもしれない。ここの制服に着替えるべきだった。

 

「誠凛高校二年、白金四季。ちなみに部活は入っていません。ですので、警戒する必要はありませんよ?」

 

 誤解されたままでは話が進まない。

 それに、海常で取れるデータはだいたい収集済み。今さら必要以上の偵察なんてする意味はない……とは、流石に言わないけど。

 笠松さんは黙り込んでしまったが、まぁいい。

 さっさとここに来た用件を果たしてしまおう。

 

「笠松さんに、お願いがあります」

「……お願い、ですか?」

 

 戸惑う笠松さんに、私は小さく頷く。

 

「でもその前に、黄瀬くん。私のことは気にしないで、部活いってらっしゃい」

 

 先程から体育館の中をソワソワしながら覗いていた黄瀬くん。

 これから笠松さんにお話しすることは、黄瀬くんに聞かれたくない。

 この子を部活に行かせることは、一石二鳥なのだ。

 

「あなたが中学生の時にやらかした数々の恥ずかしい出来事、覚えてる? バラされたくなかったら、部活に行くことをお勧めするけど」

「そんな、卑怯っスよ!?」

「はいはい、いってらっしゃーい」

 

 黄瀬くんを脅し──もとい、説得して追い払う。

 そして再び笠松さんへと向き直り、先の話に戻る。

 

「お願いしたいことは一つだけ──黄瀬くんを、見捨てないでいただきたいのです。ああ見えて根は真面目な子です。部活をサボっているのも、決して本意ではないはず。お調子者のバカな子ですが、それでも私の大切な……とても大切で可愛い後輩なのです。もっと練習していれば、なんて後悔はしてほしくありません。これは私の身勝手な我が儘。それを承知の上で、お願いします」

 

 驚いた表情をしている笠松さんの瞳を、真っ直ぐに見据える。

 ここへ来る前から笠松さんが何と答えるか、見当はついていた。真面目で責任感が強い人、というのは伝え聞く噂で知っていたから。そして黄瀬くんと彼のやり取りで確証がついた。

 こうして念を押せたから、問題も心配も、今はもう無い。

 

「ふふっ。では、私はお暇しますね──あ、忘れるところでした。これ、黄瀬くんに渡しておいてください。では、また伺いますね」

 

 立ち尽くす笠松さんに一枚の紙切れを手渡し、私は海常高校を後にした。

 

 

 

「あれ? もしかして帰っちゃったんスか、四季センパイ」

 

 アップが終わったのか、黄瀬がこっちに走ってくる。

 

「黄瀬。お前、白金さんに感謝しろよ。あんなにお前のことを思ってくれてる人、なかなかいねぇぞ」

 

 正直、そろそろ黄瀬を叱るのは止めにしようと思ってた。ここじゃあ他人に構ってる余裕なんかない。自分のことで手一杯だ。

 黄瀬は練習なんてしなくても十分に強かった。コイツにとって、練習は必要ないんじゃないか。オレは無駄なことをしてるんじゃないか。そう、思っていた。

 でもあんな真剣に頼み込まれてしまったら……考えを変えざるを得ない。

 

「……感謝ならしてるっスよ。してもしきれないくらいにね」

 

 嬉しそうな、それでいて誇るような顔で話す黄瀬を見て、この馬鹿は彼女にずいぶんと世話になっていたらしいことを悟る。

 

「そうだ。白金さんからお前にって。これ、預かってきた」

 

 渡された紙切れを黄瀬に差し出す。

 

「何スか、コレ……っ!? 携帯の番号……」

 

 泣きそうな、でも嬉しくて仕方が無いというような微妙な顔をしていた。

 携帯の番号って、あんだけ目を掛けてもらってて知らなかったのか。

 

「実は四季センパイ、卒業したと同時になぜか連絡がつかなくなって。他の皆もオレと同じで連絡つかなくなってて。心配してたんスよ。いやー、やっぱ番号が変わってたのかぁ」

 

 そう言いながら、白金さんに電話を掛ける黄瀬。

 

「──あっ、センパ……、え、あれ。もしもし四季センパイ、もしもーし……何でソッコーで切るんスかー!? 四季センパ―イ!!」

 

 電話には出てもらえなかったようだ。

 ま、それはさておき。

 

「おい、そろそろ練習に戻るぞ!」

「えー? まだ四季センパイと電話がイッタァ!? ちょっ、今日で何回目っスか蹴り入れるの!?」

「さっさと行くぞ!!」

 

 もう遠慮はしない。オレはオレのやり方で、コイツを支える。

 

「いつまでやってんだ!! シバくぞ!!」

「うぐっ!? もうシバいてるっスよ!!」

 

 未だ携帯を片手に唸っている黄瀬に蹴りを入れ、体育館へと戻る。

 今日は黄瀬もいることだし、練習メニューいつもの倍にしてもらおう。

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