笑顔のポーカーフェイスは通常運転です 作:燕子花(かきつばた)
「はぁ………」
今日は雲一つ無い晴天。
ま、雲があろうが無かろうが、晴れていようが雨が降ろうが、たとえ槍が降ったってバスケ部には関係ないんだけど。
「おいおい、カントク。これから試合だってのに、なーに溜息なんて吐いてんだよ」
前を歩いていた日向君がいつの間にか私の隣に並んでいた。
「そりゃ溜息くらい吐くわよ……せっかく誘ったのになぁ」
「誘った……? あぁ、白金の事か」
そう。私は今日、海常との練習試合に四季を誘っていた。
臨時のマネージャーとしては来てくれないだろうから、せめて試合を見に来て欲しいと頼んだのだ。
「来てないってことは、断られたのか?」
「たぶん」
「たぶん?」
四季の返事はと言えば、
〝気が向いたら行く、かもしれない〟だった。
かもって何よ、かもって。
「四季の考えてることは、私にもよく分からないわ。来るかもしれないし、来ないかもしれない」
四季とは去年、同じクラスだった。
今は怪我で離脱している鉄平に、マネージャーとしてバスケ部に入部するよう熱烈な勧誘を受けていたのが、四季だった。
私もバスケ部からは勧誘を受けてたし──断ったけど──同じような状況だった四季には親近感があった。
それからしばらくして、私はバスケ部のカントクを引き受けた。
そのとき鉄平に、四季が中学でマネージャーをしていたことを聞いて、私も一緒になって勧誘を始めた。マネージャーがいれば色々と楽かもしれないと思ったのもあるけど、女子がいなくて寂しかったってのも理由の一つ。
結果はご覧の通り。
四季をバスケ部に引き入れることは出来なかった。のらりくらりと笑顔で躱され、半年ほどでこちらが折れた。
四季を一言で表すなら〝掴みどころがない〟。飄々としていて、何を考えているのか分からない。
いつも笑顔なのに、心の底から笑っているところなんてほとんど見たことがない。好かれているのか嫌われているのか、それすらも分からなかった。
だから初めて私のことを〝友達〟だと言ってくれた時は、嬉しかった。四季の心に初めて触った気がした。
今年はクラスが離れてしまったけど、今でも昼食は一緒に食べている。部活にも顔を出してくれるようになった。冷やかしに来ているだけで、あんまり手伝ってはくれないけどね。
一年前よりは明らかに親しくなったはずだ。
それでも、四季の過去については全くと言っていいほど知らない。聞いてもはぐらかされてしまう。
帝光中の出身だというのも、知ったのはつい最近のこと。どうりで鉄平があんな熱心に勧誘していたわけだ。
「お、着いたみたいだな」
海常高校。
私達にとって、間違いなく格上の相手だ。
でも今年は火神君や黒子君がいる。二年生の皆だって、確実に成長してる。
勝てるかどうかなんて、やってみなきゃ分からない。
それに、もし勝てたら四季の考えだって変わるかもしれない。
黒子君は四季を尊敬しているらしい。
黄瀬君の反応も、ただのマネージャーに向けるようなものではなかった。
四季がマネージャーになってくれたらきっと、今よりずっと誠凛は強くなれる。そんな予感──いいえ、確信をしている。
「皆いるー? 黒子君は?」
「……カントク、ボクならここにいます」
「よっし、じゃあ行くわよ!」
四季が来るのか、来ないのか。それは楽しみに取っておきましょう。
それより今は、この練習試合に集中しなきゃね!!
****
「……うん、ゴールデンウィークに。ん? ……ふふっ、大丈夫。お金ならお祖父様が出してくれるって……ええ──うん。また連絡するね、修くん」
今日は誠凛高校と海常高校の練習試合。
リコちゃんには一緒に行かないかと誘われていたが、毎週日曜日の午前中は修くんと電話をする約束がある。
まあ、気になるから試合は途中からでも見に行くけど。
おそらく、そろそろ第3Qが終わる。
もしかしたら第4Qが始まっているかもしれない。
海常は誠凛よりも確実に強い。そこに黄瀬くんも加わる。
ただ、誠凛も弱くない。今年は黒子くんもいるのだ……あ、それから火神くんも。
黒子くんの行動は予測がつき難い。だからこそ、逆転も十分にあり得る。
「オマエが占いなんか見てたからだろが!!」
後ろから怒鳴り声が聞こえた。
何となく振り返って見るとそこには──リアカー、かな?
そう、リアカー。正確にはリアカーを引いた自転車。漕いでいるのは、男の子。
あの制服は確か、秀徳高校?
その顔には見覚えがある。一年生にして秀徳のPGを担っている高尾和成くん。
……そして後ろのリアカーに乗っている緑色の髪をした子。あの子にはもっと見覚えがあった。
声を掛けようかどうか、問題のリアカーをチラリと見て迷う。中学の頃から変な子だと思ってたけど悪化してないかな、これ。
「面白い物に乗ってるね、緑間くん」
結局、リアカーが真横に来たときに声を掛けた。
「──っ!? ……お久しぶりです、白金さん」
酷く驚いてはいたものの、挨拶はきちんとする緑間くん。
礼儀正しいのは黒子くんと同じだけど、この子のは堅苦しさがある。
「久しぶり。それより早くしないと試合、終わっちゃうよ?」
「……何のことですか?」
「見に行くんでしょう? 誠凛と海常の練習試合。きっと、今はもう第4Qに入ってるわねぇ」
「……」
苦い顔をして黙り込んでしまった。
この子は私のことが苦手みたいだから、仕方が無いことだけど。
「あなたとは初めまして、ね。高尾くん」
とりあえず緑間くんのことは置いといて、隣の彼に話しかける。
「うぇっ!? 何で知って……ま、いっか。オレ、真ちゃんの親友で相棒の高尾っす──おねーさんは?」
高尾くんの雰囲気が変わった。
やはり警戒はしているのだろう。緑間くんが信頼するわけだ。本人は認めないだろうけど。
「私は白金四季。緑間くん、友達が出来て良かったわね……あ、私も〝真ちゃん〟って呼ぼうかな」
「やめてくださいっ!!」
全身全霊での拒否。
高尾くんはお腹を抱えて爆笑している。緑間くんに負けず劣らずの変わった子だね。
「あ、試合が……そろそろ行かないと」
「じゃあ乗って行きます? コレ」
コレ、と高尾くんが指差したのはリアカー。
少し考えて、次の信号まで乗せてもらうことにした。
「へぇー真ちゃんの先輩なんですか。ってことは帝光出身っすか。あ、そう言えば知ってます? この間の部活で真ちゃんが──」
「おい、やめるのだよ高尾。ありもしないことを言いふらすな!」
意外と仲は良いようだ。
高尾くんの高い協調性で、バランスの良い関係が保てているのだろう。独りではないようで、安心した。
あ、そろそろ次の信号に着くみたい。
「うわっ、すっげー渋滞してる!」
ここの信号はいつも渋滞してる。今日だけ都合よく空いてる、なんてことあるわけないよね。
「じゃ、私はここで」
「オレも一緒に行きます」
「え? ちょっとお二人さん!?」
緑間くんも降りるとは予想外だ。
……思ったよりも苦手意識は持たれていないのだろうか。
何はともあれ、私たちは高尾くんを残して徒歩で海常へと向かった。
後方で渋滞に捕まり、リアカーと共に注目を浴びている高尾くんが何やら叫んでいるのだがまぁ、心の中でエールだけは送っておこう。
「ねぇ、緑間くん。今、バスケは楽しい?」
移動の最中、黙々と後ろを歩く緑間くんに質問をしてみた。
「楽しいかどうかは分かりませんが、充実はしています」
この子は素直じゃないけど、とても分かりやすい。
昔と変わらぬ答えに自然と口角が上がる。
「高尾くんのことは、頼りにしてるの?」
「チャラチャラと浮ついたヤツですが、バスケには真剣です。普段はともかく、試合では特に問題ありません」
質問の答えにはなってないけど、おそらく照れているのだろう。なんとも微笑ましい。
そうした会話を繰り返していると、あっという間に海常高校が見えてきた。
試合終了まで、残り十分もないだろう。
体育館へ入り得点を見ると、僅かに海常がリードしていた。誠凛は思った以上に奮闘しているようだ。
あら? 黒子くん、怪我をしているみたい。試合に出ているのなら大丈夫なのだろうけど。
「あの~、すみません」
「なに、……っっ!?」
近くにいた海常の人に声を掛けた。
黒子くんの怪我の理由、聞いておかないとね。
で、聞いたらすぐに教えてくれた。
私は良い意味で、とても人目を集める。言ってしまえば、人並み外れて容姿が優れているらしい。
自覚してる分、こういう所で役に立つ。
怪我の原因は黄瀬くん。
事故なのだろうけど、あの子のことだから落ち込んでいるかもしれない。
残り数秒で同点。
そのすぐ後、試合終了のブザーと共に最後の点を入れたのは──火神くん。
誠凛の勝利だ。
最後のあの跳躍。あれはキセキの世代にもない才能だった。
あの子たちに勝ちたいのならば、それに気付く必要がある。おそらく自身では気付けないだろう。
やはり彼の成長はリコちゃんが手を加えなければならない。リコちゃん優秀だから、きっとすぐに気付くはず。
「黄瀬、泣いてねぇ?」
「いや、悔しいのは分かっけど……練習試合だろ、たかが……」
黄瀬くんは泣いていた。
帝光という強豪校でバスケを始めたあの子にとって、チームとしては初めての敗北。
それを知らない周囲の人間にとって、練習試合で負けて涙を流すことが理解出来ないのだろう。
「っのボケ、メソメソしてんじゃねーよ!」
そんな黄瀬くんに、笠松さんが蹴りを入れた。
あの子を笠松さんに頼んだのは、間違いではなかったようだ。
整列を終え、体育館の外へと姿を消す黄瀬くん。
「私は黒子くんの所に行くけど、緑間くんも一緒に来る?」
やはり、怪我の具合を聞いておかないと落ち着かない。
「オレは黄瀬の所に行きます」
緑間くんと別れ、黒子くんの元へと向かう。
「黒子くん」
「白金先輩」
ゆっくりと話したいけど、のんびりしていると緑間くんが帰ってしまう。
「怪我はどう? 何か違和感があったりしない?」
「はい、大丈夫です」
「あ、四季!!」
「それじゃまたね、黒子くん」
リコちゃんに見つかっちゃったから退散退散……捕まったら長くなりそうだしね。
「残念だがリベンジは諦めた方がいい」
「…………」
険悪な雰囲気の時に来てしまった。
向かい合っている黄瀬くんと緑間くん。
そしてやっと海常に着いたのかヘトヘトになっている高尾くん……と、リアカー。
「お疲れ様、黄瀬くん」
「あ、四季センパイじゃないっスか!」
嬉しそうな顔は一転、すぐに複雑そうな表情へと変わった。
負けてしまった試合を見られたくはなかったのだろう。
「黒子くんの怪我は心配ないと思うよ。意識はしっかりしていたから、大事にはならない。それでも心配なら、病院の場所を教えるから行ってらっしゃいな」
「そう、っスか」
試合については、私がどうこう言うつもりはない。だから、黒子くんのことだけ伝えた。自分で怪我を負わせてしまったのだ。気にしていただろう。
黄瀬くんの緊張が解けたような笑顔に、私の頬も綻ぶ。
「さて、では行きましょうか──秀徳高校に」
「「「は!?」」」
わぁ、見事なハモり。仲良しだねぇ。
「センパイ! 緑間っちに着いていっても楽しくないっスよ!?」
「おい、どういう意味なのだよ黄瀬」
「まぁまぁ、喧嘩すんなよ二人とも! あっ、四季さんリアカー乗って行きます?」
「ありがとう。ちょっと距離があるし、お言葉に甘えて乗せてもらうね」
リアカーに乗り込む。
恥ずかしくないわけではないけど……高尾くんなら緑間くんのこと、ペラペラ喋ってくれそうだから。
「さぁ、緑間くんも早く乗って。秀徳は午後から練習でしょう? 早くしないと遅刻しちゃうよ」
「何で知っているのだよ!」
「あの、四季さん。もしかして漕ぐの、またオレ?」
抗議する緑間くんと高尾くんを言いくるめ、リアカーは再び走り出した。
今度は秀徳に向かって。
「え、オレのことは無視っスか!?」
もちろん、しょんぼりと項垂れる黄瀬くんに笑顔で手を振るのも忘れずに。
東の王者、秀徳高校。
果たして帝光の練習と、どちらが過酷なのかしらね?