あぁ…、ほんとについてない!
あぁ、あぁ、あぁ!!
この見知らぬ街を足早に、誰の目にもとどまらぬように気配を殺して歩き続ける。そう思っているだけ。
おそらく、目立ちまくっているだろう。だって、こんなところに学生姿の日本人がいるというのだ。目立たないほうがおかしい。
「っ…!」
それでも、俺は誰にも気づかれたくないという一心で歩き続けた。
「なんなんだ…、この街は…。」
見るからに外国なのだが、どこなのかはわからない。いろいろな人種が入り混じっているのだ。異様な雰囲気をまとった街。
「くっそ…。」
不安で、怖い。そんな感情に支配されている。
街の人間たちがこちらを見ているのではないか、という妙な感覚に襲われ、刹那の視線はキョロキョロと落ち着かない。
周りを気にしつつ、それでも歩いている速さは緩めない。
それにしても、どうして刹那がこんなところにいるのか、話はそこから始まる。
学校に行き、いつものように中等部のE組のやつらと遊んで、いつものように帰って、いつものように勉強して、いつものように就寝した。
そして、いつものように目を…、覚まさなかった。
目を覚ました時には、薄暗い、埃っぽい知らない家にいた。
頭に鈍痛。
誰かに殴られたのだろうか、それとも寝すぎたのか。
わからないことが多くて、正直混乱していたが、行動しないことには何も起こらない、そう考えて刹那は外に出た。
そして今に至るというわけだが…
「結局何もわかってない…!とにかく、ここをでなくちゃ…!」
その時…、
「…。」
視界を横切っていった、Yシャツにネクタイを締めた人間。見るからに日本人。
「今のは…、ぶっ!?」
その男を目で追っていると、何かにぶつかった。
鼻を抑えて、ゆっくり下がると、視界に入るのはスーツにコート。
「っあ…。」
視線を上げれば、くわえタバコにサングラス。
そしてなにより…
「このガキ…、大哥にぶつかりやがった。」
周りの黒服たち。
「ヒッ…」
短い悲鳴を上げて、じりじりと後ろに下がる。
「ごっ…、ごめんなさいぃ!!!」
踵を返したように、俺は走りだした。
「まちやがれ!!」
後ろの奴らも追ってきているのがわかる。
「さっ、最悪だぁああアアア!!」
椚ヶ丘高校3年、東條刹那。
早速ピンチです。
「大哥、大丈夫ですか?」
「あぁ、どうってことはない。それより…、今のは。」
「日本語、でしたね。」
刹那がぶつかった相手、三合会タイ支部のボス、張維新。
彼は面白そうに刹那が逃げていった方を眺めていた。
中等部のやつらと鍛えたおかげで足は早いほうだ。
しかし。
「こっちだ!!」
「うあっ!?」
土地勘がなさすぎる。
すぐに回り道をされてしまい、すぐに囲まれた。
「やっ、やばい…!!」
「おい、ガキ。…俺らのボスにぶつかっておいて逃げるたぁ…、良い度胸してるじゃねぇか。」
「ご、ごめんなさいって、謝ったつもりなんですけど…。」
相手が英語でよかった。
なんとか通じているみたいだ。
「日本人のガキのくせに、言葉がつうじるんだな。」
「まぁ、一応は名門校に通ってますからね。」
相手を刺激しないように、ゆっくりと話す。
「はっ、いいとこの坊っちゃんってわけか。…まぁなんでもいい。おらっ!こい!」
「いっ!?」
ぐいっと腕を引っ張られ、連れて行かれる。
「痛い!!はなしてよ!!」
最悪だ、最悪だ!
目立たないようにって思ってたのに、とんでもない人にぶつかってしまったみたいだ。
自分の運の無さに涙がでてくる。
すると、刹那の腕を掴んでいる男の携帯が鳴った。
「はい…。わかりました。失礼致します。」
短くそう返事し、胸ポケットに携帯をなおす。
「ボスがお前を連れて来いと言っている。…行くぞ。」
あぁ…、本当についていない…。
ーーー刹那君はすごいよ…、なんでも出来て、羨ましい。
ーーー刹那、俺は諦めないよ、お前のこと。
ーーー刹那君、いつでも先生を暗殺しに来てください、待っています。
E組の奴らの言葉が頭に浮かんだ。
みんな…、俺、大変なことになってるよ…。
「失礼します。ボス、連れて来ました。ほら、入れ。」
「あぅ…。」
どん、と押されて部屋に押し込まれる。
「ご苦労。お前は下がってていい。」
後ろ姿しか見えないが、さっきの男だ。
「失礼いいたします。」
部下らしき男は頭を下げ、部屋から出て行った。
「…。」
「よぉ日本人。…こっちに来な。」
「ぅ…。」
行きたくない。
でも、従うしかない。
近くに行けば、ボスと言われた男が振り返った。
「あっ…、あの…、先程は失礼いたしました!あなたが誰なのかは知らないですけど、本当にすみませんでした!!」
男が何か言うまえに、刹那は頭を下げる。
「だ、だから…、殺さないでください。」
それは正直な気持ち。
こんな短い人生で、こんなくだらない理由で殺されるわけにはいかないんだ。
「くっ…、はっはっはっ!!」
「…!?」
すると、男が大口をあけて笑い始めた。
「何を言うかとおもいきや、そんなことか!」
「え?」
「安心しろ、お前みたいなどこの人間ともわからねぇガキを殺したりなんかしない。むしろ、興味がある。」
「…。」
「俺が誰かわかってないのに頭を下げているあたり、とかな。」
「うっ…。」
「お前、名前は?」
「東條、刹那です。」
「刹那か。…俺は張、ここ、三合会のボスをしている。」
「…どうも。」
「お前はどこから来た?いつから?経路は?」
その問を投げかけられて、刹那は首を横に振るだけだ。
「…わかりません。気がついたら空き家のようなところで縛られていて。自分の家で寝ていたはずなのに。」
しかもご丁寧に制服を着せられている。
「ふぅん…、そうか…。」
「っわ!?」
急に腕を掴まれ、引き寄せられる。
「え!?」
「まぁいい。俺はお前が気に入った。」
「ちっ、近い…!!」
「なんだ…?刹那、お前、甘い匂いがするな。」
「ひぅ…!」
首筋に顔を近づけ、すんすんと匂いをかがれ、思わず変な声を上げる。
「へぇ。…日本人はこういうスキンシップが苦手なのかい?」
「そ、そういう訳じゃ…!」
刹那の顔は赤い。
その表情をみた張は、にやりと笑った。
「なんか、企んでる顔…、っあ!?」
ちゅ…、と首筋に吸い付き、さらに強く吸い上げる。
「ぃ、あっ…ん…!!」
ちくりとした痛みと、一瞬の快感。
「ふっ、しっかり付いたな。」
離れた張は満足気に笑った。
「…ふぇ?」
ガラス窓に向き直されて、先ほど張の吸い付いていた部分を見、刹那の顔は真っ赤になった。
キスマーク。
まさにそれだった。
「刹那、俺はお前が気に入った。これは、その証だ。」
ぺろりと唇を舐め、そう言う。
「なっ…、なっ…!!」
「俺のことは張でいい、よろしく頼むぜ、刹那。」
そのまま、唇を吸われ、刹那の頭はパンクした。