「(こ、こわいいいいいい!)」
今、刹那は張と対峙していた。
「おい。」
「(ど、どうしよう…!っていうか、普通に俺のファーストキスとられた…!)」
刹那は頭を抱え、悶々と考え込んでいた。
「刹那。」
「(気に入ったってなんなんだ!?俺、何かした!?いや、ぶつかったけど…、ぶつかったけど!それだけだし、それ以外には何もしてない…でもっ)」
「刹那!!」
「は、はい!?」
びくぅ!と体をはねさせ、そこで初めて張に気づく。
張はタバコの煙を吐き出し、少しサングラスをずらして刹那の方を見る。
「…何考えてた?」
「えっ…。」
刹那は、張のほうをきょとんとした様子で見る。
「何…って…、別に…。」
張には関係ないことだ、と刹那は目をそらす。
「俺はわかるぜ、刹那。俺には関係ないだろって顔してやがる。」
「…。」
全く大当たりすぎて、刹那の顔はぐっと歪んだ。
「俺は…、日本に帰りたいんです。」
「それはさっきも言っただろう、却下だ。」
「なんで…!」
「お前は俺の所有物だからだ。」
「…は?」
「言っただろう?俺はお前が気に入った。だから、お前を俺のものにした。」
「ほっ…本人の了承とか、そういうものもあるでしょう!?」
「言わせてもらうが、今、俺がお前をここから出すとする。そうすると、どうなると思う?」
「…。」
「ま、想像はついてるだろうな。…死ぬぞ。」
わかっていたことだが、死という単語を耳にして、刹那は息を呑んだ。
「ここでお前を手放してしまうのはどうしても惜しい。だから、俺はお前を離さない。」
「っ…!」
まっすぐに見据えられ、刹那の頬は少しだが、熱を帯びた。
「なに、心配するな、ここにいる以上、刹那に不自由はさせないさ。」
「でも…、俺、学生だし…。」
「刹那、今はこうして保護されてはいるが、お前は誘拐された身だ。お前を誘拐した奴らについては何もわかっていない。そんな状態で日本に戻っても、何も解決しないと思うが?」
「そ、それは、そうなんですけど…」
張の言っていることは正しい、だからこそ、刹那は納得出来ないことがあった。
「だからって、俺がここにいても何も解決しない…と思う、し。」
「…それはちがうな。」
「…。」
「ここ、ロアナプラにはお前の力になってやれるやつらが多く存在する。この場でお前を誘拐した犯人の目的を探り見つけ出す。そうやって、お前の不安要素を根元から腐らせればいい。」
張は、すっと刹那の隣に座り、肩を抱いて自分の方に引き寄せた。
「わっ…」
「そして俺は三合会タイ支部のトップだ。俺も、お前の力になってやれる。だから、しばらくは俺のそばにいろ。」
「…。」
刹那の表情は暗いままだが、かすかに、頷いた。
「いい子だ。」
「こ、子供扱いするな…。」
頭を撫でると、ぱっと避けられたが、張は満足気に笑ったままだった。
「…でも、心配かけないように、ある人にだけ連絡させて欲しいんだけど。」
「ある人?そいつは、だれだ?」
「んーと、…一応先生。」
「だめだ。」
「なんでだよ!」
「それこそ、向こう側に心配をかけるようなもんだろ。」
「大丈夫、あの人は電話したら直接こっちに来て確認して帰ると思うし。それに、説明しなかったら、あの人ならすぐにでも俺を見つけて、あんたを攻撃すると思う。」
お願いします!と頭を下げると、張は頭を掻きながらため息を吐いた。
「仕方ねぇな…」
「ありがとう。」
そして、刹那は電話をかけはじめた。
「あっ、もしもし、殺せんせー?」
「(殺せんせー…?)」
日本語であまり聞き取れないが、張はその単語だけは刹那の言う、”ある人”なのだということを理解した。
「うわっ!?お、落ち着いて…、俺は大丈夫。今、周りに渚たちはいないよね?…うん、うん…。とりあえず、今俺が居る場所までこれる?…ん、わかった、…くれぐれも、渚たちには気づかれないようにして。じゃあ、切るね。」
「終わったのか?」
「うん、今からくるって。」
「は…?」
「大丈夫、今の俺の状況を説明するだけだから。」
その時、豪風とともに、何かが目の前に現れた。
「な、なんだ!?」
「刹那くーん!無事ですかー!?」
その何かは、黄色く、タコのような風貌に黒い服を身にまとっていた。
「殺せんせー、俺はここだよ。」
「刹那くん!!」
素早い動きで刹那に飛びつき、がくがくと揺さぶる。
「本当に大丈夫なんですか心配したんですよ!急にいなくなったと聞いて、渚くんたちもすごく心配していたんですよ!そもそもなんでこんなところに君がいるんでs…」
「す、ストップ!殺せんせー。」
乱れた髪型を直し、息を整えて再び殺せんせーに向き直る。
「俺は、誘拐されたんだ。」
「にゅっ!?そ、それは、そこにいる男にですか?」
「ううん、違う。この人は、…………うーん、えーっと?」
「おいおい、なんでそんな困った顔でこっち見るんだよ。言っただろ?俺はお前に協力するってな。」
「信じていいのですか?」
「うん、多分、信じて大丈夫。」
気に入られたみたいだし、と小さく呟いて、本題に移る。
「どうして俺が、どういう目的で誘拐されたのかはわからない。でも、ここで保護されておとなしく帰ったところで、他のみんなに火の粉がかかったりしたら、先輩として面目が立たない。そこで、殺せんせーにだけ、俺は無事だよってことを伝えておこうかとおもったんだけど…。」
「そうなると、やはり渚くんたちにも刹那くんのことは教えておいたほうがいいんじゃないですかねぇ?」
「ううん、それは、なるべくやめてほしい。あいつら、絶対に俺を助けに来ようとする。張に聞いた限り、この街はとっても危険なところだから、俺のことについては触れないで欲しい。」
「にゅうう…。」
「とりあえず、俺は張のことを信用して、ここにいようと思う。…彼が張だよ。」
「初めましてだな、殺せんせーとやら。張だ、よろしく。」
「…あなたのことを教えてもらっても?」
「そうだな、教えてやれることといえば、三合会タイ支部のトップの張維新ってことぐらいだな、あとはテメーで調べたらいいと思うぜ。」
「三合会…」
「その様子だと、知ってそうだな。」
「あなたのことを本当に信じていいのか、先生にはわかりかねます。」
「まぁ、だろうな。だが、安心してくれていいぜ、俺は刹那に惚れた。絶対にこいつに手出しはさせないさ。」
「刹那くんの身に何かあった時、私はあなたを、殺すかもしれません。」
「あぁ、勝手にすりゃあいい。そんな時はこねぇからよ。」
殺せんせーが帰ってから、張は息を吐いた。
「ったく…、なんなんだ?あのたこみてーなやつは。」
「俺がお世話になってる先生。」
にこっと笑って言うと、張は、くくっ…と笑いながら刹那を引き寄せる。
「お前は飽きねぇなぁ。」
「…?」
「これから仲良くしようぜ、刹那。」
「………少しくらいなら。」