ケイの旅 ーLife is a Journeyー   作:黒猫冬夜

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後書きネタバレ注意


人を選んだ話・下

すっかり人気が少なくなった焚き火の側で、一人の男性が光の届かない闇へ目を光らせる。四人分の荷物を見張ってる彼の聴覚と視覚は、小さな異変も見つけられるように澄まされていた。

 

崖の上の渇いた平原を冷たい夜風が吹く。偶にテントを激しく揺らすそれは、見張りの男性の仲間二人と客人の存在音を運ぶ。随分前に就寝した仲間がいるテントからは大きな鼾と、たまに寝言が聞こえる。暫く前に寝に行った客人は熟睡しているのか、彼のテントから聞こえる音はなかった。

 

旅人の静寂が気になったのか、男性はそのテントを眺めていた。山賊の襲撃より旅人に盗まれる方が心配なのか、偶に砂を運ぶ風に顔を背ける以外は目を離さず見ていた。

 

姿を見せてなかった星座が完全に現れる頃、ゴトンと重い音が静寂を崩す。それはトラックから鳴った様で、何か重い物が荷台の床に落ちたのだろう。男性はビクリと肩を震わせ、持っていた陶器製の酒瓶を地面に下ろす。平らでない地面に置かれた便は少し揺れたが、中の液体の為か倒れることは無かった。

 

男性はノロノロと起き上がり、若干頼りない足取りでトラックの方へと向かう。その脚はしかし、途中に遮るように置かれている旅人のテントの前で止まる。

 

「旅人さん?」

 

静かな、しかしハッキリとした声で男性はテント中の人を呼ぶ。けれど熟睡中だろう旅人は返事をする事は無い。

 

「旅人さん。」

 

さっきより大きい声でもう一度呼ぶ。ただ寝ているなら、起きない方が不思議な声量が声帯から響く。しかし、旅人も男性の仲間も寝る前に酒を飲んでいた。鈍酔したならば、起きないのも頷けるかもしれない。

 

ゴトン、とまたトラックから音が響く。

 

男性はゆっくりと、旅人のテントの入り口前にしゃがむ。特に躊躇いを見せずに、彼の手は閉まっているチャックへと伸びる。ズズッ、と慎重にチャックが開けられる。人が一人屈んで通れるほど開くと、男性の手が止まる。

 

息を潜め、目の前のテント内に全感覚を集中させる。酒の酔いが抜けたように、緊張の光がその目を鋭く光らせる。入り口のフラップに手が添えられ、開かれる。

 

カチャリ、と無機質な音が鳴る。

 

「睡眠中に何か用かな。」

 

男性の後ろから、冷たい声音が降ってくる。それに凍らされたかの様に、男性は動かない。首に押された鉄の塊が、生命の温もりを盗んでいく。

 

「何を驚いてるんだか。まるで、悪戯の最中に捕まった子供みたいだ。」

 

ククク、と楽しそうな笑いが聞こえるが、声の主の目は笑っていない。ネズミを見つけた猛禽類の様な鋭い目線が男性の背中を刺す。

 

「どう・・・やって、」

「起きてるかって?」

 

声はあくまで楽しそうだ。状況が状況じゃなければ、食事を待つまでの世間話の様な声音だ。

 

「あの酒、シュタインの実とカーゲルの根を使ってるね。カーゲルの根はアルコール度の高い酒を作るのに適してるが、強い辛味の所為で実際余り使われてない。シュタインの実に至っては、液体にすると直ぐに腐敗を始める。」

 

唐突に、パースエイダーを構えた青年は話し出す。男性は緊張を解かず、筋肉一つ動かさないで聞いている。

 

「シュタインの実は睡眠薬として、粉状で売られている。余り知られてないが、その睡眠を誘う物質とカーゲルの根の辛味成分が反応すると、麻痺効果を引き起こす物質が出来る。」

「何故」

「解った?カーゲル酒の辛味は独特だから覚えやすい。さらに、麻痺効果の物質は、強い苦味がある。辛い酒で隠しても、後味でハッキリする位には。後、辛味成分と睡眠効果の成分が融合すると、」

 

透明な酒が白く濁るのさ、と言う声は突然の強風に流され、男性には届かなかった。

 

「さて、お喋りは此処までにしよう。」

 

楽しそうだった声が幻のように消え、感情の抜けた声で青年は言い放つ。男性はビクリと震え、必死に気配を消すように呼吸する。しかし敵の目前で姿を消せる訳もなく、パースエイダーは無情に突きつけられたままだ。

 

「国外は無法地帯故、法で命は保証されない。知ってるよな。」

「い、命だけは!」

「へぇ、そうか。じゃぁ、手足を奪おうか。」

「ヒッ」

「人肉は、高く売買されるしな。まぁ、ここで野生動物に生きたまま食われるのも良い経験だ、多分。」

「人間じゃねぇ!」

「じゃ墜ちてやろうか。」

 

パースエイダーの先がグリグリと男性の喉に食い込む。男性は覚悟したかのように体を引き締め、静かになる。

 

「さぁ、死のうか。」

 

青年がセーフティーに指を掛けると同時に、男性が動く。引き締めた足の筋肉をバネとして使い、一気に飛び上がる。伸びる体に合わせ右腕も胸から伸ばし、重点を動かす事によって体が回転する。

 

青年は奇襲に然程驚くことなく、一歩後ろへ下がる。ヒュン、と拳が鼻先を通り過ぎる。通り過ぎた腕の手首を左手で掴み、自分へと引き寄せる。襲撃で体制に大きな隙が出来てた男性は、呆気なく体制を崩してしまう。

 

未だ右手にあるパースエイダーをクルリと回し、マズルを掴む。崩れてくる男性へ一歩踏み出し、グリップを横顔に勢い良く叩きつける。そのまま右腕を男性の首の後ろへと回し、踏み込んだ右足を支点とし右へとなぎ倒す。呻きながら倒れた男性の腹を踏み付けると、また辺りに静寂が戻る。

 

ゴトッ、と重い音がトラックからまた鳴る。

 

青年は痙攣する男性を一瞥し、もう一つのテントへと向かう。少し前に男性がしたようにテントのチャックを下げ、入り口を開ける。中を覗くと、男性の仲間二人は予想通り寝ており、先程までの戦闘で起きた様子では無かった。青年は暫く二人を監視した後、納得したのかテントのチャックを閉めた。

 

自分のモトラドから懐中電灯を一つ取り出し、トラックへと足を向ける。荷台の扉は布で出来た簡易的な物で、厚みのあるそれを押せば簡単に中に侵入出来た。左手に持った懐中電灯で中を照らす。

 

青年は一瞬、息を呑んだ。しかし直ぐに落ち着きを取り直し、トラックの後ろに縛られている「商品」に光を当てた。

 

「奴隷商人か。」

 

小さな檻の中から手足を拘束された少年が青年を睨む。その目には奴隷特有の曇った闇は無く、生気で爛々としていた。

 

青年は少年の存在よりも、その容姿に驚いていた。首から下は普通なのだが、顔と頭は人間と言い難い異変が起こっていた。顔の右上部分は彼の左目と同じ深緑色の鱗で覆われており、その間から覗く右目は髪と同じ薄い金色。暗闇を見透かす金の瞳は、蛇を連想させる縦長の瞳孔を包んでいた。極め付けには、金糸の様な髪から覗く、短いながらも存在感ある二本の角。

 

少年は青年だけが入ったのを確認すると、口を塞いでいた布を床に吐き出す。それは鋭いもので破られた様に、綺麗に避けていた。

 

「ここから出してくれよ。彼奴らを殺したんだろ。」

 

声変わりし始めたばかりの、まだ少し高めの声で少年が喋る。口角を上げながら、訴える様に手足の拘束を揺らす。

 

「いや、殺してない。」

「は?」

「殺しはしたく無いからな。」

 

青年の淡々とした答えに、少年は心底驚いた様な声を上げる。だらしなく開いた口からは、鋭い歯が伺える。

 

「盗賊にまで堕ちたくないから・・・すまん。」

「おい!」

 

出ようとする青年を、焦った声が遮る。立ち止まって振り返れば、少年は言葉を続ける。

 

「俺を殺すのか!」

「ん?」

 

少年の荒々しい訴えに、青年は興味惹かれた様に耳を傾ける。

 

「彼奴らを殺さないなら、俺の未来が殺される。あんたは、彼奴らを選ぶのか!」

「選ぶも何も、無干渉だね。」

「無干渉も立派な干渉だろうが!」

 

ほう、と青年は感嘆の声を出す。腕を組み、少年の話を促す。

 

「俺の存在を確認したところでもう決断が迫られてんだよ。」

「・・・」

「好奇心は猫を殺したんだ。残念だったな!誰も殺したく無いなら、俺をここから出せ!」

「盗みはしたくない。」

「盗みじゃない。」

 

少年は、再びニヤリと笑う。

 

「彼奴らを殺さなかったんだろ。命の対価は命が対等じゃないか。」

「目には目を、か。」

「そうだ。」

 

ケラケラ、と少年が笑う。白い歯は懐中電灯の光を反射し、不穏に輝く。

 

「さぁ、どうする。誰を選ぶ。」

 

一笑い終えた少年は、急に真面目に問う。

 

「達成感が猫を蘇らせる、だっけか。」

 

青年は楽しそうに呟きながら、パースエイダーを構える。

 

「お前、名前は。」

「さんじゅうきゅう」

「さんじゅ・・・?」

「被検体39だ。」

 

少年は噛みつくように答える。「商品」になる前も、どうやら人間として扱われてなかったらしい。

 

「そうか、ならこれからお前の名前は      

 

 

 

 

 

崖の上の静かな夜に、数発の発砲音が響いた。




後書き:

やっと、少年登場です。これで、旅人の事を名前で呼び始められます。

気づいた方も多いと思いますが、商人たちは原作の「人を喰った話」の商人と同じ国出身です。
青年は、男達が奴隷商人だと気付いていました。
「動く商品」で不審に思い、毒を盛られた事で確信しました。
彼は酒にかなり強いですし、基本的に毒には免疫を持っています。
なので、キノほど出された食べ物・飲み物には警戒しません。
青年は酔った真似してテントに入った後、風が強い時にテントの裏から抜け出しました。
テントの隣にあるモトラドの後ろに隠れ、男性が来るのを待ちました。

少年が世界観を壊してしまわないか心配ですが、彼以外に青年の仲間は務まりません。
下に少年について少し補足を書いておきます。
ネタバレになるかもしれないので、読む場合は自己責任でお願いします。
















少年(サク)
年齢は10代前半
容姿、能力は人体実験の結果と思われる
身体能力は常人を上回る
顔の鱗以外は、自由自在に操れる(現す・消す)
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