シングルマザーのスミレと一人娘のユリ、叔父の私の人間模様。

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花の中に花の世界

『花の中に花の世界』

 

 

昼津淳広

 

 

ユリちゃんはたいていフリルのついたドレスを着て、窓際で私の知らない歌を歌っている。私の姪(5歳)であり、私の義理の妹スミレの一人娘である。スミレは目下資格取得のため猛勉強中で、暗記しなければならないことがあまりに多く苦戦している。私はユリちゃんの大好きな栗のタルトをお土産に持って、子育てに何かと手のかかるスミレの手伝いに時折彼女のマンションを訪ねている。手伝いはユリちゃんが生まれてからすぐに始まったからもう5年になる。スミレもすこし歳をとり、ユリちゃんはずいぶんと大きくなった。

私はというとこの5年間に職場が変わっただけだ。出世はもちろんのこと、結婚もしていない。職場が変わるとそれまで付き合っていた彼女が去り、飼っていた犬が死に、それまで持っていたわずかな幸運までも消えたかのようであった。

スミレの人生もまた私と似たり寄ったりのぱっとしないものだった。病気になり、旦那が家を出ていき、その旦那の子をやどしていることがわかると、自分の力でユリちゃんを育てるべく資格取得の猛勉強を始めた。しかし難易度の高い資格を取るのには幾つものハードルを越えねばならなかった。

「いつも悪いね」とスミレは言う。

「どういたしまして」私はいつもと変わらない返事をして、お茶を煎れるスミレの背中を見ていた。

「ユリ、お茶を出すまで食べないでっていつも言ってるでしょう…」

ユリちゃんは私の隣の席に座って、栗のタルトをもう半分ほど食べ終えていた。

「おじさん、栗がとってもおいしいね。でもクリームはもっとおいしい!」ユリちゃんは言う。

 

ユリちゃんが食べることに熱中している間、誰も一言もしゃべらなかった。スミレと交わす言葉なんてもう何もなかった。5年という月日とはそういう時間なのだ。彼女はバナナのタルトをゆっくりと食べていた。

「ユリちゃんが元気で何よりだ」

「今度バレエの発表会があるの」

「いつ?」

「11月9日の日曜日」

「ユリはどえらい役でおどるの。えらいでしょう」と、ユリちゃん。

「えらい、えらい。ユリちゃんがど偉い役で踊るんだからおじさんも見に行こうかなあ」

「うん!きてね、見にきてね。ビデオはママのほうがじょうずだから、おじさんは見て拍手してくれればいいの!」

「ああ、拍手するよ。誰よりも大きな拍手をするからね」

「だめ、拍手はひかえめにして。おじさんが目立つとユリは恥ずかしいもん!」

私はスミレと顔を見合わせ、クスリと微笑った。

ユリちゃんは性格も話し方も母親とそっくりだった。

 

ユリちゃんが寝てしまうと、私とスミレはテーブルを挟んでコーヒーを飲んだ。いつも通り話すことを見つけるのに苦労した。会話は途切れ途切れになり、沈黙は長くなった。でも、二人は別に恋人同士ではないし、私の会話ベタは今に始まった事ではない。彼女の淹れるコーヒーはちょっぴり酸味が強くて美味しかった。

 

「バレエの発表会は無理して来なくていいわよ」スミレは片付けをしながら言った。「忙しいんでしょ? 仕事」

「そうでもない。行くよ。ユリちゃんが喜ぶから」

「あのね、ユリが今度おじさんが来たら、ユリが寝ている間にこのビデオを見せてって」

「なに」

「お遊戯会のビデオ。ユリが自分で作った曲を歌ってるの、アドリブで」

「それはすごいな、幼稚園児がお遊戯会でアドリブするなんて聞いたことがない」

「歌う曲は決まってたのよ。練習もしたの。でも当日になって突然、歌詞がつまらないからって勝手に変えたんだって」

「それはすごいな。ど偉い役に抜擢されるだけのことはある」

スミレはクスクスと笑った。そしてテレビにビデオをセットした。

「本当はど偉くなんかないのよ。バレエの役はお姫様の友達Aだもん」

 

ビデオが始まるといきなりユリちゃんが歌い出した。

 

「花、花、花

たくさんの花

青、赤、ピンク、いろいろな色

花はみんな生きている、考えている

花の中に花の世界

平和な世界

世界にはどんな夢がある?

私たちにはどんな夢がある?」

 

私はスミレを見た。彼女も私を見つめていた。言葉は出なかった。長い沈黙に思えた。

カチャリとドアが開くとユリちゃんがひょっこり顔を出して言った。

「ちゃんとユリが寝てから見せてって言ったでしょ!」

ユリちゃんが言った通り、ママの撮影したビデオはとても上手だった。

 


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