ガールズバンドのギタリストのユリ。些細なことで不条理な人間関係に巻き込まれて。

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It's Only Rock 'N Roll (But I Like It)

「It's Only Rock 'N Roll(But I Like It)」

 

 

昼津淳広

 

 

「ねえミユキ、ここのギターソロ、どっちが弾いてるんだろう。わかる?」

 

私の家のCDデッキのランニングタイム表示が2分23秒を過ぎたとき、それまで黙っていたユリがあまりに唐突に聞くので、私はしばらく誰に聞いているのかも、質問の意味も要領を得なかった。二人は私の部屋で、学園祭でライブ演奏することになっていたストーンズの"It's Only Rock 'N Roll"を練習がてら繰り返し聴いていたのだ。

 

「どっちだろう? たぶんキースじゃないかなぁ、私にはそう聞こえるな。」

「ふーん。ミックだったらいいのになぁ…」

 

ユリはローリング・ストーンズの長い歴史の中で、わずか5年しか在籍していないミック・テイラーのファンなのだ。曲が終わるとユリがリモコンでリピートさせた。彼女は無言で一点を見つめたまま真剣に聴き入っていた。

私たちは大学のサークル内で結成したガールズバンドの仲間である。ユリがリードギターを担当し、私はサイドギター兼ボーカル担当だった。他に三人メンバーがいたのだが、彼女たちはあまり熱心ではなかった。無口なユリはリーダーのタイプではなかったので、仕方なく私がリーダーも兼ねた。

 

「ねぇミユキ。ミックはなんでクビになったのかしら? だってキースより断然上手いじゃない。理不尽だわ」

「キースに追い出されたんじゃない? イイ男だし、ギターも上手いから嫉妬されたのよ、きっと」

 

私は適当なことを言った。事実と違うのだろう。でも、そのほうがすんなりと納得がいくし、それに、半分は当たっているような気もしたのだ。ミックはストーンズには似つかわしくなく、長身ですらっとしていて、ギターが上手で、何よりもすごくチャーミングだったのだ。

ユリは私の意見には無言だった。返事がないのは別に珍しくないが、この日は真剣に何かを考えているように見えた。なんだかやけに寂しそうな、急に泣き叫びそうな雰囲気が漂っていて、やはり虚空を見つめている。リーダーとしては実に扱いにくいメンバーだ。

ただ、ユリは今度の学園祭に賭けていた。相当練習を重ね、完璧なギターリフをみんなの前でやってのけ、皆をあっと言わせたいと考えているのだ。彼女の実力を持ってすれば、それは充分可能なことであった。

 

「ミユキ、次のギグはいつだったっけ?」

ギグ? 私は吹き出しそうになった。ただの「練習」じゃない。真剣なのはわかるけど、うわすべりしてるわよ、ユリ。私はそう思ったけれど、口には出さなかった。

「水曜日の5時からよ。みんなに伝えておいてよ」

「うん…」

彼女は10回ほど繰り返し聴いて、5時過ぎに帰って行った。彼女はいつも何を考えているのかわからないときがある。思考の底に沈んだきりしばらく浮かんでこないことが多いのだ。普段のユリはまったく目立たない存在だ。ごく普通の二十歳の女の子だ。講義に出ていても、いるのかいないのかまったくわからない。自分から積極的に何かをやるなんて考えられない。バンドに誘ったのは私だった。彼女は軽音楽サークルの中では地味だけどギターが上手かったので、リードギタリストとしてリクルートしたのだ。

 

練習場は市が運営するホールである。ここはダンス教室や日舞のお稽古が出来るように防音工事がなされ、大きな鏡が付いていた。1時間1000円で、2時間だと1800円だった。私たちは2時間予約していた。ベースアンプの調子が悪く、練習は10分ほど遅れて始まった。

 

「もっとひずんだ感じの音になんないかなあ。原曲みたいに」

突然ユリが言うのでみんなキョトンとしてしまった。私には彼女がこだわる理由がよくわかった。あれからさらに練習を重ねたのだろう。ユリのソロはより磨きがかかり、相当いい線いっている。ドラムやベースがショボくても大きな反響が得られそうだ。学園祭のライブは時間が限られている上に演奏する組数が多いので一組一曲と決められていたが、例外があり、アンコールの拍手が一定時間続くともう一曲演奏できるのだ。

「ユリ、もう一曲練習しといたほうがよくない?」

「それって、取らぬ狸のなんとか?」

「取らぬ狸の皮算用ってこと? ユリは欲がないのね。でもきっとアンコールくるよ」

ユリは何も答えなかった。

 

練習が終わってエレベーターを待っていると、7時からの予約できた男の五人組が降りてきた。

「お、ガーリーじゃん。みんな!今度一緒にギグらない?」私が答えに窮していると、ユリがエレベーターの閉まるボタンを連打して扉が閉まった。

 

「ばーーーか!!」

 

ユリが扉の向こう側に聞こえるような大きな声で罵った。その言葉はあまりに毒々しく、かえって私たちに向けられているのではないかとさえ思えた。他のメンバーもそう思ったようだ。みんな一言も言わずに俯いている。

 

 

学園祭では一躍有名バンドになった。ちゃんとした名前(ユリと二人で考えた)があったのだが、その日から私たちのバンドは「ガーリー・ストーンズ」と呼ばれるようになった。私はまんざらでもなかったのだが、ユリは内心面白くなさそうだった。

 

バンドの中心人物は明らかに私からユリに移った。私は別段悔しさとか、怒りとか嫉妬心のようなものを感じなかった。当然の成り行きだ。ただ、私の彼氏のイガラシ君が、今まで一度も来たことがなかったくせに、ライブのたびにやって来てはユリばかりを見て、手を振ったりして、この前は花束を投げ込んでいるのを目の当たりにして絶句した。

私はイガラシ君と即座に別れ、バンドの雰囲気は急にひどい状態になってしまった。私とユリはコミュニケーションが取れなくなり、些細なことで言い争うようになった。他のメンバーは頼みもしないのに私に加勢したため、まるで四人でユリを追い出しているような形となった。間も無くして、ユリはバンドを脱退した。

 

それから1カ月もしないうちにバンドはあっけなく解散した。崩壊したと言うべきか。当たり前のことだ。ユリのいないバンドでは何もできない。わかりきったことなのに、私は何であんなことになったのかさっぱり理解できないでいる。イガラシ君のことが原因ではない。断言できる。私は説明しがたい得体の知れない感情に突き動かされていたのだ。若かったと言えばそれまでだ。

これは私の勝手な想像かもしれない。でも、思い返してみると、それ以外の理由が思い当たらないのだ。この事件の原因は意外なことだが、"It's Only Rock 'N Roll" という曲そのものに潜んでいるように思えるのだ。

しかし今となっては、すべては取り返しがつかないことだ。ユリに真相を確認することも、また叶わない。



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