吸血姫に飼われています   作:ですてに

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すずか様がそろそろ成分不足に陥ったと訴えるのでこうなりました。


お互いに補給が必要です

 こめかみを押さえながら、目を閉じて、静かに回復を待つ。魔力を限界近くまで使い切るたびに、少しずつ魔力総量が伸びる実感があるから止めるつもりはないものの、毎回、頭の奥までズシンと響いたり、鋭く抉られるような頭痛には慣れるにも限界があった。努力した相当分は確実に報われる、便利な特典能力が無ければ、とっくに心が折れてしまっているだろう、と。

 

『限界近くまで魔力を使い切るなどと……下手すれば命に関わるのですよ?』

 

「ホントに使い切った事は無いよ。その前に意識飛んだり、この痛みに負けたりするし。半年前、練習を始めた時は、身体強化一発で打ち止めとか、そんな次元だったから、俺なりに頑張ってるんだぜ?」

 

『ということは、実質のEランクから、無理無茶の末にC相当まで増やしたということですか……。ええ、その覚悟は見事なものです。ですが、これからの訓練プランは私が考えます。魔力量の底上げをする為とはいえ、意識が飛んだり、激しい頭痛を生じる追い込みは正しいやり方ではありません』

 

 呆れた声で、ヘカティーが大翔の訓練手法を否定する。彼女が人型を取れたのなら、大きなため息がこぼれるのをきっと見られただろう。

 

「某戦闘種族の訓練法はお気に召しません、か。ただ、一年ぐらいしか猶予が無いんだ。君の前マスターから聞いたりしなかったか? 極端に命を縮めたりするんじゃなければ、魔力の底上げは必要だ。同時に、ヘカティーから正しい知識や術式を平行して習えば、何とかモノにはなるかなと思ってるんだけど」

 

『ええ、ペラペラ話してくれましたから、彼は。確かに、あと一年ぐらいで物語は始まります。ゆえに、知識も術式も、私の知るものを大翔に全力で伝えますし、教えます。マスターの望みなのですから』

 

「うん、必死に学ぶよ」

 

『それです。一生懸命と、命を削るようなやり方は同じではありません。私は貴方のやり方を肯定出来ない。リンカーコアに常に負担をかけているようなものなのですから、魔道師としての寿命が縮まる可能性が高い。彼のように才に胡坐をかくのも我慢なりませんが、貴方も極端すぎるのです』

 

 空は月や星々が瞬く夜空へと移り変わっている。その淡い光をそっと人影が遮り、影はそのまま大翔の傍で腰を下ろし、四つん這いの姿勢になりながら、どこか慣れた動きで負担をかけないように、静かに彼の上に乗りかかっていく。

 

「……ヘカティー。大丈夫、その為に私がいるんだよ」

 

『マスター?』

 

「えっと、すずかさん。さも当然のように、俺の身体に覆い被さってくるのか、説明を求めたい」

 

 変に驚いたからなのか、彼の痛みは一時的にであれ、消えている。それはありがたいことだが、ヘカティーが疑問形で問いかけたように、いかに地面に寝転がっているとはいえ、すずかが上に被さってくる理屈は、大翔にもどうにもおかしいとしか思えなかった。

 

「大翔くん成分が不足しましたので、補給します。あとは、魔力を少しでも分けてあげたいなと思いまして。普段はここまで使い切る『ほんの』少し前に止めるんだけど……油断も隙もないね、大翔くんは」

 

「ホワット?」

 

 言葉が分からないわけではない。脳が理解を拒んだ、そういうことである。なお、すずかの後ろ半分の発言はちゃんと普通に飲み込めている。並列思考が変に役立つ瞬間であった。

 

『マスターは大翔に対しては価値観が別次元にあったのですね……』

 

 苦悩の声を漏らすヘカティー。彼女の強い意思と暖かな心に触れ、彼女ならばと直感に従った彼女であったが、正直早まったかという思いが生まれたのは仕方が無い。

 

「ヘカティー、別に『変態』って言ってくれていいよ? 大翔くんに対してだけは、私、どうにも色々吹き飛んでるのは分かってるし」

 

『oh……』

 

「すずか、ぶっちゃけ過ぎだ」

 

 大翔の助言もなんのその、すずかは胸に顔を埋めて、彼の臭いをせっせと鼻腔内に吸い上げている。

 

「だって、大翔くんのニオイ、嗅いでるとね。落ち着くし心が温まって、それでね、じんわり身体が火照って、すごくすごく満たされるんだもの。同時に吸いたくなるのが困るんだけど、それは寝る時まで我慢するから」

 

「すずか、ヘカティーがドン引きしてるぞー」

 

 忠告しながら、すずかのウェーブがかかった髪を手漉きする大翔。成分か、などと思考の隅で考えながら。こうして寄り添う際に、すずかの髪を撫でるのは、最早習性と化していた。

 自分なら、ヒロトリウム。元ネタは放射性物質で内部被爆で人体に害を及ぼすモノ。すずかを変えてしまった自分に相応しいな、と彼は思う。すずかの成分なら、スズカリウム。そんな感じだろうかと。

 

「大翔くんが受け入れてくれてるから、大丈夫。私の存在をまるごと認めてくれるって約束、ずっと守ってくれてるもの」

 

「ああ、俺はいいんだよ。これもすずかの一面だと分かってる。ただ、周りはそうじゃないからな?」

 

「うん、大翔くんに堂々とくっつけない場所では、お嬢様をちゃんとやれるから大丈夫。ヘカティーも私のデバイスを続けてくれるなら、慣れて欲しいの」

 

『承知、致しました。マイマスター』

 

 感情を排し、儀礼的な硬い声で返事をするヘカティー。人格がしっかりあるだけに、実際は動揺してるだろうに、見事なものだと大翔は感心していた。

 そう、意識をヘカティーに向けていたので、彼はすずかの動きを完全に見逃していた。敵意が無いだけに、余計にそうなったのかもしれない。

 

「んっ……」

 

 頬に暖かな手の温もりが添えられると同時に、柔らかな感触が、唇に触れる。一呼吸遅れて、理解する。すずかの顔が間近にあり、今触れているのは──互いの唇。なぜ、と思う間もなく、今度はざらつく感覚が、舌に絡んで。

 

「ちゅっ、くちゅ……じゅっ……んんっ」

 

 過去の経験からそれがディープキスと気づくのに、すずかの予想範囲外の行動に思考が固まってしまっている大翔は、反応するのにまた数秒かかってしまう始末。後手後手に回り、まずいと引き離した時には、すずかは舌なめずりをして、ほくそ笑む余裕があった。

 

「えへへ、御馳走様でした」 

 

「なん、で」

 

「魔力を流し込んだんだよ。粘膜を介した方が、掌同士で渡すよりも早いし、効率的だもん。ね、ヘカティー。間違ってないでしょ?」

 

『……は、はい。お、仰るとおぉりです、マズダー』

 

 急に話を振られたデバイスとしては溜まったものではない。明らかな動揺が今度は表に出ていた。何とか返答してみせただけでも、彼女は褒められてしかるべきである。大翔に至っては、口をパクパクとえら呼吸をするように閉じたり開いたりを繰り返し、まともな言葉が出ない状態なのだから。

 だから、実際に体の気怠さが引いて、頭痛も完全に無くなっていることにも、まだ気づけない。

 

「大翔くんは毎日、限界近くまで魔力を使い切っていたから、どうにかしたくて。私も魔力を感じられるようになってから、大翔くんが寝入った後に受け渡す練習をしてたの。肌に触れてるだけだと、どうしてもほんの少しずつしか渡せなくて」

 

 そこで一旦、言葉を切るすずか。顔を横に向けながら、頬を染めていく。直接的な行為よりも、言葉にすることが恥ずかしいこともあるということを、現在進行形で知っていく吸血姫である。だが、ここまで口にしてしまって、最後まで言い切らない選択肢も彼女の中にはない。

 

「……それでね、物語の世界で、キスとかで生命力とか魔力を一気に流し込むみたいな話って良く見るでしょ? 熟睡してる大翔くんって、少しぐらいじゃ目を覚まさないから。だ、だからね、試してみたんだ」

 

『ディープキス、をですか』

 

「う、うん。そうしたら、うまく流し込めたから、それで、はい。毎日こっそり……」

 

 夜の寝室での、彼女の食事後の水分補給が口移しなのにも慣れてはいたが、まさか知らぬとはいえ、既にすずかとの濃厚なキスも体験済みだったと知り、大翔は思わず天を仰いだ。妙に慣れた唇の奪われ方にも納得がいく。

 吸血から始まった出会いが、半年でなんとも爛れた関係にどっぷり浸かっている。忍の『アンタの自制が頼りなんだからね?』という言葉が、重く圧し掛かってくる。

 

「……大翔くん、軽蔑した? 私、どんどん我慢できなくなってるんだよ。でも、嫌ならちゃんと言って欲しいの。私、貴方に捨てられるのが、何よりも怖いから」

 

 吸血姫の性なのか、男女の営みに対して、日々貪欲になっていくすずか。自分でも止められない、というのが正直なところ。彼女は姉の忍や叔母から聞いている、思春期になれば逃れようのない──約2ヶ月に1度襲い来る辛い1週間。

 今でもこれ程大翔を求めてしまう自分が、その時どうなってしまうのか。見捨てられるのではないか。喪失の恐怖に怯えながらも、彼を求める自分の感情を制御しきれない。

 

「今さらだな。嫌ならとっくに逃げてると思わないか? ここまで思ってもらえるのが予想外ということと、そこまで思ってもらわないと、すずかの感情を心から信じられなかった自分のポンコツ加減に呆れてるけどもさ」

 

 ここまで身体も心も預けられ、自分の感情がやっとすずかの好意を素直に飲み込めたことに気づく。どれだけ、自分は女性の好感情を信じられなくなっているのか。前妻の『苦労したんだよ、信じてもらえるまで』という言葉の重たさを、こんなタイミングで自覚できるなんて。

 

「女の人が怖い、っていうあの話?」

 

 すずかに話した過去の自分のこと。実は、女性不信である自分。転生しても本質が変わらない限り、尾を引いているままだ。

 

 前世での学生時代に起因する、女性不信の要因。不用意な発言から、クラスのボス格の女の子の反感を買い、卒業まで陰湿なイジメを受けたことにより、彼は前世の生を終えるまで、女性が恐怖の象徴だったのだ。なのはの世界などの物語の世界の知識──『二次元の世界』にを少なからず詳しいのは、そういう背景がある。

 陰口や、無視されるだけなら、まだ良かったのだ。自分の持ち物がどんどん無くなったり、教科書やノートが使い物にならなくなっていたり。連絡事項が正しく伝わらないことも当たり前、どれだけ殴りかかってやろうって思ったか知れない。その衝動に乗らなかったのは、そういう既成事実を作って、堂々と自分を学校から追い出したかったという意図が見えていたから。

 教師や周りの男連中も、集団となった女達の陰湿な攻撃対象になれば、自分達が学校生活を送る上で大きな支障が出る。苛める側に加担している女生徒とて、加わらなければ、自分が今度は攻撃される側。味方も作れる状況ではなかった。一部の先生が、保健室への登校や、隔離した上での授業など尽力をしてくれたお陰で卒業は出来たが、卒業と同時に彼はその街に近づくことは二度と無かった。

 トラウマが出来てしまったとはいえ、仕事をしなければ食べてはいけない。女性が全くいない職場というのは、ホワイトカラーの職種には少なかった。徹底して、女性相手には当たり障りのない会話に終始し、必要時以外は話しかけないことで、業務をこなす自体は問題なかった。ただ、詰まらない、ユーモアの無い男という評価が付きまとうものの、業務に影響が出るわけではなかったから。

 

 自分の中での女性への恐怖感を、冷静に口に出来るには随分と時間がかかった。支えになってくれた元妻の存在も大きい。心の中で、その妻に感謝の言葉を呟きつつ、彼は自分自身の問題点を口にする。

 

「そう、それが美女美少女になればなるほど、身体が強張ってしまうアレ。外面を繕うやり方は覚えたけど、根っこの部分はどうにも変わらないんだよ。同時に、女性自体への嫌悪感が抜けないから、それを上回る自分の感情を相手に対して持つか、好意を直接・間接問わず、ここまで伝えてくれるような『すずか』みたいな相手じゃないと、頭で分かっていてもどうにもダメみたいだ」

 

「……今の私は、すごい重たい女の子だなって自覚があるんだけど、大翔くんにはちょうど良かったの?」

 

「おぅ。すずかが俺のことを好いてくれてるってこと、やっと理屈抜きで納得できた。遅過ぎるだろうけどさ」

 

「大翔くん……!」

 

 すずかは再び強引に大翔の唇を奪う。今度は喜びからの衝動に突き動かされて。そして、もう一度身体を火照らせる彼の舌を蹂躙しようとして──固く閉じられた入口に拒否されてしまった。

 

「こら、舌はダメだ。そういうのは当面、俺の意識が飛んでる時か、魔力供給の緊急事態だけにしてくれ。変な気持ちになっちゃうよ。今は身体がついてこないから何とでもなるけど」

 

「私は、大翔くんとなら構わないよ?」

 

『マズダー!?』

 

 ヘカティーは混乱継続中のようである。いや、すずかの発言の真意を読み取った上での叫びだから、むしろ正常であるのか。

 

「すずかの気持ちは十分伝わってるよ。ただ、今からこういうのに慣れ過ぎたら、例の時期が来たとして、二人とも周期的に通学がままならなくなる……確実にさ」

 

「知って、るの?」

 

 夜の一族にまつわる習性。この世界の詳細内容までは知らなかった大翔にとって、すずか達が夜の一族ということは知っていても、発情期についての認識は無かったはずだった。なぜ、彼が自分の知られたくなかった問題を知っているのか──。

 

「ついこの前の話だけど、恭也さんが忍さんのところに泊まりに来た時に、昼過ぎまで起きれなかったことがあったろ。あん時に忍さんつついたらあっさり暴露してくれた。『頑張りなさいよ、少年』ってサムズアップしながら」

 

「おねーちゃーん!」

 

 絶叫。自分の葛藤が既に実姉によって大翔に知らされていたという事実に、すずかは声の限り叫んでしまっていた。普段、声を上げる事のない彼女が腹の底から搾り出した、忍の仕込み爆弾によほど思うところがあったということの表れである。

 よしよし、と大翔はすずかの髪を再び撫でて、少しでも落ち着かせるように努めていく。

 

「だから、な。すずかとずっと過ごしていくなら、目を逸らすわけにもいかない。少なくとも恭也さんと同程度の体力は身につけないとまずい。俺自身、今のすずかは妹みたいな感覚だから、その辺りも考えていかないと」

 

「……大翔くんが私を『女』として見るようになるのは、時間の問題だと思うよ?」

 

「言ってくれるじゃないか」

 

「毎日、しっかり栄養取ってるんだもん。5年も経てば、大翔くんが我慢出来なくなるぐらい、魅力的な女の身体になってるはずだよ」

 

(輸血パックよりも、恭也さんの生血の方がより力を得られるとお姉ちゃんは言っていたから……今から毎日吸わせてもらってる私なら、きっと)

 

 すずかの言っていることにはそれなりの裏付けがある。姉・忍は恭也と結ばれ、彼の血を定期的に吸うようになってから、腰の細さは変わらぬまま、服の上から見て分かるぐらいに胸回りとお尻回りが大きくなっている。短期間でこれだけの効果があるのだ、成長期前からほぼ毎日、大翔の血を摂取する自分は……と、彼女が考えるのも無理はない。

 なお、大翔の知識不足ゆえ知らぬことだが、忍と恭也は原作時期より相当早く恋人同士となっているが、その原因の一つに、二人にすずかの大翔への吸血行為をこっそり見られていることが関係している。知らないということは、時に幸せであるという一例として、この場に記すものである。




もう一話すずか様との話が続く予定。
それでもって、今後の四人の動きなども入れられるといいな。

年度末年度初めはくっそ忙しいです。

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