「補助魔法を?」
「ええ。なのはとの落差に正直がっかり来たんだけど、あたしの魔力だっけ? 後天的でかつ最低ランク、に引っかかりを感じるのよ。ヘカティーには観察しておいて欲しいの、あたしに何らかの変化があるかどうか。なのは、アンタも才があるみたいだから、何か感じるところがあれば言ってちょうだい」
『わかりました、アリサ』
「わ、わかったの!」
「とにかく、アリサの言う通りにやってみよう。いくぞ、アリサ」
「宜しく」
「うつろう精神、揺るがない温もりを以て強靭と為れ。侵食を阻む、祈りの壁。来たれ彼の内に……! 『マインド・プロテクション』!」
詠唱と共に、大翔の突き出した手の先に現れた魔法陣から、小さな光の珠がすっと、瞳を閉じて受け入れ姿勢を取るアリサの胸へと吸い込まれていく。
詠唱をしっかり唱えることで、使用する魔力も少なくすることが出来る。詠唱の内容は個人により多少の差異はあれど、例えば精神保護の場合、心や守護を示唆する言葉を組み込むことが重要と、夕食時に念話を利用し、ヘカティーから説明を受けていた。並列思考さまさまである。
「そう、この感覚……大翔に抱き締められているような。この温かな感覚があたしの中にずっと残っている、そんな気がしてたの。やっぱり、そうだ」
瞳を閉じたまま胸に手を当て、自らの内側から感じる力の発露に、アリサは意識を集中していく。すずかが彼女の発言に剣呑な雰囲気を出しかけるが、大翔の瞳に驚愕と焦りが浮かぶのを確認して、彼に寄り添うことを優先する。
アリサの発言をそのまま取れば、詳細が不明であっても、すずかやアリサが魔導師として目覚めたのは、大翔が原因。その是非はともかく、彼に衝撃を与えるには十分過ぎた。
「これでしっかり認識出来たわ。あたしは大翔から魔法の力を与えられた。きっと、すずかもそう。ねぇ、ヘカティー。大翔の魔力は少しでもあたしに根付いてる?」
『……ええ、アリサ。何とも理解し難いのですが、大翔の魔力がアリサに微量ながら定着しています。先程の測定時より、僅かながら魔力量も増えました。何より、魔力光が大翔と同じ色ですから』
「……そっか、ふふっ。こら、何を呆けているのよ、大翔。しゃんとしなさいよ」
「あ、あぁ」
「すずかもあたしも、アンタからもらったこの力、嫌がってるように見えるの? だとしたらアンタの目はどこまで腐ってるのかしらね。嫌なモノなら、そもそも受け入れるもんですか。ね、すずか?」
「うん、そうだね。ひろくん以外からなんて絶対に拒否するよ」
即答であった。すずかの迷いの無さはここまで来ると清々しい。さらに、大翔を支える振りをしながら、寄り添うというよりも密着という距離にさっさとシフトしていた。
隣は渡さないという無意識での主張に見えたアリサは、あえて自分も空いている片腕に組み付いてやろうかと邪心を持ったものの、その後のカオスな状況が安易に想像出来たこともあり、すずかの言葉に余裕を見せて頷くだけに留める。
(この先の話は別として、大翔にあそこまですずかがベッタリだとねぇ。今の四人で居辛いと思われるのが一番、あたし達にとっても辛いことになるし。暫くは話しやすい距離感を保ってあげないと、大翔が可愛そうよね)
そんな感じで、大人ぶることに決めたアリサ。その代わり、悪戯の矛先をなのはに向けて発散すると決める。今も進行形で、心はずっと安堵感に包まれており、保護魔法をかけてもらう関係で、大翔との関係性はより密接なものになっていく。今は、特段焦る必要は無く、自分とじっくり向き合うことだと。
「すずかもこう言ってることだし、大翔は気にしないこと! いいわね! あと、あたし達以外のヤツには、必要に迫られる時以外、補助魔法を使わないこと!」
ただし、釘は差しておく。彼が魔力を持たない者に補助などの魔法をかけた場合、その相手も魔導師の能力に目覚めるかもしれない。秘密の共有をする特別な友人、そんな立ち位置にどんどん人が入ってくるのは正直、溜まったものではない。アリサはそれぐらいの独占欲は持っているし、すずかも深く頷いており、この点については同じ意見を持っていた。
なお、なのはは何故ダメなのか首をかしげ、ノエルやファリンは意図を察して微笑んでおり、忍はからかってやろうと思ったものの、変わらず声が出せない状況だ。
『魔導師を増やせるレアスキル……偶然でないとすれば、広めないのが得策です』
ヘカティーという専門家の同意もあり、大翔は素直に従うことにする。
「……アリサにヘカティーも、そう言うなら」
「ま、とにかく。あたしも訓練参加できる資格はあるわけ。頑張るわよ~、クラスメイトへの補助魔法は大翔以外の三人でどうにかするんだから。そうしないと、あたし達の練習にもならない!」
「な、なるほどなの」
「そうだね。アリサちゃんの言う通り、ひろくんの補助魔法は私達だけにしてもらわないと」
勢いに丸め込まれる形のなのはに対し、落ち着いた様子で微笑みを見せるすずかだが、瞳は全く笑っていない。緊急時以外で、大翔に仲間以外に魔法を使うのは力尽くで止めるつもりすら持っている。彼女にしてみれば、ギリギリの妥協点であるらしいが、誰も知ることはない。位置的にすずかの瞳を確認出来るアリサが、すずかの発言が本気で言っていると察せられるぐらいのものだ。
「ただね、なのは。アンタが一番難しいのよ?」
「え、な、なんでかな? ま、魔力はたくさんあるみたいだよ?」
「訓練は早朝、暗いうちに集合よ。お寝坊さんのなのはが、毎日起きれるのかしらねー」
「ふぇっ!? が、頑張るもん……」
意地悪く問いかけるアリサに、なのはの語尾は非常に不安定なものだった。早起きが絶望的に苦手ななのはにとっては、死活問題。目覚ましを増やしたぐらいでどうにかなるとは、なのはも思っていない。
「……夕方も鍛練はしてるよ。すずかは習い事やら塾の時間だから、俺一人になるけど」
「じゃあ、そっちメインで頑張るの!」
大翔の助言に、間髪入れずに即答するなのは。早朝訓練は参加しないと宣言したのに等しい。
「ま、待って! わ、私も夕方も参加するから!」
この流れに慌てるのはすずかだ。いくら、親友のなのはとはいえ、二人きりにさせてなどなるものかと、すぐに話に割って入る。……だが。
「うん、習い事とかが無い日は今まで通り参加してくれたらいいよ、すずか」
ノブリス・オブリージュ──高貴なる義務、までは行かずとも、資産家でかつ、工業機器の開発製造を行う会社社長を親に持つすずかは、令嬢としての振る舞いや教養を常に求められる。これはアリサについても同じことだ。習い事や塾通いは彼女達にとって責務であり、それを当然と受け止めている。
結論として、夕方の訓練は殆ど参加できないのだ。
「う……そ、そうじゃなくて……」
「ノエルさんやファリンさんに加わってもらってるし、なのはの訓練は複数で見るから大丈夫」
すずかの本心ぐらいは見通している大翔であるが、気づかぬふりをしつつ、二人きりではないということも伝えておく。ノエルもファリンも静かに頷くことで、すぐに同意を示す。
自分への執着を重たいとは思わない性質の大翔であるが、彼女の交友関係を崩壊させたり、自分に固執するあまり、すずかの世間の評判を落とすことは出来るだけ避けたかった。一般家庭とは違うすずかやアリサにとって、他人からの目線というのは、決して逃れられないものだから。
「すずか、あたし達は魔法の練習ばかりやるわけにもいかないでしょ? 予定の無い週末は、アタシかすずかの家で合宿したらいいと思うし。……すずかはとっくに他を周回遅れにするぐらいの差はつけてるわよ、慌てる必要は無いわ。第一、他の相手が出てくるかどうかも分からないわよ?」
大翔の考えや思いを汲み取るアリサもフォローに入る。それに、彼を巡るライバルが一気に増えることはないと、盲目的ではない彼女は普通に判断できている。
「い、いるもんっ! アリサちゃんもそうだし、これからも増える予感がひしひしするんだからっ!」
対して、どっぷりのめり込んでいるすずかはそうはいかない。不確定要素は徹底して排除するべきと固く決意している始末だ。
「まぁねぇ、傍目には人並みの容姿──あくまで、関係者以外の話よ? ……そこから見れば、『底の浅い』奴は近づきもしないでしょうけど、気を許した人にはガードがとことん甘いしねぇ。頭も悪くないし、鍛錬もしてるから、運動はむしろ得意よね。内面はすずかも知っている通りだから、親愛を寄せてくる奴は須く要注意人物になるか」
「あれ、褒められてるのか、俺」
「うーっ」
「にゃはは……」
頬を指でかきながら、アリサを直視できない大翔に、頬を膨らませたすずかが腕を強く絡めながら、唸り声をあげる。なのはも苦笑いしか出来ずに、アリサに任せるしかない。
「それでもお姫様はお怒りのようよ、大翔。……先に断りを入れたのに、ものすごく不満そうな顔をしないの、すずか。ねぇ大翔、頭を撫でてあげて」
「私はそれだけで納得はしなっ……え、えへへ……あう、ふふふ、ダメなのに、ひろくんずるいよぉ」
効果は抜群だった。みるみるうちにすずかの勢いは鎮火していき、大翔の手は見事に火消しの役割を果たしていた。
「何度でも言おう。俺は、すずかのものだよ。それは常に真ん中に置いておいてくれ。すずかが望む限り、それは変えないし、変えていいもんじゃない。命、衣・食・住、学校や友人。それは全部お前を通して与えられたんだ。俺は、まだすずかに何にも返せていないよ」
「わかっているつもりなのに、ダメなの。ひろくんが私に囚われて、狭い世界で閉じ篭って欲しくないって思うのも本当なのに、ひろくんを取られてしまうかもって、ずっと怖くて仕方なくて」
安心感を与えてくれる大翔の手は、すずかに冷静な思考を取り戻させる。そして、自己嫌悪と悔恨の感情がふつふつと浮かび上がってしまう。
「私の中にこれだけ激しい想いが生まれるなんて、知らなかった。考えも計算も全部吹き飛んで、浮かび上がる感情のまま叫んじゃうの。私は、子供だけど、これじゃまるで」
「八年足らずで、自分の感情を御しきれるなんて思うな」
「!」
ぽんと、肩に置かれる手に発する声は最後まで口にできず、告げられる言葉は心の内に沈みかけるすずかを一気に引き上げる。
「アンタがその台詞を吐くのもおかしいんだけど」
「……ああ、そうだな」
「大翔くんが言うなら別におかしくないと思うの」
アリサはツッコミを入れるものの、彼の言葉が重く響いていた。同じ年のはずなのに、まるで親に諭されているように。なのはは父・士郎の姿と、同じ年のはずの大翔のイメージが重なる感覚を幾度か経験しているため、逆に違和感なく彼の言葉を受け止められている。
『考え続けて、自身を見つめ続けても、『三十にして立つ、四十にして惑わず』って孔子が言う通りでさ。自分が社会と向き合えている実感が持てたのが、確かに三十位。惑わずとはとても行かなかった。焦るなよ、すずか。俺もお前も、まだまだなんだ。二人で一緒に成長していくんだ』
指向性の念話で続きを語りかける。すずかにしか話せないことであるし、すずかにだけ伝えたいことだから、彼にとってこの動きは必然だった。
『……うん』
『ヘカティーもサポートしてくれる。今だって二人だけの念話のフォローをしてくれているんだし』
『あっ。……ありがとうね、ヘカティー』
『ノープロブレム。マスターや大翔のサポートが私の仕事です。私は本来、あの転生者のサポートを目的として作り出されたデバイスですから、マスター達の事情も存じています』
最後にもう一度目線を合わせ、軽く頷き合う。そして、二人でアリサ達に向き直り、一度頭を下げた。
「なんか生意気なこと言って、ごめん」
「取り乱して、ごめんなさい。これからも魔法の練習を含めて、迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくお願いしますっ」
この日を機に、三人の親友同士が魔法少女となり、競い合うようにお互いの技術を磨いていくことになる。その三人を見守る少年もまた、追い立てられるように自らの技量を高めていく。
大翔やすずかが知る原作開始まで約一年あまり。あっという間にその時期はやってくる──。
ちと強引かもしれませんが、話を進めるために……!
次は半年後か、一気に原作開始のはずです。(たぶん