吸血姫に飼われています   作:ですてに

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この話ですずかとアリサがヒロイン(?)の両輪の立ち位置へと。




落ち着いた矢先に、次の謎

 「……ずっと頑張ってたのね。よしよし、大翔」

 

「ア、アリサちゃんっ!?」

 

 慌てたのはすずか。さも当然、というように大翔を抱き締めているアリサだが、普段の彼女を考えると、色々と考えられない行動であり、こんな優しい声色を聞いたのも初めてだ。一気に危機感が膨れ上がった彼女が抗議の声を上げるのは当然とも言える。

 なお、大翔は現実を正しく理解できず、まだ意識が戻ってきていない。ただ、驚きから身体は固まったものの、震える様子はなく、拒否反応が出た感じではない。大翔とステディな関係になるための第一段階はクリアしていると、内心でガッツポーズしているアリサだった。

 

「だって、大翔はずっと頑張ってるわけでしょ? 誰かが認めてあげないと、しんどいじゃない」

 

「うー、それは私の役割だよっ」

 

「お生憎様。アタシも大翔を好きと公言したし、支えたい気持ちは同じ。だったら、その時に近くにいる人が甘えさせてあげればいいじゃない」

 

(悔しいけど、実際、すずかには想いの強さじゃまだ敵わないだろうしね。だけど……)

 

 いい機会と思う。すずかには告げるつもりだった。自分の大翔に対する考えを。

 

「負けるつもりはないわよ、すずか。いつか、学校の屋上で言ったわよね。大翔の心の壁、遠慮なくぶち壊しに行く。大翔を必ずアタシ無しではいられないようにする。改めて、誓っておくわ」

 

「……うん、同じ返事だけど、私への挑戦状だから、絶対負けないよ」

 

 さて、二人が改めて宣言し終わると、アリサの腕の中の存在が一気に動き始めた。大翔の再始動である。

 

「ア、アリサ! ちょっと待て! 女が苦手って知りながら、なんでこんな」

 

「あ、戻ってきたわね。はいはい、慌てないの。実際、平気でしょ? アンタの中で、アタシは苦手じゃ無くなっていると分かっていたもの。試してみるまでは正直、怖かったけどね」

 

 アリサは大翔を宥めながら、ゆっくり髪を撫でて、落ち着かせようとする。大翔がすずかにするやり方をそのまま真似するように。

 

 計算と感情は別物だ。この一年、自分と向き合う習慣の中で、嫌という位思い知らされてきた。特に、この恋愛感情が絡む『嫉妬』というのはクセモノだ。なら、それが噴き出して大事になる前に、鎮火させるのがいい。

 苦手感情さえ克服してくれれば、ボディタッチ程度で怒る相手じゃないことぐらい、とっくに知っている。それゆえの行動だったのだが……。

 

(ふふ、すずかが癖になるの、分かる。好きな人をすぐ近くに感じるのって、なんだかすごく満たされるんだ……パパやママの時とは違う感覚だけど、アタシも癖になりそう)

 

「アンタがいつもお兄さん風を吹かせているから、いつかこうしてやるんだって思ってたのよ。どう、悪くないもんでしょ?」

 

「……小っ恥ずかしくてしょうがないから、離してくれっ!」

 

「ダメ、諦めなさい。ふふ、力尽くで引き離すのは、紳士の大翔には出来ないものね? ほらほら、すずかも反対側から挟んじゃいなさい。うずうずしてるんでしょ?」

 

「いいっ!?」

 

「ごめんね、ひろくん? えいっ」

 

「絶対悪いって思ってないだろっ、あぁぁ……。俺はノーマルだ、ノーマルだ、ノーマル……」

 

 アリサの誘いに即乗ったすずか。間を置かずに、少女の甘いニオイに挟まれ、鼻腔を刺激される拷問から理性を保つ為に、大翔は必死に独自のお経を唱え始める。世界をシャットアウトすることで、煩悩から逃れるのである。

 

「やんわりと引き剥がせばいいだけなのに、冷静さを欠いてるから頭が回らないんでしょうね……中学ぐらいになって、こんなことしたら、大翔はどうなっちゃうかしら。耐えられなくなるのかしらね?」

 

「構わないけどなぁ、私は。むしろドンと来いというか」

 

「ほどほどにしなさいよ? 成長するアタシ達に苦手意識持たれたら困るから、適度にはくっ付くつもりだけど。パーティーとかで、ねちっこい視線感じたりするでしょう? ああいうレベルまで大翔を追い詰めるのは論外だからね」

 

「……ああいう人達、消し去りたくなるよ。自分にその力がついたから余計に」

 

 物騒なことを言い出すすずかに、アリサはすぐに対案を出す。今のすずかだと本気でやりかねないと思えるからだ。

 

「大翔を護衛役にするのよ、そろそろ。そういう作法を仕込めばいいんだし。アタシ達の心の平穏にも一石二鳥でしょ。理由はいくらでもでっち上げればいいわ」

 

「!……アリサちゃん、素敵」

 

「まぁね。さて、そろそろ大翔を解放しましょうか」

 

「残念だけど、仕方ないね」

 

「夜は長いわ。まだ夕食前だもの」

 

「意味深だね。ふふっ、それもそっか」

 

 お互いの胸の中からゆっくり、彼を解放する。名残惜しい気持ちは消せないものの、彼との時間はこれからもいくらでも取れる。変に焦る必要もなかった。なお、彼の意識は再び彼方へ飛んでいる状態である。

 

(アタシ達にはこれから、一緒に過ごせる長い時間がある。それに、アタシは今からズルをするわけだし)

 

 アリサは思っていた。負の感情を吹き飛ばせるぐらい、女の温かさを刷り込む。ここまでの異性への苦手意識の底には、思い出すだけで体調が急変しかねない、忌まわしい記憶が横たわっているだろう。それを、全て塗り潰す。異性の好意を、素直に受け止められない──そんな悲しい習性を、吹き飛ばしてやるのだ。すずかだけに任せてはいられない。自分だって、彼を守る。守ってみせる。

 

(まずは、アタシにとことん慣れてもらわないとね)

 

 大翔の鼻に甘いニオイと入れ替わるように、アリサの髪の香りがほんのりと漂う。それは、すずかのラベンダーのような癒しを感じる匂いとは違う、太陽の下で燦々と咲く向日葵。彼が香りに反応し、意識を戻しかけて、新しい違和感を彼は感じ取った。

 

「あーっ!?」

 

 すずかが淑女らしからぬ叫び声をあげるのも無理は無い。違和感の答えは、唇。大翔の首に腕を回したアリサの唇が、大翔のそれに触れていた。

 

「アッ、アッ、アリッ!?」

 

「やっと戻ってきた? そう、アタシ……アリサ・バニングスのファースト・キス。アンタに捧げてあげる。ありがたく受け取りなさい」

 

 一旦、唇を外して、それだけを言い放って。再び、アリサは唇を重ねた。啄ばんでみたり、長く口付けてみたり。大翔が再び石化し、すずかも反応できないのをいいことに、わりとやりたい放題である。

 少しだけ舌も侵入させてみたが、ものすごくイケないことをしている感情と、脳髄が痺れるような感覚に、とても長続きはしなかったが。

 

「ぷはっ。息継ぎの加減も最初だからうまく分からなかったわ。それに、大翔の弱点かな……女性に好意を積極的に前面に出されると、動けなくなるみたいだし。んー、対策もいずれ考えないとね」

 

「いっ、いきなり、唇を奪われるなんて、予想できるわけ無いだろっ!」

 

「そうね、自分に対して、女の子が好意を寄せるって可能性を考えもしないみたいだし。普通は下心がありそうなもんなんだけど。ま、アタシやすずかにとっては都合がいいわ」

 

「ぐっ……すずかにせよ、お前にせよ、なんでこう強引に来るんだ……」

 

「そっ、そうだよ! ひろくんの気持ちを考えるべきだよ!」

 

「すずかが言う資格は無いわね~」

 

「あうぅ……」

 

 あらやだなにこの可愛い生き物――大翔のお陰で、表情が本当に豊かになった親友について、思わず抱き締めたくなる衝動を抑えながら、アリサは大翔への解を述べる。

 

「大翔は露骨な意思表示をしないと信じない相手だからでしょ? むしろ、喜ぶところだと思うのよね、こんな将来有望な美少女の初めてのキスをもらえたんだから」

 

「……ああ、ありがたいことだ。アリサ『様』のファーストキスをもらえたんだ、感謝するべきだな、まったく」

 

 あえて自己顕示欲に塗れた言葉を付け加えたのは、狙った方向にうまく働いた。呆れ顔で皮肉を言うぐらいには、大翔はいつもの状態に戻っている。すずかを落ち着かせるように、彼女の髪を撫でているぐらいには、周りが見えているようだ。

 

「それとね。アタシは、詳しくは聞かないわ。ここまで女性を恐れる理由や、アンタが不自然なぐらいに大人びている理由も。すずかが全部聞いてるだろうし、その上で側にいるんだから、アンタの評価が変わるようなものじゃないって信じられる。アタシは、大翔とすずかを信じてるし、信じ抜こうって決めてるから」

 

「アリサ……」

 

「アリサちゃん……」

 

 すずかは大翔に想いを寄せるようになって、彼絡みでは人が変わるものの、逆にそれ以外では、人に気を使ってばかりで、悪口の一つも口にせず、温和に微笑んでいる、根の優しい女の子だ。彼に対して、不満や本音を素直に話せるようになって、ホッとしていたぐらいで。

 大翔も利用できるものは利用すると言いつつ、伊集院に対しても細かく世話を焼いたり、自分達との仲を最低限、修復させたりと。結局、すずかと性根は似ていると感じている。

 

(二人とも怒りをあっさり収めて、チョロいと思ってしまうアタシはどうなのかしら。本音を言ったのは間違いないんだけど。う~ん)

 

 心で軽い葛藤を感じながらも、伝えることは伝えなければと、アリサは会話を続ける。

 

「以前の発言は撤回させて。大翔が自然に話せるようになるまで待つ。ただ、アタシが大翔を思う気持ちは本気よ。それは信じていて」

 

「……ありがとう、アリ、ぐっ!?」

 

「大翔!?」

 

「ひろくんっ!」

 

 受け入れてくれた、とアリサが思えたのも束の間。急に苦悶の声を上げる大翔に手を伸ばそうとした二人はとっさに動きを止めた。彼の身体から漏れ出るのは、炎。今まで変換資質など持っていなかったはずの彼から、身を焦がすように。

 

「魔力変換……!? ひろくん、そんなの使えないはず!」

 

「それより、すずか! 低威力で吹雪を! 大翔が火傷する!」

 

「だ、い、じょうぶだ。ビックリはしたが……見たら分かる。『visualization(視覚化)』……」

 

 すずかとアリサは、大翔の言葉と同じくして、炎が収束していくことに安堵できたのも束の間、胸部の奥に透けて見える、大翔のリンカーコアを見て、声を失う。深紅のリンカーコアが輝きの色を増す中で──。

 

「炎と氷の帯がコアの周りを渦巻いてる……!?」

 

「炎はアリサちゃんで、氷が、私……? あ、でも、渦がちょっとずつ弱まってるかも」

 

「さっきのキスの時に、アリサの魔力が流れ込んできた。強く意識したわけじゃないんだろうけど、魔導師同士だから自然とそうなったんだと思う。元々、すずかの魔力は日常的に受け取っているから、性質が逆属性の魔力を受け取って、おそらく、コアが過剰反応してた。今はこうして取り込めつつあるし、すずかとアリサが俺の身体の中で口喧嘩してたようなもんさ」

 

「その例えはどうなのよ。ね、すずか」

 

「ひどいよね、アリサちゃん。それにやっぱり火傷しちゃってるし……じっとしてて。『命の根源たる水よ、癒しの恵みを施したまえ』」

 

 修練中のすずかの回復魔法が大翔の傷をゆっくりと和らげていく。ホッと一息をついた三人は、そもそもの奇妙な現象について、推察を重ねていくのだった。




すずかとアリサが魔導師になれた原因の元、
大翔のレアスキルというべき代物に、この辺りで一度しっかり触れておきつつ、
次話でなのはさんをいい加減パワーアップさせようと思います。

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