吸血姫に飼われています   作:ですてに

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ヤンデレ気味の想いを受け止め続けられるということは、
とんでもなく心が広いのか、どこか壊れているとしか。


受け止める彼も変わり種で

 自分の生まれの背景を考えれば、ものすごく幸運だったのだと、すずかは思う。友人は出来ても、一族の秘密を考えれば、友達にも簡単に明かせることではなく、親友たる存在や、まして恋人など……と思っていた。

 月村家という会社令嬢としての縛りはあるが、ファリンのロールアウトが早められた一因でもある、近々発露する発作への対策を思えば、下手に男性を近づけるわけにもいかない。彼女にとって、恋愛は書物の中で夢想するものであり、自分では叶えられるものではなかった。

 姉・忍とて、自分の倍近くを生き、絶望しかけていた中で、理解者たる恭也を見つけているのだ。それがどれだけ奇跡的な確率であるのか、早々と達観しかけている少女は分かっていた。

 

 そこに文字通り空から降ってきたのが、大翔だったのだ。血塗れでの出会いは結果として、自分の正体も最初から曝け出す事になり、それがかえってお互いの理解を早めるのに役立った。彼自身もややこしい背景を持ち、秘密の共有者としては最適だったのだ。

 

「すごく恵まれているはずなのに、私、どんどん欲張りになっていくなぁ……」

 

 二人の就寝場所であるベッドに腰掛けながら、すずかは自身の頬に手を当てながら、一人呟いていた。大翔は就寝前に汗を流すべく、シャワーを浴びているところで、戻ってくれば日常となっている吸血行為が始まり、彼女にとって一日の中で、至高の時間がやってくる。

 

 もっと、を求めてしまう。触れたい、触れて欲しい。唇を重ねたい。無理やり奪ってくれてもいい。発作の時期が迫れど、それは訪れを過度に恐れるものではなく、いっそ切欠にさえしてしまおう。そんな情欲に駆られる。

 二年程前の鬱屈さを思えば、大好きな男の子が傍にいて、親友たる少女達にも自分を受け容れてもらえている。十分過ぎると言えるはずなのに。

 

「間違いなく、今の私は幸せ。この幸せを続ける為の努力も惜しまない。これ以上を急に求めたら、ひろくんはきっとバランスを崩してしまう」

 

 それでも、自身で制御の効かない気持ちがある。もっと自分に縛り付けたい。親友のアリサであろうとも、触れて欲しくない──。自分の中にこれだけ激しい想いが生まれていることに、理性も計算も吹き飛んで、浮かび上がる感情のまま彼を求めようとする自分に戸惑う。

 私はここまで身を焦がすような気持ちを持つ性格だったのか? 恋をしたからといって、自分の根本が簡単に塗り変わるのか? 自問するも答えは出るわけも無く、第一、彼への気持ちは止められない。今のすずかを突き動かす、自らを磨き上げ、より魅力的な少女たらんとするのは、ひたすらに大翔への想いだ。

 

 実のところ、原因はある。すずかも大翔も気付いていないが、大翔の血液を定期的に摂取し、二人の間で日常的に魔力循環を続ける内に、すずかが一体感を突き詰めるあまり、精神面まで彼に共鳴してしまっている。循環のサイクルの中で、彼自身を自らの中に無意識に取り込もうとする結果、彼の魔力だけでなく、性質的なモノ──彼の内に秘める、熱情・激情的な性質を写し取ってしまっていた。

 魔力どうこう関係なく、身近な人の影響……特に慕う人物となれば、当然、相手への同調行動は出るものだが、大翔とすずかは精神感応に近い時間帯を一定時間、毎日繰り返していることもあり、その影響として、現時点で自我がより確立している大翔にすずかが引っ張られている形となっている。

 

 とまぁ、そんな秘めた背景など、仮に気付いたとしても、すずかは黙って微笑むだけで、改めようともしないだろう。それだけ、彼女は大翔と寄り添うことを望む裏返しなのだから。

 

「ひろくんにだけは、許してもらっているのもあるけど、抑えが全然効かないんだもん。他の人に対しては、これまで通りちゃんと自制できるのに」

 

 すずかは自分の中で場面分けをすることで、芽生えてしまった新たな自分の一面を使い分けている。大翔の前では、わがままも甘えも、好意も嫉妬も、怒りも隠さない。恋に邁進する一人の少女として、大翔に関することだけ、熱情に身を焦がす。一方、他の場面では、物静かでおっとりして思慮深い女の子として、今まで通りに過ごせている。

 

「と言っても、ひろくんも優しすぎるんだよ。全部受け容れてくれるから、私どんどん我が儘になっちゃう。ねえ、だいちゃん、そう思わない?」

 

 部屋に紛れてきていた愛猫の一匹を抱き上げながら、すずかは問いかける。大翔が共に暮らすようになってから増えた猫であるため、名前は大翔から取っていた。他にも「かける」、「しょう」、「はる」等々、そんな名の愛猫が増えているのはお約束。大翔はこの件については、色々と見て見ぬ振りを貫いている立場である。

 

「本で読んで憧れた『私だけの王子様』は、世間的に見れば、美形じゃないのかもしれないけど。私の王子様は私にとって一番カッコ良くて、素敵で、とても優しくて、私の世界の色を変えてくれた恩人で。でも、女の子は本当は苦手っていう不思議な人。……私にとっては都合がいいと考えちゃうのは、イケないことかなぁ」

 

 みゃあ、と一鳴き。その鳴き声は同意であるのか、呆れであるのか、制止なのか、それは分からない。ただ、温もりは逃げようともせずに腕の中にあり、すずかはそれで満足だった。

 

「それで、何か用なのかな。ユーノくん? 私、もう少ししたらお楽しみの時間なんだけどな」

 

 そして、部屋の入口の方向を見つめ、侵入者に対して問いを投げかけた。

 独り言をこっそり聞くなんて、感心しないと付け加えたすずかは、顔は微笑みの形を作ってはいるが、実際は笑ってなどいない。底冷えするような冷たい魔力が、じわりじわりと部屋を覆い始めている。それでいて、手元の愛猫には一切影響が及ばないように指向性の制御もしっかり押さえた上で。

 

「ご、ごめん。聞くつもりは無かったんだ。ひ……大翔、に少し用事があって」

 

 お楽しみの時間の内容については、彼らに出会ってから数日が経つユーノだが、全く内容を知らない。知ろうとすると、何かに反応した──ちなみに無事、皆の尽力により、ほぼ一日中、人間体に戻れている──身体が勝手にガタガタ震え出すし、大翔からも全てを諦めたような瞳で、静かに制止されるとなれば、自分が容易く踏み込んでいい類のものではないとわかる。というか、命が危ない。

 アリサは何やら事情を知っているようで、週末が来る度にすずかの楽しみを没収しようと躍起になっている様子だ。大翔がアリサの家に泊まる、あるいはアリサがすずか家に泊まることで抑止力になるらしいという、詳細はよく分からないものだったが。

 

「あぁ、ジュエルシードの回収が滞っているように『見せかけて』いることかな?」

 

 ユーノの相談内容の想像がついたすずかは、魔力展開を切り上げ、彼が見知っているのんびりとした雰囲気に戻して、悪戯っぽく微笑んでみせた。

 

「え?」

 

「21個のうち、ユーノくんが持っていたのも含めて、合流時に8個は集まっていた。けれど、その後1週間ほど経っても、見つけられたのは2つだけ。だから、焦っているんだよね」

 

「ま、待ってよ。わざと集める速度を遅らせる意味が分からない。その言い方なら、集めようと思えば、一気に集められるように聞こえるじゃないか」

 

「それが必要だから、かな。ふふ、ね、だいちゃん?」

 

 ナーオ。タイミング良く鳴き声を返す愛猫に、すずかは嬉しそうに笑みを深める一方、余裕を全く崩さない彼女の態度に、返事に驚いたユーノの戸惑いは増すばかり。

 

「私達の暮らすこの街に被害が出るのは嫌だから、被害の出やすい地点の回収や、位置がハッキリしないモノから探しているからね。ユーノくんから見れば、じれったく感じるかもしれない。ただ、もうすぐ一気に動くことになるから、心配は無いよ。それこそ早ければ、明日にでも。遅くても、来週の温泉旅行にはこの停滞感は無くなってるはずだから」

 

 すずかは自分にはまだ秘められている、何らかの確信を持っている。それは彼女の落ち着いた言動から伝わってきた。大翔と皇貴の二人がここ数日、速戦型を想定した訓練に集中しているのも関係しているに違いない。

 すずか、アリサ、なのはの三人による、視界を覆い尽くす360度から襲いかかる誘導弾相手に避け切るパターンや、すずかやアリサの魔力補給を受けながら、とことん圧縮した桃色の極太光線を二人で受け切る練習などという、非殺傷設定だろうが問答無用で昏倒しかねないエグい訓練だ。

 大翔曰く、なのはよりほんの少し弱い程度の威力の攻撃力が、雷の速度で迫ってくるのを想定していると言うが、どんな化け物を想像しているんだと勘ぐってしまう。ジュエルシードが海鳴にばら撒かれた元凶はそれほど強大であるというのか。少なくとも、ユーノはあの訓練に参加したいと絶対に思えなかった。

 

「すずかさん……」

 

 お互いに名前の交換も終わっていて、下の名前で呼ぶことも許されているのだが、すずかに対して『さん』付けは欠かしてはならないものとなっていた。皇貴がそう呼んでいるのに倣ったのだが、とても『しっくり』くるのだから仕方ない。

 すずか、アリサ、なのは。三人とも理由は異なれど、怒らせてはならない人物として、ユーノの頭脳へ既にインプットされているが、一番得体の知れない怖さがあるのがすずかだ。なのはやアリサの怒りは彼の想像が及ぶ範囲なのに、すずかにだけはどう動いてくるか分からない恐ろしさを感じている。予測をあっさり越えてきたり、想定外の角度から攻めてくるような、そんな感覚を。

 

「大丈夫。ひろくんが協力すると言い切ったんだから、ユーノくんはもちろん、もしかしたら、この事件の黒幕さんまで、何とかするつもりなんだよ。私はそう信じているし、そのために私に出来ることは全てやるだけだから」

 

 全幅の信頼を置いているのだと、すずかの晴れやかな笑顔が語っていた。淡々と話す口調の中に、彼への想いがどうしても見え隠れしていて、ここまで人に思ってもらえる大翔をユーノは羨ましく思いつつ、寄せる思慕の重さに、思わず戦慄してしまう。

 

「……まったく、底抜けに信じ過ぎるのも問題なんだぞ?」

 

 身体に重りを巻きつけられる錯覚を、軽い調子で吹き飛ばし、肩に軽く手を置かれ、ユーノの呪縛は解ける。一心に受け止め続ける彼が、戻ってきたのだ。

 

「だって、応えてくれるって分かっているもん」

 

「全力は尽くすし、死なない程度の代償は捧げても構わないとは思っているが……こら、すずか。ユーノもいるのに、魔力を無意識に使ってまで威圧しないの」

 

 再び噴き上がりかけた、すずかの魔力は、彼の手に髪を梳かれることで静かに霧散していく。あの状態の彼女に躊躇いなく近づける大翔を見、ユーノは彼と自分の感覚の違いを思った。

 

「躊躇なく近づける大翔もおかしいんだよ……普通、知人であっても、魔導師に威圧されたら、不本意に近づいたら危険だって考えるだろうに……」

 

「ん、ああ、そうかもしれないな。多分、あれだ。例え、すずかに傷つけられても、仕方ないって思うからだろうな」

 

 撫で続けられているすずかはやや締まりのない顔ながらも、そんなことをするわけがないと抗議の声を上げている。ただ、身体が自然に大翔に擦り寄る動きになってしまっているから、じゃれついているようにしか見えないのだが。ちなみに、『だいちゃん』はすずかの腕から擦り抜け、欠伸を上げながら部屋を出て行った。空気が読める月村家の猫たちである。

 

「俺はすずかに命を救われた。失われるはずだった命を救い上げた恩人が、奪いたいというなら、差し出すしかないだろうさ。まぁ、さっきの話は危機に陥ったとして、実際に腕の一、二本を失ったりしたら、すずかは烈火のごとく怒った後、底なし沼のように落ち込むだろうから、最後の最後の手段にするけど」

 

「大翔、君は……」

 

「困った人なんだよ。私のこととか、身近な人は本当に大切にしてくれるのに、自分が一番置いてけぼりなんだもん。私がひろくん自身も大事にしてくれないと、心から怒って心から悲しむんだって伝え続けないと、すぐに蔑ろにするんだからね?」

 

 過剰なまでに、すずかが大翔を求める言動や行動理由の一つ。

 彼に異性への恐怖を植え付けた出来事は、自己評価の著しい低下も招いている。物事の優先順位において、自分が一番後になっている。彼に対しての慎みや恥ずかしさで感情を抑えてしまえば、彼を失うことになりかねない。

 理知的にも、感情としても、彼を求め続けるのが結果的に是となるならばと、すずかは彼限定でほぼ別人の振る舞いをしている。ただ、それが我が儘になり過ぎないところでのバランスを図れずに、感情が先走ってしまうのが、悩みのポイントなのだ。




依存というか、お互いの虚無感や欠損を補っているというか。

この関係性で3年ぐらいすると、また変わってくるのですが。

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