吸血姫に飼われています   作:ですてに

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餌付け。


年長者としての観点

 「……写真で見たことはあったけど、それよりも、もっと凛々しいかな? 小学時代のひーちゃんを実際に見られるとは、予想もしてなかったよ……」

 

「……」

 

 息が途切れ途切れながらも、嬉しさを隠し切れないとばかりに、弾んだ声で語るアリシアに対し、あまりの驚きに完全に硬直している大翔。無意識にすずかのバリアジャケットのコートの裾を強く握り締めていて、かつ、その手が震えている。彼の異常な事態に、すずかは自身に湧き出た強烈な不安感よりも、まずは彼自身を何とかしなければと、無理やり意識を切り替えた。

 

「ひろくん、大丈夫。隣にいるから、まずは落ち着いて。あの人は知り合い?」

 

「あんな言い方で俺を呼ぶのは一人だけ……だけど、この世界にいるわけがない……いるわけが……」

 

 夢遊病に侵されたような、すずかに答えるでもなく、ただの独り言のように言葉を繰り返す。幸か不幸か、ジュエルシードを奪う意志を露わにしていたフェイトという少女も、姉の突然の乱入かつ体調の激変により、こちらを攻撃するどころではないらしい。一人、すぐにでも行動に出られる狼人も、同行者の異変にこちらを警戒しつつ、二人を気遣う様子であった。

 

「はいはい! 一旦そこまで! 明らかにお互いに異常な状態の人抱えてるんだから、外で睨み合うのはやめて、中に入りなさいな!」

 

 手拍子を打ち鳴らしながら、ある種の膠着状態を打ち破る、すずかの姉・忍の声。傍には、ノエル、ファリン、ユーノの三人も揃っていた。

 

「そちらさんはジュエルシードが必要なんでしょ? それも相談に乗るから、まずはその顔色が悪い女の子を休ませなさいな」

 

「なっ、忍さん!」

 

「ユーノくん、何にせよ一つは既に回収不可能でしょ? もう一つ増えたって一緒よ」

 

「しっ、しかしっ!」

 

「鹿もお菓子も無いわよ。さ、移動移動! 見ての通り、私は魔力の欠片も持たない女だし、そっちの女の子、相当まずい顔してるわ。そちらが警戒するのは当然としても、とにかく部屋の中に入りましょう」

 

 声をかけられたフェイトはどうしたものかと思案顔になるが、弱弱しくも実姉に懇願されてしまい、警戒しながらも月村家の中へと招かれることを選択する。すずかの部屋に最も近い客間に一行は移動し、アリシアはアルフと呼ばれた狼人の手により、ノエルの指示したベッドで半身を起こした姿勢となった。

 

「辛いなら、寝てもいいわよ? この部屋に三人とも一緒にいればいいし。そっちが良ければ話は明日でもいいし」

 

「大丈夫、です。ひーちゃ……ううん、彼とお話もしたいから」

 

「と言ってもねぇ……あら?」

 

 ぐぅ~。

 息を合わせたわけではないが、アリシア、フェイトの腹の虫がほぼ同じタイミングで鳴る。取り急ぎ、忍用にノエルが作っていた夜食のサンドイッチを、アルフの毒味の上でまずはフェイトが食し、アリシアには別に消化の比較的良いおかゆが振舞われた。こちらも熱いものがそれほど得意ではない、アルフの犠牲があったという。

 

(狼でも猫舌ってあるのねー)

 

 そんな感想を抱いた忍の強引な勢いに全員が流された格好だが、フェイトは警戒を解いたわけではなく、お礼を述べたものの、忍達を近づけさせようとはしない。なお、大翔は動揺が収まるまで隣室で待機中で、傍にはすずかがピタリと寄り添っている状況だった。

 

「しょ、食事や、お姉ちゃんを休ませてくれることについてはお礼を言います。ただ、ジュエルシードを渡してくれなければ、私は無理やりにでも奪い取らざるを得ません」

 

「もう、フェイト。ご飯を頂いて、さらに休ませてもらってるのに、そんな言い方はダメ。お腹減り過ぎてたから、余計に体調悪くなってたのもあるみたいだし」

 

 フェイトと名乗る少女は純粋に姉を心配し、心配されたベッドの上のアリシアは体調が優れないながらも、焦る様子も無く、どっしり腰を据えているように映る。余裕がないフェイトの代わりに、アルフという護衛役の狼人に目配せや手の動きで指示を出して、彼女が役割に集中するように促しているのだから。

 

「だって、根本的にお姉ちゃん、身体を休めたからって解決しないんだよ?」

 

「そりゃ、ずっと異常な状態にあった身体なんだから、いきなり元通りってわけにはいかないでしょ? これぐらいのガタは出ても無理は無いって、それはママも認めていたことじゃない」

 

「……それでも、私達には時間が」

 

「時間が無いって言っても、一日、二日しか無いってわけじゃないよ。のんびりはしてられないけど、焦り過ぎたって、結局何も解決しないの」

 

 込み入った事情というのは、二人の会話からも伝わってくる。ふむ、と思案顔のまま、忍はすずかから借りて、ペンダントに見せかけているヘカティーに囁き声で呼びかけた。

 

「どう?」

 

『違和感は強く感じるのですが……あの解析器を通せば、より詳しく分かるだろう、としか』

 

 ヘカティーに魔法的な観点から、探れる範囲でアリシアという少女を調べさせてみたものの、自分と同じような結論に落ち着いたと確認するに終わる。自身も観察しながら、どことなく妙な感覚がある。その違和感が説明できない。

 

(ノエルみたいな自動人形? それとは違うけど、どこか似てるというか……。まぁ、大翔が関係してるのは間違いないわねー。前世の記憶の関係者、かつ、とても近しい人でFAってところかぁ)

 

 忍も月村・バニングス家の双方の両親には、流石に前世うんぬんの話はしていない。

 あくまで、忍が恭也をパートナーとして選んだように、すずかが大翔を選び、月村家の身内として扱うと正式に決めたことが一つ。これは一族の特殊性もあるのか、すずかが本心から望み、姉が推薦する事で、恐ろしいほどアッサリと決まった。

 そして、超常的能力──つまり、魔法のことだが、二人の愛娘が資質に目覚め、その師匠枠兼同世代の友人兼護衛、さらに技術の転用アドバイザーとして囲い込むという必要性を説き、実際に、使い捨ての自動魔法障壁装置を作ってみせたことで確定した。

 銃弾を打ち込まれても強く殴られたような衝撃で済むというのは、要人と呼ばれる人達等にオーダーメイドで高額で売れたのだ。被検体はもちろん銀色の彼である。他の選択肢は考えられなかったと後に開発者の忍はいい笑顔で語ったという。なお、宣伝塔としてそのアクセサリー状の装置を身にまとった、すずかやアリサがきっちり役割を果たしたことも大きく、開発費が潤沢となったという風の噂である。

 

(きっちり話をしないと、今後色々と拙そうなのよねー。抜け殻大翔の復活はまだかしら。すずか、何とかしなさいっての)

 

 と、隣室へ続く扉をちらりと見れば、なにやら騒ぎ声が漏れ聞こえてくる。よく聞き覚えのある声だが、まさか深夜にかかる時間帯に──?

 

「しっ、忍お嬢様ぁ……アリサ様が来られまして、大翔様が宙を浮いてしまいましたあ!」

 

 報告に飛び込んできた、すずか付きのファリンが慌てふためいている。寝てるかもしれないと思いながら、メールでの連絡はしたのだが、思い立ったら、バニングス嬢の行動は燃え盛る炎のような勢いのまま、駆けつけてきたようだ。

 

「いつまで呆けてるのよっ! しっかりしなさいってばっ!」

 

「し、しっかりしろ、大翔ー!? 見事なアッパーだったから、逆に傷は浅いぞー!」

 

 どうやら『銀髪くん』も到着済のようだ。身体能力増強の上でのアッパーカット。それは確かに宙を舞うに違いない。ただ、定番のビンタで良かったのでは、と忍は思いもした。

 

「……ん、恭也も来てくれるのね。って、え? 寝間着のまま、なのはちゃんが同行してる?」

 

 次にタイミング良く届いたメールの文面を見ながら、このメンバーの結束力はなかなかに高いようだと、忍は場違いと思いながら、思わず笑みをこぼしてしまうのであった。

 

 

 

*****

 

 

 

 「さぁ、仕切り直しね。船を漕いでいる子もいるけど、大丈夫かしらね?」

 

「らい、じょーぶだよ、起きてる、もん」

 

 お約束の船漕ぎ状態のなのはに、ノエルから受け取った掛け毛布をかけながら、アリサは問題ないとばかりに口火を切った。遅い時間帯に入ろうというのに、アドレナリンが放出されている彼女は完全な覚醒状態。夜の一族やオートマータである月村家一同は元より問題なし。皇貴もはやてに引きずられてか、最近は夜更かしが多いらしく、割合平気とのことだった。

 

「……ん~、骨付き肉最高ぉ……」

 

「アルフぅ……」

 

 襲撃者側では、仕切り直しの間に食物で懐柔されてしまったアルフが身体を丸めて、睡眠状態。とはいえ、フェイトが念話で強く呼びかければ即覚醒するので、特段の問題は無いのだが、主人たるフェイトがため息をつくのも無理はない。

 

「あはは……。すずかお嬢様に借りた漫画で読んだ骨付き肉を食べてるシーンが、現実に見られるチャンスだったものですから……っ」

 

「ファリン……その情熱と集中力を、普段にも生かしてくれれば……」

 

 ファリンが詫び、ノエルが嘆息する。どうということはない。物語の世界で見る獣人に興奮したファリンが静かに暴走しただけのことだった。

 

「でも、あんな大きな、漫画で出てくるような骨付き肉なんて初めて見たよ! アルフも幸せそうだったし、これはこれでいいんじゃないかな?」

 

「お姉ちゃんっ!」

 

 敵陣のど真ん中といっても差し支えない状況なのに、緊張感の無い姉にフェイトは今日何度目かの強い制止の言葉を発してしまう。

 

『フェイト。私が貴女のお姉ちゃん、アリシアだよ。今までずっと、よく頑張ってきたね。こうして抱き締めてあげられるのが、遅くなって本当に、ごめんね』

 

 初対面の時にそう言って抱擁してくれた姉。自分を初めて無条件に認めてくれた人。まだ短い時間ながら、フェイトはアリシアが母・プレシア同様にかけがいの無い存在になっている。母と姉の言葉を天秤にして、深く苦悩してしまうぐらいに。

 どうしても護りたい、そういう気持ちが強く出過ぎて、実のところ、アリシアがあえてのんびりとした態度を取っていることに気づく余裕が無いのだ。

 

「大丈夫、フェイト。お姉ちゃんを信じて欲しいな?」

 

「……分かった、お姉ちゃん」

 

 渋々ながら、姉がそう言い切るならばと、フェイトはアリシアの真横に立つ位置に移動し、張りつめていた緊張を僅かに弛緩させる。よしよし、と姉の手がそっと頭を撫でる動きに対しては、恥ずかしいと消え入るような声で反発するのがやっとのようだ。

 

「……なんか、納得したよ。『紗月』、確かにお前なんだな。理由はわからないけど、やっと冷静になって、仕草とか妙な面倒見の良さとか、行動がお前そのものだよ」

 

 見事なアリサの一撃を食らい、影響が残る鈍い痛みに顎を撫でながら、大翔はぽつりと、呟いた。とはいえ、拳は強く握り締められた状態であり、すずかがそっと手を重ねて、傍にいるからという想いを込めながら、微量の魔力を流すことで、大翔の平静さを維持させる一役を果たしている。

 

「うん。姿は違うけど、確かに私だよ」

 

 フェイトを撫でる動きを静かに止めて、少し目線を下げ、手を重ね合わせ祈るような形を取りながら、静かにアリシアは答えた。ゆっくりと顔を上げ、大翔の顔を真っ直ぐに見つめて、彼の言葉を待っている。

 

「色々、話がしたい。たぶん、一日中話しても話し切れないんじゃないかと思う。ただ、この部屋にいる人達は俺の協力者であるけど、全てを知っているわけじゃない。だから、積もる話は、あえて後にしたいと思うんだ」

 

 すずかや忍はとうに感づいている。

 二度目の生を送る大翔の、一度目の生で最も大切にしていた……異性に不信を抱く彼が唯一、信じた女性。その彼女が何らかの……恐らく、魔法的な要素が絡んでいるのは間違いないだろうが、理由で、以前の記憶と人格を保持したまま、目の前に現れている。

 

 その女性、いや、今は自分と同世代の女の子の手が、微かに震えているのをすずかは見た。

 事故により、自分と子供の命が守られた代わりに、彼がいなくなり、一体どれくらいの時間が経ったのか。すずかは想像する。大翔がいない世界で、子供を守り育てていく時間を。懸命に過ごす時間の果てに、どんな虚無感に襲われてしまうのだろうか。

 あの必要以上に余裕があるように見せているのは、彼女の心の中も複雑な思いでぐちゃぐちゃになっていて、変に表に出さないためにあんな態度を取っていると、すずかは感じたのだ。

 

(人には素直になれって言うのに、自分の苦しみを出さないようにしようとする。似てるのかも、ひろくんとあの人は)

 

 そうと分かれば、この世界の正妻を自認する自分がどう動くべきか。敵に塩を送るのは癪だが、彼に思いを寄せる女性が不幸になるのを眺めていたいとも思えず。

 

(一番は渡さないよ。でもね)

 

「ひろくん、待って。思い出話は後にするとしても、そうだね、例えば20分とか30分と括りをつけてもいいよ。二人が向き合って話す時間を取らないと、ダメだよ」

 

「すずか……」

 

「こちらからは私。あちらからはレオタ……えっと、妹さんで。一人ずつ立ち会うってことで」

 

 すずかの提案に、震えが収まったアリシアは頭を下げる。

 

「わかりました。宜しくお願いします」

 

「えっ、おねっ!?」

 

 再び戸惑うフェイトはアリシアに任せ、すずかは姉とアリサに振り向いた。

 

「……お姉ちゃん、アリサちゃん、少しだけ待っていて。結局は全部分かっちゃうことかもしれないけど、ひろくんも含めて、心の準備させてあげて欲しいの。お願い……っ」

 

 すずかは自然と頭を下げていた。僅かな時間がきっと、二人にとって、貴重な時間になると信じて。

 

「ダメね」

 

 ……そんなすずかの想いをバッサリ切って捨てる、アリサの返事であった。




ファリンはどこからあんな肉を持ってきたのか……。

アリサがこんな言い方をするのは、次回がほのぼの回にしたいからです。

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