吸血姫に飼われています   作:ですてに

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本編です。
闇の書編にそろそろ入っていかねば、ということで。


白の世界

 『おーい、起きろよ。寝ている場合じゃ無いぞー』

 

 一面が真っ白のだだっ広い空間。目を凝らしても果てが見えない。転生の直前にいたあの場所だと、大翔は認識し、そして、自分が今見ているのは夢なのだと自覚する。

 

(もうこの空間から出て、だいたい二年が経つのか)

 

 そんなことを思い起こしながら、そもそも自分を呼ぶような声が聞こえた気がするため、辺りを見渡すが、やはり視界に入るは白一色。

 

「あの陽気な事務官の兄ちゃんの声が聞こえた気がしたんだがなぁ……まぁ、夢だし仕方ないか」

 

『いや、呼んだっての。久し振りだな、空知くん』

 

 今度はハッキリと声が聞こえる。ただ、彼の姿は見えなかった。どこか人懐っこい、柔らかな話し方をする顔立ちを未だに覚えているのに。

 

「ああ。やっぱりアンタだったのか、事務官のお兄さん」

 

『うん、今日はそちらの夢に入らせてもらってるからね。流石に具現化はきついんだ。やれないことはないけど、すごく疲れるんでね』

 

「なるほど。で、転生以来、急に連絡を取ってくるなんて、何があったんだ?」

 

『ん? 近況伺いだよ』

 

「アンタ、そんな暇じゃないだろ。転生の時だって、俺への説明が仕事だと理由つけて、説明の時間を伸ばして、半分休んでいたじゃないか。人手不足ってそうそう変わるわけじゃないだろうし」

 

 本気で愚痴っていたから、多忙には違いないだろうと大翔は考える。だから、送り出した後の担当に声をかけるのが、そんな時候の挨拶とは思いにくかった。外見からすると働き盛りと感じた彼だ。何かしらの指示に基づいて接触してきたと判断するべきと感じたのだ。

 

『……これだから、社会経験がある転生者は扱いにくいんだよなぁ。若さと純粋さが足りん! 言いくるめにくいったらありゃしない』

 

「聞こえてるぞ」

 

『聞こえない振りで宜しく。まぁ、ただ、用件というのは確かなんだよなぁ』

 

「紗月を誘導してくれたのもアンタだろ。感謝してる。だから、遠慮なく言ってくれ。出来ないなら出来ないって言うから」

 

『いや、そこは全力を尽くす、とか言っとくべきところじゃない?』

 

「それも聞いてから判断するべきだろ」

 

『へーへー。じゃあ遠慮なく。あ、現実の時間は止めてあるからゆっくり話は出来るよ』

 

「良かったな、休息の時間だ」

 

 掛け合いとも言えるやり取りの中で、まずは近況確認からだった。実際には俯瞰しているとはいえ、細かい所は見えないこともあるため、大翔から聞き取り、確認をしていく。無論、言いにくいことはぼかしたところはあるものの、別段それを指摘されることもない。

 

『うん……別次元の世界に人を紛れ込ませるってのは、毎回記録を取るけど、驚く結末になることがあるよ。これも、神様の道楽みたいな所があるから、あまりにパターン化すると、無理やり変化を起こしたりするんだよね』

 

「……俺個人としては、もう一度紗月に会えたわけだから、感謝はするけど」

 

『いい気分はしないだろ。駒って断言されてるもんだから。アンタの奥さんを送り込むって決めたのも、上の担当者達だしね』

 

 より面白くなるかも、という理由で。大翔は苛立ちにざわめく心を無理やりに抑えた。世界は、いつだってこんなはずじゃないことばかりだ。もうすぐ邂逅するであろう、若年ながらに重責を背負う、あの管理局の執務官の言葉を思い起こして。

 前の世界からそうだった。世界はいつも理不尽。偶然というものが突如、今まで築き上げてきた全てを薙ぎ払う。一度目の自分の生の終わりがまさしくそうだったではないか……と。

 

『物語ではよくあるラブコメとか言われるかもしれないけど、結構君たちは人気あるんだよ。出生からの重たい秘密を抱えていた少女が、思春期の始まりに絶対的な理解者と出会えたら、特別な介入をしなくても、予想を超えるような変わりようを見せた。王道のハーレム物だけど、原作の性格からの乖離といい、変化球が面白いって。奥さんが生を終えて、即座に俺が声をかけることになったのも、より大きなうねりが期待できるから……なんだそうだ』

 

「……容赦なく言うもんだな」

 

『罵ったっていいのにさ』

 

「罵って何かが変わるなら、そうする。ただ、理不尽だと立ち止まったって、停止してしまう輩を誰も救い上げちゃくれない。前に進もうとしてこそ、手を貸してやろうかという奴らも初めて出てくるんだ」

 

『経験則?』

 

「少ないながらも、ね。俺にとっての、紗月は少なくともそういうもんだった」

 

『なるほど……ね。ランダムに選んだとはいえ、僕が君を担当できて、幸運だと思うよ。担当のし甲斐があるってもんさ。あの一つ目の特典も妙なもんを選ぶなと思っていたけど、君の考え方に非常に合うわけだ。だから、効果も出やすい。鍛錬を続けるのは当たり前、と思う君だから』

 

「二つ目の素養も非常に役に立ってるよ。なんせ少しずつ実用的なものが出来るのが、楽しくて仕方ないんだ」

 

『君も凝り性みたいだからねぇ。だから、あの月村の姉君にもついていけるし、相乗効果も見込めるわけだ。その素養をベースに、努力特典と合わせて普通のモノづくりのスキルも上がってるよね』

 

「制作に没頭する時間が、いい気分転換にもなっているんだと思うよ」

 

『そっか』

 

「それに、すずかについても、歪ませてしまった責任は取る。彼女が望む限り傍にいるし、将来、恨まれるとしても、大人しく手にかかろうと決めてる」

 

『……これは、大変そうだ』

 

「そうだな。人の一生の責任を負うってのはそういうもんだと思う」

 

『いや、違うんだけど……でも、間違ってもいないか。結局、重症なことには変わりないわけだ』

 

 姿は見えないものの、口調に呆れが混じるのを大翔は感じる。すずかの歪みは確かに重度のモノで、原因は自分にある。時間をかけて、償っていくべきものだと彼はそう決めていた。

 

『まぁ、気をつけなよ。お姫様は夜の一族としての力をほぼ覚醒させつつある。だから、その分、一族としての厄介な衝動がより強い方向性で現れてくるからね』

 

「……それは怖いな。鉄分の摂取量を倍にするとするよ」

 

『当然の手段だと思うよ。身体を鍛えることもこれまで以上に怠らないことも大事だね。体力はあればあるだけありがたいんじゃないかな』

 

「ああ、気を付ける」

 

『そろそろ時間切れが近いから、後は僕からのアドバイスをいくつか。それくらいは僕の権限でやってしまって構わないからね』

 

「……大丈夫なのか?」

 

『自分の担当している世界の主要人物が、みすみす不幸になんて、気分が良くないと思わないかい?』

 

「すずかやアリサはある意味、不幸になってしまっていると言えると思うぞ」

 

 自虐以外の何物でもない発言だが、元来の彼女達の生き方を変えてしまったのは、事実なのだと。

 

『彼女達が幸か不幸かを決めるのは、君じゃない。それは彼女達を浅く見積もり過ぎじゃないのかな』

 

「……しかし」

 

『時間が無いから、さくさく行くよ。まず、魔力付与や補助、回復魔法をかけるのはこれまで通りのやり方をお勧めする。それと、身の回りには十分に気をつけて。……これぐらいしか、僕には言えないけれど』

 

「ああ、魔力の件は良く分かった。今はそれだけ聞ければ、十分だ。ただ、身の回りに気を付けるというのが、良く分からないな」

 

『ま、とにかく気をつけて。じゃあ、そろそろ起きなよ。お姫様が君を思うあまりに先走ろうとしてる。本来は、君の身体は朝までぐっすりなんだけど、これくらいの特典は構わないだろう』

 

「!……プレシアさんが目を覚ましたのか」

 

『また近々夢で会おう。話せて楽しかったよ──』

 

 声が途切れ、大翔は飛び上がるようにベッドの上で目を覚ます。ふわりとシーツから、すずかの残り香が漂うものの、温もりは完全に失われていた。

 若干乱れていた着衣を手早くまとめて、大翔は廊下へ飛び出す。扉の前で控えていたファリンが驚いて尻餅をつくのが見えたが、すまないと声をかけ、彼はプレシアが休んでいるはずの寝室へと駆けた。疲れ切っていたはずの身体が、しっかり動くのを確認し、あの事務官が気を利かせたのだろう、と心で軽く礼を告げながら。

 駆ける途中で、念話と携帯で連絡を取ることも忘れずにこなして、大翔は寝室へと迷わず入っていった。

 

「話に──」

 

「……話にならないだろう?」

 

「!……貴方」

 

 部屋に飛び込んだ大翔は部屋に渦巻く殺気に眉を細めた。直接は気を向けられてはいない忍も完全に固まっているし、ノエルは完全に臨戦態勢に入っている。……ベッドの上で身を起こしている、プレシア・テスサロッサが、寛いだ姿勢のままで、部屋全体を威圧しているのだ。条件付きとはいえ、SSランクの魔導師に真っ向から殺気を叩きつけられているすずかは、それでも膝をつくこともなく、気丈にも顔を上げていたが、足が震えるのを止めることが出来ていない。

 大翔は迷うことなく、すずかの前に身体を割って入れ、凝り固まった彼女の身体を解すためにあえて、少し痛みを感じるぐらいに強く抱き寄せて、乱暴に頭を撫でつけた。

 

「先走り過ぎ。まともに殺気なんか受けたことが無かっただろう」

 

「ごめ、んなさ……」

 

「次からは気を付けて。とりあえず、そのままくっついていて構わないから」

 

 顔色を無くし、ぎゅう、っと震える腕で抱き締め返してくるすずかを、今度はそっと撫でてから、大翔はプレシアに改めて向き直る。

 

「お手元のお嬢さんが目を回しますよ、テスサロッサさん。彼女が何か失礼なことをしたなら、その責は私が負いますから、その気を収めてもらえませんか」

 

「貴方だけに向けるように集中させることも出来てよ?」

 

「あー、それでも構いませんので、俺以外に向けるのを辞めて下さい」

 

 プレシアの殺気は確かに恐ろしいし、直視していると身体が硬直しかねない。それは大翔とて、特に変わりはない。ただ、彼は文字通り一度死んでおり、殺気を感じられるということは、自分が生きているという証明だと考えることが出来る立場で、かつ、普段の訓練においても、恭也や、ストレス発散を兼ねているの皇貴から、遠慮ない殺意を叩きつけられる日常を経験していた。

 

(まともに受け止めちゃ、飲まれるだけだし。流すしかないよなぁ。恭也さんとおんなじで、本当おっかないわ)

 

「……もういいわ。興が削がれたし、少々疲れたわね」

 

 部屋に漂う空気が一気に弛緩し、アリシアがプレシアの腕の中で完全に力が入らずに脱力するや、忍も椅子にしな垂れかかり、やっと息をつく。

 

「アリシアに聞いていたものの、妄想の類と断じていたのよ。全てを信じるわけでは無いけれど……どうやら、妄想でもないみたいね。九歳の子供が殺意に晒されて、そんなふてぶてしい態度を取れるものですか」

 

「お疲れなら、疲れの取れるハーブティーでも入れますけど」

 

「はいはい! ひーちゃん! 私欲しいです」

 

「アリシア!」

 

「ママは十分、私のお陰で元気を補給してるんだから、私も補給が必要なの。それに、こんなに怖い思いまでさせて、さらに楽しみまで奪うの……?」

 

「そ、そんなわけないじゃない! ちょ、ちょっと貴方! すぐに淹れなさい! 五秒で!」

 

「かしこまりました、マダム」

 

 かしこまった物言いをあえて残して、紗月も調子に乗っているなと思いながら、すぐに大翔は動いた。背中にコバンザメのごとく、へばりついて離れないまますずかを背負うような状態で。客室を兼ねるこういう大き目の部屋であれば、月村家の場合、給湯室もたいていセットになっている。

 

「六人分だな、さてと……ん?」

 

 部屋に近づいてくる足音が増えるのを確認し、大翔はカップの数を静かに増やす。茶葉の量を調整する頃になるとすずかも復活し、二人で手分けしてテキパキと準備を進めるのを、我に返り手伝いに向かったノエルがしっかり確認していた。

 隠しカメラできっちり一場面をファインダーに収めている辺り、二人に内緒で作成されている成長アルバムへと挟まれることになっていくことを知るのは、果たして何年後であろうか。




この作品はオリ主くんの転生モノです(今さら)
いい加減、PT事件の終息へと入ります。と同時に闇の書編に入るわけです。

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