吸血姫に飼われています   作:ですてに

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打ち明け話をしようとしたはずなのに。


ヒロインか、ヒーローか

 「着いたぞ。さ、二人とも降りてくれ」

 

「……もう突っ込まないわよ」

 

 息を切らしたなのはが動けない状態となり、大翔はなのはを背負うと言ったはずだった。

 だが、現実は異なる。彼は左腕にすずか、右腕になのはを抱えて、屋上まで階段を昇る羽目になっていた。無駄に日頃の鍛練の結果が出て、補助魔法で補うことで、小学生に非ざる離れ業をやってのけてしまえる辺り、彼も大概変人の部類である。

 

「にゃはは、ありがとうなの」

 

「……ふふっ、ありがとう、大翔くん」

 

 照れながら彼の腕から降りる、なのは。彼に寄り掛かりながら彼の腕から降りて、少し満足そうに自分の足で立つすずか。太陽と月みたいだ、そんな印象を彼は抱いた。そして、柄でもないなと自分ですぐにその考えを打ち消しておく。

 

「いえいえ」

 

 乳酸が溜まった両腕を細かく震わせて、リラックスに努めながら短い返事を返す大翔は、この面子の前だと、すずかも甘えるのを我慢しなくなったものだと思っていた。

 

「なんで私はここにいるのかしらね……」

 

「いつもありがとうな、バニングス。なんか面倒ばかりかけてる」

 

「……翠屋のケーキセット。今回はそれで手を打ってあげるわ」

 

「了解。あとで都合のいい日を教えてくれ」

 

 大翔には忍がある程度のお小遣いを支給してくれている。

 そのお礼として、彼は忍の趣味である研究手伝いをしていたり、本来、すずかに渡るはずのお小遣いの一部が忍経由で彼に渡されていたりする裏事情がある。さらに、小学生という立場に、鍛練に明け暮れるような日常だ。

 資産家の毎月のお小遣いは、彼が前世で月に自由に使える金額と大差なかったため、正直、貯まる一方であったのだ。具体的にすれば、この四人で遊園地に遊びに行く費用を全額出せるぐらいの余力がある。

 

「自分で出すから、私も行くね?」

 

「ああ、それぐらい大丈夫だよ。忍さん、小学生にはあり得ないぐらい出してくれてるし。……無茶な使い方はしないって見切られてるんだろうけどなー」

 

 彼の投資用口座も作ろうかなどという話が、忍とノエルの間に出ているのをすずかは聞いているため、吹き出しそうになるのを何とかこらえた。

 忍は彼に節制を求めているが、家族以外ですずかにとって一番の理解者だと十分承知しており、無理に引き剥がすつもりは毛頭なく、知らないのは彼ばかりであるのだ。

 

「? どうした、すずか?」

 

「な、なんでもないよ、ごめんね?」

 

「お母さんに話しておくね、特別な奴作ってもらえるようにお願いしておくの!」

 

「……翠屋のスペシャルセット、だと」

 

 声を漏らしたのは大翔でったが、アリサもすずかも思わず、唾を飲み込む。パティシェである、なのはの母・桃子の腕は近隣の県をまたいで喫茶やお土産購入のために通うファンが多数いる、超一流のもの。大翔はもちろん、舌が肥えているアリサやすずかも虜になっている翠屋の洋菓子……その特別となれば。

 

「ナイスよ、なのはっ!」

 

「ふぇぇ!?」

 

 アリサが喜びのあまりになのはに抱きつき、強い勢いで頭を撫で続けるのも無理はない話であった。

 

 

 

 *******

 

 

 

「で、そろそろ話してくれないかしら。すずかの大事な話。二人だけの秘め事っていうのも腹が立つのよ? 私となのはが何にも邪魔されずに話すにはいい機会じゃない」

 

「大事なお話だから、私達がいる場所でちゃんと話したいって言っていた奴だよね」

 

「うん、アリサちゃん、なのはちゃん」

 

 アリサやなのはが自分の秘密を知っても決して関係性は変わらないと、すずか自身にも今までの付き合いで十分予想はついていた。だが、初めて得た親友を失うかもしれない恐怖。それはどうにも抗えぬものであり、手の震えや身体の緊張となって現れていた。

 

「そっか、話すつもりになっていたんだな」

 

「ご、ごめんね。相談もせずに」

 

「すずかが自分でそう決めたのなら、それでいい。高町やバニングスとの関係は、俺とは比べられない、とても大事なものだろ?」

 

 励ますつもりで、大翔は言ったつもりだった。だが、すずかは嬉しさと悲しさが入り混じった、何とも複雑な表情に変わってしまい、なのはは落ち込み、アリサは分かりやすく怒気を露わにしていた。

 

「……あれ?」

 

「励ましてくれて、ありがとう。だけど、アリサちゃん達より、大翔くんの関係が下に見られるのは、我慢ならないかな? 私にとっては……三人とも、とても大切な人だから」

 

「いや、ちょっと待って、すずか。色々誤解があ……」

 

「ショック、だよ。大翔くんはわたしやアリサちゃんを大切な友達と思ってくれてないのかな?」

 

「高町までっ!? そういう意味じゃなくて」

 

「すずかを特別視するのはいいわよ。命の恩人だものね。ただ、あたしはアンタをすずかと同じく親友だと思ってた。それは違ったってこと?」

 

「なんでその話を知って……いや、それよりも、バニングス! 言葉のあやというのがあってだな!」

 

「そう、初めて会ってから一年近くもう経つのに、あたしやなのはは苗字呼びだものね……」

 

「わたしもずっと思ってたことだよ、アリサちゃん。……OHANASHIしようか、大翔くん?」

 

 いい話になるはずが急転直下、命の危機に陥っていた。彼は必死ですずかへ助けを求める。生への足掻きへ奔走する。

 

「すっ、すずか! お前からも二人を」

 

「私のことをしっかり見ておいてもらうのは勿論だけど、アリサちゃんやなのはちゃんの好意を無にするのはどうかと思ってたよ? 度量の大きい所を見せて欲しいな」

 

 すずか、正妻の貫禄であった。一桁年齢の少女がまとえる風格であるかどうかは、この際捨て置く。その風格をすずかは持っており、微笑みを見せるだけで、大翔は退路が断たれたことを悟るには十分だったのだから。彼の腰は砕け、地面と両手と臀部がこんにちはの挨拶をしてしまう。

 

「もう少し、長生きしたかったなぁ……」

 

「殺しはしないわよ……ただ、あたし達のことを軽んじるなんて、もう考えられないようにするぐらいで」

 

「大切な友達だもん……」

 

「ははは、信じたいなぁ……」

 

 彼が本気を出せば、目の前の少女を蹴散らすのは容易い。そのはずだ。だが、身体は震え、魔法の行使もままならない。真なる恐怖。いくら肉体を鍛えようとも、親しき女性の、心からの怒気の前に対抗できる男性がどれだけいるだろうか。彼はもちろん無理な側に属していた。

 

「……逃げちゃ駄目だよ?」

 

 本能から後ずさりをすることすら、背中から抱き止められてしまえば、それでおしまい。

 

「ちゃんと抱き締めていてあげるから……罰は、受け入れようね?」

 

 慈愛に満ちた声。優しい紫の瞳。安らぎを与える微笑み。その中で逝けるのは、彼のせめてもの幸福であったと言えよう。……原作知識があやふやである彼はそもそも見誤っていたのだ。

 

 幼少期の家族との出来事で生じた、自身への無力感がきっかけで、辛さや悲しみを抱え込んでしまうようになった『なのは』にとって、年齢詐欺と言える包容力を持つ同じ年の友達に親愛の情を持つのは自然なことであった。運動能力にも優れ、勉強も出来る、彼女にとっては学校の頼れるお兄ちゃん的な存在である。

 

 アリサにしてみても、この年にしてビジネス書を読み解くのを日課とするような少女が、この時期の同級生の男子と歯車が噛み合うかといえば、絶望的と言えた。

 彼女からすれば、周りは余りに未成熟過ぎるし、それを露骨に表情などに出すのは自分が成熟し切っていないと公表するのと同じ意味だ。自分でもどうしようもない苛立ち。それは逆に入学早々、年不相応に落ち着き払っていたすずかのカチューシャを奪う悪戯に繋がったりした。冷静になれば、自分以上に精神面が成熟しているように思えた醜い嫉妬からのものだと、自己分析と自己嫌悪から、周りに必要程度を合わせるように修正は出来たものの、苛立ちが溜まるのは止められない。

 そんな折に、すずかの縁戚として現れた大翔は、自分と同じ次元で話が出来、かつ、クラスメイトとも程好い距離感での関係を気づける社交性の高さに、アリサは強く関心を持ってしまった。安らぎを与えてくれたすずかとなのはに加えて、自分の日々を鮮やかな色で塗り替えてくれる存在になり得ると確信して。

 

「てめぇ! すずかから離れろ!」

 

 奇しくも彼にとっての救いの神は、予想外の方向からやってきた。屋上に駆け込んできた銀髪の転校生、伊集院皇貴の声によって。

 

(……まさかテンプレ転生者の空気ブレイカーぶりに救われるとはなぁ)

 

 命の危機に扮していた大翔には、彼に心の中で深く感謝する。自分に今まさにアイアンクローを決めようとしていた、アリサとなのはは転校生の声に振り向いて、攻撃を中断せざるを得なかったのだから。

 

「……今、大事なお話中なの。邪魔しないで欲しいな」

 

「なのはの言う通りよ。部外者が割り込んで来ないでちょうだい」

 

「何を言っているんだ、なのは、アリサ。早くお前達もこっちに来るんだ。つまらない男に関わるなよ」

 

 こちらに歩き寄りながら、必殺の『ニコポ』を発動させる皇貴。魅了効果抜群の笑顔を直視してしまったなのはとアリサは心臓の突然の高鳴りに思わず胸を抑える。数秒前まで苛立ちを感じていたはずの男に感じるはずのない気持ちが、胸の内に湧き上がろうとするために。

 

「なによ、これ……!」

 

「また、あの人の笑顔見ると、力抜けちゃって、胸がポカポカするの……ひどいこと、言われてるのに」

 

 突然の恋煩いに似た感情の発露に、怒りの声を上げるアリサに、戸惑いに飲まれるなのは。目の前の転校生は共通の友人をつまらない男と貶しているのに、相反する気持ちが湧き上がる自身を理解が出来ない。

 

「大丈夫、すぐに気にならなくなるって」

 

 皇貴の言葉が甘い毒のように、心に侵食しようとする。彼が一歩近づく度に、胸の鼓動は激しくなり、彼の言葉が全て正しいように思えてくる。

 大翔はつまらない男だ、確かに気にする必要はない……そんな思考に囚われたアリサは、全身に激しい悪寒が走った。

 

(今、あたしは……何を考えたの!? 大翔がつまらない男!? なんでこんな考えを! 違う、違うでしょ! しっかりしなさい、アリサ! とにかく、コイツの笑顔をこれ以上見るのは危険よ!)

 

 とっさにアリサがなのはの手を取り、抱き締める形で皇貴の視線から軸をずらす。それと入れ代わる形で、無表情の面を顔に張り付かせて、すずかは間に割り込むように立ち塞がる。

 

「良かった、すずか。あんな男に近づいたらダメだぜ? さ、俺と一緒に教室に戻ろう」

 

 一方、笑顔を崩さずに、皇貴は目の前に出てきたすずかの手を躊躇いなく取ろうと腕を伸ばす。奥手な彼女には『ナデポ』──頭部への撫で付けという、直接接触による魅了──の方が効くだろう、無表情なのは緊張の現れだ……などと自分に都合の良い解釈をしたからだ。

 

 パシンッ!

 

 伸ばされた手は、あっさりすずかの手で跳ね除けられる。呆然とする皇貴の前に、接触した側の手をハンカチで念入りに拭き取る仕草をしながら、全く表情を変えずに、すずかは怒濤の勢いで口火を切った。

 

「気安く触らないでもらえますか? 汚らわしいその手で私の髪に触れないで下さいね。むしろ、半径三メートル以内に近づくのも勘弁して頂くようにお願いします。ああ、それと。その気持ち悪い笑顔も止めて頂けますか? 出来れば、こちらと顔を極力合わさないようにして頂きたいですね。離れて見ていても、胸のムカつきが止まらなくなってしまって、胃薬とこの年で大切なお友達になりたくありませんから。……大切なお友達は、アリサちゃんとなのはちゃん、そして、大翔くんの三人で十分満ち足りていますので」

 

「なっなっなっ……!」

 

「そして、もう一つ。私の友達の心を玩ぶなど、決して許さない。それに、貴方は知っているのでしょう? 私の背景、私の力。私には貴方の魅了など、効かないのが道理だと。私を侮っているのですか? ……だとすれば、本当に失礼な人ですね」




すずかさんのターン!
次回も続くよ!

主人公? フォローには回るんじゃないかな……。

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