吸血姫に飼われています   作:ですてに

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遅くなりました(定例の挨拶

遅くなった、が定例の挨拶化してどうするのだ、って話なんですが。


交渉開始なのです

 「ん……悪くないわね」

 

「この家が常備しているハーブは良いものが揃ってるんです」

 

 寝台のプレシアとアームロック中のアリシアを囲うような形で、一同は椅子に腰かけてカップを口にした。ノエルだけは直立の状態で忍のすぐ後ろに控える形であったが。

 

「何日か前に目を覚まして、改めてアリシアから色々聞かされてはいたのよ。子供の妄想とするには、詳細の描写が鮮やか過ぎるし、かといって、ならば、今私の目の前で笑い、はしゃぎ、私を『ママ』と呼びかけてくれるアリシアは、私が望んだアリシアなのか、とも」

 

「ママ……」

 

 腕の内から、少し不安そうに自分を見上げる愛娘の頭をそっと撫でながら、微かな微笑みさえ浮かべて、プレシアは言葉を続ける。

 

「ただね、アリシアは私の娘よ。それは絶対で、複雑な事情が加わったとしても、変わりはしないわ。科学者としては失格の烙印を押されるでしょうけど、理屈じゃないのよ。母親の本能かしらね、この子は私の娘、疑うことなど無いと教えてくれるのよ」

 

 その言葉に、アリシアはただ、母親に強く抱き着いた。そっと背中を撫でる母の手はどこまでも優しい。

 

「たった二、三日よ。二、三日、会わなかっただけで、この子の状態が上向きになったのが分かる。貴方達が考えた、心身を安定させるための並行思考の練習も続けさせているわ。アリシアや貴方達が言う仮定を真とするならば、アプローチとしては有効だと考えている。この子の魔法技術向上にも役に立つでしょう」

 

 そこで、喉を潤すようにカップに口をつけ、プレシアは大翔を真っ直ぐに見据えた。

 

「……となれば、引っかかるのは貴方よ。先程の、横にいるお嬢さんはその年にしては大人びていると思うけれど、私の殺気には反応できなかった。忍さんからこの数日で多少なりレクチャーを受けたけれど、この世界は軍人や傭兵でもない限り、戦いの場に身を置くことは殆どあり得ないと聞いたわ。だから、彼女の反応は、ある意味正常と言える」

 

 大翔にほぼ寄り添う形で椅子に座っているすずかの、自身の服の裾を握り締める強さが増していく。不安の表れと言えるが、そんな落ち着かないすずかの目にも、大翔の表情は普段と変わりないように映っていた。

 

「だけど、貴方は少なくとも表面的に平静を装ってみせた。自慢じゃないけれど、私の魔導師としての圧力は、決して軽いものじゃない。並の魔導師なら、私の放つ威嚇代わりの魔力で動けなくなるのだから」

 

「いや、十分怖かったですから。まともに受けたら動けなくなるのは分かってましたし、直視なんて出来なかったです」

 

 アリサ達にすずかの一族の力であったり、魔法の存在が知られてからは、大翔や皇貴の訓練内容に、恭也を相手取った対人訓練が組み込まれていた。男の子は女の子を守るナイトであるべきという忍の助言によるものだが、実際、二人には非常に有効な訓練となった。

 暗殺を本来家業とする不破の剣士である恭也は、この平和を謳歌する日本で、人を威圧させることが出来る『本物の殺気』を発する数少ない人間の一人だ。その人の放つ気に抗う、というだけでも訓練を積まない一般人には不可能なことであり、その気を受けながら模擬戦が出来るようになるにも、相応の時間が必要だったのだ。

 

「……その物言いも、気持ち悪いわね。取り繕った言い方というのかしら。作り笑いまでしっかりして、子供らしくないのよ」

 

 管理局の実態──才があれば、子供でも早くから働いている現状を多少なりとも知る人間がそれを言うか、と大翔は思うが、当然口にすることも無い。

 

「性分みたいです、申し訳ありませ、って、いつつ、さつ、ちが、アリシアさ……」

 

 いつの間にプレシアの腕を抜け出したのか、近づいてきたアリシアが大翔の言葉を遮るように、ぎゅっと彼の頬をつまんで引っ張っていた。反対側の手は母・アリシアの頬をつまんで。腕を精一杯突っ張った状態でつまんでいるものだから、痛みから大翔もプレシアもアリシアを挟むようにお互いの距離を詰める。

 

「だー! もうっ! ママも、ひーちゃんも探り合いはその辺にしてよっ!」

 

「いつつ……だからって急に引っ張らなくても」

 

「そうよ、アリシア。頬が腫れてしまうわ」

 

 なお、服の裾をつまんでいたすずかも釣られるように、大翔と共にプレシアのいる寝台に乗っかる姿勢になっている。

 

「だって、私が全部話したでしょ! ママもひーちゃんも、それは知ってるじゃない」

 

「うーん、それこそ性分というか。話として知っていても、聞いた人がどの程度信じているかどうかで、交渉事っていろいろ変わるからね?」

 

「いらぬ情報は与えないに限るのよ。自分が出来るだけ有利になるように持っていくのが目的なわけだから」

 

 駆け引きをしていたのだ、と二人は言うわけだが、アリシアは納得しない。

 

「喧嘩しないで、って言いたいの!」

 

「……分かった、参った参った」

 

「アリシアを怒らせたいわけじゃないのよ、ごめんなさいね」

 

 二人の手がぽんぽんとアリシアの頭をあやすように乗せられ、改めて大翔とプレシアは向き直る。

 

「……アリシアに聞いた話は、空想の産物と断じていたのよ。ただ、やはりそれを前提に話をしたほうが良さそうね?」

 

「格好、変えましょうか?」

 

「ああ、変身魔法が使えるのね。今はいいわ。外で会う時等に改めて使えばいいのだし。しかし、悪夢のようだわ。私が知らない間に、娘に悪い虫がついたようなものじゃない。でも、そのお陰でアリシアが目を覚ましたと考えれば、複雑なのよね」

 

「あ、あはは……」

 

「ま、それはいいわ。もう少し身体が戻れば、貴方に的になってもらって八つ当たりさせてもらうから」

 

「いや、貴方の電撃をまともに受ければ死にますから。全力で抵抗しますよ」

 

「だから、『身体が戻ってから』と言ったのよ」

 

 プレシアの微笑みがどう見ても邪悪なもので、大翔はため息をつくしかなかった。

 

「実際、私の身体の状態を少しでも戻すため、色々手を尽くしてくれているみたいね。それについては感謝しているわ」

 

「実際には忍さんやすずかの力が大きいです。俺がやってるのはせいぜい知恵を出すぐらいで。ジュエルシードも歪んだ願望器でしかないから、頼るつもりもない」

 

 薬が原因となる呼吸器の疾患。喀血もあるプレシアの症状は出来る限り早く専門病院へ見せる必要があるものだが、ミッドチルダの住人である彼女を連れていくのに、最低限の準備が必要だった。戸籍の準備やら、この辺りは月村家だからこそ出来る準備でもある。

 プレシアの体調が少しでも戻りつつある原因に、すずかの提案から、数十倍から数倍に薄めたすずかの血をプレシアに投与することで、身体の再生力を高める臨床試験的な方法も挙げられる。夜の一族の血は人の身には劇薬にも近い成分であるため、その辺りは忍やヘカティーの管理のもとで少しずつ行われていた。

 

「あとは貴女にしか聞けないこともあります。フェイトさんがいない内に、聞いておきたい」

 

「何かしら」

 

「再生医療に転用できる研究成果、って無いんですか」

 

「……完全に、盲点だったわね。今までの私は、蘇生に関係する以外の研究結果は不要だったから。そう考えてみれば、思いつくだけでもいくつか使えそうなものがある」

 

 プロジェクトF.A.T.Eの名はあえて出さなかったものの、プレシアには伝わる。人の複製を最上目標とするプロジェクトの中に、人体再生に応用できる技術成果があるのではないか、と考えていた大翔の問い。概要しか知らなかったこれからの詳細を皇貴から聞き取った中で、生まれた疑問の一つだった。

 

「ミッドチルダの医療は魔法技術とも密接に結び付くもの。ただ、私はあちらには戻りにくいわね」

 

 ジュエルシードを積んだ船を落とした事実は無くなるわけではない。犠牲者は無く、物損だけで済んでいる現状であっても、プレシアは法に触れた人物にあることに変わりはなかった。

 

「必ずしも戻らなくてもいいのでは? 俺は、アリシアさんとフェイトさんが笑って過ごす為に、貴女という存在は絶対に必要と思いますが、場所はミッドチルダである必要も無い。それにここは管理外世界でしたっけ? あちらの法を無理やり振りかざすなら、それは越権行為以外の何物でもない。そちらの世界と国交があるわけでもないし」

 

「大翔も言うわねぇ。まぁ、この日本という国には、この国の法があるわけだしね。それに、幸運なことに、月村という家はこの国では長く続く名家の一つって奴だから。プレシアさんが協力してくれるなら、月村家が貴女達のこの世界での後ろ盾になれる」

 

 大翔の言葉を紡ぐように、忍がメリットを強調していく。

 

「流石に私達は工業系の企業しか持っていないから、医療チームとなると、他を巻き込むしかないけど……。彼にぞっこんのバニングス家のお嬢様に手伝ってもらえば、あっさり解決するでしょうね」

 

「……アリサが協力してくれるかは、別として。俺は、俺が大切な人達が無事で幸せになれれば、それでいいんです。そして、その礎になる海鳴が平和であれば、なお望ましい。ミッドチルダは正直どうでもいいと思ってます。魔法至上主義って危ういものにしか思えないんですよ、ほんと」

 

 プレシアはこの管理局を毛嫌いしている節のある少年にこそ危うさを感じるのだが、こちらを助けようとする態度は一貫しており、アリシアの蘇生かつ状態の正常化に繋がっている彼との結びつきは利用するべきだと判断しつつあった。

 彼の指摘の一部は当たっていて、アリシアが娘として戻った今、フェイトへの複雑な感情はあれど、二人の子供を守るために、すぐに死ぬわけにはいかない立場だというのは正常に自覚できている。妄執に囚われる必要が無くなれば、プレシアは本来の子煩悩な母親としての思考を取り戻しつつあった。

 アリシアが生き返った今、瓜二つでありながら性格が全く異なるフェイトは、アリシアの妹としてみるならば、家族としてのバランスは悪くない。愛想渦巻く思いはあれど、アリシアの強い主張である『フェイトは私の妹!』という言葉を少しずつ受け入れようとは思えるのだ。

 

「身体の状態を戻すのは、私の優先するべき事項。それは言う通りだわ。ただ、それよりも、私はアリシアを守るのが何より優せ……いひゃいわ、ひゃりしあ」

 

「私だけじゃないでしょう! 私とフェイト!」

 

 再び、今度は両頬をつままれる大魔導師の姿がそこにはあった。流石に時間をおかず、二回目となれば、地味にダメージが蓄積されて、プレシアも俯いて痛みを堪えている。

 

「……すずか、何か冷やすものあるかな」

 

「氷とタオルでいいかな?」

 

「ノエルさんは忍さんの傍にいてもらった方がいいし、頼むよ」

 

 頬をプレシアが冷やす間に、ユーノ、フェイト、さらには皇貴やアリサ達までもが勢揃いして、部屋の密度は一気に増すことになったのである。




プレシアさんの研究って蘇生技術ですよね。
再生技術もその中には含まれるだろ、って話。

二次創作でプレシアさん側を描く題材だと時折出て来ますよね。

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