「そろそろ、大翔くん自身が手に余るかもと考える問題を聞こうか。といっても、私達が直接何をするかという話にはならないから、どういう援助が出来るか、を考えることになるだろうけどね」
デビッドの進行により話が進むのを聞きながら、クアットロはいっそ、皆魔導師にしてしまっても、とあらぬ妄想が頭をよぎる。だが、戦闘民族高町家がより強化される事態に気づき、すぐにかぶりを振った。目の前の事件がすぐに片付く代償に、自分達ナンバーズの未来が確実に詰む。此方側に引き込める保証が無い以上、強力な敵対者を増やす可能性は避けるべきだった。
「そこで考え込んでいる彼女も、プレシアさんもその道の研究者と聞いたが、それだけで食べていけるということは、優れた研究者であることに疑いは無いだろうしね」
「あ、わ、私の場合は、父が、すごいだけ、でぇ……」
急に軽くなった圧力に、気が抜けた分しどろもどろになるクアットロは、コントロールが出来るのなら最初からお願いしたかったと本気で思った。なお、移動準備中の父親はこちらの状況を相変わらず盗み見しており、長女に向けて『クアットロが父と呼んでくれたぞ!』などと大はしゃぎし、準備の妨げだと意識を刈り取られていた。
「私は、大翔くんの特殊技能について聞きたいわね」
「そうそう、気になるわ。士郎さんみたいに『秘技』みたいな感じなのかしら」
一方、緊張感を欠片もまとっていないマイペースな女親二人の割り込みに、征二が追認する。
「そうだな。もしこの場で口にしにくいのなら、後で個々に聞かせてもらってもいいだろう。もし、君の特殊技能が対策の一環になるのなら、使わない手は無いのだからな」
「じゃあ、先に説明を済ませて下さい~。私はその間に今日のメイン問題の資料を映す投影機の準備をしますから~」
クアットロ、逃げの一手である。プレッシャーの範囲から逃れるためならば、手を組むと決めた味方であっても、即座に売り飛ばすと判断していた。思わず目を向ける大翔に対しても、瞳は雄弁だ。『巻き込まないで下さい』、そう告げている。
「なーんか、調子狂うなぁ、色々と。あんたは急に態度が豹変してるし、ああいう人達にへたれる奴じゃなかったと思ったんだが……」
同じく逃げを打つ皇貴がクアットロに初めて声をかけた。はやての腕を引っ掴むように連れて、準備をしようとするクアットロの手伝いの振りだ。
「いや、あの圧力はなんというかぁ、殺気と全く違うヤバいやつですからぁ。気づいたらコンクリート詰めのドラム缶と一緒に海の底にドプンってやつですぅ……そういう意味でも、言葉遣いを変えてもらえたのはラッキーでしたねぇ……」
「大翔はなんで逃げようと思わないのかね。あるいは圧力を向けさせないことだって出来なくはないし……やんないだろうけどさ」
「私が『細かな所が違う』みたいに、自分が歪ませたのを自覚してるから、自分の意思でこれ以上歪ませるもんかという意地とか決意だと、推測しますけどぉ」
「それだけで耐えられる、もんなのか?」
「ふつーは無理だと思いますよぉ。それが出来る底抜けさんだから、あのお二人も本能的に離さないんじゃないですか~。ややこしい背景もまるごと迷わずに受け入れる彼をぉ」
「人に悪さをする歪み方じゃないなら、ええんちゃうかなぁ」
ぽそりと呟いたはやてを、皇貴やクアットロが振り返るのを見て、彼女は思っていたことを口にする。
「まだ、私は付き合い浅いけどな、大翔くんは懐が深いんやなと思うよ。自分に信頼を向けている人に対して、どこまでも一生懸命に応えようとする感じやね。こうしてこの話し合いの場に連れて来られてるってことは、私にも関係する話なんやろ。ただ、その問題に対しても、大翔くんは矢面に立つつもりやと思う。私を大事に思ってくれる皇貴くんの友達だから、自分が手助けするのは当たり前やって」
「おう、基本的にお人よしが過ぎるんだよ、あいつ。なまじっか力を持っちまったから、しんどいほうへ、しんどいほうへ行ってる」
「大翔くんの力も魔法のことやろ? 食事の後、フェイトちゃんとかに見せてもろうたけど、私にもそんな才能があるって本当なんやろか」
「おう、その辺ではやてが厄介事に巻き込まれそうだから、早めに手を打つための話し合いだからな。図書館で知り合ってから、はやての中に眠ってる力に気づいた時は慌てたんだぜ?」
はやてを温泉に連れてくると決まった時点で、魔法の存在やはやてにその才能があることなど、闇の書関連以外はある程度説明は済ませている。教師役としても適したプレシアという存在もあり、皇貴からの説明はスムーズに進んだのだ。
「まぁ、忍さんの測定器って奴で測ったら、ほんまに『ボンッ』って火ぃ噴いたしなぁ。皇貴くんも爆発したって言っとったよね。私より全体量が少ないっていう大翔くんやすずかちゃんとかだと、ちゃんと測定できとったし……。ま、それはともかくや」
今は自分のことじゃない、とはやては話を元に戻す。
「しんどい方へばっか行く大翔くんの話やけどな、だったら、その辺りは周りが気を付けたればええ話やんか。いざとなれば、力になってくれる友達や家族がいると分かってるだけでも、自力で解決するエネルギーって湧いてきたりせぇへん?」
その通りかもしれない、とクアットロは思う。何の縁か、ナンバーズとして二度目の生を送る彼女は、家族の幸せを第一に置いているし、そのためだったら、どんな非道な手や無理無茶でもやってみせるつもりだ。
これはクアットロ本来の性格と、彼女に宿った人物の性格が混じり合った結果であるが、ドクターやナンバーズ全員の未来を思えばむしろプラスになると、今の彼女自身割り切っている。
大翔も似たようなところがある、と彼女は感じている。ただ、自分とその守るべき範囲が大きいか小さいかの違いだ。そして、守る範囲の中でも、彼はいざという時の優先順位をつけているだろう。自分にとってのドクターが、彼にとっては、おそらくは。
そう感じて、彼らに視線を向ければ、かちこちになったフェイトが大翔の両頬を挟むように手を当てており、彼女の唇が彼の唇に触れようとしているところであった。
「はい?」
もちろん、その行為をすずかやアリサが許すわけも無く、唇同士の間に手を差し込んで妨害をして、大翔自身もフェイトの両肩を押さえて、何を考えているのかと問い質している。
「だ、だって、正式なディバイドエナジー(魔力付与)は唇同士でするものだって……」
「違う、絶対に違う。それなら、俺はすずかやアリサに魔力を分けるのもままならなくなるじゃないか」
「逆にそうしないと良質な魔力は分けてもらえないということだよね。うん、そうだよね。フェイトちゃんにはやらせないけど、やり方は非常に正しいと思うよ」
「すずか、都合良く曲解するなっ」
「そうよ、すずかだけなんて抜け駆けは許さないわよっ!」
「アリサも分かってそういう言い方するのはやめてくれ……とにかく、フェイト。魔力を分け与えるのは、手と手で十分だろ。正式なやり方なんて決まってないんだ」
「え……」
ぷしゅう、と茹蛸のような湯気を立てかねない顔色になったフェイトがぺたんと座り込んでしまう。犯人はこの場にいない、彼女の姉であるのは安易に予想できるが、本筋からずれるのは好ましくなかった。
「『バインド』。二人とも、じっとしてろ。俺はまだ征二さんやデビッドさんに血祭りに上げられたくない」
二人の父親の目は完全に血走っていた。目の前で娘達が男と口づけをしたいと宣言するのだから、正直溜まったものではない。認めている、というのと、実際に手を出されるのは、果てしなく遠い隔たりがあるのだ。すずかのような特殊な事情があり、それを理解する父親であろうとも。
「懸命だな。さ、すずか、大人しくしなさい」
「アリサもいい加減にしなさい。パパが目の前で倒れてもいいのかい?」
すずかとアリサは父親二人に確保され、母親達が宥めつつ、フェイトはプレシアが背中から自分に寄り掛からせて、本題へと立ち返っていく。
「何を考えているのかと思ったのだけれど、アリシアの入れ知恵だったわけね。始めから私が手伝えば良かったわ。さて、忍さん、この子の魔力の波長はモニターできているかしら?」
「大丈夫です。今、フェイトちゃんのモニターについては、プレシアさんに切り替えました」
モニター装置については、魔力の総量を測るものではないため、表面上の波長だけを捉えている。それゆえ、オーバーヒートの可能性も低く、忍は自信をこめて言い切っていた。
よし、とプレシアは頷き、大翔の両頬に手を当てる。自分と比べてもまだ小さな手に、自分は家族を守るための一つの手段として、さらなる重しを乗せるのだ。それでも彼は、使いこなしていくはず。父や母という存在は、子への思いを持つ限り、簡単に折れたりはしないのだから。
そう、自らの胸の内に収まったままのフェイトも、今の私には守るべき存在だ。そう、プレシアは改めて認識し直していく。
「あれ、手で大丈夫なはずで」
「唇は、避けるわ。これは祝福だもの」
額をツンと押すプレシア。儀式なのだから大人しくなさい、と彼を押し切る。後ろのすずかやアリサは姦しいが、あえて無視を決め込む彼女である。フェイトが間にいる以上、彼をある程度自分の方へ引き寄せて、プレシアは祝福の言葉を告げた。
「空知大翔。貴方に、祝福を。同時に貴方を縛る、新たな呪いを。アリシアとフェイトを、必ず守り抜いて頂戴」
「言われなくても、そのつもりですから」
「生意気な子ね」
プレシアの唇が、大翔の額に触れる。クアットロや皇貴も、プレシアの強大な魔力が彼の額を通して大翔に流れ込んでいくのを、ただ、見つめていた。紫色の魔力光が大翔の額から全体を包み込み、やがて内へと吸い込まれていく。
間近で似ていたフェイトは、幻想的な風景に完全に見惚れていた。これは、単なる魔力付与じゃない。魔導師だからこそ、すぐに気づく。母の魔力が、大翔のリンカーコアに流れ込み、彼の魔力と溶け合っていく。
アリサの炎、すずかの氷、そして、母の雷。彼のリンカーコアは渦を巻くように三つの属性が守護をしていた。
「父さん、母さん、デビッドさん、桃子さん。見える? 左から、アリサちゃん、すずか、プレシアさんの魔力の波長よ。アリサちゃんとすずかが炎と氷、プレシアさんが雷の変換性質を持ってるわ。そして、これが大翔。一人で三つの波長を持ってるのが分かる?」
先程までの大翔の波長データを対比させることで、線自体が一本増えているのを、親達も視認する。
「大翔の特殊能力の一つで、相手の魔力性質を取り込んじゃうわけ。逆も可能でね、与えることも出来てしまうみたいなの。すずか、アリサちゃん、手を出してちょうだいな」
互いの父親にはロックされたままだが、バインドを解除され、大翔から深紅色の魔力を受け取る二人。普段から日常的に行っていることもあり、その魔力付与は非常にスムーズなものだ。
「あ、今、ピリッと来たかも」
「ほんとね。このピリピリする感じ、ドアノブでバチッとなる時に似てるわ」
「おしゃべりする余裕まであるのね……」
それゆえ、新たな変換気質を受け取りつつも、会話をする余裕もある。プレシアが驚き、思わず問いかけても、すずか達は問題なく返事が出来た。
「それは、ひろくんが流す魔力を調整しながら渡してくれているからです。少しずつ、雷の変換気質が馴染むように」
「アタシ達は安心してしっかり受け取るだけだから、ちょっと気楽なのよね。大翔には申し訳ないけど」
クアットロはその様子を見守りながら、彼が『蒐集』の対象になった場合のことを考える。もし、三属性を自在に扱える防衛プログラムを相手取るとなってしまえば、面倒以外の何者でもない。アリサやすずかもついても同じことが言えるが、扱える魔法の種類に差があるため、脅威の度合いは大翔が飛び抜けている。
皇貴の魔力量も大概であるが、彼の攻撃手段が特殊能力に特化しているため、予測では大翔の融合の力と同じように、闇の書にコピーされる可能性は低いと言えた。
「疑似的に起動するために計画的な蒐集をするとしても、まずは彼かな」
ちらりと横目を向けたクアットロに、幸か不幸か皇貴は気づかない。そのうちに、大翔が終わったと合図をしたため、皆がモニターに注目した。
「おお、線が増えているね」
「使える属性が増えたからと言っても、使いこなせるかどうかは本人の努力次第。それは何でも同じでしょう」
忍から事前に開示レベルを相談されたプレシアはあえて口にしていないが、大翔が魔力を受け取ったり、すずかやアリサ達に魔力を付与する際、受け渡す側の使用出来る魔法の術式や行使方法も同時に伝わるであるとか、大翔から魔力を受け取ることで少しずつ魔力限界総量が増えていく等、味方を強化するのに利点が多い。
ただ、彼女の言う通り、魔法を使えても使いこなせる次元まで昇華できるかは個々の努力によるため、言っていることに間違いはなかった。
大翔達を娘達の成長や安全の為に巻き込むと決めたプレシアは、体調が戻るのに相当な時間がかかる自分の代わりに、担保として大翔達に自分の知識や変換気質を託した。アリシアが自分の元に戻ってきた今、プレシアは鬼母の側面を完全に捨て去っている。
「なるほど。彼とすずかやアリサさんの内だけで、魔力は巡回させるのが当面は安全なわけだね」
「ええ、彼からの魔力付与が必要な際は必ず二人を通すべきです。複数の変換気質を持つ術者が敵に回る可能性を増やすことはありません」
征二やデビッドがプレシアに何点か質問を投げかけ、大翔の特殊技能の説明は無事に終了した。それに対する親達の答えは分かりやすいものであった。すずかの母・飛鳥が代表して、三人に優しく声をかける。
「三人とも自分で自分の身を守れるように強くなりなさい。私達は私達で何とかするから。最悪、私達やノエル、ファリン、鮫島さんも魔法使いになってしまう手もあるわよ」
「お、お母さん!?」
「だって、征二さんやデビッドさんは多忙だわ。桃子さんはパティシエに専念して欲しいしね」
「……まぁ、当面、前線に出ることが無い私もいるし、しばらくは大丈夫よ」
母親達の暴走をそれとなくプレシアが制止したところで、クアットロが準備が出来たと声をかけるのだった。少し前に用意は出来ていたが、色々脱線話が盛り上がっていたため、あえて突っ込むことは無いと判断した為である。
闇の書の話を二話ぐらいやったら、各員の魔改造とかになるんじゃないかな……。