吸血姫に飼われています   作:ですてに

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更新を(のんびりと)再開します。


闇の書の問題と傾向と対策

 「ではぁ、始めましょうかぁ。はい、今回の議題はコレです。ミッドチルダ、略してミッドと呼びますが、そちらの世界で『闇の書』、ちゃんと勉強している人は『夜天の魔導書』と呼んでますね~」

 

 はやてが驚きの声を上げる。家に置いて出かけても、気づけば近くにやっていている『呪いの本』みたいなものだと思っていた本が、プロジェクターの映像から映し出されていたからだ。

 

「八神さんもお気づきになられましたね~。はい、その本が今回の重要課題です~」

 

 はやての膝の上に置かれている、重厚な装丁の辞典のような分厚い書物。それが映像上に映し出されているものと相違ないことがハッキリと分かる。なお、短時間で、闇の書に関しての映像をまとめられたのは、クアットロの長姉の協力があったからだ。大翔との接触の後、協力体制を敷くことになってから、急ぎ通信を取ったのだ。

 まぁ、その姉は父と共に、意図的に歪めている次元の海をうまく泳ぎながら、この温泉郷へと向かっている最中だ。大翔達との接触という目的を表向きに、湯上りの卓球とか、瓶牛乳を腰に手を当てて一気飲みとか、露天風呂での冷酒をキュッとやるとか、ややズレた向きもある『温泉文化』を楽しみたいと、俗世に塗れたくて仕方なくなった『欲望』に駆られた自由人はそう止められるものではない。

 

「闇の書は、正式名称は『夜天の魔導書』と言いましてぇ、本来は各地の偉大な魔導師の魔法を記録し、研究するための資料本のような記録媒体でした~。超小型化されたスーパーコンピューターにぃ、世界中の大辞林の内容を記録させて、随時更新するみたいな感じでしょうか~」

 

 分かりやすいのか、逆に分かりにくいのか、微妙な喩を持ち出して、説明を続けるクアットロ。指示棒もしっかり用意していて、説明も堂々としており澱みもなく、なんだかクラスの委員長のような雰囲気を醸し出している。独特の間延び口調が、どうにも理知的な雰囲気からはマイナスポイントをつけられてしまうけれども。

 

「しかぁし、歴代の何人かの所有者が己の欲望のまま闇の書のプログラムを改変した結果ぁ、魔法のみならず、魔力そのものを蒐集しなければ所有者にすら害を及ぼしぃ……、完成したらしたで、乱暴な改変のせいで破損してしまった書物の自動防衛プログラムが邪魔をして、書物のデータベースを管轄する『管制人格』と所有者がユニゾンできず──バリアジャケット化が失敗するようなもんです、大雑把に言えば──融合事故を起こして暴走し辺りに破壊の限りを尽くした後、ランダムに選ばれた新しい主の下にすべて空白のページとなった闇の書が転生するという負の連鎖を生み出す厄介な代物になっているのですぅ。おお、怖い怖……あ、すいません、スズカ=サン、はい、続きですね、しゃきしゃき説明しますぅ!」

 

 おふざけを入れかけたクアットロに、すずかが何やら視線を向けると、ガタガタとクアットロは震え出して、すぐに居住まいを正した。全員がプロジェクターの方向を向いていたので、すずかが視線を向けた瞬間に、どのような表情を見せたのか、それはクアットロのみが知る。

 

「で、実はこの闇の書が──」

 

 魔力総量と性質から不幸にも次代の書の主として選ばれてしまったのが、はやてであり、魔力蒐集を行っていない以上、はやてのリンカーコアが常に浸食されている状態で、身体機能にも影響が出ていることを説明していく。下半身の麻痺は、その為なのだと。

 

「……ちなみにこのまま状況を放置しても、どの道暴走します。冬までには八神さんのリンカーコアを蒐集し尽くし、その魔力を以て、強引に融合事故を起こして、蒐集を終えたのと同じ結末になります。予測としては海鳴だけでなく、日本、あるいは海を越えた大陸の一部を塵と変えるぐらい、でしょうか」

 

 絶望的な状況説明に、当事者としてあげられたはやての顔は青ざめていくばかり。突然、余命は冬までと告げられ、さらに彼女の命の灯と同時に、この街どころか、地球の一部が吹き飛ぶというのだ。

 

「言ってしまえば、非常に運の悪い方、と言えますが……逆に八神さんは最高のチャンスを与えられていますねぇ。放置せずに、対策の取りようがありますから~」

 

 底なし沼へと引きずり込まれる感覚になりかけていたはやてが、顔を上げ、周りを見る。皇貴が、アリサが、すずかが、大翔が、周りの大人達が静かに頷いていた。

 

「まず、著名な魔術研究者であるテスタロッサ女史がいらっしゃいます。情報解析においては私も専門ですしぃ、研究畑に属しているお父様や、お姉様達にも協力をお願いしますよぉ。実物そのものを確認しながら研究が出来る機会など逃すわけにもいかないので、こちらにもメリットがあるんです~」

 

「その娘の言う通りなのは癪だけど、私や娘達もこの海鳴を当面は拠点にするつもりだから、その書物に好きにされては困るのよね」

 

「ぶっちゃけると、データベースの管理を担う管制人格を分離させることは出来ると思ってますし、そうなれば、封印でも破壊でもなんとでもなるかなぁ、と。都合のいいことに、ここにミッドでも上位クラス、もうちょっと鍛えれば最上位クラスに入ってくる魔導師が何人もいるってのも、取れる手段の幅が広がりますからぁ。最悪、防衛プログラムを真正面からやり合うとしても、それでも何とかなっちゃうかな、と思えますからねぇ……」

 

 反則ですよねぇ、とクアットロはぼやく。半年もあれば、相当に底上げは出来ると言う大翔の目は冷たく輝いていて、普段の調子で見惚れているのはすずかのみ。他のメンツは、訓練プログラムの強化を思い、頭を抱えたり、身体を震えさせたりしていた。

 

『プログラムの書き換えは内部からしか受け付けないですからぁ、どの道一度取り込まれないといけないし……あー、めんどいですねぇ……』

 

『それは俺が行くよ。それまでに、俺に書き換えするプログラム内容を叩き込んでくれ』

 

『プログラムならお手伝い出来るよ、私も。ひろくんのやり方を見てきているし、サポートもやりやすいと思う』

 

『あー、月村家の方々ってそうでしたよねぇ……まー、その辺はおいおい……まずは解析が先ですし』

 

 念話でこの間、そんなやり取りを交わす、大翔・すずか・クアットロだが、プログラムの書き換え自体、主であるはやての認証が必須となる。

 

「というわけで、私がしばらく海鳴で拠点に出来る場所を提供頂ければ助かりますぅ」

 

「専門的な部分は任せるしかないようだが、環境を整えるぐらいのバックアップは任せておいてくれればいいさ。鮫島、月村さんと私達の家の中間ぐらいで、確か、設備の整ったマンションがあったな?」

 

「最上階の部屋全てを押さえてしまいましょう。集まって話し合い等をするにも、あそこであれば、便利かと」

 

 即答するデビットに、席を辞して、どこかへ連絡を始めた鮫島。この辺りの即断即決具合は、アリサと同じ家の者なのだと思わせる部分だろう。

 

「設備の整ったマンション……って、超高級マンションよね、多分」

 

「あの駅前にほど近い、あれか。確かに利便性は非常にいいが……」

 

 忍がぽそりと口にし、恭也がすぐ頭に浮かんだようだが、二人ともそのまま唸ってしまう。二人が思ったのは、デビットなり征二のような人じゃないと、手が出るマンションじゃない、ということ。

 

「テスタロッサさんの家族へ一部屋、クアットロさん達の拠点として一部屋、会議室の用途で一部屋、君達のような魔法関係者用のゲストルームとして一部屋、という感じで、まずはいかがだろうか。各部屋大きめのリビングルーム以外に個室が最低四部屋ずつはあるから、当面の用途は満たせるのではないかな」

 

「……パパ、パパ! アタシ達も使っていいのよね?」

 

「会議室用を普段はアリサ達の集合場所にしたらいいんじゃないか。あそこはヘリポートもあるし、パパ達も空から行きやすいからね」

 

「ありがとう、パパ大好きよっ!」

 

 飛びついていくアリサを受け止めながら、相好を崩すデビット。なお、アリサの口元が密かに歪んでいた……なんてことはなく、こっそり胸を撫で下ろしている大翔である。

 

「デビットさん、こちらにも請求を回して下さい。すずかや大翔君も使わせてもらうのでしょうから」

 

「その辺りは調整しましょうか。さ、何やら大きな話になったが、冬まで全力でバックアップさせてもらうよ。その代わり、この海鳴が無くなることのないように頼むよ」

 

 デビットの言葉で、今晩はお開きとなり、翌朝の朝食と最後の入浴を楽しみに一同は眠りについていくのであった。そして──。

 

「着いたぞ、ウーノ!」

 

「……こんな真夜中に、突然の宿泊を受け入れてくれる施設があるのでしょうか」

 

「え?」

 

「やはり欲の趣くままだったのですね……」

 

 自らが生み出した次元の荒波を乗り越え、皆が寝静まってから海鳴温泉郷に到着した、通称『ドクター』と秘書係の長女は早速途方に暮れるのでありましたとさ。




説明回なので、文字数も短めです。

次回はいい加減に守護騎士さん達が登場する(はず)

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