吸血姫に飼われています   作:ですてに

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やられ役も大変そうです。


アンバランス

 (マインドプロテクション、と。すずかが視線を遮ったし、怒気で二人とも強制的な甘い気分も吹き飛んでるようだから、後は俺の魔法がちゃんと効けば……)

 

 すずかが仁王立ちになって、テンプレ転生者の心を砕かんと攻勢をかける一方、大翔も何もしていないわけでもなく、現時点で耐性のない二人に精神防御の魔法をかける。すずかと秘密を明かしあった後、優先的に練習を重ねてきた術式の一つだ。

 練習方法はすずかの心理操作能力……魅了を跳ね除けるという方式で、主に行われた。

 最初の一ヶ月ぐらいは黄色い太陽を幾度見たか覚えていられないぐらいには疲弊し、すずかは勝つ度に大翔の血を、熱に浮かされた彼が望むから『仕方なく』吸うこととなり、彼女の能力向上に一役勝っていたらしい。

 そんな、すずかへのご褒美となってしまう訓練も、命の危機を自覚した彼が頑張った結果、術式が吸血姫の魅了に徐々に抗える抵抗力をつける。ただ、今でも、定期的に吸血を行う彼女の力は成長を続けており、彼女が本気を出せば、喜びと共に首筋を差し出す彼の姿が見られることに変わりは無い。

 

「あ、あれ? また胸がぽかぽかするけど、なんだろ、すごく暖かい……」

 

「!……優しく抱き締められているみたいな感じね。嫌な感じがしないわ。ねぇ、大翔?」

 

 なんという勘の良さだと、ぴくりと眉を震わせる大翔。顔に出し切らずに済んだのは、彼の前世を含めた人生経験の成せるものだが、実業家の次代として育てられるアリサの洞察力からすれば、十分過ぎるヒントとなる。

 

「アイツの顔を見ても、いつの通りの思考が出来る。そのことに感謝をしておくわ、今はね。後で、ちゃんと聞かせてもらうわよ?」

 

 囁くような声色で耳打ちするアリサに、大翔は黙って頷きを返す。返答に満足気に鼻を鳴らしたアリサは、わざとしなだれかかる姿勢で大翔の肩に頭を預ける格好になる。視線は、あの転校生に。……挑発以外の何物でもなかった。

 

「な、なんでだ! すずかがこんなひどいことを言うはずがないっ! それに、ア、アリサっ! そいつにくっつくなよ! 俺の笑顔は、皆を虜にするはずだ! ……そっ、そうか! お前の仕業だな!」

 

 現実逃避。すずかに全否定をされた自分を、皇貴はすずかの近くにいる男のせいと勝手づけた。自分が転生時にもらった能力は絶対のはず──彼女達の自由意思を奪うことへの罪の意識は無いのか、障害としての大翔を駆除することだけを考える。

 ──すずかの放つ、妖気のような威圧感が、さらに冷たくなったことに気づかずに。

 

「ナニヲ、スルツモリナンデスカ?」

 

 次の瞬間、ひび割れが起きるぐらいの衝撃と共に、皇貴は地面に背中から強く叩きつけられていた。

 

「がはっ!」

 

 すずかが腕を取り、力の制御をせずに思い切り地面に向かって腕を振るった。言葉にすれば、それだけのことだが、単純なだけに威力は十二分過ぎるものがある。

 

(手加減一切なし、だな。くわばらくわばら。とっさに防御魔法を展開してるのは見事だけど、障壁ごと叩きつけるとは……すずか、本気でキレてるぞ)

 

 なのはとアリサの腕を強引に取り、数歩の距離を開けて背中に庇った大翔は、穏便なやり方で彼女達に秘密を受け明けられなくなった現在、どうしたものかと思案する。

 

「眠って下さい」

 

 彼が思案する間も、すずかは容赦なく追撃を加えていく。

 マウントポジション。甘い雰囲気であれば、麗しい彼女からの積極的な行為に喜びを覚えるだろうが、皇貴は正しく今の危機的状況を認識していた。殺される……と。

 いかに特典持ちで、彼が仮に優れた魔法素養を持っていても、術式展開を許されぬ速度と力で、攻撃を受けてしまえば、敗者の屈辱に塗れるだけ。

 

「がっ! ぎっ! ぐげっ! ごほぉ!」

 

 休むことなく振るわれる殴打の連続に、彼の顔はみるみる腫れ上がり、瞳孔からも光が失われていく。思案する暇など無かった大翔は飛び出し、我に返ったアリサやなのはも一呼吸遅れたものの、制止の言葉を強く投げかけながら駆け寄った。

 

「すずか! やめなさいっ!」

 

「すずかちゃんっ! それ以上はその人が死んじゃうよっ!!!」

 

「……ストップだ、すずか」

 

 大翔の手がすずかの手首を取り、拳の振り下ろしが終わると同時に、皇貴はがくりと首を横たえた。すずかは激しく息をつきながら、非難の眼差しで大翔を睨む。

 

「どうして、止めるの? アリサちゃん達の心を縛ろうとした。大翔くんを馬鹿にした。それだけじゃない、大翔くんに害を加えようとしたよ? 何にも知らないこの人がっ! 私の寂しさを上辺だけで理解したつもりになって、魅了してしまえばそれで済むと考えるような人がっ!」

 

 大翔は自分の浅はかさを呪った。彼女には、何もかもを打ち明けていた。自分の過去だけでなく、この世界が、自分の世界であった物語の世界に極似していること。そして、自分と同じ転生者がいる可能性を、気のいい天界の事務官から聞いていたこと。

 二人で、なのはやアリサを守ろう。お互いに人には言えない力を抱える自分達。秘密を共有する自分達が、魔術的素養のないアリサを、優れた魔法少女に目覚める前のなのはを。自分に依存してしまう、せざるを得ない状況だったすずかに、前向きな目標を持たせるつもりで。

 想像以上に、すずかは大翔に寄り掛かっていて、彼が侮辱されることを自分以上に怒り、激しく憤っていた。敵を、傷つけることを躊躇わなかった。

 

「……俺は、すずかが傷つく方がもっと嫌だよ。こいつが俺を罵倒したり、殴ることで納得するなら、その方がよっぽどいい」

 

 実際は殺しに来るだろう、と予想がつくから、この理論は破綻している。分かっていても、今はそう言うしかないと、彼は判断していた。

 

「殴るだけじゃ納得しないでしょ。……私やすずかは知ってるわよ。立場柄、誘拐とかそういうヤバい連中に近づかれたことだってあるんだから。そいつの目は、大翔を潰すつもりだったわ」

 

「おい、バニングス」

 

「ただね、すずか。殺しちゃダメよ。アタシやなのはが殴れないじゃない。残しておいてくれなきゃ」

 

「……ふぇ!? ちょ、ちょっと待ってアリサちゃん! な、なんだかおかしくないかな?」

 

 なのはの言は正しい。正しいものだが、悲しいことに今の彼女にはまだ力が無く、頭を冷やさせる砲撃も出来ない、か弱い少女である。ゆえに、アリサの射すくめる視線に黙るしかなかった。南無。

 

「ふ、ふふふ、そうだね。私一人の怒りをぶつけちゃ、ダメだったね」

 

 すずかからこぼれた言葉に、『これはアリサちゃんの分! これはなのはちゃんの分!』などと肉体言語で語る姿を即座に連想した大翔は、すずかを強く抱き締めることでいろいろ有耶無耶にする決断を下す。小学生の心を誑かす外道っぷりに、自己嫌悪に陥りながら。

 

「すずか。もういい。俺はお前が微笑んでくれていないと、俺は『らしく』いられないよ。十分、俺のために怒ってくれた。……ありがとう。俺はもう救われているから」

 

 歯が浮くような言葉の連続だ。カッコいいことを言う柄ではない、自覚する大翔だからこそ、どうにも照れが混じる。抱き締めながら、顔を真っ赤にしてそっぽを向くという奇妙な格好。

 くすっ、と笑みが漏れ出るすずかやアリサを誰も責められまい。彼女達は家柄から、平気でこういう台詞を言いながら微笑んでいられる『面の皮が厚い』男達をいくらでも見てきている。それに比べ、本音を告げながらも、慣れない発言に照れを隠せない大翔が可愛いと思うし、また、嬉しくて仕方ないのだ。

 そして、すずかは思う。彼の言葉で怒りが霧散していく自分を。彼の声に、安らぎと胸の高まりを抑えられない自分を。

 

「もう、カッコつかないわね、大翔」

 

「うるせ」

 

「大翔くん、ちゃんとこっちを向いて下さい」

 

 頬に手を当てられて、すずかと向き合う。そして、気づく。手に滲む血を。すずかは人を殴り慣れてなどいない。その結果、自分自身の手を傷つけていた。

 

「すずか、もう、やめてくれ。こんな綺麗なお前の手が傷つくの、見たくないよ。それなら、俺が傷つくほうがよっぽど……」

 

「私は、大翔くんが傷つくのが嫌です。守られるだけのお姫様になるなんて、真っ平ですから」

 

 前世でも会ったことのない、本当のお嬢様。手折られることのないよう、必死で守りたいと思える、完成された愛らしさは、ちっぽけな存在だと感じる自分を全て賭ける価値があると思えた。一度、死んだ身である。お嬢様の騎士になれる自分を夢見てもいいではないか、と。

 だが、当のお嬢様はそれを許すつもりはない。共に歩んでいくことを求めている。

 

「……いい機会なので、伝えておきますね。大翔くんが私の傍にいてくれる限り、私も傍にいます。これは、誓いです。私の、貴方への一方的な、誓いです」

 

「んな……っ」

 

「あらら、こんなうら若き少女にここまで言わせるなんて、悪い男よねー、大翔?」

 

 好き、愛している。そんな言葉を使わないだけで、すずかの言っていることは同義だ。潤んだ瞳のその奥に、強い意志がしっかりと宿っていた。

 

「嫌、ですか……?」

 

「……嬉しいに、決まってるだろ! さらに、そんな自分に苛立ってるよ! すずかの人生を縛り付ける誓いをさせて、この年ですずかの未来を決めつけるような事態すら、小躍りして受け入れようとしている自分の醜さに腹が立ってるよっ!」

 

「……」

 

「難儀な奴ねー。その年で、すずかの人生とか未来まで考えるわけ? らしいと思うけど」

 

「バニングスがそれを言うか。高町ならまだしも」

 

「転校生さんが酷いこと言って、すずかちゃんが怒って、アリサちゃんが怒ったけど、理由がよくわからなくて、その間にすずかちゃんは告白してるし……うう」

 

 なのはは展開についていけず、目を回している。だが、それがこの年頃の正常な反応であろう。

 

「なのははとりあえず、フェンスにでも寄り掛かって休んでなさい。あとで、分かり易く説明してあげるから。で、すずか。大翔はこう面倒臭いことを言ってるけど」

 

「もう誓ったから。撤回なんて出来ないよ、アリサちゃん。それに、改めて分かったの。私は、大翔くんの隣じゃないと、きっと幸せになれないの」

 

 晴れ晴れとした笑顔に、アリサはまた満足気に頷いた。そして、すずかに女として差を付けられたと自覚し、負けられはしないと内心気合を入れ直す。

 

「あとは、大翔がいつまで意地を張れるか、ってことか。まぁ、すずかは将来的に美女になる素養たっぷりだし、陥落も時間の問題ね」

 

「……とりあえず、すずかの手、治療するぞ」

 

 彼が選んだのは逃避。足元の皇貴についてもどうにかしないとな、と彼は目の前の問題にだけ、意識を向けるのだった。




すずかさん、まだまだ不安定。
絶対の理解者を得た直後なので、まだブレてしまうのはご愛嬌。

だって、彼女は一応、小学二年生。

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