吸血姫に飼われています   作:ですてに

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『ウーノさん、頑張る』とどちらのタイトルを使うか少しだけ悩みました。


ウーノさん、暗躍する

 「バニングスさんや月村さんの素敵な演奏を聴いて、翠屋に寄って、美味しいシュークリームや珈琲を頂く……ああ、のどかないい一日です」

 

「クアットロと合わせて、甥や姪一同の面倒を見ている親戚のお姉さんに見えて、一番楽しんでいるわよね、ウーノ」

 

 バイオリンの練習見学に、出発直前にウーノが加わり、今に至る一行である。翠屋に寄ることを提案したのも彼女であり、甘味を堪能している表情は満足感が表れていた。

 

「外では紅茶は飲まないわけ?」

 

「バニングスさんや月村さんとお茶をする機会に、紅茶は口にすることが増えましたから、こういう機会にはあえて珈琲を選んでいるところがありますね。また、ここのマスターが淹れる珈琲だから、というのもあります」

 

 大翔たち総勢六名の一行はテラス席でのんびりとお喋りに興じていた。いつのまにか、アリサがウーノを呼び捨てている辺り、それなりに親交は深まったようである。

 

「海鳴に来てからです、こんなゆったりした一日が過ごせるなんて。最悪、私がいなくてもプレシアさんが感電させて止めてくれると思えるこの安心感……」

 

「そんなに暴走癖があるんですか、ジェイルさんって」

 

 どれだけ手綱を握っておかなければならないのか、と大翔は思わず問いかけていた。ただ、言葉をかけた後のウーノの表情に一気に影が差し、発言が迂闊だったと後悔するも既に遅し。

 

「思い立ったら、次元すらすぐに越えて目的に一直線……ふふ、今回もこちらへ来る時は急でしたねぇ……」

 

「ウ、ウーノ姉様ぁ! それ以上思い出しちゃ駄目だよぉ!」

 

 遠い目になりかけたウーノをすぐさまクアットロが引き止める。間延びした話し方は変わらないが、すずかの暗示により、攻撃的・挑発的言動を基本封じられた格好の彼女は、結果、他者との会話もそつなくこなせるようになっていた。

 

「そもそも、母さんがストッパーみたいな扱いなのはちょっと……」

 

「そう言ったってフェイト、研究成果で再生医療に生かせるものが結構あって、ものすごく調子が良くなったって言ってたじゃない。魔力もかなり戻ってきたって。臨床試験に自分を使って、研究成果の提供と合わせて、こっちのお金もどんどん入ってきてるって、ほくほく顔だったよ」

 

 フェイトが頑張って母親をフォローするものの、アリシアが残念な母親の一面をあっさり漏らしてしまうため、どうにも締まらないものである。

 

「実際、体調が良くなってきてぇ、どうみてもトリプルSクラスに限りなく近くなってると思いますぅ……」

 

「……思う。鍛錬相手になってあげるわって言われる度に、覚悟を決めて全力で挑まないと本当に命の危険を感じる」

 

 鍛錬相手(被害者)である、大翔の声は実感と重みが詰まっていた。相対するたびに、往年の全盛期、経験を積んでいる分あるいは、さらなる高みへと達しつつある大魔導師と一対一で模擬戦をするというのは、大きな経験を得られるかわりに、一瞬でも油断すれば、二度と目覚めぬ、永遠の眠りに誘われかねない。

 

「後で振り返れるように、映像記録は残してますけどぉ……見てるだけでもおっかなくてたまりませんよねぇ……」

 

 撮影者として安全な距離を取った上ではあっても、模擬戦の多くに立ち会うクアットロは大翔の言葉の重たさを正しく感じ取っていた。が、同じく立ち会う回数が多いはずのすずかは少し恍惚とした表情で、全く異なる言葉を呟く。

 

「うん、毎回カッコいいなって思うよ……傷や汗を荒々しく拭って、全力でプレシアさんに立ち向かっていくひろくんを見てると、魅入られてしまうもん……」

 

「すずかちゃん、流石にその感想はどうなのかなー?」

 

『なのかなー?』

 

 アリシアと紗月の感想がシンクロする。正直、見てられない思いになるという点で、二人の感想はクアットロ寄りなのだ。

 

「うん、すずか、さすがにその感想はどうなのよ……。そりゃ、プレシアが大翔の命を脅かすところまではやらないでしょうし。仮にやったとしたら、すずかのみならず、月村とバニングス、高町の三家が即座に潰しに来るのはよく分かってるでしょうけど」

 

「油断したら数日間、意識不明……ぐらいはありますね。あら、思い出したら、寒気が。珈琲のお替りをもらうとしましょう」

 

「ひろくんがあの場で油断なんてしないよ? それにプレシアさんに届かなくても、やられたりするようなひろくんじゃないもん」

 

 アリサやマイペースなウーノの突っ込みをもらっても、すずかは首を捻る。大翔以上に大翔を信じるのがすずかであり、その基準からすると、表向きは届かないと言いつつも、すぐかどうかは別として、大翔がプレシアを超えることを疑っていなかった。

 

「……本当に危ないって思ったら、迷わず割り込むもん。ひろくんとの同時展開の防御魔法なら、防ぐだけなら何とかなる」

 

 ぼそりと小さな声の呟きは、隣に座る大翔とフェイトのみが聞こえる程度のもの。大翔はすずかの相変わらずの信頼に苦笑いをこぼし、フェイトはすずかが大翔を信じるだけでなく、いざとなれば躊躇いなく身体を張る姿勢ということに、すずかの想いの強さを思い知る。加えて、瞳のハイライトが消えているのも確認してしまって、ウーノとは別に身震いする羽目になってしまっていた。

 

「油断なんて、一切出来ないよ。プレシアさん、次元魔法もより細かく使えるようになっていて、サンダースマッシャーとかの攻撃を休みなく放ってくる片手間に、時限式のサンダーレイジやフォトンバーストを仕込んでさ、それも次元をずらして設置して、発動時だけ元の次元に戻してくるんだ。唱えたのは魔方陣が展開するから分かるけど、戦っているエリアのどこに仕込んで、いつ発動するかが分からないっていうね……」

 

「突然エリアが爆発したり、バインド能力が付与された雷光が走っているのってそういうことでしたか……」

 

「俺の動きに合わせて、必要時に前動作なく発動させるから、いきなり爆風に飛ばされたり、バインド込みの雷光に捕まらないようにするとなれば、急激な移動速度のアップダウンで、プレシアさんの判断を誤らせるぐらいしか、なかなか対処がね……」

 

 お替りの珈琲を口にしつつ、トーレもプレシアとあまりやりたがらないはずだと、ウーノは思う。近づけばトーレが勝つが、そもそも近づかせないように、至る所に強力な拘束具や強力な時限爆弾が仕込まれ、当たれば全身を痺れさせる雷撃が休みなく飛んでくるのだ。

 フラストレーションのたまる相手に大翔が強制指名されている現状、トーレはシグナム等を相手することが多い。もちろん、遠距離の術者対策で、プレシアを相手取ることはあるが、勝率は恐ろしく低い。

 

『防御術式を常時展開して、強引に近づくか、目視できないぐらいの速度で動き回るかだろうけど……貫通力もあの女史は洒落にならないからな。身体の調子を取り戻しつつある今、というか、実年齢よりもどんどん若返って、魔導師としてさらに力を増しているようにしか思えん』

 

 そんな感想を述べつつ、非常に面倒臭い相手なので、相手取りたくないし、大翔は毎回よく相手を務めるものだと、ウーノはトーレが感心していたのを覚えている。

 常に防御術式を展開しつつ、速度の強弱も細かくつけて動き続け、強力な一撃を叩き込む……模擬戦が毎回短時間なのも仕方がないと思える話だ。脳の処理が疲労から追いつかなくなるし、魔力の消費も激しいものになる。まして、彼を相手にする際のプレシアは、個人的な思いからか、本当に『容赦がない』。

 

「そんな大変な模擬戦を、毎日のようによくこなしますね……」

 

「プレシアさんも身体を動かさないといけないって言ってるから。リハビリなんだって」

 

 あれのどこがリハビリだ。クアットロと目が合い、頷き合うことで同じ思いを抱いたことを確信しつつ、ウーノはテストを兼ねて、大翔への歩み寄りを一歩進めると決める。プレシアへの抑止力を強める意味も含め、ウーノ個人としても、大翔側とは親交を強める必要を感じていた。

 仮にテストが失敗したとしても、彼らにクアットロだけでなく、ウーノも友好的な関係を築きたいのだと伝われば、彼女の目的は半ば達せられる。何年か先に、ドクターは大掛かりな行動を起こすだろう。その後、万が一の時に、潜伏場所を確保するとしたら、彼女はこの海鳴がいいと、そう思っていた。ミッドチルダに強い思いがあるわけでも無いのだから。

 大翔の考え方はクアットロから聞かされていた。熱心にこの街を早くから調べていた毒舌な妹は、自分から接触し、彼らと敵対できない制約を課されるデメリットを背負ってでも、彼らとの関係を作ることを強く勧めてきた。

 

 実際には、彼らと敵対できないわけではなく、大翔や大翔の関係者との会話時に、煽りや挑発的な言動は出来ないことと、すずかの心理操作など彼女の特殊能力を他言出来ないのが制約内容だ。ただ、実際に皇貴の事例を目の前に見せられているクアットロは、すずかの意向一つで制約が追加されると悟っており、すずかや大翔に不利益に成り得る行動を無意識に避けるようになっていた。すずかが大翔を別格として扱っているのは、見ればすぐに分かることだからだ。

 むしろ、大翔と友好的な関係を保つことで、すずかの勘気を買うこともないと判断していた。大翔は少年の外見でしかなく、自分は立派な大人の体型である。色恋沙汰の対象に入りそうにもなく、友好的に接してもすずかの危機感を煽ることも当面無いことも計算に入っている。

 

「日々強さを増すプレシアさんに、努力を続けて追いつこうとする貴方に、私から一つお渡ししたいものがあります。といっても渡せるかどうかも分からないのですが、私の検証実験も兼ねて、協力してくれませんか?」

 

 管理局を嫌悪している彼とは、良好な関係を保っておきたい。そのための第一歩。平穏な生活、家族の安寧の場所をそう簡単に失うわけにはいかないと、ウーノは切り出した。

 

『私のエネルギーを、貴方達で言う所の魔力付与を、試させてほしいのです。私の先天固有技能が、魔力変換気質同様、複写出来るものなのか……!』




平穏な生活をそう簡単に手放してなるものか!
……そう思うのも無理はありませんなぁ。

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