吸血姫に飼われています   作:ですてに

45 / 49
遅れました。仕事とイベントの同時並行はよろしくないです。


訓練の進行状況

 「そうだ、その調子だっ、バニングス! 腕を振れ! 足を止めるなっ! 心を燃やせ! その想いがお前の剣をより熱く、研ぎ澄ましていってくれるっ!」

 

「今日こそっ、せめて一太刀は浴びせるんだからっ! タイラントフレアぁああああ!!!!」

 

「その意気やよしっ! 紫電一閃っ!」

 

 二つの炎が激しくぶつかり、暫しの押し込み合いの後、アリサは結界壁まで吹き飛ばされて、そのまま地面に座り込んでしまう。この結果は今日だけのことでは無く、同じ炎剣使いとはいえ、シグナムとアリサには圧倒的な実力と経験の差があり、毎日の模擬戦を一、二週間続けたところで、その差がすぐに埋まるわけはなかった。

 

「……今日はこれまでにしておこう、バニングス」

 

「ぐっ、わ、分かったわ……」

 

 負った火傷や焦げてしまった金髪からは痛々しさが伝わり、アリサの意思とは裏腹に体力も魔力も消費した身体は上手く動かず、稽古の間に痛んだ身体の節々が悲鳴を上げている。終了を告げるシグナムからの言葉の後、俯いたまま、アリサはひたすら荒い息を整えていた。

 

「やり過ぎです、シグナム」

 

「む、しかし、真っ直ぐに剣を振るうバニングスには全力で応えてやりたいではないか」

 

「その結果が毎回ボロボロになって、私やすずかちゃんの治癒魔法が必須なほどに身体を痛めつけるとしても?」

 

 シャマルの声には非難の意味合いが多分に乗っていたが、シグナムはあえて意に介さなかった。バリアジャケットが維持できないまで疲れ果てたアリサには、すずかがすぐに駆け寄り、治癒魔法を施し始めている。

 

「ああ、アイツは立派な騎士だ。バニングスにとっての主……空知を護るための騎士として、がむしゃらに自らを高めようと研鑚し、かつ、学生としての本分、さらに力ある家に生まれし者の責務からも逃げずに務め上げている。あの年で見上げたものだと思う」

 

「なら、彼女が毎日、体力的にギリギリなのも分かるでしょう!」

 

「ああ、だがバニングスは決して根を上げないぞ」

 

「それは……」

 

「……主はやてを正しい形で夜天の魔導書の主とするために、バニングスの主、空知は彼女に劣らず、多忙で厳しい毎日に身を置いている。その中でも鍛錬も欠かすことはない。自分の主が日々、苦難の状況に身を置き、根を上げることがないのだ。だから、騎士たるバニングスは決して折れない。ならば、私はその想いに応えるだけだ」

 

 シグナム達が海鳴のはやて宅で過ごすようになり、馴染める程度の日々を過ごした。大翔達の人となりもつかめ、一部信用できない連中もいるが、それでも闇の書の一件が片付くまでは、敵に回ることは無いという感触もつかめている。少なくとも、シグナムはそういう判断をしていた。

 

「……自らを観察対象として認める代わりに、協力を確約させた、か。気分のいいものではないが、その条件を飲み込んで、空知は主はやてを守ろうとしてくれている。ならば、私は私に出来る事をやるまでだろう」

 

 はやての下半身麻痺の理由。魔力の蒐集は絶対と認識しつつも、蒐集を終えた後に主がどうなるのか、その部分の記憶が欠けていることなどを聞かされて、納得出来ない部分がありつつも、苦い思いと共に理解は出来た。ただ、大翔がそこまで長い友人関係にも無いはずの、はやてに入れ込む理由が分からなかったシグナムは問いかけをしたことがあった。

 

『俺の目の届く範囲で、子供が犠牲になるなんて真っ平なんだよ、もう。幸い、鍛えれば伸びる力はこの身に宿っている。だから、届く所まで鍛え上げればいいだけのことなんだ』

 

 お前も子供だろう、とシグナムは口に仕掛けて止めた。背格好は子供かもしれない。けれど、彼の眼は責務を負う一人の男と感じられた。

 

『ひーちゃんは、一度ちゃんと守ったんだよ。ただ、見届けられずに力尽きたひーちゃんには、守れたという実感がないの。まして、今は守るための力が、自分次第で身に着くと知ってしまえば、多分、止まらないし、止められない』

 

 全ての意味が分かるわけでもないが、考え込むシグナムにアリシアという少女が語ってくれたのは、大翔の悔恨の想い。彼女の瞳もまた、少女のものではなかったと、シグナムは悟った。

 

「アイツはかつて、大切な存在を自分の手で守り切れなかったことがあり、そのことをずっと悔いている。だから、自分を慕う月村やバニングス達を、その友である主はやてを愚直に守ろうとしている。私がその背景を詳しく聞くことがあるのかは分からない。分からないが、アイツの目は信じていいと思えるのだ」

 

「……答えになっていないわ、シグナム」

 

「そうだな。ただ、ああいう男についていこうとするなら、バニングスぐらいの無茶は必要なんじゃないか、とは思うぞ、シャマル」

 

 そう言い残し、八神邸の中へと戻ろうとするシグナムの頬に一筋の切り傷が浮かんでいた。

 

「とうとう届くようになってきたじゃないか。想いを正しく力に変えている証拠だ、バニングス」

 

 嬉しそうに呟いたシグナムは、なのはとフェイトの合体攻撃に防御障壁を突破された皇貴がアリサと同じように結界壁まで吹き飛ばされるのを横目に見ながら、夕食の買い出しに行くための準備を始める。なお、訓練であるため、なのは曰く全壊の全壊ではない威力の砲撃である。だが、スターライトブレイカーを容赦なく放っている辺り、手加減という文字が彼女に存在するのかは怪しいのだが。

 

「アイツもタフなことだ、盾役としては申し分ない。あとはもう少し武器の扱いが上手くなれば」

 

 レアスキル『王の財宝』により稀代の名剣、名槍を扱えるというのに、射出するばかりの使用法では生き残った敵に利用される危険性もあり、扱い方を教えてはいるが、どうにもアリサのような才は無いらしい。

 

「まぁ、努力を怠る気が無いのであれば、やりようはある」

 

 それぞれで鍛え甲斐のある若者達を前にして、シグナムは一人充足した時を過ごしているのだった。一方、やられるばかりに見えるアリサも、治癒魔法の処置が終われば、悔しさを露わにしながら、次回への巻き返しを誓う。

 

「ありがとう、すずか、シャマル。しっかし、悔しいわねぇ……。あと一歩がどうしても届かないわ。もうちょっと、魔力を圧縮できないかしら。魔力量にそもそも差があるから、そうでもないと押し負けるばかりなのよね。シグナムはそういう部分を感覚でやっちゃうから、そういう点では参考にならないし……ってどうしたのシャマル。口をぽかんと開けて」

 

「……毎日ボロボロになっているのに、やる気全開のアリサちゃんに驚いてるんじゃないかな」

 

「そっ、そうです。手加減の出来ないシグナムに毎日吹き飛ばされて……」

 

「そりゃアタシの実力が足りないから、仕方ないわよ。いつか追いついてやるけど」

 

 なんという子達だろう、とシャマルは思う。はやてにしてもそうだが、この子達の心の強さが眩しく映る。

 この後治療をする皇貴にしてもそうだ。あれほどの魔力量を持っていても、さほど調子に乗る様子もないし、防御障壁の強化に余念が無い。どうにも攻撃系の魔法にとことん適性が無いために、攻撃手段は『王の財宝』や武技そのものを鍛えるしかないと割り切って、魔法は防御特化に専念している。先程の訓練でも、吹き飛ばされたものの意識はハッキリしている辺り、魔力総量でなのはを上回り、防御魔法を最優先して鍛錬してきただけの成果が実を結んでいる。

 

「どうして、そこまで出来るのですか。シグナムは『武人同士分かるものがあるのさ』とか言って、アリサちゃんや皇貴くんを勝手に武人扱いしていますし」

 

「……私達の中で一番、何でもこなせる奴が一番必死に鍛錬するからよ。ねぇ、すずか」

 

「ちょっとでもサボったら、あっという間に隣に立って戦うことすら足手まといになりそうで。守られるだけのお姫様扱いなんて真っ平なんです、私達」

 

「アイツが無茶した時に止められる力は必要だもの。皇貴は同世代のアイツに負けたくないだけでしょうけど」

 

 二人の少女からは即、回答が返される。少女達の視線の先には、封時結界を利用して展開されている鍛錬場の一角で、鍛錬を続ける彼女達の想い人の姿がある。シャマルもつられて目で追うが、もはやあれは鍛錬ではなく、苦行そのものではないのか、と思う。

 

「あと100本通しで行くわよ。やっと命中率が半分に近づいてきたわ。けれど、最低でも70%程度まで確率を上げないと、とても使い物にはならない!」

 

「了解、です……っ!」

 

 核となる大翔の強化であるが、アリシアを娶るつもりなら、私が認める強い男になりなさいとばかりに、サンダーレイジO.D.J(次元跳躍)を時の庭園に設置した目標に当て続けるという鍛錬を続けていた。

 プレシアからの魔力譲渡により手に入れた、次元魔法と雷の魔力変換気質。彼女から力を託され、力の使いこなし方も彼女自らが手ほどきしている。容赦ないスパルタ形式によって。

 

「がはっ……」

 

「次元魔法の行使に思考を割き過ぎて、防御障壁や回避がおろそかになっているわよ!」

 

 次元を超えた目標に魔法を命中させる自体が高難度であるが、プレシアは実戦でそれを使用可能なレベルまで引き上げるつもりだった。今も大翔相手には、新たに合流したクアットロの姉妹、チンクやディエチ達や、プレシア自身が魔法やナイフ等による射撃を加え続けており、ラスト10本となれば、手の空いている砲撃魔法が使える者が次々に加わってくる鬼畜仕様である。

 

「……命中率、45%に落ちました」

 

 時の庭園の的中状況の観測を手伝うウーノは、申し訳なさそうに報告を告げる。庭園側の目標は静止しているわけでもなく、不規則にプレシアの手によって移動している。座標はリアルタイムで大翔のデバイスに送信されているが、インテリジェンスデバイスでも使わない限り、次元跳躍の計算は術者本人がこなす必要がある。なお、ヘカティーの使用は却下されていた。

 「不可蝕の秘書」を組み合わせたマルチタスクの一層の強化、次元魔法に対する短期間での熟達、防御障壁の最適化等々、一気に鍛えてしまおうという目的であるが、攻撃を加え続けるチンクやディエチはこの訓練にはやや引き気味で、手を抜くわけではないが、幾分げんなりした表情で攻撃を続けていた。

 

「20本追加! 魔力が尽きれば休めるのだから、集中なさい!」

 

「このような苛めに近いやり方は好まないんだがな……」

 

「チンク姉。引き受けたのだから、やるべきことをやろう。それに……彼は、手加減を望んでいないから」

 

「全く、頑固で不器用な奴……」

 

 大翔の瞳には諦めの色など浮かんでいない。チンクは思う。この少年には『不屈』──そんな言葉が良く似合う。あの白いバリアジャケットの魔導師、高町なのはもそうだ。彼らの人となりも含めて、敵に回ることが無いことを、真剣に願っている。

 

「……プレシアさんの考えるメニューって、本当きついんだけど、力が伸びるのが実感できるんだよ。あ、すずかちゃん、いつでも突っ込める準備済ませてるね。アリサちゃんやシャマルさんも治療の用意を始めてるし」

 

 容赦なく怒声を飛ばすプレシアを見ながら、休憩に入っているなのはやフェイトも様子を見守っていた。アリサや皇貴の治療を終えたシャマルに声を掛けるすずかも、すぐに飛び込みたい衝動を堪えつつ状況を注視しており、大翔の疲労が限界近くであることを感じ取り、既に身体強化の魔法を発動し、いつでも突っ込める準備を済ませていた。

 一族の力と魔法を合わせた彼女の移動速度は、フェイトの最高速度よりは落ちるものの、防御力と継続時間は上回ることが出来る。砲撃が飛び交う激震地に防御障壁を展開しながら突撃し、障壁破壊前にヒロインを確保して離脱可能なぐらいには、既に彼女も魔改造が済んでしまっていた。内に秘めるその情愛がゆえに。

 

「それでも、大翔のメニューはやりたいとは思わないかな……魔力や技能を意識を失うレベルまで使い切って、超回復を促して魔力とかの限界を広げるって、よく心が折れないなって思うから」

 

「筋力を鍛えるのと同じやり方、とか言うけど、シャマルさんやすずかちゃんみたいに治癒魔法が得意な人がいるからこそ出来る無茶だよねぇ……現に、大翔くんはちゃんと力がついてきてる。前は100本撃ち切ることも出来なかったのに」

 

「どんな局面でも対応できるように、って。苦手分野がないから、全部鍛えさせるって母さんが言ってた」

 

 大翔がジュエルシードを取り込み、日々の鍛練を欠かさないとはいえ、魔力総量はなのはの方がかなり多い。特典なども含め、魔導師として高水準の素養を持つ彼であっても、砲撃そのものの威力や速度、総魔力量、防御や補助術式の性能など、それぞれ一番手ではない。

 そこで、苦手分野が無いことを生かし、まずはこの海鳴のメンバーの中でも、全ての分野で最低でも二、三番手になれるまで鍛え上げるというプレシアの方針が定められた。複数のマルチタスクを生かし、今回のように次元魔法の目標座標の計算、制御と同時に、一線級の砲撃や射撃を凌ぎ続けるといったような、二つ以上の分野の同時鍛錬が続けられている。

 

「にゃはは、特化型で良かったの。それでも、ディバインバスターを連続で10分以上撃ち続けられるようになりなさい、なんて無茶を言われてたし」

 

「なのは。出来てるよね、もう。私もフォトンスフィアの常時展開数を20基近くまで増やせって言われて、うん……出来るようになったから」

 

「魔力を出来るだけ目一杯まで使って、よく休んで回復して……って、毎日続けていると、限界量が増えていくのが良く分かるもん。最初は無茶苦茶言うなぁと思ったけど、やれば出来るもんだよね!」

 

 大翔が実践して、確実に増え続けているのを知った一同が皆で実践している結果である。なのはを筆頭にして、海鳴の魔導師たちはまた一歩魔境へと近づいていた。

 

「今はディバインバスターを撃ち続けながら、スターライトブレイカーを撃つ練習だっけ」

 

「マルチタスクでやるんだけど、ものすごく難しくて。大翔くんに見本見せてもらったり、コツを聞いたりしてるんだけど、まだ時間がかかりそう。でも、無茶って感覚は無いから、いずれは、かな」

 

「私はスフィアの最大数を50以上に増やして、プラズマランサーの制御と直接の攻撃を組み合わせる練習……」

 

「ご、50!? 制御するだけでも頭が痛くなりそうなの……」

 

「大丈夫、割れるように痛いよ。気を抜いたらそのまま意識が飛んじゃいそうな感じ」

 

「それって大丈夫じゃないよ、フェイトちゃん!?」

 

「……大翔にも、なのはにも負けたくないから。お姉ちゃんを守るのは、私」

 

「え、いや、アリシアちゃんを守るのはフェイトちゃんだよ、うん」

 

 フェイトの瞳に不穏な色を見て取ったなのはは、反射的に回答を返してしまう。その安易な回答がもっと自分を追い詰めるとは知らずに。

 

「大翔よりも、私だよね? お姉ちゃんは大翔に拘り過ぎなんだよ、そう思うよね?」

 

「え、あ、それは」

 

 対応に苦慮したなのはは、強引に大翔の鍛錬に乱入。全力全壊の砲撃で、大翔の防御障壁が消失させた結果、躊躇い無く砲撃の中へと突っ込んでいったすずかに、大翔はお姫様抱っこの姿勢で抱えられる格好となった。

 

「なにをしているのかな、なのはちゃん?」

 

「話の途中で、どうして急に逃げ出したのかな、なのは?」

 

 一歩間違えれば、大怪我を追いかねなかったことへの怒りを、静かな微笑みに乗せているすずかと、話の途中で逃げたことで気分を損ねたフェイトの二人に大して、なのははアリシアに縋りつき、場は混沌を極めていく。

 最終的には、アリシアや紗月のカミナリ(魔法ではなく)が落ち、大翔の治療が施されることとなるのであった。




主人公もすずかもアリサもなのは達も、順当に魔改造が進んでるよということで。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。