吸血姫に飼われています   作:ですてに

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リハビリを兼ねて。こんな未来もあるかもしれないし、無いのかもしれない。

※妄想が爆発した内容ですから、発表の場がチラシの裏で良かったと本当に思っていたり。


IF
数年後(前編)


 陽の下では、藤紫色。建物の中では、黒紫。場によって色調を変えるすずかの髪は、その長さと相まって、ふわりと風に舞えば、伝わるラベンダーに似た香りと共に、どこか神秘的な雰囲気すら醸し出す。

 高等部に進み、身体のラインも変わり、大人と少女の境界線にいる彼女は、長年一緒にいても、相変わらず見惚れてしまう瞬間がある。早くから女性への肢体の変化が始まったすずかは、元の美貌も合わさって、俺ばかりじゃなく、いつも異性の視線を集めている。そういう下世話な視線にはすぐ気づくとのことで、絶対零度の空気が漏れ出していることも少なくない。

 

「ひろくんと、二人きりのお出かけ。本当に久し振りだね」

 

 久方ぶりとなった二人だけの外出に、藍色のワンピースに、純白のブラウスをまとう、普段よりもはしゃぐ彼女が俺と手を繋いだまま、一歩前を歩いてはくるりと振り返り、嬉しそうに微笑む。

 

 この海鳴で過ごすようになって、もう10年以上が経つ。すずかは常に共にあり、喜びや苦しみや、悲しみを常に分かち合ってきた。社交の場に出る回数も増えていくことで、より魅力的な異性にたくさん出会い、いずれは離れていくものだと覚悟をしていたのも、過去になりつつある。

 いつだったか、そんな考えをずっと持ち続けていたことが知れた時、すずかだけでなく、アリサも共に本気で怒り、頬が腫れ上がるまで往復ビンタを頂戴し、縋りつかれて泣き疲れて眠るまで、ずっと責められ続けた……そんな出来事もあった。

 それ以来、逆にそういう社交界に護衛役を兼ねて引き摺り出されることになり、すずかやアリサの徹底的な指導や、さらにそんな場に継続的に出続けることで、やっと雰囲気に飲まれなくなってきたという自覚もある。彼女達の虫除けという役割ではあるが、常に心の探り合いを行うような世界で、二人がひとときでも休める宿り木になれているのなら、俺がそこに居続ける意味合いがあると思える。自身への陰口や中傷は、それこそ前世からずっと慣れっこだ。帰りの車の中で、俺の膝枕で仮眠を取る二人を見る度に、そんな想いも強まっていく。

 

「……ああ、本当に。たいがい、誰かが一緒だったからな」

 

「学校でも、休み時間しか一緒にいられないのに、妨害がいつも入ってくるもんね」

 

 聖祥大附属の中学と高校は、男女別の学舎で学ぶ。敷地としては隣接しているが、正門の位置も違い、なかなか接点は持てない仕組みになっていた……俺達が入学するまでは。

 

『無ければ作ればいいのよ!』

 

 アリサの無茶振りから始まった、聖祥大附属改装計画。費用面をバニングス家と月村家が負担したため、あれよあれよと、中等部と高等部が共有で使用できる大きい図書館を中心として、食堂、購買部などを固めた建物を造り、休憩時間にそれぞれの校舎から利用できるように通路を連結。あっという間に立派な新学棟が出来上がっていた。

 男女別で学ぶことに変わりはなくとも、休憩時間に交流出来るという利点や、新学棟自体の設備の充実も相まって、志願者は増えたらしい。ただ、高等部の連中が中等部以下にちょっかいをかけるという問題も発生し、警備員もかなり増員されていたけれど。娘のお願いに云千万をポンと投資できる両家の財力を思い知る出来事だった。

 

「専属警護がつくのは仕方無いよ」

 

「それでも、もう少しスマートなやり方があると思うんだけどな。ひろくんの開発品もちゃんと身に着けているわけだし」

 

 小さなアメジストのネックレス。普段使いの用途ですずかが身に付けているものだが、プロテクションの効力を込めてある代物だ。アリサはルビー、アリシアには琥珀で同じものを渡してある。一点物だけど、売れ行きは上々らしい。大切な息子・娘の安全が買えるならと考える富俗層は常に一定数いるということだろう。

 

「抑止力もあるよ。数で寄ってこられたら、休憩どころの話じゃないしさ。だから、今は距離を空けて見てくれているんだろ」

 

 勿体無いと伝えたものの、親父さん達が有無を言わさずに、俺にも常時一人警護を配置してくれている。おかげで、学校での男子生徒からの攻撃も少ない。本当に感謝だ。

 

「うん。……じゃあ、せっかくだから、くっついちゃおうかな」

 

 左腕を差し出した俺に、すずかの両腕が絡まり、二人の影が少し重なり合う。そして、腕に感じる弾力の強さに、空いたもう一方の手で緩みかける自分の頬を軽く叩いて整える。毎度ながら、質量がすごい。なんせ掌で収まり切らない。あえて何がとは言わないが。

 

「ちょっとエッチなこと考えてたね、今」

 

「ご、ごめん」

 

「ふふ、いいんだよ。私の心も身体もとっくにひろくんのもの。全力で愛してくれるから、私はずっと私で居られるんだもの」

 

 すずかは不意に耳元に唇を近づけて、家に帰るまでは我慢してね、私も我慢するから……と蕩けるような声で囁く。即座に体の一部分が、敏感に反応してしまうのを感じていた。

 健全な年頃の男女があの営みにハマってしまえば、なかなか抜け出せず。繋がり合う度に、さらに重なり合い、深く繋がることを求めてしまう。まして、相手になっているすずかは、とびきりの美少女で。

 

「そんな声で言われたら、かえって反応するっての……!」

 

「ふふ、『膨らんでる』もんね。帰ったら、すぐにでも襲っていいから、今はダメだよ?」

 

 すずかの息がほんの、少し……荒いものになっている。彼女の一族としての体質、その時期になれば、理性を塗り潰す『雄』をただただ求める本能と戦い続け、対応策を考え続ける中で彼女が辿り着いたのは、思慕と肉欲をごちゃまぜに一つにしていくこと。

 

「……あの時期が終わって、やっとまともに出歩けるんだもん。今は、ひろくんとのデート、満喫したいの」

 

 だから、こういう彼女が彼女でいられる周期を、俺とすずかは大切にする。環境が淫蕩に溺れざるを得ないのなら、平時の貴重さを欠片も無駄にできない。

 

「うん。ただ、良かったのか? 遠出しても良かったのに」

 

「私は、この海鳴が好きだから。ひろくんと過ごした時間がこの街に全部、あるんだよ」

 

 街を一望出来る高台まで、二人でゆっくりと歩を進めた。寄り添ったまま、俺達は街の風景を見つめる。この街への愛着も出てきて、最近では、すずかと暮らす海鳴の地に根を下ろす心積もりが自身の心に育ちつつあるのを感じている。

 

「この街で今まで育ってきて、そして、これからもこの街で、暮らしていくんだよな……俺達は」

 

 そんな呟きに、風景を見ていたはずのすずかが素早く反応して、視線がこちらの顔に集中する。瞳を大きくして、どこか驚いたような様子で。

 

「……どうしたんだよ、すずか」

 

「ほ、んと……う?」

 

「本当も何も、この街を出て行く必要性なんか無いだろ。質のいい大学まで揃ってるんだからさ」

 

 国立海鳴大学に聖祥女子大学。専門的なところでは、唐沢医科大学、天神音楽大学もある。殊更意識する事じゃなくなっているが、二つのシリーズの物語の舞台だけあって、暮らすには本当にいい街だ。神戸市が一つのモデルと、皇貴から聞いた事があるが、幾度か仕事で訪れたこともあり、なるほどと思うところがある。ちなみにこの世界では、神奈川県海鳴市、となっている。

 

「って、どうした、すずか!? お、俺、なんかやらかしたのか?」

 

 正面からぎゅっと急に抱きついてきたすずかを受け止めながら、俺は戸惑う。震える彼女の肩を見れば明らかに、すずかは声を殺して、泣いていた。

 

 

*****

 

 

 私は、喜びに泣いていた。ひろくんは、気付いていない。義務感からじゃなくて、自然に、この街でこれからも私と過ごして行くと、口にしてくれたのは初めてなのだから。

 戸惑い、おろおろするひろくんだが、今だけは湧き上がるこの喜びの震えに身を任せたかった。

 

 私の一族の運命に強制的に巻き込む形で始まった私達の関係は、いつしか、この男性と一緒に生きていく未来しか想像出来なくなってしまって。年を重ねる度に、その未来は漠然としたものから、より具体的なものへと日々更新されていく。

 ただ、周期的に私に襲い掛かる、あの自身に嫌悪感と怒りと苛立ちが混じりながらも、それでも精を欲する抗えない飢餓感から、ひろくんは早い時期からもう数え切れないほど、私を抱く事になった。吸血の味を早く知ってしまったことで、一族としての能力も上がったけれど、あの飢餓感も早く目覚めることになったからだ。

 私自身に、そういう関係になってしまったことへの後悔は無い。飢餓感においても、彼が一身に受け止めてくれる事で、私は忌まわしき体質とどうにか折り合いをつけることが出来ている。あとは自分自身への刷り込みや暗示を魔法の力も転用し、その飢餓感をひろくんだけに向くように少しずつ調整し続けている。一族への性質に抗う反動もあり、時期を問わずに、すぐにひろくんと繋がりたくなる衝動が新たに出てきているけど、その時期で無い限り理性で制御できる範囲だし、二人の時間になれば抗う必要も無いから。

 というか、彼と繋がるのは心も身体も喜ぶから、むしろ望む所といいますか。エッチな自分になるのも仕方ないと言いますか、本で読んでいたよりもすごく素敵で。一心に愛してもらえる喜びを満喫できる、女性という身体で良かったな、なんて思っていたりする。彼が自分の中で果てて、胸に顔を埋めて息を整えているのを見ると、本当に可愛くて愛しくて仕方が無くなってしまう。

 ただ、流石に高校生の立場で子供を産むわけにはいかないから、避妊薬を飲む習慣が欠かせないのは当然。学校の友達には、話せないことばかりだけど、アリサちゃんには話せるし。……つまり、私はなんだかんだ言って、とても幸せな日々を過ごせている。

 

 ただ、彼は。ひろくんは。私を自分が縛り付けていると強く思っていて。私も、アリサちゃんもいつか目が覚めて離れていくものだと、頑なに信じていた。自分『なんか』に私達がずっと寄り添うわけがない、と。繋がり合った後に、どうしようもなく申し訳なさそうな表情が見え隠れするのも、本人は隠しているつもりでも、全てこちらには分かっていて。

 だから、ずっと傍にいて欲しいという私の願いも、彼の中では強い義務感から来るもので、心からひろくんが望んで口にしてくれたことは、今まで無かった。私達が心から望んでいると伝え続けて、彼自身がいつか心から信じてくれるのを待つしかなかった。

 だから、無意識かもしれないけど、ひろくんがこれからもこの街で暮らしていくと言ってくれたことは、ものすごく、ものすごく……私にとって、大きな、大きな喜びで。

 

「ごめんね、ひろくん。急に泣いちゃって。もう、大丈夫だから」

 

「あ、ああ。俺、何かすずかに……んっ!?」

 

 感情がやや落ち着くのを待って、私はひろくんの胸の内から顔を上げた。そのまま爪先立ちをして、私は彼の首に両腕を回して、唇を重ねる。湧き上がる愛しさを、そのまま彼に少しでも伝えたくて。

 

「……好きだよ。ひろくん、大好き。貴方がいるから、私は本当に幸せだよ」

 

「……すずか」

 

 そうだ。ちょうどいい機会だから、彼にも伝えてしまおう。彼がこの地に居続けようと思ってくれるなら、私の考える未来を告げよう。一般的に言うハンサムさんではないけれど、どこか愛嬌があって、あの深く引き込まれる瞳は出会った頃から変わらない、私にとっては一番カッコ良い、私をずっと魅了して止まない、未来の旦那さまを。

 

「ねぇ、ひろくん。私、聖祥女子大には進まないから。私も海鳴を受けるよ」

 

 ちなみにアリサちゃんも同じく、聖祥女子大には進まないらしい。学校側からは引き止めが強かったらしいけど、私のお父さんやデビッドさんの多額の寄付で封じ込めたとか。もっぱらお姉ちゃん情報だけど、おおよそ当たりだろうな、と思う。

 

「そりゃ、すずかの学力なら心配はいらないだろうけど、海鳴は共学だろ。……あの時期が来たら、通えなくなるぞ?」

 

「ニ、三時間ごとに助けてくれたら大丈夫だよ?」

 

「い、いやいやいや。それって学校内でってことだろ!? 今までみたいに図書館に作った隠れ部屋で、とか出来るもんでもないぞ」

 

 実際、こんなことを言ってみたものの、正直、どうにかならないとは思う。時期になってしまえば、女子校で授業中などに男性の先生が近くを通るだけで、お腹の中は一気に熱を持つし、私の頭も身体もひろくんのことしか考えられなくなる。

 そうなると、休み時間に文字通り『熱を沈めて』もらわないとダメな状態になっているから、ひろくんは一気に疲弊する。本来、男の人は短時間で回復する造りになっていないため、吸血で無理やり状態を戻すのだ。急激に血を失うと、種の本能を刺激するのを無理やり利用しているわけだけど……私の方がよっぽどひろくんに酷い事をしているのだから、罪悪感に駆られることはないと思う。本当に。

 そして、疼きが多少なり収まり、身体が男の人を受け容れたことに満足している時間帯……というのが、三時間ぐらいということ。うん、文字にしてみると、私がいかにひどい状態なのか分かる。周期が来ても、一緒に登校したい、日常生活を送りたいという私のわがままを、彼は必死に叶えてくれている。お姉ちゃんがあの周期に引き篭もるのも当たり前だし、私がひろくん『だけ』を貫けているのも、自分の身体をギリギリのところで呪わずに済んでいるのも、ひろくんの献身が無ければあり得ない。 

 

 さて、仮に海鳴大学に私が進学したとして、意識のすり替えの成果は出ているから、本来、周りの異性に向く渇望が、全部ひろくんだけに濃縮されて向かうことになる。共学ともなれば、私の意識は消し飛び、獣としてひろくんを喰らうだろう。……一瞬、それもいいかなと、考えたのは絶対ナイショ。

 とはいえ、女子大学を共学に変えるというのは、さすがに寄付などの働きかけで何とかなるものでもなく。ひろくんが海鳴大学なりの、聖祥以外に進学するのは既定路線だった。

 

「やっぱり、そうだよね。ただ、取引先関連のパーティーのお誘いとか、これからは周期が来ていても、断れない事は絶対に出てくると思うの」

 

 アリサちゃんや私はお父さん達が経営する会社の宣伝塔という役割もある。一族の会合に出席する回数も増えている。これまでは学業優先と体調面の問題ということで、出来るだけ避けてきたものの、成人ともなれば、そうもいかなくなるから。

 

「確かに、すずかの立場なら、近々逃げ切れなくなるか……しかし……」

 

「……だからね、卒業のお祝いに、二つ願いを叶えて欲しいの」

 

 解決策は、ある。お姉ちゃんで実際の効果があるのは確認済だ。

 

「構わないけど、一年以上先の話だぞ。今から決めなくてもいいのに」

 

「ううん、ひろくんにしか叶えられない願いだし、『大事』なことだから」

 

「俺にしか出来ない願い……デバイス関係かな」

 

 想像もつかないよね。それはそうだよ。かなりぶっ飛んだお願いになるのは自覚している。ただ、ずっと前から温めてきた考えで、それでも、お母さんやファリンにノエル、紗月さんに相談して、決めたことで。皆、反対や困惑もあったけれど、最後には応援してくれると、約束してくれた。紗月さんには改めて条件を突きつけられもしたんだけどね。

 口にするのも、ものすごく恥ずかしい。でも、心から願うこと。

 

「落ち着いて聞いてね? 卒業の時期に、私を、あ、赤ちゃんを授けて、欲しいなって」

 

「へ? 赤ちゃん?」

 

「卒業近くなったら、ピル飲むの、止めるから。そ、それで、多分周期が重なる時期があるから、その」

 

「……」

 

 ひろくんは完全に固まってしまった。私もまともにひろくんを見れない。胸におでこを預けて、何とか続きを言い切ろうと、試みる。

 

「私の、この体質は、生殖能力が低い一族がそれを補う為のものだから、一度、赤ちゃんを授かると……一気に症状が軽くなる、の。二人目、三人目となれば、周期が来ていても生活に支障が無くなるぐらいに、なるよ」

 

 ひろくんに性衝動を特化させている私は、一人目の出産後も実際には……身体の火照りを何とか理性で抑える程度、かなとは思う。ただ、妊娠中はその周期自体が来なくなると、お母さんやお姉ちゃんは言っていたから、かなり落ち着くのは間違いない。

 なにより、私はひろくんの子供が欲しい。この人の子供以外を産む気になどなれない。学生と母親の両立は恐ろしく難しいものとは思うけれど、お母さんやノエルにファリンもサポートしてくれる。それに、お腹を大きくした女性に積極的に声をかけようと異性はほぼいないだろう。身体中で私はひろくんのものです、と宣言しているようなものだから、今までよりも随分と回りも静かになると予想している。

 

「お母さんには、条件として正式に籍を入れるように言われたよ。一族からの、私を妻にという要請を物理的に封じ込めるためにも、式や披露宴は別として、ひろくんと正式に夫婦になりなさいって」

 

 私の能力の向上、性衝動の激化……もちろん、月村家としての対外的な問題も多々ある中で、お母さんは、私が幸せになった上で、役目を果たしなさいと言った。幸せな家庭という礎に立ち、一族や会社関連などに発する、月村としての責務を務めなさい、と。

 

 言い切った私は、ひろくんの顔を見上げる。言葉の色や、漏れ出る表情から、彼の本音を少しでも読み取るために。

 彼の返事自体は予想がついている。私の意思とは別の力も働いて、私の未来にひろくんを巻き込むのは確定している。それでも、私は、ちゃんとひろくんを幸せにしたい。だから、彼の気持ちと言葉の間にどれくらいの乖離があるのか、しっかりと知らなければならないから。




文字数が中途半端なのもあり、後編に続く。出来る限り早く更新できるように頑張ります。明日から八連勤ですが、が、頑張ります……。

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