吸血姫に飼われています   作:ですてに

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活動報告に書いていたR18表現を結局削って、
数年後の彼らの一つの未来を書き取ってみました。

本編からここに最終的に繋がるのか、その辺りは不明瞭ですが、
私が書く、すずか様の人物像としての着地点は
そうそうずれることはなさそうです。


暑さと温もりはまた非なるものです

 仮に、私の日常生活が世間に漏れ出したとするならば、淫蕩に堕ちた資産家のお嬢様、と揶揄されるのだと思う。

 

 身体つきからして、制服の上からでも十分に大きさを主張する、男好きする体と呼ばれ。11歳で初体験。高校三年生となった今、性行為の経験回数は四桁を悠々と超える。それこそ、野外であったり、学校の図書室で行為に及ぶことも珍しいことじゃない──。

 

 この事実だけを知れば、獣欲に塗れた下世話な男達がこぞって寄り集まってくるとは思う。淫乱な世間知らずのお嬢様であれば、快楽に染め上げて、言いなりにさせることだって出来る……などとでも考えて。

 

「特定の男性相手だけで、なんて想像はつかない回数よね。まぁ、回数の所だけ除けば、実はアタシも似たようなものだし」

 

 真夜中、ガウンだけを羽織り、帯を締めることも無いまま開けっ放しにした格好で、私とアリサちゃんはテラスで冷えた麦茶を含みながら、人に聞かせるのは憚られる会話をしていた。夏の暑さはこの時間帯であっても、肌にまとわりつくように、じめじめとした感覚を伝えてくる。

 ガウンの隙間からはお互いの胸部や秘部が見え隠れしていて、ファリン達に知れたら、それこそ雷が落ちるだろうけど、それこそ情交の後で、この後また、裸のまま彼の隣で二人して眠るのだから、アリサちゃんも私も気にすることは無い。ひろくんはお勤めを終えて、先に私達の匂いが染みついた寝台で、夢の中へ旅立っている。

 

 アリサちゃんも私も、随分前から、ひろくんとのセックスが日常の一部だ。睡眠や食事と同じくらい、彼に抱いてもらうのがとても大切なこと。家の務めというのはどうしても気が張り詰めたままになってしまうから、私達はひろくんに抱かれることで、その緊張の糸を解していく。愛撫に溺れ、快楽を貪って、頭を真っ白にすることで自分をリセットする。そして、愛されることで心の充足も得て、翌日への糧とする。

 私も、アリサちゃんも、ひろくん以外の男性がパートナーになるのを想像も出来なかった。無理をしない、『らしい』自分でいられる場所が、ひろくんの隣。いつからだろう、見合い結婚などあり得ないと、考える自分になっていったのは。

 その意思の行き着いた先に、アリサちゃんが全力で走り回り、私も積極的に支援した結果が、重婚制度の成立。お父さんやお母さん、デビッドおじ様達も色々裏で動いてくれていたのも、大きな助けになった。

 

「アリサちゃんは、中学からだっけ」

 

「そうそう。だから、アタシも早熟で淫乱な令嬢とか言われるんでしょうね、外に漏れたりしたら」

 

 クククと愉快そうに悪い顔をして、アリサちゃんは笑う。多分、アリサちゃんは仮に世間に知れたとしても、その悪評を逆利用するだろう。しなやかに、強かに、ひろくんの隣で、アリサちゃんは得意気に微笑み続けている想像が安易に浮かぶ。

 

「まぁ、巻き込みなさいよって言ってからしばらくは、サルみたいに大翔を求める時期が続いたけど。すずかの衝動を軽く見てたのよ、最初は。経験しなきゃ分からない、ってのを自分の身で思い知った事件だったわね」

 

 当時、私の性衝動の苦しさを分かち合おうと、一族の心理操作能力と魔法を利用した、私との疑似同調を果たしたアリサちゃんは、破瓜の痛みすら悦楽に変える程に、ひろくんとの情交に溺れた。

 それは私の鏡を見るようであり、自分がどのように乱れているかをまざまざと知る苦々しさと、親友が自分の想い人に溺れて、心だけでなく身体も完全に囚われていく……私と同じ感覚になっていく、倒錯した興奮を覚えて──。

 

「夏休みで良かった、よね……あの時が、長い休みじゃなかったら、私達しばらくズル休みになったと思うもん」

 

「あの衝動を抜けて、もう、私達は三人以外と繋がることが考えられなくなった。身体が大翔とすずかを受け入れることに最適化していくのが分かったもの」

 

「私、アリサちゃんにも特別な気持ちを持っていたんだって、あの時初めてちゃんと自覚したもん。ひろくんと二人で愛し合うのもとても気持ち良くて満たされるのに、三人だとそれがもっともっと膨らんで」

 

「罪深いわよねぇ、大翔は。あれだけ、最初に教えられたら、他の人なんてもう目に入らなくなるわよ、ふふ」

 

 私も、ひろくんと何百回と身体を重ねて行く中で、『もっともっと』を求める自分の欲深さを感じて、始めは衝動が来ていない時期に落ち込んだりもしたこともあった。ただ、そんな私にひろくんはすぐに気づいて慰められたり、感づいたアリサちゃんに強引に昂らされるうちに、互いに求め合ってまた溺れていくという循環が生まれてしまって。

 欲深さに落ち込む暇を与えられないうちに、互いが互いを求めているんだと納得できるようになり、躊躇わなくなった結果……アリサちゃんの私室と、ひろくんと私の寝室にゲートを設置して、仕事等の遠出についても、小型化した簡易ゲートを持ち歩くようになり、発情期も関係なく、三人が殆ど毎日身体を重ねるようになったのは、私にとっては幸福なことだったんだと思う。

 

 野外にしたって、三人で結界を張って、他の人が認識できないようにしたり。中等部と高等部かつ男女共有の図書館を建設する際に、私達だけが使用する隠し部屋を作ったり。発情期には授業の間の休憩時間に、ひろくんや、どうしても都合がつかない時は、アリサちゃんに慰めてもらって。

 お互いの身体の気持ち良くなる場所を、私達は互いに把握し過ぎるぐらいに分かっていて、他の異性が入り込む余地なんて存在していないから。

 

「大翔は言わないけど、あの能力って、繋がったり、触れ合ってる時に、大翔への私達の魔力の流れ方が細かく変化してるんでしょうね」

 

 アリサちゃんが口にした、ひろくんのレアスキルというべき、融合の力。直に触れて、魔力を交わすことで、他人の魔力に秘められた性質を写し取ったり、逆に人に与えることが出来る力。

 基本は自分の意思や相手の許容する想いに応じて発動するから、信頼関係の構築があるのが前提の能力だ。ただ、日常的に魔力の送受をする私達がひろくんと同レベルまで魔力総量が拡大していたり、個人の得意不得意はあれど、三人とも同じ術式を使えるといったような、信頼関係が出来上がっていると、彼の強さに合わせて、同程度の魔導士が増えることになるという点が問題で。もちろん、術式は覚えていても、練度は磨かないといけないから、完全に同じ強さってわけでもないけど。

 アリシアちゃんに代表されるような、テスタロッサ家の皆とも親交を深めているから、今ではひろくんは雷の魔力変換気質もより強まっていて。プレシアさんが何年か前に『条件付き』が外れるぐらいには、お互いに友好な関係を築けている。

 また、特別な強い思いが働く時など、そういうのを一気に乗り越える時って必ずあるものなので、魔力を帯びた状態で人に触れるのは私やアリサちゃんのような、本当に信頼を置く相手にしか行わないし、治癒魔法は私に一任する。万が一、自分が唱える時も相手に触れないように気を付けているのが現状だった。

 

 ただ、このスキルの便利性は、プレシアさん他魔法世界の関係者は皆、問題視していて、実際、悪用を目論む揉め事も不定期に発生していた。情報操作はお姉ちゃんやプレシアさんに常に展開してもらっているけれど、嗅ぎつけてくる人ってのは必ずいる。

 ……洗脳や記憶操作、刷り込みでひろくんに強い想いを持たせた子を複数接触させるような、そんな手法が代表的だ。一族の能力と魔力を掛け合わせた心理操作の力で、たいていは解除してしまうけど。

 

「黙っていても、私達がどれくらい気持ちいいのか、筒抜けだもんね。といっても、ひろくんとの魔力の行き来は自然になり過ぎてるから、無意識のレベルだし……あの最中に、意識的に止めるのって、かなり厳しいもん」

 

 そんなひろくんの危険とも言える力だけど、私達二人に対しては、妙な使い方をしているのだった。

 

「魔力の流れと身体の反応を分析してるのよ、あの助平は。だから、毎日細かく愛撫も変化するし、体調に合わせて強さも変えるとか、年数が経つにつれ、離れられなくなるに決まってるわ」

 

「能力があっても、ひろくんの誠実で細やかな性格があればこそだからね?」

 

 そこはしっかり念を押しておく。相手の気持ち良さを測る力があっても、相手を気持ち良くさせたいという気持ちがあるからこそ、私達は安心してひろくんに嵌っていられるのだから。その辺りがどうにもアリサちゃんは認識不足というか、ひろくんの優し……。

 

「待って、すずか。ちゃんと分かってるから。大翔の優しさが根っこにあるからこそ、私達は二人で充足を感じていられる。忘れることなんてない。……アイツの前で口にするのが恥ずかしいだけよ。そういうのは、すずかに任せる」

 

「ごめんね、顔変わってた?」

 

「目つきもね。大翔が絡むと相変わらず、すずかは性格が変わるもの。表情とか、目の輝きが一気に無くなって、冷たい空気をまとうから。今はまだ分かりやすいけど、公式の場だと、目の前のすずかは微笑んでいるのに、ひどく背筋が寒くなるとか、身の危険を感じるとか、ものすごく物騒なんだから」

 

 私の価値観。出会ったあの日、大出血を起こしていた彼の血を啜ってから、結局、私の行動は全てひろくんありきになっている。

 月村の娘としての役割は大切だと思うし、私の責務と思っているけれど、ひろくんが捨てろと望めば、躊躇いなく共に家を飛び出すだろう。ひろくんの敵となれば、アリサちゃんであっても、迷わず攻撃するだろう。

 一族の忌まわしき衝動も何もかも、ひろくんを絶対的な存在とすることで、転換したり昇華している私は、人としては既に壊れているのかもしれない。ただ、それでも、私は確かに『幸せ』を感じていて、そんな自分を認めることが出来ていた。

 

「……すずか。変われとは言わない。すずかがその想いで落ち着けていることも、私は知ってる。ただ、もう少しうまく抑えなさい。私達の態度が大翔への敵視に変わっては、大翔が苦しむことになるから」

 

 アリサちゃんの優しい声で、私の髪に触れる手の仕草も優しくて。私は自然に謝罪の言葉を口に出来ていた。

 

「うん。……ごめんね」

 

「良いのよ。私だって実際には腹の中で煮えくり返っていて、帰ってから大爆発してるんだし。いっそ、あの場で念話で罵り合うようにしましょう。大翔の敵は私達の敵。それはハッキリしてるんだしね!」

 

「ふふ。そうだね。ひろくんの敵は私達共通の倒すべき相手だから」

 

 そうして、二人で笑い合って。私達はひろくんの話に戻っていく。

 

「大翔って、素直で分かり易いから、どこを刺激したらとか、顔を見たらすぐに分かるでしょ。癖になるのよね、欲に蕩けただらしない顔つきになるのを必死に我慢してるのを崩した時の達成感といったら」

 

「可愛いよね。我慢しないで、って声をかけるのに、いつもギリギリまで頑張るから」

 

 私達にとっては愛しい、私達しか見えないひろくんの隠れた顔だけど、本人はとてもとても恥ずかしいらしい。

 

「私達は気持ち良くなるのを我慢しないものね、いつも。すずかも言ってるじゃない? 普段の自分は役を演じているから、大翔と繋がっている時だけ、本来の自分に戻れるって」

 

「うん。欠けている感覚が常にあるって言うのかな。一つになっている時が全部穴を埋めてもらってる感じだよ」

 

 あの最奥を突き上げられる悦楽に囚われて、私はもう、あの人から離れることなど出来ない。詩的にするなら、そんな感じかも。実際に、心も身体も高まり、満たされ、広がっていく感覚は、ひろくんが相手だからこそ。

 

「私も似たようなものだし。大翔の前だと、取り繕う必要が無い。そのままの自分で過ごせるから。あと、貫いてもらってると、自分の隙間が全部埋まる感じ、分かるしね」

 

 私もアリサちゃんも『ひろくん』という核を中心に置いて、強く繋がっている。ただ、ひろくんを、その自分の核に置きたいという、真剣な女の子は他にもいて。今日、二人が赤裸々な話を口にしたのは、そういう理由があるからだ。

 

「結局ね、私達はある意味三人で関係性が完成してしまってるわけ。これは、お互いの身体の相性だけでなく、日常においてもそうよ。私達の伴侶となり、両家の顔となる大翔を適切にフォローできるのも、やっぱり私達なのよね」

 

 ひろくんの性格はもちろん、家について回る、面倒な……本当に煩わしいと感じてしまう、名家や資産家等の他家との付き合い方とか、日々ややこしい立場になっていく、ひろくんを適切に手助けするとなると、確かに私やアリサちゃんでなければ難しい。

 

「ただ、ねぇ……。他の子は知らないけれど、アリシアとフェイトは、避けて通れないでしょ?」

 

「うん。もう、アリシアちゃんは、約束しているしね」

 

 私が……今では、私とアリサちゃんが、ひろくんと正式に婚約を果たした際に交わした約束。紗月さんとアリシアちゃんの話し合いの中で、彼女達はひろくんと自分達の子供を望んだ。時期としては、私とアリサちゃんの第一子の誕生後に。

 

『蘇ってから、私どうにも恋愛感情とか、そういうのが薄くって。ただ、紗月が私の中にいて、彼女の記憶とか気持ちに触れていく中でね。私が子供を望むなら、ひろ兄ちゃんしかいないなって、中学に入る頃には、漠然と考えていたよ。アリサがあの時期、急に綺麗になったじゃない? だから、ああ、紗月の言う彼なら、大丈夫なのかもと思ったの』

 

 アリサちゃんはあの時期に髪をばっさり短くして、ショートヘアに変えた。ひろくんと繋がる時に、汗を吸った髪があちこちにべたついて気が散ってしまうからと。本当にそれが理由なのかは変わらないけど。

 

「正式な夫婦にならなくていいから、子供は産ませてって、そんなの認められるわけがないじゃない……大翔の子供よ? ミッドチルダで育てるから、って、アリシアやその子供に夫が、父親がいないだなんて。私達が二人ぐらい家族が増えたって、経済的にどうにかなるわけでもないんだし」

 

「うん。一番の問題は、ひろくんにまだ話していないことだと思うけど、私達が認めているとなれば、ひろくんは最終的に受け容れると思う。それこそ、泣き落としとか、アリサちゃんが甲斐性見せなさいって発破を掛けたら確実だよ」

 

「すずか、自然に黒い発言してるわよ」

 

 聞こえません。紗月さんは、私にとっても別格の存在なの。見届けてもらわないと困る。私がひろくんを本当に幸せに出来るんだって。

 

「それに、アリシアちゃん。ひろくんの夜の強さ、見誤ってると思う。あっという間に、嵌っちゃうんじゃないかなぁ」

 

 現に、記憶や感覚を覚えている紗月さんと五感を共有するアリシアちゃんは、ひろくんに抱かれる良さを実感しちゃえば、二重の快楽を味わって、どこにも行けなくなると、私は予想している。囲われて、囚われたままでいることに悦びを感じるようになってしまう。ひろくんの愛し方は、本当に真っ直ぐで。身体も心も一生懸命に愛してくれるから。

 

「……意外と、余裕に見えるんだけど」

 

「余裕ってわけじゃないよ、アリサちゃん。ただ、アリシアちゃんは尽くされることには貪欲だけど、尽くすことは苦手だもん。これは個々の性格の話になるけどね。だから、ひろくんが私やアリサちゃんを中心に置くことは変わらないかな」

 

 愛し愛されて、それが一番気持ちいい。ただ、それは労力も熱意も必要。それを苦にするか、しないか。与えられるのが当たり前になるのか、そうでないのか。

 私やアリサちゃんは、下手すれば与えられるのが当たり前の立場になりやすいけれど、ひろくんを守りたい、支えたいと誓った幼い頃の想いや、営みの中で尽くす楽しさや歓びを覚えて、それが日常のひろくんへの態度にも反映されている。

 アリサちゃんはそれこそ、口では私のお世話をしなさいとか言いながら、手では甲斐甲斐しく、ひろくんの髪を解いたりとか、ひろくんの仕事の手伝いを積極的にしていたり……発言と行動が逆のことをしている。それが私も可愛いと思うし、ひろくんもそう感じているのを、私は知っている。

 

「なるほどね。じゃあ、一旦アリシアは置いておきましょう。あとは、フェイトよねぇ……」

 

「嘱託魔導師だから、帰ってこない日もあるけど、連絡は絶対に入れてくるよね」

 

「駄目男を生産する尽くし方をするから、あの子。過保護の典型的な例というか」

 

 ひろくんと同じタイプかも。尽くされる側が自制出来ないと、どこまでも自堕落な生活が許されてしまう。捨てられることを異常に怖がるから、必要以上に相手への献身をしようをする。

 捨てられるぐらいなら、無理やり繋ぎ止めればいいのに、と私は考えたりするんだけど、それは多分、自分の能力あってこそというのは自覚しているし……。無理やり縛り付けても、実際満たされはしないだろうから、自分が我慢すればいいと考えてしまう。

 

 私の表向きというか、ひろくん以外の他人に対してのスタンスは似通っているので、理解は出来てしまう。ただ、私の場合は、最悪ひろくん以外はどうでもいいという感覚が根底にあるから、どこか薄っぺらい。

 

「フェイトちゃんもひろくんへの依存は深いよねぇ……」

 

 私が言えることでは無いけど、フェイトちゃんもまた、ややこしい。

 

「プレシアさんがまともにフェイトに情を向けられるようになるまでの間を、大翔が受け皿になったんだもの。フェイトにとっては兄であり、父であり、そして恋人兼伴侶候補っていう、とても大事な存在なんでしょうよ」

 

「『お兄ちゃん』って呼びながら、視線は男の人を見る目になっているし、初めから異性として見ていた私とは違った、複雑な想いを持っているのは間違いないと思う……」

 

 もちろん、プレシアさんが立ち直ってからは、愛情をたっぷり注がれたフェイトちゃんは温和で優しい性格だし、芯もしっかりしてるけれど。刷り込みというか、一番辛い時期にひろくんに守られた記憶は、ひろくんを私と違った意味で絶対化してしまう要因になってしまった。

 また、ひろくんもひろくんで。フェイトちゃんの情愛を兄としての感覚で受け止めて、多分、未だに気づいていないはず。予想もしていないから、想像もしていない。

 プレシアさん達は気づいているだろうけど、経緯を見守るに留めている。というか、最終的にひろくんに預ける心積もりだから、積極的に動いていないだけじゃないかと、私は勘ぐっている。住まいは時の庭園を中心に置いていても、戸籍やら、例の制度を満たす為の収入やら、海鳴への完全な定住の準備だけは整えているのを、私やアリサちゃんも把握しているのだ。

 

「……すずか、アリサ?」

 

「大翔、寝ていて良かったのに。私達も涼を取って、また戻るだけだったから」

 

 話は一旦おしまい。テラスの入口に立つ、一番大切な人の顔を見れば、何をするべきか、私の身体は自然と動いていた。

 

「ごめんね、一人にして」

 

 すぐに駆け寄って、ぎゅっと抱き締めて、精一杯背伸びをして、髪をそっと撫でる。捨てられた子猫や子犬のような目をしてるひろくんを、早く私の熱で満たしてあげたかった。

 

「……すずか、暑くない?」

 

「温かいよ。ね、ひろくん」

 

 夏の茹だるような暑さでも、心の冷えは消せない。それは身体にも表れて、寒気すら覚えることもある。私は、それを知っているから。

 

「大丈夫、触れて。触って、好きにして」

 

 自分の膨らみにそっとひろくんの手を押し当てて。彼が探るように、膨らみの形で優しく変えていくのを好きにさせる。私を感じて、ちゃんとここにいるから。

 

「……どんだけ根深いんだ、俺」

 

 目の陰りが薄れ、ひろくんはぽつりと言葉を漏らした。自分が寂しがっていた、というのを自覚してしまったらしい。

 

「いいんだよ。私やアリサちゃんがいない寂しさについては、ちゃんと訴えてくれなきゃ」

 

 現に、ひろくんの中に異性への不信が根強く残っているから、パーティーとかの場で他の女の人の誘惑に乗らないというのもあるし、私達だけが特別になりやすい。ひろくんは基本優し過ぎるから、変に女の人を近づけないぐらいでちょうどいいと思う。

 

「すずかはブレないわねぇ……。あの子のこと、言えないわよ?」

 

「ひろくんはちゃんと自制出来るから、いいの」

 

 アリサちゃんに軽く反論してから、もう一度ひろくんを抱き締めた。わざとお姫様抱っこをせがんで、ベッドまで連れて行ってもらう。こちらから甘えることで、ひろくんが私達に甘えやすい状態を作るのも大切なこと。

 

「ねぇ、もう一度、食べちゃってもいいんだよ?」

 

 私の言葉に苦笑しながら、今はいいと首を横に振り、私達を自分の左右の定位置に寝かせてくれたひろくんは、明かりを消してすぐに寝息を立て始めた。

 

「一人に、絶対にさせないから。大丈夫……」

 

 私も寄り添うひろくんの温もりを感じながら、静かに眠りの世界へ旅立っていく。本来、夜行性のはずの私は、ひろくんの横だと問題なく眠れ──。

 

 

 

******

 

 

 

(……まったくもう)

 

 大翔の身体とほんの少し空間を空け、空気の通る隙間を作り、一方の腕を抱き枕にして、私は静かに目を閉じる。

 私だって、夏の暑さの中であっても、大翔の温もりは感じていたい。すずかと比べて、暑さへの耐性が少々低いだけの話だ。

 

(そうでなければ、無理して毎日こうして大翔やすずかと一緒に寝たりなんてしないわよ)

 

 自分が安心して眠れるのは、大翔の隣。二人とその気持ちは変わりはしない。私だって、ひたすらに大翔に甘えて、独占して過ごす時間が欲しいって思う。

 ……ただ。すずかやフェイトの愛情は、重い。自分の全てを傾ける愛し方は、大翔の女性への恐怖心を超えるのにとても効果があったけれど、大翔が私達を信じられるようになった日常の中では、時に負担になる。

 大翔はまして、そういうことを負担に思うことが失礼だと考える傾向が強く、自分で疲れを溜めていることに気付かないから、前日まで大丈夫だったのに、急に体調を崩すことがたまにある。

 

(そういう時の逃げ場所に私がいないと、大翔がほんとに潰れてしまうわよ)

 

 実際に、たまにだけど、目的もなく、二人でカフェでゆっくり時間を過ごしてみたり、顔繋ぎのために、仕事に同行してもらう帰りに、ふと景色のいい場所に連れ出してみたりすると、何ともリラックスした顔をしてくれる。会話も最低限だけど、二人ともその空気を大切にしていて、私もだいたい似たような、力の抜けた顔をしているようだ。

 ……そんな顔を知っているのは、私と大翔だけの数少ない秘密。

 

『俺達のバランスを取ってもらうような役割を任せてしまって、ごめんな』

 

『そこは“ありがとう”でしょう? 私が好きでやってるわけだし、アンタに潰れられたら本当に困るのは私も同じよ。まして、そういう信号を出すのが下手なんだから、アンタは』

 

 大翔から謝られたこともあるけど、それを私は一蹴した。大翔だって緊張の糸を解さなければ、当然潰れてしまう。私達と過ごすことで安らぎを感じることと、気を使わないで過ごす時間から得られる休息は、また違うものだから。

 

(本来は、すずかも気づけるはず。さっきもそう。実際に、大翔が孤独を感じる時とかはすぐに見抜くんだから。ただ、大翔を必要以上に強い人と見ている節があるし、一緒にいることで安らぐからと過信してしまってる)

 

 大翔との絆の結晶になる、自分の子供が産まれればまた違ってくるのかもしれない。母親としての役割を求められるし、大翔との繋がりが明確に残ることにもなる。

 

(コイツはちゃんと気づいてくれている。そのことに感謝しつつ、もうちょっとこの役割を大人しく続けるとするかしらね……。大翔が潰れるのが、一番アタシだってゴメンなんだから……)

 

 大翔の匂いを感じながら、アタシはそんなことを考えながら、眠りについていくのだった。




アリサはどのルートでも苦労人ポジかもしれません。

すずか様は普段引いている分、引けないと決めた(思った)対象には
ぐいぐい押していくと思うのです。有無を言わさないともいう。

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