吸血姫に飼われています   作:ですてに

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主人公ヒロイン化が加速した。


アリサの決意

 なのはが泣き止むのを待ち、すずかになのはを任せ、大翔はアリサに向き直る。なのはを慰めることで、感情の波がやや収まったのか、やや平静を取り戻しているように思える彼の表情。

 

「お前に当たるのも筋違いなのかもしれないけど、アリサ、お前ならなのはの抱える問題に、薄々気づいてたろ。なのはを巻き込むようなやり口なんて、普段のお前じゃあり得ないって思ってる。……俺にそんなに腹を立ててたのか?」

 

「そりゃそうよっ! アンタはあたしと同じ次元で話が出来る、本当に少ない同年代の友人でしょっ! あたしの怒りに気づいてないだなんて、言わさないわよっ」

 

 思いを真っ直ぐにぶつけるアリサは、いつも通りの彼女だ。精神保護の魔法がうまく効いた証明でもあり、大翔は内心安堵するが、あえて顔には冷たい仮面を張り付けている。

 

「ここまでの怒りとは思わなかったが、気づいてはいたよ。だが、俺はすずかに命を救われ、契約時にすずかを護ると誓った。ならば、俺の中での優先順位は自ずと決まるだろう?」

 

「……」

 

 聡いアリサには全てを告げる必要はない。沈黙は大翔が続けなかった言葉を正しく読み取っているということだ。

 ありがたい話だが、この世界の登場人物たちは、総じて大人になり過ぎているなぁ、と大翔は思う。自分自身は既に前世の経験値持ちだから、初めから例外としているが、すずか達三人にとっては『貴方がそれを言うの!?』状態である。

 

「だから、すずかがお前達と『契約』を結ぶまでは、俺の接し方は決まっていた。アリサの気持ちがそこに入る余地は無かった」

 

 大翔自身、この辺りで布石を打っておこうという腹づもりもある。

 アリサやなのはは、妹や娘のように護ってあげたい存在と考えていて、すずかが誓いを交わした今、より積極的に関わっていくことに異論は無いが、アリサの自分へ向ける感情が問題だと思っている。

 ……すずかと自分の関係は、既に取り返しがつかない所まで来ていると認識しているし、ここまで依存させた責任から逃げるつもりもない。彼女が別の男性に惹かれない限り、すずかの側にいるつもりであった。

 勘違いならいいと願うものの、アリサもすずか程では無いにせよ、自分に対しての軽い依存状態と解釈する彼は、より親しい距離感を持つようになった時の懸念を持っていた。

 

(あえてキツい言い方をすることで、アリサは気づくと思うんだよな。俺との距離感を詰め過ぎるのは、決していいことばかりじゃない)

 

 なのはのように、恋愛感情ではなく、兄に対するような親愛であればまだ対応のしようはあるし、他の同年代との男性との触れ合いを促すことで、関係性を前向きにリセット出来る。大翔はそう考えている。

 だが、アリサは自分を一人の男性として見ている。この意識の温度差だ。

 

(俺はアリサを女としては見れないからなぁ。今だけでなく、この先も娘みたいな感覚は抜けないだろう。そうでなくても、すずかの存在だけで、色んな葛藤があるのに)

 

 既に少女であり、女としての自覚もある、すずか。彼の理性にとって、既に非常に強敵なのである。彼を陥落させるのに、きっと彼女は手段を選ばない。

 最近の中学生となれば、発育に至っては大人と変わらない、けしからんボディをお持ちであったりする。忍へ早めに一人暮らしの相談するか、お金稼げる手段を確保しないと、と今から危機感を抱いている大翔である。

 だが、すずかが、男女別の学校となる聖祥大付属中学ではなく、同じ市内にある共学の風芽丘学園へ二人とも進学するための算段を、既に姉に相談済みで逃がすつもりなど毛頭無いことは、彼は知る由も無い。同じクラス、隣の席。その場所を今後も、すずかは当然のように確保し続けるのだ。

 

「……よぉく、アンタの考えは分かったわ。ええ、とても良く、理解できたわ」

 

 急転、アリサは腕を組み、瞳を閉じて、淡々と述べる。

 今まで露わにしていた感情を急に仕舞い込んで、冷静に、冷静に……。目の前の男性は、普段どうしているか。自分と同じような激するほどの感情を、普段から開けっ広げにはしていないはずだと。

 

「あたしの怒りは勝手なものだったわね。認めるわ。すずかとこうして契約を結ぶまでは、アンタはそうするしかなかったってことも」

 

 今は、物真似でいい。アリサ・バニングスの意思はこんなものでは砕けない。そのことを突きつける、絶好のチャンス。大翔のお株を奪ってやろうではないか。

 

「ただ、契約は結ばれたわ。あたし達は秘密を共有した。つまり、アンタとあたしは対等。もう、遠慮は不要よね……」

 

「……確かに、同じ立場だ」

 

 アリサの急な変化に内心、恐怖すら感じる大翔だが、表情は何とか仮面を被ったままを保つのに成功している。但し、アリサから感じるこの妙な圧力が、すごく馴染みが深いものに感じて、そして、同時に生まれた脳内のアラート音もどんどん大きくなっていく。

 

「だから、アンタの心の壁、遠慮なくぶち壊しに行くから。覚悟なさい。このアリサ・バニングスが認めた男なのよ、アンタを必ずあたし無しではいられないようにしてあげるわ!」

 

 かくして、アリサの宣戦布告が高らかに謳われた。大翔の表情が驚愕に彩られたのを見やって、彼女は満足気に微笑む。そう、欲しいものは自らの手で勝ち取る。それが彼女のやり方だ。

 

「こ、これって告白、なの、かな」

 

「同時に、私への挑戦状、だね。ふ、ふふっ、これは、絶対負けられないよ……!」

 

 フリーズしたままの大翔はそっちのけにして、敏感に反応したアリサの親友達。乙女達は、勝利をもぎ取る為の長い戦いに正式に身を投じたのである。

 

「あたし達はまだ小学生。十年間は最低でも必要ね。長い戦いになるから、降りるのは自由よ?」

 

「そっくり、アリサちゃんにその言葉を返してあげるね。ただ、ずっと勝ち続けてあげるから、早めに降りていいからね?」

 

「ひ、大翔くんっ! お願いだから早く戻ってきてよーっ!」

 

 なのはの悲鳴が空一面に響きわたる。海鳴市はまだ、平和であった。……多分。

 

 

 

******

 

 

 

 「このバインドを解けっ! デバイスが主に逆らうのかよっ!!!」

 

 優れた自己治癒能力でもあるのか、なのはの絶叫に反応した転校生が再び目覚め、アリサ達に迫ろうとしたものの……まず、すずかが眼光鋭く睨みつけ、先程の悪夢を思い出させて動きを止め、大翔の手にあったペンダントが光を発した結果、彼は複数の光の輪に完全に封じられ、地面に再び寝転がる状態となっていた。

 

「少し、黙っていて下さいね。それとも、物理的にもう一度黙らせて差し上げましょうか?」

 

 すずかの言葉に即座に目を逸らし、沈黙を選択した彼は、実際、身を震わせていた。肉体に直接染み付いた恐怖はトラウマとなり、もう簡単に消え去る事は無い。すずかを見るたびに、彼は思い出すことになるのだろう。

 

「ありがとう、協力してくれて。さて、綺麗な黒玉を模したデバイスさん、お名前を教えて頂けますか?」

 

『Nameless.』

 

 黒玉、ジェットと呼ばれる宝石を模したペンダントがちかちかと点滅し、女性の機械音声を発する事で、自身の掌の上でそっと受け止めているすずかの問いに答えた。インテリジェントデバイス──人工知能を有する、魔道師の杖。ファンタジーの世界でしか存在しないと思っていた、異次元の技術がそこにはある。

 すずかが躊躇なく、デバイスを認識できる理由は後ほど話すと大翔が言い切ることで、アリサとなのはも、まずは状況を見守ることを了承させている。

 アリサやなのはは瞳を輝かせて、そのデバイスの一挙一動を逃すまいと息を潜めて見守っているし、知識でしかなかった、実際のデバイスを目にした大翔とて、興奮が隠し切れていない状況だ。

 

「インテリジェントデバイス、か……しかし、『名無し』は無いよなぁ」

 

 彼は転生時に、特典以外には、記憶の維持以外に、世界に応じた必要最低限の素養を望んだ。努力すればその分身についていく、能動的に活動したパターン限定の大器晩成型。二度目の生、自身がだらけた人生を送らないための保険と、自身の充実感を計るため。

 その選択は正解だったと思っているが、管理外世界という魔法についての指針が全く無い環境で、独学かつ手探りでの鍛錬だったため、正直、魔法の修練は遅々として進んでいないのが現状。原作で演算能力など魔法使用をサポートしている『デバイス』を手に入れたいという思いがあったのだ。

 

「うん。そうだね、大翔くん。あの……お名前、つけてもいいですか?」

 

『be thankful.Please call name.』

 

「有難く思うって言うなら、つけてあげましょうよ」

 

「すずかちゃん、何か思いついた顔だしね」

 

 デバイスの発する声、内容が自然と理解できて、こちらの意図が伝わる。魔法の神秘性に少女達は興奮しながらも、自分達を迷わず助けてくれたデバイスに、良い名をと願った。

 

「えっとね。『ヘカティー』って、どうかな。ギリシャ神話の女神様で、『闇』や『魔術』を司ると言われる女神様の名前からなんだけど……貴女の石の色合いとかから、思いついたの」

 

『Thank Yo……あ、りが、とう。わ、私はヘカティー。感謝します、マイマスター』

 

「わっ、急に日本語に変わっちゃったよ!?」

 

「名付け親の言語体系に修正した、ってところじゃない?」

 

「……そっか、ヘカティー。気に入ってくれたんだね、ありがとう」

 

『マスターに良い名を頂いて、私は幸せです』

 

「なっ! まっ、待てよっ、お前ら! 俺のデバイスを!」

 

「……ヘカティー、あの人の口、塞いで欲しい。耳にすると、不快だから」

 

『了解です。私も同意見です』

 

 次の瞬間、皇貴の口に罰マークの光の帯がピタリと張り付いた。口を開けることもできず、完全に彼の声は封じられてしまっている。

 

「お、すごい。光り輝く粘着テープってところか。しかし、ヘカティーさん。取り上げた俺が言うのもなんだが、いいのか? 一応、奴がマスターだったんだろ?」

 

『ヘカティーと、呼び捨てて頂いて構いません。自らの才に胡坐をかき、私無しでは膨大な魔力を持っていても、制御すらままならない愚者からは、早々に離れたいと思っていました』

 

「そっか。ありがとう、ヘカティー。すずかを、これから色々と助けてやってくれ」

 

 ぺこりと、頭を下げる大翔。人工的な知能であろうと、彼女の意思がすずかを助けてくれるとするなら、礼を尽くす事は当たり前だと思えた。

 

『お、お止め下さい……! 私はデバイス。マスターをサポートする人工知能に過ぎません』

 

「関係ない。すずかを助けてくれる存在に、俺は感謝しただけだ」

 

「ふふ、ヘカティー。大翔くんはこういう人なの。どうか、これから彼も助けてあげて」

 

『マスターのご命令とあらば。それに、貴女のコアを感じ、理解できました。大翔、私の力は貴方にも喜んで捧げましょう。それが、マスターを守ることにも直結します』

 

「……ありがとう、ヘカティー。力、借りるよ」

 

「ヘカティー、どういうこと? 魔力の色が関係しているの……?」

 

『マスター。後ほど、ご説明を致します。まずはあの愚者を──処理──致しましょう』

 

 ヘカティーの進言に、皇貴に聞こえないように三人とヘカティーだけが聞き取れる声量で、大翔はすずかの一族の力、心理操作の利用を提案。

 記憶を曖昧にしつつも、すずかへの恐怖心を残す。さらに、アリサは暗示を加えるように意見を付け加えた。この四人に害を加えようとすれば、すずかからまた酷い目に遭うという刷り込みである。

 嫌な事は忘れたい、でも、深層ではしっかり覚えていて、身体はちゃんと反応する。あまりに衝撃的な出来事が遭った時に起こり得る、記憶操作を演出してやろうという話だった。

 皇貴にとっての恐怖の象徴となることを、すずかは快諾する。明確な殺意を生まれて初めて抱いた相手である。彼女自身は生ぬるいとすら思っているのだから──。




この後、場面転換。すずか家や、アリサ家にて、魔法講義が始まります。
先生はデバイスの彼女。

……すずかのバリアジャケット、どうするかねぇ。
無しというわけには、いかないかな?

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