「(はぁ……彼、大丈夫かな……?)」
王の間にユグドミレニアのマスターとサーヴァントが集められた中で、アストルフォは自分が助けたホムンクルスの少年に付いて考えていた。
ゴルドが鋳造したホムンクルスは、大きく分けて二つに分類される。一つは戦闘用のホムンクルス、戦闘用などと付いているがサーヴァント相手に戦えるなど誰も期待していない。敵サーヴァントの足止めやマスターの護衛などが主だった使い潰しのホムンクルス。
もう一つは、魔力供給用に鋳造されたホムンクルス。サーヴァントを実体化させるには多少なりとも魔力を消費する事になる。過去の聖杯戦争にも、その魔力が尽きた事でサーヴァントを消滅させてしまったマスターがいる。それを解決したのがゴルドだった。足りないのならば他所から持って来ればいい。それを実現させたかの様にゴルドはサーヴァントに魔力を供給するだけのホムンクルスを鋳造、それによって黒の陣営のマスターたちの負担が大幅に減った事は確かである。
そしてアストルフォが助けたホムンクルスの役割は後者の魔力供給用。彼はその中でもヘラクレスの命のストックを増やす為に鋳造された〝特別品〟であった。
魔力供給用に鋳造されたホムンクルスの中でも群を抜いて魔力量が多い。それだけだった。生まれた瞬間から活動できる生命体であるホムンクルスだが肉体が余りにも虚弱だったのだ。戦闘用では無く魔力供給用に鋳造されたからなのか、一級品の魔術回路を持っていながら魔術の行使に肉体が耐えられずに自壊してしまう。
そしてそのホムンクルスの寿命は、ケイローンの見立てでは三年だった。しかもそれは魔術を使わないという前提の寿命。
しかしアストルフォには助けた事に関しての後悔は一切無い。自分が助けたかったから助けた。シンプルで、当たり前で、それ故にアストルフォ以外には困難な行為だった。
出来る限り隠す様にはしているがそのホムンクルスを知っているのはアストルフォを除いてケイローン、ギルガメッシュ、そしてカウレスの三人。ケイローンに関しては仕方無い、ホムンクルスを診察してもらう為にどうしても明かす必要があったから。だがカウレスとギルガメッシュに関しての微妙なところだ。廊下でそのホムンクルスを見て、助けようと決めて連れて行った先がカウレスの部屋だったから。
ギルガメッシュはアストルフォの行動に呆れただけだったが、カウレスはぶち切れた。そのホムンクルスはヘラクレスの命のストックを増やす為の特別製のホムンクルスで、見つけ次第捉える様にダーニックとヴラド三世から命令されていたからだ。命令に背いたとバレれば最悪はカウレスは令呪を剥奪されて殺されるかもしれない。
もしバレたとしてもそれは自分で責任を取るとアストルフォが言って、カウレスは唸りながら頭を掻き毟って落ち着いたのか、そのホムンクルスをどうするのかを聞いてきた。その答えは、まだ出ていない。一つ言えるのはこのミレニア城塞から出した方が良いということだった。この魔窟から早く出した方が良いというのはカウレスも同意見だが、問題はそこから先をどうするのかをということ。
ミレニア城塞から脱出させてハイおしまいという訳にはいかない。外の世界でどう生きるのかを彼自身に決めさせる必要がある。
一先ず彼をこの魔窟から脱出させる手段は考えてある。それはこの先の聖杯大戦を利用したもの。この先戦闘が激しくなる事は間違い無い、その隙に彼をここから出そうと考えている。戦争の最中ならばホムンクルス一人が抜け出したところで露呈する可能性は低く、万が一バレたとしても追跡する余裕など無いという考えだ。
堅実なアイデアである。問題はそれをいつ行うかという事だった。だが、それのチャンスが今目の前にあった。
赤のバーサーカーと思われるサーヴァントが単騎でこのミレニア城塞に向かって来ているのだ。これはマスターがサーヴァントの手綱を握れていないのがいけないというのかもしれないがバーサーカーのクラスに限って言えば仕方の無いことの様に思える。
バーサーカーのクラスはクラススキルの【狂化】によってステータスが上昇するメリットがあるが理性を失いマスターの指示を聞かない事があるというデメリットがある。そしてステータスが高くなることで魔力の消費も跳ね上がる。過去の聖杯戦争のバーサーカーが敗退した理由は魔力不足による自滅というのが最も多い。
ダーニックはこのバーサーカーと思わしきサーヴァントを捕獲して手駒に加えたいと考えているが可能であればということを強調している。その理由は言うまでもなく白の陣営だろう。もし赤のバーサーカーの捕獲に夢中になるあまりに後ろから白の陣営に攻撃されたのでは堪ったものではない。
黒の陣営はアサシンを除いた六騎、バーサーカーのクラスであろうと敗北する事などありえない。故に勝利する事は当たり前なのだ。
ダーニックのバーサーカー捕獲計画の内容を聞きながら、アストルフォはこの混乱に乗じてホムンクルスの少年を逃す算段を考えていた。
ーーーその男は、
青白い肌に無数の傷痕が刻まれた2mを超える大男であるが、身体を構成している筋肉が超規格外だった。
赤のバーサーカー、反逆者の象徴スパルタクス。それがあの筋肉の真名だった。
「ーーーマスターは何を考えておるのだ」
そのスパルタクスを影から見守る様にしてマスターに対する不満を口にするのは頭と腰から獣の耳と尻尾を生やした野性味の溢れる少女。赤の陣営のサーヴァントの一騎であるアーチャーだ。
元々彼女は赤のキャスターによって焚き付けられたスパルタクスを連れ戻す命を受けていたのだが静観する様に命令されたのだった。
聖杯大戦で戦うことが出来るのはサーヴァントだけ、七騎対七騎という補充が出来ない戦争なのにスパルタクスを切り捨てようとしていることに不信感しか感じられない。敵対していた黒の陣営だけでなく新たに乱入してきた白の陣営の存在もある。一騎脱落させてしまえば他の陣営に付け入る隙を与えてしまうだけなのに。
「まぁマスターにも何か考えがあるんだろうよ」
赤のアーチャーにそう返したのは屈託のない笑みを浮かべた青年。瞳は猛禽類のように鋭く、力強い体軀はがっしりとしている癖に野暮ったさを感じさせない美丈夫だった。
彼は赤のアーチャーと共にスパルタクスを見ている様に命令された赤のライダー。シロウ神父をして赤のランサーに匹敵する英雄であると言わしめた男である。
彼らの目的はスパルタクスが動く事によって白の陣営がどう動くかを見定める事。何せ白の陣営の情報はあの宣戦布告をしてきたレイニィフィールと白のセイバーしか無いのだ。拠点も不明であり、何をしでかすか分からないと警戒するのは当たり前の事だった。
二騎に命令を伝えた赤のアサシンは間違いなくここで白の陣営が動く事を確信していた。何故なら、レイニィフィールは明確にユグドミレニアに対する報復を口にしていたから。その感情に嘘は無かったとあの女帝が言っていたので間違い無いだろう。なら、スパルタクスが暴走しているここで動かない理由は無い。極論スパルタクスに合わせて全てのサーヴァントを投下すれば彼らの目的である報復と、大聖杯の奪還は出来るのだから。
スパルタクスの目の前にユグドミレニアの尖兵である戦闘用のホムンクルスが現れる。その数は百を超え、ギルガメッシュが気紛れで貸し与えた宝具の原典が手にある。
ホムンクルスの剣が、槍が、斧が、スパルタクスに襲い掛かる。だが、スパルタクスはそれを避ける素振りすら見せずに、自ら攻撃に飛び込んでいた。攻撃を受ける、受ける、ただ受け続けーーースパルタクスの顔には深い笑みが浮かんでいた。
あまりにも一方的な展開にホムンクルスは力尽きた訳でもないのに攻撃の手を止めた。その途端にスパルタクスが動き出す。
「哀れな圧制者の人形よ、せめて我が剣と拳で眠りなさい」
そう言って無造作に手にしていた剣を横に薙いだ。それだけの動作で、そこにいたホムンクルス十体の上半身が吹き飛んだ。 戸惑いから立ち直ったホムンクルスが攻撃を再開しようとしつが、その瞬間にスパルタクスの拳に殴られてミンチになる。
スパルタクスの暴虐は止まらない。両腕を大きく広げ、突進し、ホムンクルスを二十は纏めて抱き込んで、そのまま潰した。その様はまさに人間台風。剣の一振り、拳の一撃ごとに肉片となったホムンクルスの死体が大量に生産されていく。
そうして希薄な感情しか持たぬホムンクルスたちがその光景に逃亡を選択し、最後に残っていたホムンクルスを抱擁で挽肉にし、スパルタクスは自身が織り成した虐殺の痕を眺めて満足そうに頷くと再び歩き出した。
終始笑みを浮かべながら虐殺を行っていた事に赤のアーチャーとライダーはドン引きして、スパルタクスに当てはまるクラスがバーサーカーしか無かったのだと思い知らされた。
だがいつまでも惚けてなどいられない。スパルタクスに接近するサーヴァントの気配を感じ取ったから。
赤のアサシンの予想が正しいのなら、白の陣営が乱入する機会を窺っているはずだ。赤のアーチャーは弓を、赤のライダーは槍を召喚してその時を待つ。
ーーーそして、息を殺していた二騎に目掛けて、
「なーーー」
「にーーー」
驚愕はほぼ同時、スパルタクスに向かう黒のサーヴァントらしき気配は感じられたが、自身らに向かうサーヴァントの気配など全く無かったから。虚空から当然現れた矢に驚愕しーーー赤のアーチャーは連続で矢を放ち、赤のライダーは槍で容易く矢を弾いた。
矢の出現にこそ驚きはしたものの、それだけなのだ。矢の速度は二騎からしてみれば遅い、故に簡単に弾く事ができた。
無論、矢を放った者もそれを分かっていたのだろう。故に、罠が仕掛けられていた。
「これはっ!?」
「二矢かっ!?」
弾いた矢の影から、第二の矢が現れる。弾くのは不可能だと判断し、二騎は回避を選んだ。赤のアーチャーは頬に薄く裂傷を残しながら回避に成功。赤のライダーはーーー肩に矢を受けながら、
襲撃者の手は止まらない。下に異常な魔力の流れを感知した二騎が全力でその場から飛び退くと、巨大な棘が現れて二騎がいた木を飲み込んだ。そしてその棘から命を犯す害悪ーーー毒が散布される。
毒を吸い込まぬ様に棘から離れて気がつく。赤のアーチャーとライダーは分断されていた。
「ーーーアーチャー!!」
「オーーーラァァァァァァァァァァァ!!!!」
赤のアーチャーの身を案じた赤のライダーに青い閃光が襲い掛かる。矢の時と同じ、突然降ってきたそれを赤のライダーは寸のところで躱す。
「ーーーへぇ、やるじゃねえか」
青い閃光の正体は青い戦闘装束に身を包んだサーヴァントだった。獲物は赤のライダーと同じ槍、獣を思わせる眼光を真っ直ぐに赤のライダーに向けていた。
「赤の陣営のサーヴァントだな?ランサーの顔は見ている、だが獲物は槍、となるとライダーか?」
「……そういうアンタは白のランサーだな?」
「いかにも」
白のランサー……クー・フーリンは気軽にそう返すものの戦意は欠けておらず、それどころか増している様にも思える。だが、そらは赤のライダーも同じだった。
矢の主は恐らくは白のアーチャーだと予想出来る。身を隠す類の宝具でもあれば、接近することは出来るのだろう。だが、このランサーは
「白の陣営の目的は黒の陣営では無かったのか?」
「確かにその通りだ。だけどあいつからはこう言われてんだよ。〝良いところで邪魔をされたくない〟ってな」
良いところで邪魔をされたくない。その言葉の意味を考えればクー・フーリンに指示を出した存在の意図は容易く知る事ができる。
白の陣営は黒の陣営への報復を望んでいる。その為に
「さて、どうする赤のライダーよ。このまま尻尾を巻いて逃げるっていうのもアリだがーーー」
「ーーー冗談を抜かせ、そんなのは
赤のライダーは引かない、寧ろこの戦いを望んでいる。それはクー・フーリンも同じだった。
望みを叶える聖杯大戦に召喚されているが、彼には願う望みなどない。あるとすれば、それは戦いたいという戦闘欲求だけ、つまりこの聖杯大戦に参加した時点でクー・フーリンの望みは叶っている様なものなのだ。
「ほぅ、言ったな赤のライダー。なら出し惜しみなんぞするなよ?」
「はっ、それはこちらのセリフだ白のランサー」
その言葉を皮切りに、白の陣営と赤の陣営の戦闘は開始された。