混沌を受け継ぎし者の外伝   作:鎌鼬

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彼の夢

 

 

クー・フーリンが屋敷の中に戻ってからもレイニィは1人で外にいた。赤と黒の陣営の強襲を恐れていない。メディアが張った魔術的な結界とロビンフットの物理トラップ、それにレイニィの因子がこの周囲を見張っているのでアサシン単騎でも無ければこの屋敷まで来ることが出来ないと分かっているから。

 

 

外に1人で居て、考える事は出奔した実家の……ミクラシェの事だった。ミクラシェの家は完璧な人間を作る事で根源を目指している魔術の家系であった。そのことに関してはレイニィーーーレインヴェルも賛同していた。もっとも根源を目指してでは無く、完璧な人間とはどんな人間なのか興味があったからなのだが。

 

 

だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから寝首をかいて当主を殺し、工房を徹底的に破壊してミクラシェから出奔した……そのつもりだった。

 

 

切嗣の調べによればミクラシェ当主は未だ健在、レイニィがした破壊工作のお陰である程度弱体化してユグドミレニアの一族に取り入ったようだが家の方針は変わっていないようだった。レイニィがやった事は無駄では無かったが、足止め程度にしかならなかった。

 

 

しかしそう考えていたのは初めの頃だけで、今思っている事は実弟であるクラウディアを始めとした3人の事だった。自分のことを兄と呼んで後ろをついていたクラウディア。クラウディアを好いていたのかいつもベッタリだったベアトリス。それにーーーそれを少し離れたところから眺めて優しげに微笑んでいた、()()()()()

 

 

その3人が、今ではレイニィの敵である。その原因が自分にあると分かって、それを受け入れているがどこかレイニィの心に重くのしかかっていた。

 

 

それを紛らわせるように酒を飲む。すると偵察用にばら撒いていた因子の1つから興味深い光景が送られて来た。

 

 

「ーーーへぇ、マジかよ……良し、行ってみるか」

 

 

その光景に感嘆し、興味が湧いて来る。そして即決でその現場へ行くことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー生きてる……良かった!!良かった、良かった良かった……!!」

 

 

暗い暗い、ユグドミレニアの森の中でアストルフォは地面に倒れているホムンクルスの少年に寄り添いながら泣いていた。

 

 

赤のバーサーカーの強襲による混乱を好機と捉えたアストルフォは自分が助けたホムンクルスの少年を連れ出そうとしていた。理由らしい理由はなく、ただそのホムンクルスに生きていて欲しいから。そんなどうしようもなく当たり前な理由で、アストルフォはヘラクレスの為に鋳造されたホムンクルスを逃す手助けをした。

 

 

ユグドミレニアの森は魔術による罠や結界が張り巡らされているがアストルフォの宝具魔法万能攻略書(ルナブレイクマニュアル)(仮名)によって防がれて意味を成さない。

 

 

このままホムンクルスの少年を逃がせるーーーだが、それを妨害する者がいた。黒のセイバーとそのマスターのゴルドだ。

 

 

アストルフォがホムンクルスの少年を連れ出した事は黒の陣営にバレていた。黒の陣営の切り札であるヘラクレスの宝具十二の試練(ゴッドハンド)で消耗した命のストックを増やす為に鋳造された特別性のホムンクルス、それを逃すわけにはいかないとダーニックは考えていた。

 

 

だが黒の陣営のマスターとサーヴァントたちはそこまでホムンクルスに対して執着していなかった。ヘラクレスのマスターであるクラウディアはわざわざホムンクルス1人の為に出向くことを無駄だと断じて、フィオレとケイローンは赤のバーサーカーによって破壊された結界の修復を理由に、カレウスはギルガメッシュに止められたことを理由に拒否。ヴラド三世を出すなど論外。ホムンクルスを連れ出したアストルフォのマスターのセレニケに関しては……部屋から艶めいた声が聞こえてきてダーニックが逃げ出した。

 

 

そこでホムンクルスを連れ戻す命を受けたのは黒のセイバーとそのマスターのゴルドだった。大戦が始まってから()()()()()()()()()()()()()()()()ゴルドはこれを受諾し、黒のセイバーを連れてアストルフォの元に向かった。

 

 

追いついてしまえば後は簡単だ。黒のセイバーにアストルフォを捕まえさせて、ゴルドがホムンクルスを捕まえる。そして連れて帰る。それだけだった。それだけで済むはずだった。

 

 

だがそこでゴルドは予想外の反撃を受ける事になる。ホムンクルスが、ただヘラクレスの命のストックとして造られた紛い物が、自分を殺そうとしたのだ。幸いに魔術による防御が間に合い、治療魔術で数秒もあれば完治する怪我を負う程度で済んだのだが、ホムンクルスを下と見下していたゴルドはそれに怒り狂い、半狂乱になってホムンクルスの少年を蹴り飛ばし、殴り抜いた。

 

 

まともな人間なら青あざができる程度、だが肉体が未熟なホムンクルスの少年はたったそれだけの事で心臓が破れ、死にかけた。いや、もしかしたら死んでいたかもしれない。

 

 

『止めろ、セイバー!!君のマスターを、早く!!』

 

 

黒のセイバーに押さえられていたアストルフォは渾身の力を込めてもがいたがピクリとも動かない。

 

 

『ボクたちは願いを叶える為に現界した!!だからって、()()()()()()()()()()()!?英雄たる振る舞いを忘れたか!?ボクは嫌だぞ!!ボクは確かにライダーとして召喚された!!だけどそれ以前にシャルルマーニュが十二勇士、アストルフォだ!!ボクはあの子を見捨てない!!見捨てないぞ!!』

 

 

アストルフォの黒のセイバーを真っ直ぐに見据えた慟哭に、黒のセイバーは自分が目指していたものを思い出した。

 

 

彼は生前、求められたことをすべて応えていた。跪いて乞い願われたならば、その手を必ず握り締めた。

 

 

竜殺しを求められたのなら、竜殺しを為した。

 

誰の意にも添わぬ絶世の美姫を抱かせるように求められたのなら、そうするように知恵を絞った。

 

私服を肥やしていた役人が家族を殺されたと訴えられたのなら、仇を討った。

 

貧困で喘いでいた村人たちを、ただ望まれなかった為に見捨てた。

 

 

その行動には己の意思は無く、戦闘には己の好みは無い。英雄的な生き方だったといえばそうかもしれないが、そんなものは人の生き方では無い。さながら願望機の様な生き方だった。

 

 

あの怪物を倒して欲しい。我々の村を救って欲しい。我々の敵を倒して欲しい。あの山が欲しい。あの美女が欲しい。あの国が欲しいーーー願い事は人の数だけあり、彼が叶えた願いの数は乞われた数だけ。

 

 

それは最早、英雄と言う名のシステムに過ぎない。だが、それでも彼はそれを良しとした。だって、誰かに感謝されるのは悪い気分では無かったのだから。

 

 

乞われて叶えて、乞われて叶えて、乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えて乞われて叶えてーーーその果てにあったのは、彼が死ぬことでしか解決出来ない状況だった。

 

 

だからこそ、彼は英雄から英霊に昇華した時に【他人に望まれた英雄】としての己を省みて、1つのささやかな夢を抱いた。

 

 

【誰かの為】では無く、ただ己の正義を信じて戦う正義の味方ーーーそれが彼が、黒のセイバージークフリートが抱いた夢だった。

 

 

ジークフリートはアストルフォの慟哭により、その夢を思い出した。だから、ジークフリートは動いた。

 

 

ホムンクルスの少年を嬲り続けるゴルドに許しを乞い、少年を治療する様に頼む。それがゴルドには気に入らなかったのだろう。唾を飛ばしながら叫んだ。何せゴルドにとってして見ればサーヴァントなどたかだか使い魔でしか無い。主である自分に従うべきだとジークフリートを罵倒しーーージークフリートの拳が腹部に叩き込まれた事で意識をなくした。

 

 

そんなゴルドのことを一瞥もせずに、アストルフォに手を握られて死にかけているホムンクルスの少年の元に向かいながら魔力で編み上げた鎧や剣を捨てて上半身をさらけ出した。

 

 

そしてーーー彼は自分で自分の心臓を抉り出した。その異常な光景を前にして、彼のことを殴ろうとしていたアストルフォは茫然とする。

 

 

『ーーー償い切れるものでは無い。むしろ、非業の運命を背負わせることになるやもしれぬ。それでも、俺は……彼に、捧げるべき(モノ)がある』

 

 

そう言いジークフリートは自分の心臓を死にかけているホムンクルスの少年に呑ませた。幻想的で猟奇的な光景でありながら、そこには狂気は無かった。飲み込まれた心臓がやがて少年の心臓の位置に到達し、力強く脈打ち始める。

 

 

こうしてホムンクルスの少年は蘇った。だが、全ては等価交換である。ホムンクルスの少年の生命を救った代償として、ジークフリートは聖杯を諦め、第二の生を諦め、何かの願いを捨てる事になった。

 

 

『ライダー、感謝する。俺は、危うく俺が目指していたものを見失うところだった』

 

 

足下が金の粒子に変わりながらも、ジークフリートが言ったのは感謝の言葉だった。サーヴァントの急所である霊核を自分で抉り出した彼は、消滅する以外の未来は無い。

 

 

『セイバー、駄目だ!!行くな、行くなセイバー!!』

 

 

怒りと哀しみで涙を流して顔をグチャグチャにしながら叫ぶアストルフォの姿はどこからどう見ても可憐な少女にしか見えない。彼と共に戦った兵たちは、良いところを見せようと働いたのでは無いかと考えて、ジークフリートは苦笑する。どうやら彼は、自分で考えていた以上に剛胆な愚者だったらしい。

 

 

ーーーあぁ、これで良かったのだ……

 

 

そうして最後に独りごちて、ジークフリートは1つの満足と共に消滅した。そして、ホムンクルスの少年が咳き込んだ事でアストルフォは完全に彼が息を吹き返したことに無邪気に喜び、無邪気に涙する。そうした結果、黒のセイバーを失った事による圧倒的不利な状況について考えず、ホムンクルスの少年を救えた事を喜んでいた。

 

 

そして、彼はそれを見ていた。森の中に忍ばせた因子の1つを通してその光景をリアルタイムで観ていた。それに興味を持った。だからここに訪れた。自分の敵である黒の陣営の領土に。

 

 

「ーーー素晴らしい。あぁ、本当に素晴らしい。自分の命と引き換えに造られた少年を救ったセイバーも、サーヴァントとして召喚されながらも己を忘れずにあろうとするライダーも、実に素晴らしい、胸を打つ……どうか賛辞を送らせて欲しい」

 

「ッ!?君はーーー」

 

 

森の陰から現れたのはレイニィ。たった1人のホムンクルスを救うために奮闘したアストルフォと、彼を救うために消滅したジークフリートに感動したのか涙を流している。

 

 

唐突に現れた白の陣営の1人を警戒したか、アストルフォは腰に下げていた剣を引き抜きホムンクルスの少年を守るようにレイニィに対峙する。ジークフリートが救った彼を傷つけさせないと意気込んでーーーそしてそれは、レイニィが手を突き出して待ったをかけた事で止められる。

 

 

「待ってくれ。確かに俺は黒の陣営を物理的に潰したいと考えているがそれだけだ。邪魔をするなら叩き潰すが無関係な奴まで巻き込もうとは考えない。それに黒のセイバーが命を捨ててまで救った彼を傷つけたくは無い」

 

「……だったら、なんで来たのさ?」

 

「興味を持ったから。そこで1つが提案がある。彼を白の陣営(こちら)で預ろう。蘇ったと言ってもサーヴァントの心臓なんていうとんでもないものを与えられたんだ、何か不具合が出てそのままなんてこともあり得ない話では無い」

 

「……確かに」

 

 

ホムンクルスの少年は蘇ったが、レイニィの言う通りだ。サーヴァントの肉体の一部を与えられればまともな人間なら死んでしまう。とある世界ではサーヴァントの腕を移植して生きた少年がいるがそれは特例中の特例だ。

 

 

「信じて、良いのかな?」

 

「俺の義父と俺の全てに誓おう。俺を含めたマスター全員とサーヴァント全員が、彼に危害を加えることをしないと」

 

「……分かった。なら、宜しくね」

 

 

アストルフォの理性は蒸発している。だから彼は理性では無く直感で、思った通りに行動する。その直感がレイニィを信じても良いと言っているのだ。それに、そこに倒れているゴルドも連れて帰らなければならない。ジークフリートが脱落してマスターでは無くなったとは言っても彼は黒の陣営にとって必要不可欠な人材である事には変わらない。

 

 

「あ、そうだ。これをその子に渡しておいて」

 

 

ゴルドを担ぎ上げたアストルフォが何気なしに腰に吊るしていた細身の剣を鞘ごとレイニィに差し出した。

 

 

「……了解」

 

 

武器を手放して良いのかと疑問に思ったがアストルフォは赤のバーサーカーと槍で戦っていた事を思い出してレイニィは受け取った。そしてそれをベルトに刺して、ホムンクルスの少年を横に抱き抱える。

 

 

「伝えたい事とかあるか?起きたら言っておくけど」

 

「なら1つだけーーー今の君なら何だって出来る!!好きな所に行って人と出会って、誰かを好きになったり嫌いになったりして、愉快に人生を過ごすんだ!!」

 

 

そう、アストルフォはユグドミレニアから解放されたホムンクルスの少年へのメッセージを叫んで宝具らしき上半身がグリフォン、下半身が馬という本来【あり得ない】存在に跨ってユグドミレニア城に向かって去って行った。

 





すまないさんここで脱落……FGOだとすまないすまない言ってばかりのイメージしかないですけどApocryphaだとこんなにカッコよく脱落します。

そしてホムンクルスは白の陣営へ……原作だとサーヴァントの心臓入れてすぐに動き回ってたけどあれはホムンクルスだから平気なんだろうか?ヘブンスフィールの腕士郎は紅茶と同一存在だから、聖骸布で済んだけど……


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