ーーー今から十五年前、雪に閉ざされたアインツベルンの森に一人の侵入者が現れた。アインツベルンの八代目の当主ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン、通称アハト翁はいつものことかとその侵入者の存在を結界を通して知覚した。聖杯戦争を作り出した御三家として知られているアインツベルンの森には稀に腕試しなのか魔術師がやって来ることがある。そのほとんどは一年を通して降り続ける雪を前にして凍死してしまうために今回もそうなのだろうと気にもしていなかったが……その侵入者はなんと一月を超えても生存していた。
そこでようやくいつもの侵入者とは違うと察したアハト翁は戦闘用に鋳造したホムンクルスを差し向ける。これで大丈夫だと考えていたがそのホムンクルスたちは侵入者を見つけて戦闘を仕掛け、瞬く間に壊滅した。そのホムンクルスの中には英霊にも迫る性能を持っていた者もいるというのにだ。普通ならその侵入者に対して怒りでも抱こうものだが、アハト翁の中にある考えが浮かんで侵入者との対話を試みることにした。
極力刺激しない為に戦闘用のホムンクルスを二体だけ連れて、アハト翁はその侵入者と対峙して、絶句する。何故ならーーーその侵入者の正体はまだ年端もいかぬ少年だったから。その真実を受け入れられずに唖然としていたアハト翁だったが、侵入者の少年から声をかけられて正気に戻る。
なんでも少年は魔術師の家系に生まれたものの家を見限って出奔し、当てもなく彷徨ってこの森にたどり着いたのだという。少年の事情を聞いたアハト翁は少年に対してある提案を持ちかけた。
衣食住をくれてやる、だから我が家の悲願を叶えるのに協力してくれと。
その提案を、少年は受け入れた。
こうして少年ーーーレインヴェル・ミクラシェはアインツベルンに養子として入り、新たな家族とレイニィフィール・フォン・アインツベルンという新たな名前を得た。
そして十五年の時間が経ち、現在。相変わらず一年を通して雪が降るアインツベルンの森の中を歩く一人の女性がいた。肩の辺りまで伸ばされた髪を荒く紐で纏め、防寒対策として毛皮の付いた上着を着た女性は誰かを探しているのかキョロキョロと辺りを見渡しながら雪の森を歩いていた。
この森はすべてアインツベルンの所有物である。しかし手入れはほとんどされていないので野生の獣たちが好き勝手している。今も歩いている女性のことを遠巻きから見ているのだが、一匹たりとも彼女を襲おうとはしない。何故なら、彼女ーーー正確には彼女に染み付いている臭いが、この森を統べる支配者の物だから。支配者と関わりのある彼女に手を出して怒りを買ってしまってはたまったものではないと獣たちは俯瞰しているのだ。
しばらく雪の中を歩いていると見つけたのは凍りついた川。分厚い氷が張っているはずの川だが一部の氷だけが目に見えて分かるほどに薄く、近くの樹には男物の白いコートが掛けられていた。それを見て探している人物が何をしているのか分かってしまった女性は溜息を吐く。それと同じタイミングで薄く張っていた川の氷が砕けて、そこから一人の男性が姿を現した。水に濡れている茶髪の髪を荒く持ち上げて素潜りで獲ったであろう魚を陸に置いてから彼は川から上がる。
「ーーーおい、レイニィ!!」
「ーーーん?あぁ、モードか」
モードと呼んだ女性からレイニィと呼ばれた男性は返事を返して樹にかけてあったコートを着る。
「なんでお前わざわざこんなところに来て魚獲ってんだよ。爺さんが呼んでたぞ」
「ゴメンゴメン、急に焼き魚食いたいなと思ってさ……んでアハト翁が呼んでるか……間違いなくこれだよな」
そう言いながらレイニィは自身とモードの左手の甲に刻まれている赤い刺青に目を落とした。これは令呪と呼ばれ、聖杯戦争と呼ばれる儀式に参加するための資格のような物だ。本来なら儀式に参加出来るのは七人で、その七人で殺し合いをしなければならないのだが今回は違っていた。
本来の聖杯戦争は七人で行われるのだが、今回の聖杯戦争は十四人で行われるはずだった。倍の人数で行われるというだけでも異例だというのにその聖杯戦争は二十一人、本来の聖杯戦争の三倍の人数で行われる事になる。
こうなった経緯は第二次世界対戦の最中に冬木で行われた第三次聖杯戦争にまで遡る。アインツベルンは聖杯戦争を作り出した御三家の一角として優先的に聖杯戦争に参加すること事が出来た。第三次でもそれは変わらず、最優と信じたサーヴァントを呼び出して聖杯戦争に望んだ。聖杯戦争自体は戦争途中に小聖杯が砕けるというアクシデントが発生して有耶無耶のうちに集結した。しかし、そこからが問題である。聖杯戦争に参加していた内の一人が円蔵山の洞窟に秘蔵されていた万能願望機たる大聖杯を発見し、加担していたナチスドイツの力を借りて移転しようと試みたのだ。
御三家ーーーアインツベルン、遠坂、マキリの三家及び帝国陸軍はその企みを阻止するべく奮戦したものの、聖杯戦争直後で疲弊していた彼らは敗北、御三家が総力を結集して構築した大聖杯はナチスドイツに強奪されてしまった。その戦いのせいでマキリは滅亡し、遠坂は聖杯戦争に頼ることを諦め、御三家の中で聖杯を求めているのはアインツベルンだけになってしまった。
ナチスドイツに奪われた大聖杯だが……ドイツの本国まで輸送する途中で謎の消失を遂げた。帝国陸軍によって強奪されたか、ソ連軍にでも襲撃されたのか。何れにしても大聖杯は、誰の手に渡ることなく消えたのだ。
そしてそれから時間が経ち、世界各地で聖杯戦争の模倣が行われる事になる。最もそれらは冬木の聖杯戦争に比べればお粗末な物で、本来ならば七人の魔術師が七騎のサーヴァントを呼び出して殺し合いをするのだが五騎しか召喚されないなどの不備が見られている。アハト翁はこれらの聖杯戦争に冬木の大聖杯が使われていないか調べていたがすべて外れ、調べた結果分かったのはこれらの聖杯戦争は冬木の聖杯戦争を模倣して作られた偽りの聖杯戦争だということくらいだ。
そうして聖杯戦争の情報が上がるたびにアハト翁はアインツベルンの力でそれを調べ、今度はルーマニアで聖杯戦争がある事を知った。どうせ今回も外れだろうとタカをくくっていたのだがーーールーマニアで起こる聖杯戦争、そこで冬木の大聖杯が使われていると発覚した。
それを知った途端にアハト翁はその聖杯戦争に関しての情報を真偽を問わずに掻き集める。そうして分かったのはユグドミレニア一族の長ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアがその聖杯戦争に参加していて、それに伴って複数の魔術師の家系からなるユグドミレニア一族全てが魔術師の総本山である時計塔から離反、そしてユグドミレニアに五十人の狩猟に特化した魔術師で襲撃を仕掛けて生還したのはたった一人だけーーーそして、この聖杯戦争では冬木の聖杯戦争の倍の数になる十四騎で行われるという。
実は大聖杯には予備システムというものがある。大聖杯は状況に応じて令呪の再配布などの聖杯戦争に関する補助を行う。そしてその中には可能性としてはほとんどゼロに等しいが七騎のサーヴァントが一勢力に統一された時の対抗策として予備システムが起動するように仕掛けられているのだ。それが、新たに七騎のサーヴァントの召喚が可能になるということ。
だがアハト翁がその情報を掴んだ時には既にマスターは十四人出揃った後だった。ようやく見つけたのに届かぬのかと歯噛みするアハト翁に囁いたのはレイニィだった。実は彼はこれまでに行われていた亜種の聖杯戦争に参加していて、そのすべてを敵対者を殺して生き残っている。その聖杯戦争で召喚したサーヴァントは弱小だった為に序盤で脱落したので、己の力だけでサーヴァントを鏖殺して、だ。そしてその亜種の聖杯戦争で大聖杯の代わりとして使われていた聖遺物クラスの魔術礼装を回収している。彼はそれらを使って擬似的な聖杯を作り、そのルーマニアの聖杯戦争に乱入しようと言ったのだ。
出来るか出来ないかで問われるなら、それは出来なくは無かった。そうしてアハト翁はレイニィと共に擬似的な聖杯を作り出した。もっともその聖杯は杜撰極まりない物で、ただ令呪を配布してサーヴァントを召喚する為の役割しか持っていない。それでも、ルーマニアの聖杯戦争に乱入するには十分だった。
その擬似聖杯が完成してすぐに令呪は配布された。一人はレイニィフィール・フォン・アインツベルン、一人は
目的はただ一つ、奪われた冬木の大聖杯の奪還。大聖杯の現在地に関しては既にユグドミレニアの長のダーニック・プレストーン・ユグドミレニアが所持していると分かっているので探す必要はない。今重要なのは場合によっては七対十四という数の不利の中で戦い抜けるサーヴァントを召喚すること。衛宮切嗣、バゼット、シンジ・マキリに関してはサーヴァント召喚に必要な聖遺物を持参しているが生憎と残り四人にはそれを用意する伝が無いのでアハト翁が所持している聖遺物から選ぶという手はずになっている。
既にレイニィは召喚するサーヴァントに目を付けていて、彼が呼ばれたということはモードたちもサーヴァントを選んだということだろう。なら、次にすることはサーヴァントの召喚だ。
「ーーーあぁ、楽しみだなぁ本当に楽しみだなぁ」
これから召喚される英霊たちに思いを馳せて、レイニィは新しい玩具を買ってもらった子供のような笑みを浮かべていた。
ーーー
繰り返すつどに五度、ただ満たされる刻を破却する。
素に銀と鉄、礎に石と契約の大公、手向ける色は〝白〟。
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路を循環せよ。
アインツベルンの城にある大聖堂、そこで床に描かれた魔法陣に向かって詠唱をする七つの影があった。各々の魔法陣にはサーヴァント召喚の触媒となる聖遺物が置かれている。
ーーー告げる。
その一言で魔法陣が光り輝く。七人の身体に宿る魔術回路が唸りを上げる。
ーーー汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
そしてここで六人は詠唱を止め、一人だけいた幼子のみが空白の時間を見計らって二節を追加した。
ーーーされど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべしら、汝、狂乱の檻に囚われし者、我はその鎖を手繰る者。
幼子が追加の詠唱を間違いなく言い切ったのを確認し、全員で最後の一節を告げた。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!!!
言葉を告げるのと同時に、魔法陣から暴風が吹き荒れる。誰もがその暴風に反射的に顔を庇う中で、たった一人だけレイニィはその光景を見逃さぬようにと涼風同然にそれを受け流して立っていた。
そうして、彼らは顕現する。
一人は黒衣のドレスに身を纏ってバイザーで顔を隠した成人女性の
一人は緑衣を纏った男性の
一人は青いタイツのような戦闘衣服を纏って朱槍を持った男性の
一人は顔に傷を付け、クラシカルな2丁拳銃を持った女性の
一人は黒いローブを着込んで髑髏の面を着けて顔を隠した男性の
一人は紫のローブを着込んで顔を隠した女性の
一人は傷だらけの上半身を見せ、牛を模した被り物をしている男性の
今ここに、ルーマニアで行われている赤と黒の聖杯大戦に乱入する白の陣営のサーヴァントが揃った。